不器用令嬢、スパルタ精霊にお菓子づくりを習う
「そういえばみんな? 『精霊のお菓子祭り』のプレゼントはきまったかい?」
「はい王女殿下、私はチーズケーキを……」
「私はボンボンショコラに挑戦しようと思います!」
ある冬の夕暮れ。
フェンジェルベル王立学園の最上級生クラスでは、女子生徒達が来たる『精霊のお菓子祭り』のプレゼントについて盛り上がっていた。
不思議な力をもつ生き物、精霊。
科学技術が進んだ今、目撃談も随分少なくなってしまったが、このフェンジェルベル王国においては今も信じている人が多い。
そんな精霊達は心のこもった手作りの品を愛する、と言い伝えられている。
そんな精霊達に、さらには大切な人に手作りお菓子をプレゼントする日である『精霊のお菓子祭り』。
この日はフェンジェルベル王国の人々にとって、年越しに負けず劣らない、冬の大切な行事だった。
「王女殿下はどのようなお菓子をお作りになるのですか?」
「私はスコーンを作るつもりだ。オレンジピールとレーズンにホワイトチョコも入れた自信作なんだ!」
「素敵ですわ! さすが王女殿下にございます」
黄色いドレスの少女に絶賛された王女様は、少し恥ずかしそうにしつつ顔を綻ばせる。
「ありがとう、テレーズ。ところであなたはどうするつもりなんだ?」
「あ、私は……」
ところが、照れ隠しのように王女様が呟いた言葉によって、女性生徒達の笑顔は急になんともいえないものになった。
このクラスで最も身分が高い、フェンジェルベル王太子家の長女ソフィーヌ。
彼女は2年ほど留学をしており、このクラスの生徒達のことはまだまだ知らないことも多かった。
「恐れながら王女殿下……テレーズはその、ちょっと不器用というか……」
「危なすぎて、とりあえず料理禁止というか……」
「でもっ! 代わりにとっても美味しいお茶を入れてくれますのよ。はちみつ入りのミルクティー! 王女殿下も一度お試しになるべきにございます!」
「み、みんな、ありがとう。彼女達の言う通り、私は非常に不器用にございまして、もうかれこれ何年もお菓子を作っていないのです」
「そ、そうだったのか……」
「代わりに、婚約者のレオンが非常に菓子づくりが上手く、毎年菓子を振る舞ってくれます。私は幸せ者にございますわ」
「そうかっ! それは良いな、私も今度、ハンスにお願いしてみよう――まあ……あいつの料理姿もあんまり想像できないがなっ……」
王女様の婚約者は、隣国トレシア王国の騎士の家系出身。
筋骨隆々、爽やかな笑顔の彼が、全力で泡だて器を動かす姿を想像して女性陣は思わずクスリと笑い声をこぼし、クラスにはまた朗らかな空気が戻って来たのだった。
「今日も1日、ありがとうございます精霊様」
そう言いながら窓辺にそ~っとマグカップを置くと、フワリとカップが光に包まれる。
淡い黄色の光は一瞬ことさら眩く光り、そして掻き消える。
テレーズはマグカップの中身が少しだけ減ってるのを確認してから、ゆーっくりカップを持ち上げて、最新の注意を払ってテーブルへ移動させた。
「……『精霊のお菓子祭り』、ね……きっとレオンも内心では呆れているわよね……」
テレーズは養蜂で知られるアップトン伯爵家の長女。
同い年のレオンはリンゴの名産地であるリブレ男爵家の次男で、学園卒業と同時にアップトン伯爵家に婿入りすることになっていた。
領地が隣り合う同い年同士、将来の結婚を早くから決められた者同士、それなりに良い関係を築いて来た2人。しかし、それはそれとしてな問題にあらためて直面し、テレーズは思わず大きなため息を吐いた。
「随分憂鬱そうね、テレーズさんっ!」
「えっ! 誰っ!?」
と、不意にやや高い少女の声が部屋に響く。
自分のそれではない声に驚いたテレーズは部屋中を見回すが、部屋の中はやはり彼女1人だった。
「フフッ……ここよ! テーブルの上」
そう言われてテレーズは目の前のテーブルに視線を戻す。
すると、お茶を入れたカップの隣に手のひらサイズほどの生き物が立って、ひらひらと手を振っていた。
