第6話 瑠沙家の子たち
ルサ ロワール星間王国本星セント ロワールの、エルファクタル航宙軍基地を発進した地球航路定期便は、四十日間の航程を何の障害もなく、順調に航行していた。
エイミーの、この四十日間の前半は駐在所赴任の事前準備に費やされたと言ってもよかった。なにせ、あの慌ただしい出発でいきなり宇宙船に乗せられ放り出されたに等しい。
六十年も離れて怪しくなった日本語の再学習や、地球の共通語とも言える英語の習得、地球を離れてから現在までの日本と世界の歴史の流れなど、学習するべきことは山ほどあった。
幸いなことに王国には学習ポッドや圧縮学習ギアと呼ばれる、便利グッズがある。
学習ポッドは、カプセル状に密閉されたベッドに、寝ているだけで強制的に学習内容が脳にインストールされる。圧縮学習ギアは、それの簡易普及版とも言えるもので、ヘルメット状のギアを頭にかぶり学習内容を脳にインストールするものだ。
しかし、いくら便利グッズといえども使用制限がある。脳の過負荷を避けるために推奨使用時間は六時間、軍などの一部許可された使用においては、十二時間の使用制限が掛けられている。
では、そこで空いた時間や、残りの二十日間は何をしていたかと言うと、艦内施設を十分満喫させてもらっていた。
地球航路定期便は重武装され、長距離用ワープエンジンに改装された、通常規格よりもやや大型の中型輸送艦なのだが、王国本星と地球との往復にはこの便以外の航行が認められていないため、王族もこの便を利用すると言う事で、客室部分は豪華客船もかくやと言う内装であった。艦内施設もレストラン、バー、トレーニングルーム、ビリヤード・ダーツなどのゲームルーム、マッサージルーム、しかもVRゲーム用サーバールームまで有り、自室でVRMMOなどのフルダイブゲームができるなど至れり尽くせりである。
今回の船旅でエイミーにあてがわれた船室も、航宙軍佐官と言う身分もあって、一等船室であった。個人的に追加料金を出せば、もっと上のクラスの客室にもできたそうだがこれでも十分満足である。前回の船旅の兵員輸送室に比べたら……、いや比べることすらおこがましい。
乗艦の際、受付対応してくれた艦員からエイミーの他に四人の乗客がいるという話は聞いていた。しかし、生活のサイクルが違っていた為なのか中々会うことは無かった。
彼女たち四人に初めて会ったのは、エイミーが事前学習をほぼ終えた、旅程も半ばを過ぎた頃であった。
学習データインストールの為、食事とトイレを除くその一日を、ベッドに横になって過ごしていたことから、さすがに体力的にまずいと思い、トレーニングルームを利用しようと思い立ったのであった。
訓練時に着用しているトレーニングウェアとスニーカーを身に着けるとトレーニングル-ムへと向かった。
トレーニングルームの入り口を入ると、左前方の部屋の隅、壁の二方に鏡が貼られたフリースペースで、十代後半から二十代前半と思われる女性四人が格闘訓練をしているようだった。
若い彼女たちを微笑ましく眺めながら、エイミーはトレーニングマシンが並ぶスペースへと入っていく。ランニングマシンの一台に乗ると、速度と時間をセットしていく。最初は歩くペースで時速三キロメートルから、そして五キロメートルへ。
ランニングマシンの速度表示がKm/hで他のマシンのウェイトの重量表示がKgなのはここに設置されている物は全て地球製なのだろう。学習プログラムをインストールしていなかったら少し戸惑っていたかも知れない。
マシンの速度を十Km/hに上げる。今日は無理しないで部隊の最低条件レベルの速度と時間でいいかと、さらに十三Km/h、三十分でセットした。
三十分経過のアラームが鳴り、マシンの速度がゆっくりと落ちていく。エイミーはマシンの速度を八Km/hに設定してクールダウンしていった。五分ほど歩いてクールダウンをすると、スイッチを切りマシンから降りた。さて、次は腹筋でもするかと腹筋台を探していると、後ろから声を掛けられた。
「失礼します。エイミー・クリス少佐でしょうか?」
