第2話 カレンドール星系戦闘奴隷密輸事件
エイミーは生まれは地球と言う辺境惑星の日本と言う国であった。仕事を終えて帰宅途中だったということまでは覚えていた。二十歳の時だった。
気が付けば、王国本星の軍病院のベッドの上だった。今いる場所が日本どころか地球ですらないと言う。訳が分からず最初は泣いてばかりだった。それに使ったこともない異国の言語を自分が普通に話していることが、一層不安を助長した。
栗栖瑛美というのが、日本での彼女の名前だ。最初の内は、栗栖がファーストネームだと思われ、クリスとしばらくは呼ばれていたが、瑛美が日本では姓と名をこちらとは逆に表記すると教えると、それからはエイミーと呼ばれるようになった。
十日ほどが経ち、エイミーが精神的に落ち着いたと判断されて、軍警察の担当官が彼女が巻き込まれた事件を説明しに面会に来た。軍警察は彼女を気使ったのか女性の担当官であった。
ベッドの背もたれを起こし看護師からもらった雑誌をパラパラとめくっていたエイミーの前に軍警担当官の彼女は現れた。
「初めまして、エイミー・クリスさん。私は軍警本部広域捜査一課のアストリット・ウォレス中尉です。だいぶ気持ちが落ち着かれたようですね。今日、私はあなたがあなた自身に対する疑問についてお答えするために、ここにきました。そして、それにまつわる事件についても説明したいと思います。あなたのこれからについてもお話しさせてもらいますが、それについては後ほど専門の担当官がうかがいますので、そちらから詳しい話を聞いてください」
ウォレス中尉はやや身をかがめ、そのグレーの瞳でエイミーの目を見つめると、ややハスキーな声で優しく語りかけてきた。
茶色のショートヘアーでグレーの瞳のウォレス中尉は黒に近い紺色の軍警の制服ではあったが厳めしさは全く感じられなかった。
「どうでしょう、少し気分を変えるのに病室を出てお話をしませんか。ここの病院にはカフェもありますよ、そこでお茶でもいかがでしょう」
エイミーはカフェと聞いて興味をそそられた。日本で新橋に勤めていた時には、同僚と喫茶店でコーヒーをよく飲んだなぁと思いだした。あの時はコーヒーは一杯七十円くらいだったろうか。
「カフェですか、コーヒーは飲めますか? コーヒーが飲みたいです。
あっ、でも私お金が・・・」
エイミーは食いつくように答えたが、その言葉はすぐに尻すぼみになってしまう。
「それは気になさらないでください。私がお出ししますので。それでは、そちらでゆっくりお話をしましょう。出るのに、少しお待ちした方がいいですか?」
「あの、カフェに行くのにこんな格好のままで大丈夫でしょうか? 今の私にはこれと病院から貸してもらっている入院着しかないので」
今エイミーが着ているのは、下着の上に白い丸首の半そでシャツに柔らかい厚手の綿のような生地で灰色の立襟の運動着だった。
エイミーが過ごしていた時代の日本では、まだ普及し始めたばかりでエイミー自身は分からなかったが、いわゆるジャージの上下と言われるものだ。
「入院患者の多くの方が面会に利用されている様ですから。気軽にそのまま行かれたら良いと思いますよ」
ウォレス中尉はエイミーにそう言うと、ベッド横に脱ぎ捨てられたサンダルを揃えて置いてあげた。
ベッドの背もたれを少し上げて横たわるエイミーに、ウォレス中尉は一階のカフェから買ってきたコーヒーのカップを渡した。
「ミルクと砂糖は入れる?」
ウォレス中尉はエイミーに聞くと、カップの蓋の外し方と飲み口の開け方を教えてあげた。
「ありがとうございます。いえ、このまま頂きます」
エイミーは目をつぶり、コーヒーの香りを堪能した。
二時間ほど前、エイミーとウォレス中尉は一階のカフェへ向かおうと病室を出たところで、エイミーがつまずいて転びそうになった。その時は気にせずエレベーターホールに向かおうと十メートルほど進んだところで、再びつまずいて転んでしまった。ウォレス中尉に腕を組んで支えてもらい歩いていると、今度は膝が抜けるように倒れてしまい足が思うように動かなくなってしまったのだ。そこがちょうどナースステーション前だったこともあり、エイミーの異常に気付いて飛び出してきた看護師によって介助され車いすへ移された。急遽呼ばれた医師により検査室で全身検査することになった。
検査の結果を聞かされた時、これまでの不安を一層増すこととなってしまった。
