第6話 タロット占いとスクライング
協会のビルから追い出された僕らは、近くのファミレスに移動していた。
獅堂はドリンクバーのコーヒーを啜りながら、タブレットで何かを調べている。
僕は、向かいの席でため息をついていた。
「……やっぱり、無理だったね」
僕が言うと、獅堂は顔を上げずに答えた。
「いや、予想通りだ」
「予想通り?」
「ああ。東京霊智協会が、そう簡単に門戸を開くわけがない」
獅堂は、タブレットの画面を僕に見せた。
そこには、東京霊智協会のホームページが表示されている。
「見ろ、この『入会案内』のページ」
僕は画面を見た。
そこには、こう書かれていた。
『認定霊能者募集要項補足:当協会への入会は、原則として既存会員の紹介が必要です。紹介者がいない場合は、書類審査及び面接を経て、理事会の承認を得る必要があります』
「……紹介者が必要、か」
「それだけじゃない」
獅堂は、別のページを開いた。
「スピの介の炎上騒動の後、協会は『品位を欠く行為を行った者は入会を認めない』という規定を追加した。つまり――」
「僕は、完全にブラックリスト入りってこと?」
「おそらくな」
獅堂は、コーヒーを飲んだ。
「スピの介に反論したお前は、協会にとって『面倒な存在』だ。わざわざ入会させる理由がない」
「じゃあ、どうすればいいんだ……」
僕は、頭を抱えた。
こんなところで詰まるなんて。
「諦めるのは早いさ。正面突破が無理なら、迂回すればいい」
「迂回……?」
「ああ。霊能者の世界と、占い師の世界は密接に繋がっている」
獅堂は、説明を始めた。
「東京霊智協会には、占い師も多く所属している。いわゆる霊感占いだな。そして、占い師から霊能者に転向する例も多い」
「つまり……」
「占い師として名を上げて、コネを作る。そこから協会に食い込むんだ」
獅堂の目が、光った。
「占い師なら、紹介者がいなくても始められる。実力さえあれば、客はつく。そして、客がつけば、業界での評判も上がる」
「なるほど……」
僕は、理解した。確かに正面突破が無理なら少し遠回りでもそうした方がいいだろう。
「でも、僕、占いなんてやったことないよ」
「大丈夫だ。占いなんて、ほとんどがコールドリーディングとバーナム効果の組み合わせだ。あとは、お前の『視る』力を使えばいい」
獅堂は、自信満々に言った。
「さあ、占いの館を探そう」
◇
それから数日間、僕らは占いの館を巡った。
だが、結果は散々だった。
一軒目。
「あー、君、あの炎上した子だよね? うちはちょっと……」
二軒目。
「スピの介の件、見ましたよ。うちのイメージに合わないので、お断りします」
三軒目。
「炎上系は扱いづらいんだよね。トラブルの元だから」
どこに行っても、僕の炎上動画が原因で断られた。
「……もう、無理なんじゃないか」
僕は、落ち込んでいた。
十五軒目の面接を終え、また断られた後。
獅堂は、リストを見ながら言った。
「まだある。最後の一軒だ」
「最後……」
「ああ。『占いの館 瑠璃宮』。ここがダメなら、別の方法を考えよう」
獅堂は、僕の肩を叩いた。
「諦めるな相棒」
「……うん」
僕は腰を上げた。
◇
その占いの館は、繁華街の雑居ビルの三階にあった。
エレベーターを降りると、紫色の布で覆われた扉があった。
そこには、金色の文字で『占いの館 瑠璃宮』と書かれている。
「……ここか」
僕は、深呼吸をした。
これが最後のチャンスだ。
獅堂がドアをノックする。
「どうぞ」
中から、女性の声が聞こえた。
僕らは、中に入った。
部屋は、薄暗く、お香の香りが漂っている。
壁には、星座の絵やタロットカードが飾られていた。
そして、奥のテーブルに座っていたのは――。
「いらっしゃい。面接の子たちね」
四十代くらいの、妖艶な雰囲気の太っ……恰幅のよいふくよかな女性だった。
長い黒髪、鋭い目つき。
紫色のドレスを纏い、大きなイヤリングを揺らしている。
「私が、この館の主、瑠璃宮艶華よ。座って」
艶華さんは、テーブルの向かいの椅子を示した。
僕らは、緊張しながら座った。
「えーと、僕は八坂祐介です。こちらは……」
「草薙獅堂です。こいつのプロデューサー兼マネージャー兼相棒です」
獅堂が、自信満々に言った。陽キャモードに入っている。
