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シナスタジア心霊事件ファイル~共感覚霊視者と心霊詐欺師の霊能者業界成り上がり~  作者: 十凪高志


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第9話 あの霊の正体がわかった

「祐介、ブラックミラーを使って、一ノ瀬さんを視てくれ。漆黒無敵の出番だ」

「わかった」


 僕は、リュックからベンタブラックのブラックミラーを取り出した。

 でもその言い方は口にして聞くとちょっと恥ずかしいと思う。


「それは……?」


 雫さんは、不思議そうにそれを見つめる。

 額縁にぽっかりと空いた、「穴」を。


「スクライングという技術で使う道具だよ。これで、君に何が憑いているか、視ることができるんだ」

「おいおい相棒、それだとそのザ・漆黒無敵が無いと見れないみたいな言い方になってるぜ。あくまでも鏡はサポート用の無敵アイテムで霊視はお前の力じゃないか」


 獅堂は言う。僕を誉めたいのか鏡のアピールしたいのかどっちだよ。

 ともかく、僕はブラックミラーを雫さんの前に置いた。

 彼女と黒鏡が同時に視界に入る、そんな位置セッティングだ。


「少し、リラックスしてください。深呼吸をして」


 雫さんは、言われた通りに深呼吸をした。

 僕も、深呼吸をして、ブラックミラーを見つめる。


 そして――集中する。

 雫さんに憑いているもの。

 雫さんを苦しめているもの。

 それを、視る。


 ややあって。

 ブラックミラーの闇の中に、映像が浮かび上がってくる。


「……視えた」


 そこには――穏やかな表情の、老婆の姿があった。

 白髪で、優しい顔。

 雫さんの背後に寄り添うように、立っている。


「おばあちゃん……」


 雫さんが、小さく呟いた。


「はい。あなたの祖母です」


 僕は、確信を持って言った。


「この方は、あなたを守っています。悪いものじゃない」

「でも……」


 雫さんが、不安そうに聞く。


「じゃあ、なんで私、こんなに苦しいんですか……?」


 僕は、さらに集中した。

 他に何かいないか。

 悪いものは。

 雫さんを害するものは。


 だが――何も視えなかった。


「……おかしい」


 僕は、眉をひそめた。


「何も視えない。おばあさん以外、何も」

「何も……?」


 獅堂が、聞き返す。


「ああ。悪霊も、怨霊も、何も憑いていない」


 あと憑いてるかもしれないと思っていた、スピの助の生き霊も。

 何もついていなかった。まるで祖母の念が守っているかのように。

 僕は、ブラックミラーから目を離した。


「でも、確実にあなたには何かが起きている。お婆さんも、とても心配しているように見える」


 僕の言葉に、獅堂は腕を組んで考え込んだ。


「……なるほどな」

「なにか、わかったの?」

「仮説が二つある」


 獅堂は、指を二本立てた。


「一つ目。一ノ瀬さん自身が、無意識に何かを起こしている」

「私が……?」


 雫さんが、驚いた顔をする。


「ああ。ポルターガイスト現象ってやつだ。思春期の少女が無意識に念動力を発揮して、物を動かしたり音を出したりする」

「でも、それだと体調不良は説明できない」


 僕が指摘すると、獅堂は頷いた。


「これはあまり言いたくないんだが、まあ……本人の思いこみで体調を崩したりってのはあるしな。

 よくいるぜ、自分は霊にとりつかれているーって妄想で自分を意図せず苦しめてる奴。だけどまあ、今回はそれじゃないだろう。

 さて、そして二つ目の仮説だが……」


 獅堂は、真剣な表情で言った。


「一ノ瀬さんではなく、一ノ瀬さんの住む場所に、何かがある」

「場所に……?」

「ああ。家そのものに問題がある可能性だ」


 獅堂は、雫さんを見た。


「一ノ瀬さん、失礼ですが、あなたの家を調査させてもらえませんか?」

「家を……ですか」


 雫さんは、少し躊躇したが、すぐに頷いた。


「……わかりました。お願いします」



 ◇

 一ノ瀬邸は、都心から少し離れた閑静な住宅街にあった。

 立派な一軒家だ。庭も広く、手入れが行き届いている。


「ここが、私の家です」


 雫さんが、玄関の鍵を開ける。

 僕らは、家の中に入った。


 その瞬間――。


「……っ」


 僕は、違和感を覚えた。

 視界に、ノイズがかかったように感じる。

 まるで、古いテレビの砂嵐のような。ザザザッ、と不快な雑音が頭に響く。


「祐介、どうした?」


 僕の様子を見て、獅堂が聞いてくる。。


「……なんだろう。視界が、おかしい。これは……くそ、気持ち悪い。だけど……」


 僕は、目をこすった。

 だが、ノイズは消えない。こんなのは初めてだった。


「……でもなんだろう。霊的なものとは、違う感じがする」

「違う……?」

「ああ。もっと……無機質な感じがする。

 ざさざ、というかどどどど、というか……でも機械的な感じじゃない」


 そう言いながら僕は家の中を見回した。

 リビング、キッチン、階段。

 どこを見ても、ノイズがかかっている。


「この家全体に、何かがある」


 そんな僕の体調を心配してか、雫さんがお茶を淹れてくれた。

 アイスのカモミールティーだった。


「ご両親は?」


 獅堂が聞くと、雫さんは寂しそうに答えた。


「今、仕事で海外にいます。二人とも、商社勤務で……」

「一人暮らし?」

「はい。時々、ヘルパーさんが来てくれますけど……」


 雫さんは、俯いた。


「最近は、怖くて……一人でいるのが辛くて……」


 その時だった。


 ガシャン、と大きな音が響いた

 突然、テーブルの上のコップが床に落ちたのだ。

 