その生き物は、淡い黄色のドレスを着た少女のような姿をしており、うっすらと黄色い光を放っている。
物語でしか聞いたことはないが、あまりにもフェンジェルベル国民に馴染みのある姿を見て、テレーズは思わずガタンッと音を立てて立ち上がった。
「ま、まさかっ……精霊様っ!? ってキャア」
「あらあら、急に立ち上がるからカップが倒れたじゃない……これで良しっ! ――気を取り直しまして、私はお菓子の精霊、ミエルよ」
「ミエル……様……」
半ばあきれたような顔でカップの上をミエルが飛び回ると、魔法のようにカップもこぼれた紅茶も元通りになる。
それからチョコンとドレスの裾を持ち上げて自己紹介したミエルに、テレーズは慌てて大きくドレスの裾を広げる礼を取った。
「そんなにかしこまらなくても良いわよ、テレーズ。慌てて転びでもしたほうが大変だわ。さ、ゆっくり椅子に座りなさい」
「お気遣いいただきありがたく……」
そんななことを言いつつ、テレーズは大きく深呼吸する。ようやく落ち着いてきたところで、ミエルの言う通りに慎重に椅子に座り直した。
「あの、ミエル様? どうして私などのもとに姿を表してくださったのですか? 私はしがない伯爵家の娘で、その上お菓子も刺繍もからっきしにございます」
他国に比べれば多いとはいえ、その目撃数は大きく減っているフェンジェルベルの精霊達。
なかでも、精霊達と話が出来る人はほんの僅かで、そういった人々は『精霊のお気に入り』と呼ばれ、尊敬されている。
近年ならライサ王妃、それに隣国ライセル王国出身のヴィオラ王太子妃が『精霊のお気に入り』として知られている。
しかし彼女たちは、そもそも国民の尊敬を集める王族で、しかもプロ級のお菓子作りの腕前を持っている。
「……私は不器用令嬢にございますよ?」
テレーズは思わずポツリと呟いた。
「フフッ、確かに私達は『手作りの品』が大好きだけど、大事なのはそこにこもった心なの。もちろん……美味しくて、美しくて、あと創意工夫も詰まっていると良いけど――」
「……」
「あぁ……えっと……でも! 本当に一番大事にしてるのはそこにある真心なの。あなたは毎日心のこもったお茶をご馳走してくれるでしょう?」
テレーズが唯一、自信を持って手作り出来るはちみつ入りのミルクティー。
それを毎晩窓辺にお供えして精霊たちに感謝を伝えるのは、彼女がお茶の淹れ方を習って以来の習慣だった。
もっとも、最近はこうした習慣もだいぶ廃れているとか……
でも、「何か、1つだけでも自信を持って作れるものを」と今は亡き祖母が根気強く教えてくれたミルクティーは、テレーズにとって、とても大事なもの。
だからこそ精霊様へのお供え物も、1日たりとて欠かせない習慣となっていた。
「私、あなたの淹れてくれるお茶が本当に大好きなの! だからね、今日はあなたの悩みを解決に来たのよっ! あなたも愛しの婚約者にお菓子を送りたいんでしょ?」
「い、愛しのって……その……」
「違うの?」
「……いえ、違わないです……けど、私、みんなからお料理禁止って……」
「そりゃ、あの惨状を見ればね……英断だと思うわ。でも私は魔法を使えるもの、危ない時はどうにかしてあげるわ」
『手作りの品』が尊ばれるこの国では、貴族令嬢、令息とあっても一定の年齢になれば、両親から料理を習う。友達とお菓子づくりをするのも定番。
ただ初めて料理をした日、いきなり包丁で指を刻みかけ、オーブンで小火をおこしそうになったテレーズ。
彼女は生来の不器用さも相まって、両親に『お料理禁止』を言い渡されたのだった。
幸い、テレーズは不器用だが頭は良い。特に細かい数字を得意とする彼女はそちらの方面の能力を伸ばし、アップトン伯爵家の家業にすでに貢献している。
婚約者へのプレゼントは、その対価として得たお金で購入しているし、レオンも喜んでくれるのだが、それはそれとして、手作りのプレゼントというものへの憧れはあった。