「ああ、そうだが、君は瑠沙家の人間かい?」
振り返り返事を返し相手を見ると、そこには黒目で黒髪のロングヘアーを後ろで束ねた、小柄な二十代前半と思われる女性が立っていた。
瑠沙家とは、かつての王弟殿下が日本で子を成し、その子を公爵家の分家の伯爵家として興した家である。
「はい、初めまして、瑠沙麻里絵ともうします。本家の次女になります。クリス少佐にはお会いしてご挨拶したかったのですが、なかなかお会いすることができなくて、今日お会いできて良かったです」
「それは済まなかったね。地球に赴任するにあたって、事前学習プログラムが非常に多かったものでね。その為ほとんど引きこもり状態になってしまったよ。なにせ、六十年ぶりの日本で日本語も怪しいものだったんだよ」
麻里絵はエイミーの話を聞いて大きく目を見開いて驚いた。
「六十年……。少佐はいったいおいくつ……、いえ、失礼しました」
「王国本星へは君たちは何をしに?」
「身体強化処置を受けることと、ルサ伯爵家本星屋敷で、私は貴族子弟教育を。同行した彼女たちは側近、従者教育を二年間受けて参りました」
「身体強化処置を受けると言う事はこう言うことだよ。処置を受けた時に説明を受けただろう。寿命が三百歳まで伸びるとね。私の実年齢は八十二歳だよ。地球と王国本星の周期差を考えるともうちょっといってるかもしれないけどね。航宙軍の男たちには永遠の二十二歳と言い続けてたけどね。あっはっはっは」
「地球の瑠沙家内では、表立って身体強化を受けたことを言う者はいませんでした。そうですよね。言えるわけないですよね。自分たちがほかの人間より三倍も寿命が長いなんて。
私たち瑠沙の里の子供たちは十八歳を成人として、その時初めて自分たちの出自を教えられます。瑠沙家の本家、分家の者は半ば強制的に、その他の者は希望者に身体強化処置を受けさせます。でも、実際に身体強化処置を受けた私自身そのことに実感が有りませんでした。今日、クリス少佐とお話しできて良かったです。実際に二十代の姿で百年近く生きている人を目の当たりにすることができて、実感することができました」
「私はまだ百歳じゃない、八十歳だ。そこ間違えないように!
一般の身体強化は私のような戦闘用身体強化と違って、さほど元の体と違いは感じられないみたいだからねぇ。本当に実感するようになるのは、二十年後、三十年後に成ってからじゃないか? 君たちの祖父母の代の人達はどうしているのかな。もし見かけなくなっているなら本星の方に移っているんじゃないか? 向こうで会わなかったかい? 帰ったら聞いてみたらいい」
「わかりました、そうしてみます。色々お話いただきありがとうございます。何かと秘密の多い里でして、身内にさえこうですから。
あなたたち、こちらに。少佐にご挨拶を」
麻里絵は後ろで控えてこちらを見ていた三人に声を掛けた。
三人はエイミーの前に出ると、一人ずつ名乗っていった。
「瑠沙分家の実里亜です。よろしくお願いいたします」
「大戸絵梨です。よろしくお願いします」
「玄野恵です。よ、よろしくおねがい、します」
エイミーは四人に向かって、にっこりと微笑み答えた。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。あなた達とはこれから日本で顔を会わせることも多いでしょうから」
すると、麻里絵が横からエイミーに訊ねてきた。
「あの、クリス少佐。不躾なお願いですが、地球に着くまでのあいだ格闘戦のご指導をお願いできませんでしょうか? 私たちだけでは、どうも上手くできなくて」
「ああ、構わないよ。予定していた学習プログラムは全て終わって、これからどうやって暇をつぶそうか考えていたところだったんだ。私は格闘術教官の資格ももっているよ。君たちに航宙軍特殊部隊仕込みの格闘術を伝授してやろう」
エイミーは地球到着までの残りの日数は退屈し無さそうで、少し楽しくなってきた。
麻里絵たち四人は、エイミーのその楽しそうな笑顔を見て震えあがってしまった。