「こいつの『視る力』は本物ですが、いかんせん口下手で世間知らず。俺がいないと、宝の持ち腐れでして」
「へえ、プロデューサーねえ。大した自信じゃないか」
艶華さんは面白そうに獅堂を見つめる。
「あんた、占い師に向いてる顔をしてるね。口八丁手八丁で、人の心に入るのがうまそうだ」
「あざっす、お褒めにいただき光栄っす!」
「褒めてないよ」
艶華さんは紫煙を吐く。
「それは詐欺師の才能だ。危険な才能だよ。口先で相手のうちに入り込み、動かし、転がせる才能。そりゃ気持ちいいさ、だけどその才能はいつか必ず自分すら騙してしまう、無自覚にね」
艶華さんの言葉には、実感がこもっていた。
「詐欺師の末路はね、破滅しかないのさ。たとえ司法によって裁かれず、金を稼いで左うちわに見えたとしても、ね」
……彼女の言葉は、そういう人間をたくさん見てきた者の言葉。そして、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。
「あざっす、肝に銘じます。でも大丈夫っすよ」
「なんでそう言えるんだい? 根拠なしに自分だけは大丈夫って思い込むのはね、正常性バイアスって奴なんだよ」
「根拠ならありますよ」
獅堂は艶華さんに対して真っすぐ、笑顔で言った。
「俺には相棒がいますから。詐欺師って金と自分しか信じられないカワイソーな奴じゃないっすか、だけど俺はコイツを信じてるんで」
獅堂が、僕の肩に手を置く。
「信じられる絆があれば、闇と汚泥まみれの世界でも……闇落ちせず進んでいける。俺はそう思います」
……なんで。
なんで獅堂はこんなことを言えるのだろう。僕を信じる……?
「なんでそんなに断言できるのかね。その根拠は何だい」
艶華さんが目を細める。
獅堂は言った。にっこりと、笑顔を浮かべて俺の肩を抱きながら。
「一目惚れっす!」
とても頭の悪い回答だった。
……だけどなんだろう。胸の奥が熱くなった。
「……ぷっ。ふははははは、あはははははは!!」
そしてその答えを聞いた艶華さんは、爆笑した。
「あったま悪い答えだねえ! ああ、だけど気に入ったよ。どこまで行けるか見てやろうじゃないか」
艶華さんは、煙草を灰皿に置いた。
「二人とも合格だよ!」
その言葉に、僕と獅堂は顔を見合わせる。
「あ、ありがとうございます!」
「あざっす! 世話になります、師匠!」
そして僕たちは頭を下げた。
「若いねえ、あー熱い熱い。あたしゃそういうノリ嫌いなんだよ、ビジネスライクに行こうや」
艶華さんは、苦笑しながら言った。
「で、最初は見習いからだ。仕事は……そうね、まずはうちの顧客データの整理と、電話番からやってもらうよ」
こうして、僕と獅堂は、占い師見習いとして『占いの館 瑠璃宮』で働くことになった。
◇
翌日から、僕らは瑠璃宮で働き始めた。
最初の仕事は、顧客データの整理だった。
「これが過去の客のリストね。名前、生年月日、相談内容、占い結果……全部エクセルにまとめて」
艶華さんは、段ボール箱いっぱいの紙の束を僕らの前に置いた。
「……これ、全部?」
僕は、愕然とした。
「そう、全部。頑張ってね」
艶華さんは、あっさりと言った。
それから数日間、僕らはひたすらデータ入力をした。
気が遠くなるような作業だったが、獅堂は文句一つ言わずに黙々とこなしていた。
「……獅堂、疲れない?」
僕が聞くと、獅堂は首を横に振った。
「これも修行だ。客のデータを頭に入れておけば、後で役に立つ」
獅堂は、リストを見ながら言った。
「この客は毎月来てる。リピーター率が高い。つまり、艶華さんさんの占いに満足してるってことだ。
この客は一回きり。満足できなかったか、あるいは問題が解決したか」
獅堂は、データから様々な情報を読み取っていた。
「……すごいな、獅堂」
「お前もやってみろ。データは宝の山だぞ」
獅堂の言う通り、データを見ていると、色々なことがわかってきた。
どんな相談が多いか。
どの時期に客が増えるか。
どんな占い結果が喜ばれるか。
これが、占いの裏側なのか。
データ整理が終わると、次は電話対応を任された。
「予約の電話が来たら、名前と連絡先、希望日時を聞いて、台帳に記入してね」
艶華さんは、電話機と台帳を僕らに渡した。
「あとこれは鉄則だけどね、たと今日明日が開いてても予約は入れない事。絶対に数日は開けるんだよ。理由はわかるね?」
