第3話 最強の霊能者になる男
「大変でしたね、この間の事件」
土曜日の午後。僕たちのオフィスで雫ちゃんがお茶を淹れてくれる。
現役高校生の僕たちは、働けるのは土日だけだ。
いやまあ、明確には平日の放課後も某所で仕事というかバイトはしているんだけど。
なお高校を辞めて霊能者一本に絞る……という選択肢はない。
ちゃんと学校には行かないといけない、という理由ではない。
獅童や上司の言う事には、「現役高校生霊能者ってのがブランド力を出すんだよ」ということだ。
うん、まあわからなくもないけど。
「ああいう家には、住みたくないよね」
「全くですね……」
僕の言葉に、雫ちゃんが苦笑する。
ああ、そういえば僕たちが雫ちゃんと出会ったのも、「家」が関係していたな。
「私の家は、あの後静かなものです」
そう雫ちゃんは微笑む。そう言ってもらえるのなら、頑張った甲斐があるというものだ。
もう半年か……僕たちと雫ちゃんが出会い、そしてこの業界に足を踏み入れたあの事件から……。
◇
僕、八坂祐介は東京キングサイトで開催される「スピリチュアルフェスタ」でイベントスタッフのアルバイトをしていた。
別に、スピリチュアルに興味があったわけじゃない。
ただ、部活の先輩に半ば無理やり参加させられたようなものだ。
それに……こういう場所は、正直苦手だった。
なぜなら、僕には視えてしまうから。
幽霊とか、残留思念とか、そういうものが。
会場には、本物の霊感を持つ人間なんてほとんどいない。
みんな、適当なことを言って客を騙しているだけだ。
それが、わかってしまう。
だから、こういう場所にいると気分が悪くなる。
でも、我慢するしかない。僕は目立たず、静かに生きていきたいのだから、波風立てるわけにはいかないのだ。
午後になって、メインステージでのイベントが始まった。
「次は、チャンネル登録者数五十万人! 人気心霊配信者、スピの介さんによる公開霊視鑑定です!」
司会者の声が響く。
ステージには、派手な衣装を着た三十歳くらいの男性――スピの介が登場した。
「皆さーん! 今日は特別に、事前に申し込んでいただいた方の中から、何人かを選んで公開霊視鑑定を行いまーす!」
会場が沸く。
スピの介は、手元のタブレットを確認した。
「それでは……一ノ瀬雫さーん! ステージにお上がりください!」
客席から、清楚な雰囲気の女子高生が立ち上がった。
彼女は緊張した面持ちで、ステージへと向かう。
僕は、スタッフとしてステージ脇にいた。
だから、彼女の姿がよく見えた。
そして――視えた。
彼女の背後に、穏やかな表情の老婆の霊が寄り添っている。
優しく彼女を見守っている。
おそらく、彼女の祖母だろう。
悪いものじゃない。むしろ、守護霊のようなものだ。
「一ノ瀬雫さんですね。よろしくお願いします。ええと、相談は……ふんふん、最近どうにも調子が悪い。何かに見られているような気がして、睡眠も浅いし悪い夢も見る……ね」
スピの介は、彼女の周りをぐるりと回った。
目を閉じ、集中するようなそぶりを見せ、そして言う。
「……ああ、視える。視えますよ。君には、強い霊が憑いていますね」
その言葉に会場がざわめく。
一ノ瀬雫の顔が、不安そうに歪む。
「んん~これは……水子だな」
スピの介は、深刻な顔で言った。
「君の背後に、小さな子供の霊が憑いている。心辺りは? あるよね?」
「そ、そんな……無いです」
「んー、おかしいな。あれだね、おそらく君の母親か、親族の誰かが……中絶をしたんでしょう。その子が、成仏できずに君に憑いているんです。水子とはそういうもの、生きている人をうらやんで憑りつくからね」
――嘘だ。
彼女に憑いているのは、水子なんかじゃない。
老婆だ。
優しい、穏やかな老婆の霊だ。
スピの介は、明らかに嘘をついている。
「このままだと、君の人生に大きな災いが訪れます。恋愛運、仕事運、全てが狂ってしまう。今すぐにでも、除霊が必要です」
一ノ瀬雫が、震えている。
