第8話 瑠沙の里 2
「ようこそ、エイミー・クリス少佐。いや、お帰りなさいかな? 栗栖瑛美少佐。私は、ここ王国航宙軍日本駐在所瑠沙事務所を預かっている、瑠沙礼司少佐です。あなたの様な長く素晴らしい軍歴をお持ちの方に来ていただいて、大変うれしく思います」
エイミーが駐在事務所に、瑠沙健人中尉に案内されて入ると、執務机について書類を読んでいた瑠沙少佐は立ち上がりエイミーを出迎えた。そしてお互いに敬礼を交わし合うと、瑠沙少佐はエイミーに握手を求めてきた。エイミーはそれに応え握手を交わすと、瑠沙少佐は室内の応接セットのソファーへの移動を勧めてきた。
「どうぞ、コートを脱いで楽になさって下さい」
エイミーがコートを脱ぎ、スカーフを外すと中尉がそれを受け取り、ソファー横にあるポールハンガーに掛けてくれた。
二人の少佐が応接セットのソファーに座り対面する。
先に言葉を発したのはエイミーだった。
「瑠沙少佐、ここ駐在所ではあなたが先任なのですから、その様な丁寧な物言いはやめてください。立場的には私はあなたの下に着く形になるのですから」
軍隊では同じ階級の者同士であれば一分でも早くその階級になったものが先任者として立場は上になる。同じ階級の者が同じ任地に就いた場合は先にその任地で任に就いたものが先任者となるのだ。
例えば戦時中であった場合、部隊の指揮官が戦闘で亡くなって指揮を取るものがいなくなった場合、その次に上位の階級を持つ者が指揮を取ることになる。しかし同じ階級の者が二人以上いた場合は、その階級に先になった者、その部隊に先に配属されて来た者が最先任者として指揮を取ることになるのだ。
これは余談ではあるが、最先任者が優れた指揮官であるかどうかは、また別の話である。悲しいことに、戦闘指揮に不適格な指揮官となった先任者の為に部隊が全滅したということもあるのだ。
エイミーと瑠沙少佐の場合は、そのどちらもが瑠沙少佐に当てはまり、エイミーはそのことを指摘したのである。そこにはキャリアの長さや軍功などは関係ない。
「クリス少佐、あなたは王国航宙軍の中でのご自分と言うものが良くお判りになっていないようですね。あなたがご自分で思っている以上にあなたをリスペクトしている人間がいることを知っているべきです。特に地球系いえ日系王国軍人にとってはね」
エイミーと瑠沙少佐にコーヒーを入れて持ってきた瑠沙中尉もうんうんと頷いている。
「さて、クリス少佐もこのように言われても困ってしまうでしょうから、仕事の話をしましょうか。
こちらに来る前に本星の方で聞いている事とは思いますが、クリス少佐には東京駐在所での責任者、所長をして頂くことになります。
ああ、その前に駐在所の仕事について説明しなければいけませんね。
現在地球上には日本国内に瑠沙駐在事務所と東京駐在所の二か所の駐在所が置かれています。ここでの主な業務は地球上と地球外への監視が主となっています。
衛星軌道上に現在十二個の監視衛星が設置されて、地球全面の監視と地球外からの飛来物や違法な侵入者への監視が行われています。しかし、王国星間法によって我々の地球への干渉が禁じられているため、余程のことがないかぎり、基本は放置されることになります。我々が注視すべきなのは違法な侵入者なのです。監視衛星システムなども定期的に更新して穴の無い状態にしているはずなのに、何故かゴキブリの様に
侵入して来る者がいるのです。それの発見、検挙、拠点などが有ればそこの壊滅などが主な仕事となると考えてください」
瑠沙少佐はコーヒーをブラックで一口含むと話を続けた。
「それと、東京の警視庁で新しい部署が設立されたようなのです。そこは、外世界及び外宇宙関連犯罪対策課、どうも公安部での新設課らしく外事五課が正式名称らしいです。日本政府から我々の方に協力要請がありまして、瑠沙本家の方では日本政府に承諾の返事を出したそうです。ただし、この件については常時協力体制を取るものではなく、外星人関連の協力依頼を要請した時のみの事となりそうです。その辺は所長であるクリス少佐の判断にお任せすることになるでしょう。
これはクリス少佐にとっては最重要で最難関となる仕事の事なのですが……、姫様の事、くれぐれもよろしくお願いします」
エイミーは航宙軍司令部でのハリス准将とアスティの言葉を思い出していた。どこが閑職なの? 結構忙しそうじゃん。しかも荒事もありそうだし。全然話が違わないか。これはやはり退役したほうが良かったんじゃないか。これから三年の任期かよ……。
「クリス少佐どうかされましたか?」
瑠沙少佐は反応が無く固まっていたエイミーを見て声を掛けてきた。
「あっ、いえ、すいません。王国本星の司令部で聞いた話と違っていたものですから」
「司令部ではどのような話がされたのですか?」