「と、いうわけで次のお休み。一緒にお菓子を作りましょう。私が教えてあげるわ。……それともやっぱり料理は怖い?」
「……えっと……少し怖いですけど、頑張りたいです! 私もレオンに手作りのお菓子をご馳走してみたいですっ!」
「フフフッ、分かったわ。じゃあ2日後の午後。キッチンにいつものお茶を用意してちょうだい。それが合図よ」
「わかりました、ミエル様。御心遣い感謝いたします」
「もうっ! だからそんなかしこまらなくても良いのに……」
そんなことを言いつつ、ミエルはパッと明るい光を放ちそして掻き消える。
不思議な出会いにテレーズは目をパチクリとさせつつ、とりあえずお茶の入ったカップを手に取るのだった。
それから2日後。学園が休みの昼下がり。テレーズは半信半疑ながら、汚れても良いドレスにエプロンを身に着け、厨房の調理台にお茶の入ったカップを置いた。
向こうの方ではおっかなびっくり、といった様子で家族や使用人達が見守っている。
――と、次の瞬間、フワッとカップを光が包み込み、テレーズは思わず目を瞑る。
目を開けると、2日前と同じ姿のミエルが、調理台で腕組みをしていた。
「フフッ、お呼び出しいただきありがとうっ! あっあそこにいるのは料理人の皆さんね、いつも美味しい料理ありがとうってお伝えしておいて……」
「はい、ミエル様。きっと泣いて喜ぶと思います」
「大げさな……さてっ、それはさておき早速お菓子作りを始めましょうか。手は洗った?」
「はい、ミエル様」
「よろしい。じゃあ今日はパウンドケーキを作りましょう。バター、卵、小麦粉を同じ量だけ使うシンプルなケーキよ」
「わかりました……けど、あの……本当に材料はあれだけで良いのですか? フルーツとかチョコとかは……」
実はミエル、昨日の夜にテレーズの夢に登場している。そこで今日必要な材料を伝えられた彼女は、そのシンプルさにちょっぴり釈然としない思いを抱きつつ、ミエルに言われた通りの材料を用意していた。
どうせプレゼントするなら、豪華なものにしたい……そんなテレーズの頭の中を読んだかのように、ミエルはブンブンと大きく頭を降った。
「駄目よっ! お菓子作り初心者が失敗する理由、その2は自分の腕前以上に凝ろうとすることなんだからっ……まずは簡単なレシピを何度も作って、自分のものになさい!」
「は、はいっ! ミエル様! ……ちなみに理由、その1は……?」
「レシピを守らないことよ」
「……肝に命じます」
厳かに告げるミエルに、テレーズもまたコクンと頷いた。
「じゃあまずは小麦粉を量りましょうか、慎重にね」
「はい、ミエル様…っと……キャァ」
「はいはい、時間よ止まれ! ふぅ……前途多難ね……」
厨房の小麦粉は大袋で保存されている。
小さなカップでそれを秤に載せた器へ移動させようしたテレーズ。
だが案の定、突然蹴躓き、小麦粉をぶちまけそうになったのだった……
「ありがとうございます、ミエル様。……で、これを100gですね」
「そうよ、目盛りと目を並行にしてね」
「うーん……2g足りないみたいなんですけど……これぐらいなら……」
「駄目に決まってるでしょっ! あとこれは97g! お菓子作りは1gの誤差で味が変わるのよっ」
「は、はい! ミエル様っ!」
いつの間にか秤の前へ飛んできていたミエルは、どこからともなく取り出した小さな杖で、ピシリと文字盤を指す。
いつの間にかミエルは、完全にスパルタモードに入っているのだった。
それからも、テレーズのお菓子作りはなかなか難航した。
バターを切ろうとして小指に包丁を振り下ろしかけ(ミエルが魔法で止めてくれた)、卵を割るのに失敗し(どうせ解きほぐすから大丈夫、と諌められた)、オーブンの操作はついにミエルといっしょにすることになる。
ただ、それでもなんとかテレーズはオーブンにケーキを入れるところまではこぎつけることが出来た。
「後は焼き上がりを待つだけね。砂時計はひっくり返した?」
「あっ! 忘れてましたっ!」
「……1分10秒早く合図してあげるわ……」