医者の言うことの半分も理解できないまま聞いていたが、なんでも身体強化処置されるときに付随して処置される運動機能補助処置の不良とのことだった。正規に処置が行われた場合はほぼゼロに近い確率でしか出ない症状だが、未認可の医療機関での違法強化処置でまれに出る処置不良とのことだった。
そして再びエイミーはベッドの上となってしまった。機能回復の手術は明日行われるらしい。
「やっと落ち着いてお話できそうですね。あなたにとっては知りたいことだらけだと思います」
ウォレス中尉はベッドの横にいすを置きそこに腰かけた。
「ここは日本では、いえ地球ではないということは聞きました。さっき私の体に起きたこと、身体強化の処置不良と言っていましたけど、そもそも身体強化ってなんですか? それに体自体も日本にいた時より、身長がかなり高くなっているように思います。今話している言葉だって、なんで使ったこともない言葉がこんなに普通に話せるんですか?」
エイミーはこれまで疑問に思っていることを吐き出した。しかし疑問に思っていることはこれだけではなく、まだまだたくさんあった。
「エイミー落ち着いて。そこは順を追ってお話しします。
まず、あなたがいるここは、ルサ ロワール星間王国の本星首都セント ロワールです。ルサ ロワール星間王国は、ルサ ロワール王家によって百八十の星系を統治する、大国と言える星間国家です。まあ、この辺のことは病院を出た後に学ぶことがあるでしょう。
あなたは地球と呼ばれる辺境惑星の日本と言う地区で、宇宙海賊、宙族とも言われる犯罪組織に拉致誘拐されました。これは奴隷狩りとも言えるもので地球からは主に戦闘奴隷とされるものが多く拉致されたようです。
拉致された後にルサ ロワール王国内のカレンドール星系にある宙族の基地に移送されて、戦闘用身体強化処置を施されました。それと同時に兵士としての身体規格に合わせるために体格調整も行われたようです。
あなたの場合はこの段階で凍結処置されて出荷待機状態だったようですね。中には情報戦用として情報処理端末を脳に埋め込まれ身体改造されたり、薬物による身体強化や洗脳処理された人も多くいます。この病院にも何人かが治療のために入っていると思いますので、もし出会ったらそのかたも労わってあげてください」
ウォレス中尉は言葉を切ると手にしたカップのカフェラテを口にした。
「この病院に日本の方もいらっしゃるんですか?」
エイミーのこの問いに、ウォレス中尉は上着のポケットから携帯端末を取り出すと、その画面を操作しながらいった。
「そのようですね、一人は脳内構成型情報端末の軍産品から民製品への切り替えと言う方がいます。この方は女性の方ですね。それと、身体強化処置の薬物による増強と洗脳による脳の部分的機能障害の治療と言う方が二名いますね」
「三人いるんですか。会えたらいいなぁ」
「そうですね。でも、薬物治療の方は脳の機能回復までの治療が必要ですから、時間がかかりそうなのでどうでしょうか。
じゃあ、話の続きを進めますね。さきほどの話と重複しますが、あなた方を発見したきっかけとなった事件ですが、軍警察でカレンドール星系の宙族のアジトから他星系への大規模な兵器の密輸出の情報を掴みました。軍警と航宙軍と共同で捜査の結果、摘発し大量の兵器を押収することができました。その中に戦闘奴隷として凍結処理され、出荷物として収納されていたあなた方を発見したのです。
ここで保護された人数は五百七十三名でした。あなたが気になるだろうと日本人も確認してきました。日本人は百二十五名でした。
そして、全員を保護の後、凍結を解除して検査と治療のため複数の病院へ分散送致されて今に至ります」
「五百人以上の人が・・・」
エイミーは保護された人数を聞いて驚いた。
「宙族から押収された過去の出荷データから、これまでに二度、同規模の人数の出荷が確認されています。出荷先となっている星系の駐留軍に追跡調査を依頼してはいますが、送られた先が紛争中の前線ということで調査は困難だろうとの回答でした」
ウォレス中尉はため息をついて言葉を切った。
「私たちは運が良かったと言えるんでしょうか?」
誘拐され、体を勝手に改造されたが、前線に送られる前に発見され保護された。エイミーには怒りとほっとした気分とが入り混じった複雑な気分だった。




