婚約破棄された氷姫は、辺境伯に甘やかされながら元婚約者を地獄へ送る
婚約破棄って、もっとこう……段階とか空気とかあると思っていた。
なのに。
「セレスティア・レイヴェルト。お前との婚約は、本日をもって破棄する」
王城の大広間。
貴族だらけ。
音楽まで止まった。
いや待って。ちょっと待って。
今ここで!?
「……理由を、お聞きしても?」
私がそう言うと、王太子ルヴァインは鼻で笑った。
「お前は冷たい。愛がない。俺が癒やしを求めたのは当然だ」
その隣で、胸を張る女。
男爵令嬢ミレーヌ。
……あぁ。なるほど。
不倫相手、堂々登場ってわけね。
「殿下ぁ、セレスティア様って怖いんですぅ。わたくし、ずっと虐められて……」
は?
いつ?
記憶にないんだけど?
周囲もザワついている。
いや、そりゃそうだ。
だって王太子の不倫を正当化するために、私を悪役にしてるんだから。
「反論はあるか?」
「山ほどあります」
「だが聞かん」
聞けよ。
なんなんだ、この茶番。
「ミレーヌこそ、三ヶ月前から殿下の寝室へ出入りしていましたよね?」
ピシッ、と空気が凍る。
ルヴァインの顔が引き攣った。
ミレーヌが露骨に狼狽える。
「な、ななな何を!」
「使用人の証言もあります。手紙もあります。あと香水の匂い、廊下までしていましたので」
「っ……!!」
図星だったらしい。
でもルヴァインは開き直った。
「それでも俺はミレーヌを愛している!」
うわぁ。
最悪。
「だからお前を捨てる!」
「そうですか」
もういいや。
呆れた。
十年も婚約者やってきた自分が馬鹿みたい。
すると。
「――随分と品のない断罪劇だな」
低い声が響いた。
全員が振り返る。
そこにいたのは、黒い軍服の男。
辺境伯アルディオン・クロイツ。
戦場帰りの英雄。
冷酷無慈悲。
血塗れ辺境伯。
そんな噂しか聞かない人。
「アルディオン卿……?」
「婚約者を不貞で裏切っておきながら、被害者面とは恐れ入る」
ルヴァインが顔を歪める。
「これは王家の問題だ!」
「だから何だ?」
怖っ。
圧が凄い。
空気が重い。
でも。
その黒曜石みたいな瞳が、真っ直ぐ私を見た。
「セレスティア嬢。ここにいる価値はない。来い」
「……はい?」
「迎えに来た」
意味が分からない。
でも彼は当然みたいに私の手を取った。
大きくて、熱い手。
その瞬間。
「……え?」
泣きそうになった。
あぁ。
私、ずっと独りだったんだ。
◇
「で、なんで私を?」
辺境伯邸の応接室。
豪華。
広い。
落ち着かない。
アルディオンは紅茶を置きながら言った。
「昔、お前に助けられた」
「……記憶にありません」
「十年前。王都の雪の日」
そこで思い出した。
凍えていた少年。
私はマフラーを巻いただけ。
「まさか……」
「あの時から、お前だけだ」
待って。
急に重い。
いや甘い。
どっち!?
「だから、あんな連中に傷付けられるのは腹が立つ」
真顔で言うな。
心臓に悪い。
「復讐したいか?」
「……え?」
「俺が全部潰してやる」
物騒。
でも。
正直。
少しだけ。
少しだけ、悔しかった。
「……やり返したいです」
「よし」
笑った。
初めて。
冷酷辺境伯の笑顔、破壊力高すぎない?
◇
復讐は、意外と簡単に始まった。
まず。
王太子の横領。
発覚。
次に。
ミレーヌの男遊び。
発覚。
「えっ!? ミレーヌ様って他にも愛人いたの!?」
「四人だな」
「四!?」
「うち二人は既婚者だ」
「終わってる……」
社交界は大炎上。
さらに辺境伯が証拠を全部握っていた。
怖い。
この人、本当に怖い。
「アルディオン様、情報網どうなってるんですか?」
「企業秘密だ」
笑顔で言うことじゃない。
結果。
ルヴァインは王位継承権を剥奪。
ミレーヌは修道院送り。
綺麗に終わった。
本当に綺麗に。
怖いくらいに。
「これで満足か?」
夜風の中。
バルコニーで彼が訊いた。
「……はい」
胸の奥の黒いものが、消えていた。
「なら次だ」
「次?」
「俺と結婚しろ」
「…………はい?」
待って待って待って。
話飛んだ。
「嫌か?」
「嫌ではないですけど!?」
「なら問題ないな」
問題しかない。
でも。
彼は私を抱き寄せた。
「二度と泣かせない」
低い声。
真剣な目。
こんなの、反則だ。
「お前は、俺が甘やかす」
「……辺境伯ってもっと怖い人かと思ってました」
「怖いぞ」
「どこがです?」
「お前に関しては理性が効かん」
耳まで熱くなる。
もう駄目。
勝てる気がしない。
「セレスティア」
「……はい」
「愛してる」
あぁ。
婚約破棄された日。
人生終わったと思った。
でも違った。
地獄の後には、ちゃんと救いがあったのだ。
――それも、過保護すぎる救いが。




