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シナスタジア心霊事件ファイル~共感覚霊視者と心霊詐欺師の霊能者業界成り上がり~  作者: 十凪高志


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第5話 やっぱ、流石に無理があったか

 スピリチュアルフェスタから数日後。

 僕の学校生活は、最悪だった。


「よお、有名人」


 教室に入った瞬間、クラスメイトの一人がにやにやしながら声をかけてきた。


「見たぜ、動画。お前、マジであんなこと言われたの?」

「てかさ、スピの介に反論するとか、度胸ありすぎだろ」


 別のクラスメイトも、面白そうに僕を見る。


 そう、スピの介が投稿した動画は、瞬く間に拡散された。

 僕の名前も、学校名も、全部晒された。


 当然、学校でも話題になった。


「なあ八坂、正直に言えよ。お前マジで孕ませまくりのヤりまくりなんかよ」


 からかうような声。

 僕は、何も言えなかった。

 否定しても、「図星だろ」と言われる。

 肯定しても、「やっぱりな」と笑われる。


 どう答えても、僕は負けだ。


「……」


 僕は、黙って自分の席に座った。

 クラスメイトたちは、まだ笑っている。

 最悪だ。


 あの日、スピリチュアルフェスタで反論したことを、心底後悔していた。


 その時だった。

「いやいや、コイツそんなワルじゃねえって」




 不意に、教室の入り口から声がした。聞き覚えのある、やけに自信に満ちた声。僕が顔を上げると、そこに立っていたのは着崩した制服姿の――あの男、草薙獅童だった。


「孕ませた女の面倒は、全員ちゃんと見てるもん」


 獅童がニヤリと笑いながら言うと、教室は先程とは違う種類の爆笑に包まれた。

 なんてことを言うんだこの人は! 僕はれっきとした童て……いやそうじゃなくて!


「ちょっ……草薙さん!? なんでここにいるの!?」


 僕は思わず立ち上がり、叫んだ。

 昨日会ったばかりの男が、なぜ僕の学校のこのクラスにいるのか。混乱する僕をよそに、草薙さんはひらひらと手を振る。


「なんだよ、祐介。つれないこと言うなよ。俺、お前の隣のクラスじゃん」

「隣のクラス……って、ええっ!?」


 僕の驚愕の声は、教室の喧騒にかき消された。

 獅童は慣れた様子で僕の隣の席に腰掛けると、呆然とする僕にウィンクしてみせた。その不敵な態度は、昨日会ったラフな格好の時と何ら変わりはなかった。


「マジマジ!?」

「教えてくれよえっと……」

「おう、俺は隣のクラスの草薙でこいつのマブダチよ。もう前世からの親友。だけどコイツプライベートでは女にモテモテだけど俺に全然まわしてくんねーのよ、俺の女は全て俺んだ、ってよ。なにこの純愛野郎」

「いや絶対ウソだろそれ!」

「八坂のキャラじゃねーじゃん!」

「いやいやマジだって。昨日の俺の夢ン中でブイブイ言わせてたぜ」

「夢かよ!」

「ちなみに夢ん中の八坂は俺でした」

「お前かよ!」



 クラスに爆笑が沸き起こる。

 何なんだこの展開。



 ◇

 放課後、僕は獅堂に呼び出された。

 校舎裏の人気のない場所で、二人きり。


「……なんなんだよ、さっきのは」


 僕が聞くと、獅堂は笑った。


「場を持って行っただけだ。お前、あのままだとずっといじられ続けてただろ?」

「でも、あんなデタラメ……」

「デタラメでいいんだ。あいつらは真実なんて興味ない。面白いかどうかだ」


 獅堂は、肩をすくめた。


「俺が適当にホラ吹いて、笑いに変えれば、いじりは終わる。後は勝手に忘れてくれる」


 僕は、何も言えなかった。

 確かに、獅堂の言う通りだった。

 あの場は、完全に獅堂のペースだった。


「……ありがとう。でもさっきのキャラ、本当に何」


 教室での獅童はめちゃくちゃ陽キャだった。

 先日合った彼、そして目の前にいる彼とは別人のようだった。

 今目の前にいるのは、クールで静か、悪く言えばちょっと暗いというか陰のある感じだ。


「処世術だよ、疲れるけどな。

 ともかく礼はいらない。これから、俺たちは仲間になるんだからな」

「仲間……?」

「ああ」


 獅堂は、真剣な表情になった。


「祐介、お前に提案がある。まあ一昨日言った話だけどな。

 俺たちで、霊能者コンビを組もう」


 獅堂の言葉に、僕は目を丸くした。


「霊能者コンビ……」

「ああ。お前は本物の霊感を持ってる。俺は、霊感はないが、詐欺師どもの手口を知ってる」


 獅堂は、続けた。


「そしてあそこにいた誰よりも、お前は『本物』だ」

「本物……」

「あいつら全員、詐欺師か妄想狂しかいない。霊能者ってのは、そういう連中だ。そんな奴らが、本当に霊に困って苦しんでる――と思ってる――連中をカモにして私腹を肥やしてる」


