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花火が溶ける頃

作者: 小島 理奈

波打つ鼓動は平然を装う私の耳元まで響き、呼吸は苦しい程に荒くなるばかりだった。いつもは煩わしさを運ぶ自宅を出てすぐにある遮断機の警報音が、自分の存在している世界とは別の場所で鳴っているような感覚に捕われた。勢いよく通り過ぎる電車の音を期待しながら私は耳を澄ます。不思議とその時だけ呼吸が落ち着きを取り戻した。そして、決壊。言葉にならない声を漏らしながら、私はあたかも可哀想な女になり下がった。視点を宙に向けた瞳から流れる涙は拭われることのないまま、だらしなく顔を横断し、枕を湿らせた。顔に残った乾き切らない涙が頬の熱を奪ってゆく。それなのに、携帯電話を握りしめた手の中は熱を帯び、汗が滲みだしていた。


恋は盲目。私の凌ちゃんへの想いはその言葉ひとつで説明できる。初めて彼に会った時から私はそのことに気づき始めていた。初対面の「はじめまして」と「じゃあ、またね」という台詞が「おはよう」から「おやすみ」に変わるには二週間も必要なかった。私の一日は凌ちゃんの挨拶で始まり、終わる。それだけで幸せだと本気で思っていたし、その幸せを疑うことは凌ちゃんへの裏切りだと思っていた。どうして彼にこんなにも惹かれてしまったのか自分でも分からない。でもあえてその答えを見つけようともしなかった。目が合って、笑い合って、愛し合う。それで十分、それさえあればいい。そんなことを考えながら、凌ちゃんと過ごす時間のずっと後ろに潜んでいる学校や将来の事から目を伏せながら私は大学生活の二年間を過ごしていた。


それが、今この瞬間から新しい私の大学生活が始まる。見慣れた正門がいつもにも増して誇らしく聳えているように見える。通り過ぎる学生達が輝いて見える。背を丸め、早足で歩く理系学生と思わしき青年でさえもその地味な外見には想像できないほど高尚なことを企んでいるようだ。入学当初の空っぽの私に戻ったみたいだ。ウォークマンのボリュームを上げ、イヤフォンを強く耳に押し込む、紅葉が始まった木々をよそ目に、私は二年前の春に戻ろうとする。


「香奈ちゃん先週休んでたからはい、これ」っと言って美紀は私にホッチキス止めされたプリントの束を私の机においた。ありがとうっと礼を言い、プリントの左端を見ると私の名前とハートマークに続き、凌ちゃんの名前が書かれていた。

「先週、記念日だったんでしょ」美紀は教授が次々と更新していく黒板に遅れないようにペンを進ませ、黒板、ノート、そして私の顔という順番で、私の顔を見るときだけ笑みを覗かせる。

「なにかあったの」なかなか口を開こうとしない私に美紀は当惑しているようだった。


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