「きゃっ!」


 雫さんが、悲鳴を上げる。

 僕は、すぐに周囲を視た。

 だが、何も見えない。

 霊の姿も、気配も、何も。


「……これは」


 獅堂は、冷静に床に落ちたコップを拾った。


「一ノ瀬さん」


 獅堂は、真剣な表情で言った。


「今夜、友達の家に泊まってください」

「え……?」

「ここは、今夜は危険です。俺たちが調査しますから」


 獅堂の声には、有無を言わさぬ迫力があった。


 雫さんは、震えながら頷いた。


「……わかりました」


 ◇


 夜。


 一ノ瀬邸は、静まり返っていた。

 僕と獅堂は、主のいない家のリビングに座っていた。


「祐介、改めて聞くけど」


 獅堂が、真剣な表情で言った。


「ここにいる『何か』は、霊じゃないんだな?」

「……ああ」


 僕は、頷いた。


「霊じゃない、と思う。僕が視る霊……人の残留思念、だっけ。そういうのって、人の感情が焼き付いたものなんだと思う。

 誰かを憎んだり、怒っていたり。悲しんだり、心配していたり。ごくまれに楽しくてたまらない、みたいなのもあるけど。

 とにかく、強い感情が焼き付いたその残り香……残滓なんだと思う。

 理知的な、少なくともそう感じるものは視たことがない。

 そして、そういう意味で……この家にあるのは、人の意志じゃない」


 僕は、視界のノイズを見つめた。

 だいぶ慣れては来たけど、それでも気を抜くとノイズがうるさい。


「感情が感じられないんだ。無機質な……システムみたいな」

「システム……」


 獅堂は、その言葉を繰り返した。


「それって、つまり……人工的なもの、ってことか?」

「いや、そうでもない気がするんだよ。うまくいえないけど」

「ふむ……」


 獅堂は僕の言葉を反芻し、考え込む。


「人の意志が感じられない、しかし機械的、人工的でもない。一定のリズムのノイズ。

 住んでいると音が聞こえる、悪夢を見る。

 そして実際に、物が――コップが動いて落ちる。か」

「コップか……僕の今までの経験では、霊って……物を動かせないんだよね」

「そうなのか?」


 獅堂が意外そうに聞いてくる。


「……流石だな。霊が見える人間ってのはみんな、霊は物を動かすと言うと思ってたけど」

「霊の正体、僕が見てるもの人の意志残滓なら、物理的に物を動かすことなんてできないでしょ。それに経験上、そうだってだけで」

「いや、合ってると思う。要するに霊ってのは、その原因が何であれ幻覚体験だからな。

 幻覚が人を殺すことはあり得る。だけど幻覚が落ちてる石を拾い上げることは絶対にない。

 もし心霊現象で物が動くなら、そこには物理的な要因が働いている。

 ポルターガイスト事例だって調べてみたらトリックだったり、無意識に手足が動いてそれに物が当たって動いたってことだったりする。

 すごいのなんか、恐怖による絶叫がガラスの固有振動数と合致してしまい、叫びと同時にガラスが割れてしまいポルターガイストだってことになったって話もある」

「うわあ……声で割れるんだ、ガラス」

「希有な例だが不可能じゃない。その日の気圧や湿気、当人の声量や声の波長などが合致した場合に起きることもある。

 実際に声でガラスを割る実験も行われ、オペラ歌手がワイングラスを割った事もあるからな。

 手を触れずに物を動かす、物が動くという事例はいくらでもある」


 そこまで言って、獅堂は言葉を止めて考え込む。

 何か気づいたのだろうか。


「……そう、いくらでもある。

 ああ、おそらくれは、やはり霊現象なんかじゃない」


 そして獅堂は、立ち上がった。

 その言葉には、妙な確信があるように聞こえた。


「ひとまず、今夜はここから出よう。


 賛成だ。いくら慣れてきたとはいえ、ここにこれ以上居たくない。

 それはノイズもそうだけど、女の子の一人暮らしをしている家に入り込んで一夜を空かすというのは色々と抵抗がある。

 いい匂いがする気もするし。これはだめだ。いったんノイズから意識をはずしてしまえばそういう事が頭に浮かんでしまう。


 僕は獅堂の提案に乗り、一ノ瀬邸を出た。

 家の外に出ると、視界のノイズが消えていった。


「……やっぱり」


 僕は、家を振り返った。


「あの家の中だけ、おかしいんだ」


 霊感――共感覚によるものではなくとも、僕にはあの家が、まるで獲物を喰らう怪物のように見えた。



 翌日。


 登校すると、待ちかまえていた獅堂が言った。


「おそらく、あの霊の正体がわかった」

「本当!?」


 僕は、驚いて身を乗り出した。


「ああ。お前の言ったとおりだよ、やはりこれは霊じゃない。

 一ノ瀬邸に起きている現象の正体は――」



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