そんなこんなありつつ50分。ミエルの合図でテレーズはオーブンのドアを慎重に明ける。
すると、キッチンには甘い香りが広がり、オーブンの奥ではこんがりとしたきつね色の生地がふんわり膨らんでいるのが見えた。
「さ、テレーズ。慎重にね……」
「は、はいっ。ミエル様」
ミトンを付けた両手でしっかり天板を持ち、慎重にケーキを取り出すテレーズ。
直ぐ側では、ミエルがすぐに魔法を使えるよう控えていたが、幸いテレーズはひっくり返したりすることなくケーキを取り出すことに成功した。
「うわぁ……美味しそうっ! ――でも、いつも見るパウンドケーキと比べると少し膨らんでない気もします……」
「このくらいは許容範囲よ。ケーキの膨らみには生地の混ぜ方が影響していてね、ちょっとコツがいるの。練習あるのみよっ!」
「はいっ! ミエル様」
テレーズの言う通り、やや膨らみが足りないものの十分及第点と言える出来のパウンドケーキ。
ミエルが風の魔法で冷ましたそれを、緊張の面持ちで切り分けると、ここまで固唾を飲んでテレーズたちを見守っていた面々が厨房へはいってきた。
「お父様、お母様。それに皆さんもご心配をおかけしました。……味見……してくださいますか?」
「もちろんよっ、テレーズ」
「……テレーズの手作りを食べれる日が来るとは……」
満面の笑みで、早速ケーキを一切れ手に取るテレーズの母。やや涙目な父。使用人達にもケーキを渡したところで、テレーズは自分もケーキを一切れ頬張った。
「お、美味しいっ! ちゃんと美味しいです、ミエル様っ!」
「でしょ? 初めてにしては上出来だと思うわ」
ちょっぴり胸をそらすミエルもまた小さな体で器用にケーキを頬張っている。
そのまま厨房は即席のお茶会会場となり、和やかな空気に包まれたのだった。
「……と、いうわけであれから何度か練習をしまして、作ったのがこれです」
「……それは……なんとも緊張感のあるお話だね」
テレーズが初めてケーキを作った日からさらに1月後。彼女はアップトン伯爵家のタウンハウスの庭でレオンとお茶をしていた。
テーブルには、練習を重ねて洗練されたパウンドケーキ。そしてテレーズが心を込めて淹れた、ハチミツ入りのミルクティーが並んでいる。
テレーズの話を少しばかり手に汗握って聞いていた様子のレオンだったが、彼女の
「食べて……いただけますか」
というやや不安そうな言葉には、
「もちろんっ! とても嬉しいよ」
と本当に嬉しそうな笑顔で答えた。
レオンとテーブルの周りに控える侍女たちを若干震えさせつつ、パウンドキーキを小さなお皿にサーブしたテレーズ。
愛しの婚約者の初手作りを前にしたレオンは、精霊への感謝を口にしてから、洗練された動きでフォークを動かした。
「……どう……で、すか?」
「うん美味しいっ! すごく美味しいよテレーズ」
そう言うが早いか、レオンは二度三度と続けざまにフォークを口に運ぶ。
貴族令息としてはやや砕けた仕草だが、テレーズにとってはその仕草がなによりも嬉しかった。
あっという間にケーキを一切れ食べ終え、紅茶を口にしたレオン。
それから彼はテレーズに向き直り、テーブルを超えて彼女の手をギュッと握った。
「本当に美味しいよテレーズ! もしかしてだけど……アップトン産のハチミツも使った?」
「はい、ミエル様からその程度のアレンジなら良いと許可が……」
「テレーズが淹れてくれるお茶とすごくよく合っている。もう一切れ食べても良い?」
「もちろんですわっ!」
そうして、また周囲をヒヤヒヤさせながらケーキを切り分けるテレーズ。
いつでも手助けできるようそっと構えるレオンに、そんな2人をこっそり伺うミエル。
「僕ももっと腕を磨かないとね……」
「まあっ! そしたら私はいつまでもレオンに追いつけませんわ」
婚約者たちのお茶会はハチミツより甘い。
そんな彼らを満足そうに眺めつつ、ミエルは
「次は何を教えてあげましょうかしら?」
など言いつつ、そっと姿を消す。
スパルタ精霊のお菓子教室は、まだまだ続きそうなのだった。




