はじまりの日
―――――――ねぇ、この噂を知ってる?
にぎやかな町のとある遊女たちの間で、ささやかれる言葉。
―――――――あの山にある屋敷…あそこには古くから、妖が住み着いているだって。
小さな声で、しかし断定的な口調で話す花魁たち。
―――――――だから、昔の人たちは、あの屋敷をこう呼んだらしいわ…。
女が間をおく。
―――――――「妖の巣食う屋敷」、と…
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ここは、城下の近くの山に佇む一軒の屋敷。
その一画で今日もまた、深夜二時だというのに騒いでいる連中がいた。
ガラッ―――――
勢いよく少年が襖を開けると、その先にはいつもの事ながら、奴らがいた。
「おや?瞬…久しぶりだな」
部屋の奥に座す、一匹の毛並みのよい大きな狼(?)に声をかけられた。
「えぇ…お久しぶりです、氷狼様。…半年ぶり…ですね?」
軽く会釈する少年。
奴らとは、妖のことだ。
そう、ここは城下で噂の「妖の巣食う屋敷」。
ここには、瞬以外の人間はいない。
正確に言うのなら、瞬も人間ではない。
それが、この屋敷の現状だった。
「おぉ?瞬じゃねぇか!久しぶりだな!!」
「久しぶり、炎龍」
微笑む瞬。
皆と軽い挨拶をしながら、部屋の奥の氷狼の近くに寄っていく瞬。
久しぶりに瞬が来たことに驚き、そして喜ぶ妖たち。
「えっとね…やっとコントロール出来るようになりました!!」
瞬の言葉に歓声が沸きあがる。
「おっそいぜ、瞬!」
炎龍が自分よりかなり小さな瞬を持ち上げる。
「わ、わっ、ぁぁぁ!炎龍おろしてよ~!」
持ち上げられた瞬は足をじたばたさせ、降りようとする。
が、もちろん降りれない。
「もう…。瞬は、私たちと違って、人間なのよ?」
一応、と付け足し、あきれた様子で言う雪女。
「砂雪の言うとおりだ。
―――――だが、瞬。今日からお前が我ら妖の主だ」
氷狼が静かに言う。
「我らの力を今、お前に授けよう」
主…それはこの場合、人の子でありながら妖の力を宿し、コントロールする者をさす言葉。
主になるには、陰陽術を習得し、さらに、体術も習得、そして、主のみ使うことが出来る灰術を習得しなければ、主となり、妖の力を制御することが出来ない。
そして、人間としての生涯を終えること…つまり、一度死亡し、主の体は人間から妖へと創り変わる。
現在、主となれるのは、世界中の何処を探しても一人しか存在しない。
それが、瞬だった。
瞬の父親は陰陽師。
母親は妖だったが、人の子を守りたい…その一心で、影から人の子を守る体制を一代で整えたのだった。
先代が隠居した今、一人息子の瞬があとを継ぐことになっていた。
氷狼の体が淡く光りはじめる。
他の妖たちも同様に光りはじめる。
「我血に眠りし力よ。今この場にて解き放て」
瞬の中に妖たちの光が流れこんでゆく。
「うっ…」
悲痛な声を漏らす瞬。
「大丈夫か?」
心配そうにそばにより、声を掛けてくる炎龍。
その問いに微笑み、無言で頷く瞬。
「多くの時が流れても、我血に誓い、そなたらと契約を交わす」
光の本流が瞬の中に流れ込む。
それは、そのあとすぐに終わった。
「はぁ、はぁ…、はぁ…」
荒い呼吸を繰り返す瞬。
「思って、いたよりも、きつかったや…」
「ははっ、先代も通ってきた道だぜ?それぐらい我慢しろってことだ」
(は、はは…。簡単に言ってくれる…)
「さて、瞬。今をもって、お前の人間としての“生”が終わった。これでお前も妖だ」
「…複雑ですね。妖の体というものは…。血が暴れている…っていうのかな?」
苦笑しながら、呟く瞬。
「そうだ。それを押さえ込んでいるのが今の俺たちだ。例外は、町の外の奴らだ」
炎龍が神妙な面持ちで言う。
「いいか、瞬。その血に呑まれるな…お前はお前だ。そこを違えるな」
「うん…分かったよ、炎龍」
「さて…瞬が完全なる妖になったってことは…
今日が妖としての誕生日だな!」
「そうなるね」
(やな予感しかしない…なんでだろう…)
その予感は的中する。
(陰陽師の予感かなぁ~…)
などと、適当に思っていると
「てめぇらぁ!!今から誕生日会だ―――――――――!!」
おぉぉぉぉ―――――!!
(…え゛?)
「で、でも、深夜三時だよ?今からは…」
「何言ってんだよ!妖の時間はこれからだぜ!!」
と、炎龍が言うと妖たちは宴をはじめた。
「…僕…もう知らない…」
そう瞬は言い残して、忽然と姿を消した。
長くなってしまい申し訳ない…。