ルールブック
ある財閥には、代々、当主だけに受け継がれてきた古い革張りの本があった。
そこには、掠れた筆致でこう書かれていた。
――当主たる者
定められた企業で働くべし。
財閥ゆかりの地に拠点を置くべし。
決められた相手と結婚するべし。
四十九歳までに家督を継ぐべし。
誰も、その本がどこから来たのかは知らなかった。
ただ、この家の当主は、代々、五十歳までに死んでいた。
病死もあれば、事故死もあった。
それでも、五十歳を越えた当主は一人もいなかった。
御曹司は、それを呪いだと思った。
ルールブックに従って生きれば、五十歳で死ぬ。
……ならば、ルールを破ればいい。
だから、系列の企業には入らず、自分で見つけた会社に就職した。
家とはゆかりのない海外を放浪し、一時はスペインの路上で暮らした。
そこで偶然出会ったピアニストの女性と結婚した。
やがて自分で会社を起こし、億万長者になった。
財閥の看板を使わずに、成功した。
「これだけやれば、呪いから逃れられるはずだ。」
ある日、先代が死に、彼が当主となった。
その夜、彼は家督とともに引き継いだルールブックを開いた。
よく見ると、最後のページが破られていた。
彼は、古い蔵書や先祖の手紙、古文書を調べた。
そして、ついに破られたページを見つけた。
そこには、こう記されていた。
――当主たる者、五十歳を越えてはならない。
就職先。
拠点。
結婚。
継承。
死。
――以上の五箇条を守ることをもって、我々は汝らの家を、我々の一員として認め、当主の成功を保証する。
その下には、今も存続する上級財閥の当主たちの署名が並んでいた。
彼は、震える手で、ルールブックの破れた最後のページと照らし合わせた。
破れ目は、ぴたりと一致した。
死は、呪いではなく、単なる条件だった。
彼は、笑った。
「呪いから自由になった。」
実際、彼はもう五十歳だった。
ただ、彼は気付いていなかった。
大学を卒業した彼に声をかけてきたあの企業の正体が、上級財閥だったことを。そのかつての本拠地が、スペインだったことを。そして、彼の成功が、あのピアニストとの出会い同様、仕組まれたものであったことを。
三日後。
彼は死んだ。
あと二分で、五十一歳だった。