 獅堂の声に、怒りが滲む。


「正直、虫唾が走るだろ」


 僕は、頷いた。

 その通りだった。


 あのスピリチュアルフェスタで見た光景。

 嘘をついて、人を騙して、金を巻き上げる。

 それが、霊能者という人間たちだった。


「でも……僕にできることなんて、何もないよ」


 僕は、うつむいた。


「視えるだけで、何もできない。それは、あの日証明されただろ」

「いや、お前は十分やったよ」


 獅堂は静かに笑った。


「むしろ、お前のおかげで俺の計画は成功した」

「……計画?」

「実はな、俺もあのスピリチュアルフェスタでバイトしてたんだ」


 獅堂は、意外なことを言った。


「え……?」

「スピの介のスタッフとして、な。依頼人の事前アンケートを集めて、まとめる仕事をしてた」


 獅堂は、スマートフォンを取り出した。


「なあ、祐介。霊能者の霊視に、一番必要な能力はなんだか分かるか?」

「それは……霊を視る力、とか……」

「違うな」


 獅堂は、首を横に振った。


「『如何に前もって依頼人のプロフィールを集められるか』だ。プロの霊能者は、それを使って霊視をしてる。いわゆる『ホットリーディング』ってやつだ」


 僕は、息を呑んだ。


「つまり……あいつらは、事前に情報を……」

「そうだ。依頼人が事前に書いたアンケート、SNSの投稿、家族構成、職業、趣味……全部調べ上げて、それを元に『霊視』してるんだよ。それどころか依頼人を調べるために興信所すら雇ったりしてるし、専門の探偵すらいるって話だ」


 獅堂は、笑った。


「だから、真面目で勤勉なイベントスタッフだった俺は、スピフェスの時にちょっとした仕掛けをしといた。数名の依頼人の個人情報を、事前に改竄しておいたんだ」

「改竄!?」

「そう。例えば、あの一ノ瀬雫って娘」


 獅堂は、画面を見せた。


「彼女の事前アンケートにあった家族構成の欄を、『両親、祖父母、姉、みな健在』って書き直して提出しといた」

「えっ……」

「普通、霊能者ってのは、その事前情報を見て『霊視』のシナリオを組み立てる。わかりやすい家族に死者がいない場合、どうするか。簡単だ」


 獅堂は、続けた。


「死者がいないなら作ればいい。親類、家族、友人、知り合いの誰かが、こっそり流産や堕胎をしていた――その赤子の霊、つまり水子が、あなたを嫉妬して憑りついている!……とな。

 誰にでも当てはまりやすい、バーナム効果を利用した典型的な霊視だ」

「そんな……」

「スピの介は、俺が改竄した情報通りに、一ノ瀬雫に死んだ身内はいないと判断した。だから安直に『水子』の話に持っていったわけだ。

 だけど、お前は違った。お前だけが、彼女に『穏やかな老婆の霊が憑いている』って言った」


 獅堂は、僕を見た。静かに、そして真っすぐに。


「改竄前のデータではな、一ノ瀬雫の母方の祖母は数年前に亡くなってる。お前はただ、真実だけを視た。……これ以上に、お前が『本物』だって証拠があるか?」


 僕は、何も言えなかった。

 獅堂は、全て計算していたのか。


「そして、何より決定的だったのは……」


 獅堂は、真剣な表情で言った。


「確かにお前は、場の空気をモノにできなかった。完膚なきまでに叩きのめされた。

 けどな、空気を読まずに――いや、読んだうえで、あのバカに喧嘩を売ったのを見て、コイツだって思ったんだ。

 こいつなら、信用できるって」


 僕は、顔を上げた。

 獅堂は、僕をまっすぐに見ていた。


「……買いかぶりだよ。僕は、ただ考え無しに動いただけだ」

「いいじゃないか、それで。こすっからく考えて保身に入るお利巧さんよりよほどいい」


 獅堂は、手を差し出した。


「俺達は、これから霊能者になる。お前と俺で力を合わせて、ビッグになって、あのふざけた連中をギャフンと言わせてやるんだ。

 どうだ、祐介。乗るか、そるか?」


 僕は、その手を見つめた。

 そして――。


「……一つだけ、聞いていい?」

「なんだ?」

「一ノ瀬雫は……大丈夫なの? スピの介に、連絡先を渡してたけど……」


 僕の言葉に、獅堂は静かに笑った。

 それは、とても意地悪な笑みだった。


「心配するな。スタッフとして潜り込んでいた時に、彼女の連絡先も改竄しておいた」

「改竄……?」

「ああ。スピの介が手に入れた連絡先は、全部デタラメだ。今頃……」


 ◇

「ここか、でかい家じゃないか」


 スピの介こと岡島武は、何人かのスタッフと共に車を降りる。

 眼前には、大きな和風邸宅があった。


 昨日の叱責で恐怖、それが転じて怒り、鬱憤が溜まった岡島はそのフラストレーションの為に『除霊』をすることにしたのだ。


 除霊、と言えば聞こえはいいが、つまる所セクハラ……いや、凌辱だ。

 霊障――ありもしないもの――に困り苦しんでいる若く見目麗しい少女たちを口説き、除霊と称して性交渉を行い、そしてそれを動画や写真に記録する。岡島の趣味と実益を兼ねたライフワークだ。