「で、でも……私、どうすれば……」
「大丈夫。僕が特別に、個人的に除霊してあげましょう。イベント後に、改めて……」
許せなかった。
あの女子高生を騙して、個人的に接触しようとしている。
これは、完全に詐欺だ。
僕は、体が勝手に動いていた。
「待ってください!」
気が付けば、ステージに上がり声を上げていた。
会場が、一斉に僕を見た。
スピの介も、驚いた顔でこちらを見る。
「ん?今、何か言ったか?そこのスタッフ」
全ての視線が、僕に突き刺さる。スポットライトの光が、僕の顔を灼いた。頭が真っ白になる。
「いや、あの……」
「違う、って聞こえたけど?何が違うんだよ」
スピの介はマイクを僕に向け、にやにやと笑っている。ショーの余興を見つけた、という顔だ。
僕はもう後には引けなかった。ここで黙れば、あの女性は彼の毒牙にかかってしまう。それは、駄目だ。
知り合いでも何でもない無関係な人だけど――嫌だった。
「その人には……水子なんて、憑いていません」
震える声で、僕は言った。
会場が、しんと静まり返る。次の瞬間、スピの介はマイクを通して腹を抱えて笑い出した。
「はっはっは!なんだこいつ!バイトのガキが、俺の霊視にケチつけんのかよ!」
観客からも、くすくすという嘲笑が漏れ始める。
スピの介は鼻で笑った。
「ほう。君は霊が視えるのかい?」
「視えます」
「じゃあ、何が憑いてるのか言ってみなよ」
僕は一ノ瀬さんの方を見た。彼女は困惑した表情で僕を見つめている。その横に、老婆の霊が立っている。
「おばあさんです。おそらく彼女の祖母か曾祖母。穏やかな表情で、彼女を見守っています」
彼女が息を呑んだ。
「おばあちゃん……」
それに対して、スピの介は腕を組んだ。まだ笑っている。
「へえ。で、なんで水子は祟らないって言い切れるんだ?」
「僕が視てきた限り、子供の霊は祟ったりしません。ただ、そこにいるだけです」
「もしかして」
スピの介はゆっくりとこちらに歩いてきた。そして、マイクを僕に向けた。
「子供は天使とか言い出す、頭のユルいこと言っちゃってる?」
客席から笑い声が起こった。
「違うな。ガキほど残酷な生き物はいない」
スピの介の声が、会場に響く。
「ガキが純粋無垢な天使ちゃんなら、虫とか生き物を平気で殺すか? 幼稚園や小学校を見ろ。残酷に、痛快に、いじめの温床だ。躾なきゃガキは動物同然なんだよ」
僕は何も言い返せなかった。
「お前みたいな甘ちゃんがさ、霊が視えるとか言って、適当なこと言ってんじゃねえよ。この業界、そういう奴が一番迷惑なんだよ!!」
スピの介は僕を指差した。
「いいか、みんな。こういう奴が、霊能の世界を貶めるんだ。中途半端な知識と、思い込みで、人を惑わす」
それは正義だった。それは断罪だった。そして僕は、悪だった。
そう、演出されていた。
スピの介は一ノ瀬さんに向かって、優しく語り掛ける。
「君はどうしたい? 助かりたいのか、助かりたくないのか……」
「わっ……私は……」
「うんうん」
「ほっ、ほんとは……い、嫌だけど……でもっ、このままじゃいけないって思ってるんですっ」
「うんうん」
「だから……だから……除霊をっ……お願いしますっ」
一ノ瀬さんの目からは涙が溢れ出していた。
彼女は苦しめられていたのだろう、霊障に。だから……藁にも縋る。
「そう、わかったよ。それじゃあさっそく話を始めようか」
スピの介は優しく微笑むと、彼女の肩を抱く。
そして僕を見て、信じられない事を言った。
「……ああ、視えた。視えちまったよ」
彼はマイクを握りしめ、会場全体に響き渡る声で叫んだ。
「お前にも水子が憑いてるよ!それも一体や二体じゃねえ!うわ、すげえ数だ!お前、何人孕ませて降ろさせたんだよ!」
時間が、止まった。
何を、言われた?理解が追いつかない。
僕の周りで、観客たちが「うわあ」「最低」「クズだ」と囁き合っているのが聞こえる。
「言ってるぜ、お前の水子たちが。『パパ、次は殺さないでね』ってよ! わかったか、斉賀埼高校二年一組、八坂祐介くぅん!!!」
