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婚約破棄された氷姫は、辺境伯に甘やかされながら元婚約者を地獄へ送る

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/12

 婚約破棄って、もっとこう……段階とか空気とかあると思っていた。


 なのに。


「セレスティア・レイヴェルト。お前との婚約は、本日をもって破棄する」


 王城の大広間。


 貴族だらけ。


 音楽まで止まった。


 いや待って。ちょっと待って。


 今ここで!?


「……理由を、お聞きしても?」


 私がそう言うと、王太子ルヴァインは鼻で笑った。


「お前は冷たい。愛がない。俺が癒やしを求めたのは当然だ」


 その隣で、胸を張る女。


 男爵令嬢ミレーヌ。


 ……あぁ。なるほど。


 不倫相手、堂々登場ってわけね。


「殿下ぁ、セレスティア様って怖いんですぅ。わたくし、ずっと虐められて……」


 は?


 いつ?


 記憶にないんだけど?


 周囲もザワついている。


 いや、そりゃそうだ。


 だって王太子の不倫を正当化するために、私を悪役にしてるんだから。


「反論はあるか?」


「山ほどあります」


「だが聞かん」


 聞けよ。


 なんなんだ、この茶番。


「ミレーヌこそ、三ヶ月前から殿下の寝室へ出入りしていましたよね?」


 ピシッ、と空気が凍る。


 ルヴァインの顔が引き攣った。


 ミレーヌが露骨に狼狽える。


「な、ななな何を!」


「使用人の証言もあります。手紙もあります。あと香水の匂い、廊下までしていましたので」


「っ……!!」


 図星だったらしい。


 でもルヴァインは開き直った。


「それでも俺はミレーヌを愛している!」


 うわぁ。


 最悪。


「だからお前を捨てる!」


「そうですか」


 もういいや。


 呆れた。


 十年も婚約者やってきた自分が馬鹿みたい。


 すると。


「――随分と品のない断罪劇だな」


 低い声が響いた。


 全員が振り返る。


 そこにいたのは、黒い軍服の男。


 辺境伯アルディオン・クロイツ。


 戦場帰りの英雄。


 冷酷無慈悲。


 血塗れ辺境伯。


 そんな噂しか聞かない人。


「アルディオン卿……?」


「婚約者を不貞で裏切っておきながら、被害者面とは恐れ入る」


 ルヴァインが顔を歪める。


「これは王家の問題だ!」


「だから何だ?」


 怖っ。


 圧が凄い。


 空気が重い。


 でも。


 その黒曜石みたいな瞳が、真っ直ぐ私を見た。


「セレスティア嬢。ここにいる価値はない。来い」


「……はい?」


「迎えに来た」


 意味が分からない。


 でも彼は当然みたいに私の手を取った。


 大きくて、熱い手。


 その瞬間。


「……え?」


 泣きそうになった。


 あぁ。


 私、ずっと独りだったんだ。


 ◇


「で、なんで私を?」


 辺境伯邸の応接室。


 豪華。


 広い。


 落ち着かない。


 アルディオンは紅茶を置きながら言った。


「昔、お前に助けられた」


「……記憶にありません」


「十年前。王都の雪の日」


 そこで思い出した。


 凍えていた少年。


 私はマフラーを巻いただけ。


「まさか……」


「あの時から、お前だけだ」


 待って。


 急に重い。


 いや甘い。


 どっち!?


「だから、あんな連中に傷付けられるのは腹が立つ」


 真顔で言うな。


 心臓に悪い。


「復讐したいか?」


「……え?」


「俺が全部潰してやる」


 物騒。


 でも。


 正直。


 少しだけ。


 少しだけ、悔しかった。


「……やり返したいです」


「よし」


 笑った。


 初めて。


 冷酷辺境伯の笑顔、破壊力高すぎない?


 ◇


 復讐は、意外と簡単に始まった。


 まず。


 王太子の横領。


 発覚。


 次に。


 ミレーヌの男遊び。


 発覚。


「えっ!? ミレーヌ様って他にも愛人いたの!?」


「四人だな」


「四!?」


「うち二人は既婚者だ」


「終わってる……」


 社交界は大炎上。


 さらに辺境伯が証拠を全部握っていた。


 怖い。


 この人、本当に怖い。


「アルディオン様、情報網どうなってるんですか?」


「企業秘密だ」


 笑顔で言うことじゃない。


 結果。


 ルヴァインは王位継承権を剥奪。


 ミレーヌは修道院送り。


 綺麗に終わった。


 本当に綺麗に。


 怖いくらいに。


「これで満足か?」


 夜風の中。


 バルコニーで彼が訊いた。


「……はい」


 胸の奥の黒いものが、消えていた。


「なら次だ」


「次?」


「俺と結婚しろ」


「…………はい?」


 待って待って待って。


 話飛んだ。


「嫌か?」


「嫌ではないですけど!?」


「なら問題ないな」


 問題しかない。


 でも。


 彼は私を抱き寄せた。


「二度と泣かせない」


 低い声。


 真剣な目。


 こんなの、反則だ。


「お前は、俺が甘やかす」


「……辺境伯ってもっと怖い人かと思ってました」


「怖いぞ」


「どこがです?」


「お前に関しては理性が効かん」


 耳まで熱くなる。


 もう駄目。


 勝てる気がしない。


「セレスティア」


「……はい」


「愛してる」


 あぁ。


 婚約破棄された日。


 人生終わったと思った。


 でも違った。


 地獄の後には、ちゃんと救いがあったのだ。


 ――それも、過保護すぎる救いが。


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