「え? えっと……」
「事前調査のためっすよね、師匠」
獅童が横から言ってきた。
「まず予約者の名前や住所で検索して事前情報を集めて傾向と対策。場合によっては個別調査もアリ。そのための時間が必要……ってことだぜ、祐介」
「へ、へえ……」
話には聞いていたけどやはりやってる事はまるっきり詐欺みたいなものだった。
「なあに深く考えるなよ、客へのサービスのためには準備が必要、ってだけさ」
獅童の言う通りなのかもしれない。
しかし僕は、不安だった。
それに電話対応なんて、やったことがない。
案の定、最初の電話で僕は失敗した。
「もしもし、瑠璃宮です……え、予約ですか? えーと、お名前は……あ、すみません、もう一度……」
緊張で、何を聞いているのかわからなくなった。
結局、獅堂が代わって対応した。
「お電話ありがとうございます、瑠璃宮でございます。ご予約ですね、承知いたしました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
獅堂の対応は、完璧だった。
明るく、丁寧で、相手を安心させる話し方。
これが、獅堂の「営業モード」なのか。
「……すごいな」
電話を切った獅堂に、僕は言った。
「慣れだよ。お前も、何回かやれば慣れる」
だが、僕は慣れなかった。
電話が鳴るたびに緊張して、うまく話せない。
獅堂は、どんどん電話対応をこなしていく。
そして、客からも評判が良かった。
「ねえ、受付の男性、感じいいわね」
「そうそう、話しやすいの」
客は、獅堂を指名するようになった。
一方、僕は……。
「あの、もう一人の子、あの眼鏡君、ちょっと暗くない?」
「なんか、怖いのよね」
評判は、最悪だった。
◇
ある日、仕事が終わった後。
艶華さんは、僕らを呼んだ。
「二人とも、ちょっといい?」
僕らは、艶華さんの部屋に呼ばれた。
「あんたは真面目だけど、融通が利かないね。占い師には向いてないかもしれない」
「……はい」
図星だったので、僕は素直に頷くしかなかった。
「占い師に必要なのはね、コミュ力と寛容さだよ」
艶華さんは椅子に深く腰掛け、新しいタバコに火をつけた。
「客は悩んでる。答えを求めてここにやってくる。
でもね、占い師は答えを用意しちゃいけないんだよ」
「答えを……用意しちゃいけない?」
「そうさ。客の心の中にある答えをそっと引き出して、これがあなたの答えですよって見せてあげるのが仕事なのさ」
獅童が僕たちの会話に割って入る。
艶華さんの前だが、通常モードだった。ただ呼び名は師匠のままだった。
「要するに、ホストやキャバ嬢と一緒ですよね、師匠。
いかに客に気持ちよくなってもらうか、楽しくなってもらうか、そして、楽になってもらうか。
占いに来る客の大半は、安心しに来てる。自分の選択を、肯定してもらいに来てる」
「その通りだよ、獅童。あんたはよく分かってる」
艶華さんは満足そうに頷いた。
「そこに、客が求めてる答えと違う答えを出しちゃいけない。
もし、どうしても厳しいことを言わなきゃならない時は、まず相手を徹底的におだてて、褒めて、気分を良くさせてから、少しずつ誘導していく」
「合気道や柔道と同じってことさ。正面からぶつかってもだめ、相手の動き、勢いを利用するってわけだ」
「……勉強になります」
二人の言葉を聞きながら、僕は改めて自分には無理だと思った。
僕に視えるのは、そういう小手先のテクニックで捻じ曲げられるものではない。
ただ、そこに在るのが視えるだけ。
獅童いわく、共感覚。人の想いが姿かたちとして視えてしまう脳の機能過多。
客が求めているのが心地よい嘘だとしても、僕に吐けるのは無慈悲な真実だけだ。これでは、誰も救えない。
「ま、お前にそれは求めてないけどな。ていうかいらない」
そんな僕に、獅童が言った。
「前に言っただろう。お前は俺の目で、俺はお前の手足や口だ。
つまりお前に口八丁手八丁は求めてない。
お前はお前の武器で戦うんだ」
「僕の……武器?」
「その霊感だ。お前は霊感占いをすればいい。サポートは俺がする」
「霊感……占い……?」
「ああ。お前にお勧めなのは……」
獅童は静かに笑って言った。
「タロット占いと、スクライングだ」