「うーん、この話はここでしていいものかどうか……。うーん、実はですね、私は本星司令部には退役の挨拶のつもりで行ったんですよ。そこで退役を引き留められまして、日本駐在所の所長の任に空きが出た、地球と言う特殊な環境で誰にでも頼めるものではないぜひ引き受けてもらいたい。所長と言う仕事と言っても部下の管理以外の仕事は無く閑職に近いものだから里帰りだと思ってのんびりやってくれ。とまあ、こんな感じで翌日出航の定期輸送艦に乗せられて来たわけです」
「それは、何ともまあ慌ただしいことでしたね。翌日の出航の便と言うのも姫様のこともあって急がれたのでしょう。警視庁の協力要請の件はまだ司令部には話が行っていないものと思います。事実その新しい部署の拠点となる施設は今は準備中とのことです。ですので、当面は要請も無いのではないでしょうか。司令部が言っていたように、これまでは東京駐在所内はのんびりしたものだったようですよ。軍の駐在所としては、いささか思う所は有りますがね」
「はぁ、何とも来るタイミングが悪かった様ですね。でもまあ、前線でドンパチやるわけじゃぁないんで、そこの所はうまくやっていきますよ。これまでも色々な所で長いことやってきたわけですし」
エイミーはため息と共に、瑠沙少佐に答えた。
「クリス少佐のこれまでの経験で、そこはうまくやっていただけると信じていますよ。
さて、話を進めましょうか。
まず、これを受け取ってください」
瑠沙少佐はソファーから立ち上がり、執務机まで行くと引き出しからA4サイズの封筒を持ってきて、エイミーに渡した。
受け取った封筒は、やや重く厚みもあり色々入っていそうだった。
エイミーは封筒から一つずつ取り出していき、応接セットのテーブルに並べていく。
まずは免許証。日本国籍で名前には栗栖瑛美とある。そしてパスポート。日本国発行の物だ。その両方の生年月日を見る。
「おお、二十五歳になってる。よし、これからは永遠の二十五歳だ」
エイミーが小さく呟いたその言葉に、瑠沙少佐はクスッと笑うとエイミーに言った。
「免許証とパスポートは正式に日本国が発行したものです。保険証などは有りませんので体調不良などの時はこちらの瑠沙家内にある医療施設にかかってください。クリス少佐は義肢と義眼を付けているようですので、そちらも医療施設での対応になります。
カードが三枚あると思いますが一枚は、瑠沙綜合警備株式会社の社員証になります。クリス少佐の身分は、瑠沙綜合警備株式会社調査部東京支所所長となります。そのカードは駐在所のマスターカードキーになりますので駐在所内の全ての部屋に使えます。
二枚目のカードは、瑠沙家関連企業のクレジット会社のカードです。すぐにも使えるようですので、くれぐれも使い過ぎないように。
さて、三枚目ですがこれは銀行のキャッシュカードです。そちらの通帳と印鑑を確認してください」
エイミーは印鑑ケースを開けて、印面を見てみると『栗栖』とある。通帳を見てみると瑠沙銀行本店とあった。瑠沙家の関連企業どれだけあるのか。自分の仕事をしていく上の背景としては、これほど頼もしいものは無いが……。
通帳の一番上に入金の印字が一行だけある。そこには二百万の入金があった。エイミーは瑠沙少佐の顔を見た。
「少なくて申し訳ありませんが、その金額は支度金と思ってください。クリス少佐は日本円を一円もお持ちじゃないでしょう。王国と日本は通貨の取引が有りませんのでお持ちの王国通貨を両替することもできません。いわば身一つでこちらに来ていただいたわけですから、お詫びを兼ねての支度金だと思ってください。ちなみに、それが分かっていて、貴金属や宝石などを持ち込もうとすれば、密輸になり捕まりますのでやめてくださいね。
さて、残ったその箱は、現在日本で使われている通信端末です。スマートフォン、スマホと呼ばれる、単純な初期型コンピューターのタブレット型端末です。会社からの支給品と言う形で貸与します。添えられたその用紙には、日本で使われている通信周波数帯の一覧です」
エイミーは周波数帯の一覧を見て、自分の内蔵端末に登録していき順番に接続状況をサーチし確認していく。
「中尉、端末を持ってたら接続先をこれに書いて」
エイミーは瑠沙中尉に周波数帯一覧の紙を渡し、その裏に接続先を書かせた。そこには十一桁の数字が書かれている。
「ほう、暗号通信なんだ。パスキーねぇ、ちょろいなぁ。お、こちらの番号要求された。偽装でいいか」
すると中尉のスマホが鳴りだした。中尉は通話ボタンを押す。
『日本では、まだもしもしって言うのかい? 中尉』
スマホからは少佐の声が聞こえた。しかし、少佐のスマホは箱から出してもいない。少佐はソファーに座ったまま口さえ動いていなかった。テレポートルームでのデータの送信だけでなく、内蔵端末とはここまでできるのか。中尉は今更ながら、星間王国の技術に驚いた。
しかし、ここで一つ中尉の誤解があった。内蔵端末だけではここまではできないのだ。これを行うだけのクリス少佐のハッキング技術とそのためのツールである航宙軍謹製のアプリケーションあってのものなのだ。
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