「御嬢様って奴か。こいつは絞れそうだし楽しめそうだな」


 岡島は舌なめずりをする。

 一昨日のスピフェスで見た一ノ瀬恵は、幼いながら実にいい体をしていた。嗜虐心をくすぐる表情、豊満な胸。たまらない。良いストレス発散になるだろう。

 すでに電話でアポイントは取っている。


「いくぞ」


 岡島は揚々と、その大きな屋敷の門をくぐった。


 そして――



「おう、なんじゃ兄ちゃん」

「うちになんか用か」


 岡島の前に現れたのは、パンチパーマと角刈りの屈強な男だった。

 低い声で問いかけるその口調に、岡島は一瞬たじろいだ。

 だが、すぐにいつもの尊大な笑みを浮かべる。


「失礼。私はスピの介と申します。昨日、スピリチュアルフェスティバルでお嬢様の霊障を診させていただいた者です。ご連絡いただいた除霊の件でお伺いしました」


 岡島は丁寧に頭を下げながら、内心で舌なめずりしていた。こんな立派な屋敷なら、娘も相当な箱入りだろう。怯えながらも従順に――ああ、たまらない。 しかし、男たちの反応は予想外だった。

 パンチパーマの男が、ふっと鼻で笑った。


「あ、お嬢に除霊だ? 何言ってんだてめぇ」

「あ、見た事あるぜ兄貴。こいつテレビにも出てるスピ太郎って霊能者だ」

「そんな山師がお嬢に何の用だ」

「兄貴、こいつらカメラ持ってますぜ」

「怪しいな兄ちゃん。ちょっとこっち来いよ、なあに取って食いやしねえよ……」

「え、ちょっと、いたた、やめてくださいよ警察呼びますよ!!」

「不法侵入は兄ちゃん達だろ。まあ仲良くしようぜ、で……お嬢になんだって?」


 ビキビキと青筋を立てながら笑顔で岡島たちの方に手を回す男たち。


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」


 岡島の悲鳴が響き渡った。



 ◇

「――てな具合にな。ちなみに電話番号は俺の予備の電話番号なんで快く応対しといた。ボイスチェンジャーで」

「ひ、ひどい……」


 ひどすぎる。だけど……その話を聞いて少し溜飲が降りてしまった。思わず僕も笑いが漏れる。


「でも、そんなことして大丈夫なの? 君の正体がバレたら……」

「心配無用。

 イベントスタッフの草峰獅子の介君の電話番号は、現在使われておりません、だ。

 こっちも最初から偽名に決まっている。詐欺師相手にホイホイ個人情報渡すほど俺は抜けていない」


 獅童は、事なげにそう言った。危機管理はばっちり、ということか。

「もしかして、草薙獅童っていうのも……」

「ああ、芸名だ。これが本名」


 獅童は、制服のポケットから学生証を取り出し、テーブルの上に滑らせた。そこに書かれていた名前は、『草原史郎』。


「シロウより、シドウの方がハッタリ効いてて強そうだろう。

 お前もなんか考えてみたらいい。『八坂龍紋』とか、『八坂王虎』とかさ」

「僕のキャラに、全然合ってない……」

「じゃあ、あれだ。今回の炎上記念で、『八坂炎上やさかえんじょう』」

「縁起でもないからやめてくれない!?」


 僕が全力でツッコミを入れると、獅童は静かに笑う。


「まあ、芸名は追々考えるとしてだ」


 笑いが収まると、獅童は真剣な顔つきに戻った。


「その炎上だよ。この機を逃す手は無い」

「この機?」

「そうだ。炎上したってことは、良くも悪くもお前は今あの業界で有名人だ。

 スピの介に公衆の面前で論戦を挑んだ謎の高校生霊能力少年。

 今、お前は最高に注目されている」


 獅童の目が光った。

 でもその言い方はやめてほしい。


「だから、一気に本丸に乗り込む」

「本丸……?」

「決まってるだろ」


 獅童は、遠くを視線で差した。

 あちらの方向は……。


「東京霊智協会。

 あそこも他の心霊協会と同じで、常に認定霊能者を募集してる。そこに、俺達が殴り込みをかける。

 今このタイミングでな。組織に食い込んで、勢いのままに頂点に駆け上る」



 ◇


 放課後。


 僕と獅童は、白亜のビルの前に立っていた。

 そして、大きく息を吸って草薙獅童は言った。



「……うーん。やっぱ、流石に無理があったか」


 頭をガシガシと掻きながら、あっけらかんと言った。

 そう、門前払いである。


「ですよねぇぇぇ!!!!」


 僕の魂の叫びが、夕暮れ時の町に虚しく響き渡った。

 カラスがアホー、と鳴いたのが聞こえた。


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