◇
僕は、スタッフに引きずられるようにステージから降ろされた。
会場は、笑いに包まれていた。
僕を笑う声。
僕を哀れむ声。
僕を罵る声。
全てが、僕に向けられている。
イベントは、そのまま続行された。
一ノ瀬雫は、結局スピの介の「除霊が必要だ」という言葉を信じてしまった。信じるしかなかったのだろう。
僕は、何も守れなかった。
真実を語ったのに、誰も信じてくれなかった。
それどころか、公衆の面前で名前と学校を晒され、嘲笑された。
最悪だ。
もう、何もかも終わりだ。
イベントが終わり、僕は会場の外をとぼとぼと歩いていた。
もう、何もする気が起きなかった。
バイトのことも、学校のことも、何もかもどうでもよくなった。
視えることが、呪いだった。
視えても、何もできない。
視えても、誰も信じない。
それどころか、嘘つき扱いされて、笑いものにされる。
だったら、最初から視えない方がよかった。
「……クソッ」
僕は、地面を拳で叩いた。
悔しかった。
悲しかった。
でも、何より……無力だった。
その時だった。
「泣きそうな顔してるな」
声がかかった。
顔を上げると、そこには見知らぬ男が立っていた。
年は、僕と同じくらいか。
高校生くらいの、背の高い男だった。
「……誰?」
僕が聞くと、男は笑った。
「見てたよ、お前の勇敢な特攻。いや、無謀な特攻、か。
スピの介、だっけか。あれは三流の詐欺師だが、ショーマンとしては、まあまあ一流だ。ギリでな、二流よりの」
男は、淡々と言う。
「ま、完全にアウェイの舞台で、プロに喧嘩を売ったんだ。お前の完敗も仕方ない」
「……わかってるよ」
僕は、うつむいた。
「でも、黙っていられなかった。あいつは、あの女の子を騙そうとしてた」
「ああ、その通りだ」
男は、頷いた。
「あの女に憑いてたのは、確かに水子じゃなかった。お前の言う通り、老婆だ」
僕は、顔を上げた。
「君も……視えるの?」
「いや、全く。俺に霊感の類は一切ない」
男は、あっさりと言った。
「え……じゃあ、なんで……」
「年齢は八十歳くらいの白髪。皺の寄った柔和な顔で彼女を見守っていた。手は右利きかな。服装は決して派手じゃない」
男は、続けた。
「違うか?」
僕は、驚いた。
「……その通りだ。でも、視えないのに、なんで……」
「ていうか、今のってそれっぽく言っただけの嘘ハッタリだけどな」
男は、表情を変えないまま言った。
「え……?」
「バーナム効果、何にでもだいたいあてはまるって奴だ。俺はそれっぽいことしか言ってないが、しかしお前はそれを脳内でそうだと合わせた」
男は説明を続ける。
「よくあるやつだよ、『あなたの父親は死んでいませんね』って。
死んでない、死んでて居なくなってる、どっちともとれる。ようするに……ハッタリだ」
僕は、呆然とした。
「つまり……君も、嘘を……」
「ああ。だが、お前は俺の嘘を真実だと思った。それが、コールドリーディングってやつだ」
男は、真剣な表情で言った。
「お前の敗因は、空気を読めなかった、そして空気を作れなかった。
真実が常に正しいとは限らない、事実が虚構に勝るとも限らない。特に、ああいうエンターテイメントの世界ではな」
僕は、黙って聞いていた。
「スピの介は、あの場を支配していた。観客は、彼を信じたがっていた。そこにお前が割って入っても、お前の方が異端者扱いされるだけだ」
「……」
「だが、勘違いするな。お前の視たものが、空想や妄想だと言っているわけじゃない」
「え……?」
男は、僕の目をまっすぐに見た。
「それは『共感覚』だ」
男は、断言した。
「……共感覚?」
「ああ。ある刺激に対して、通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚も自動的に生じる知覚現象だ。例えば、文字に色が見えたり、音に形を感じたりする」
男は説明を続けた。
「感情や性格に色がついて視えるなんてのもあるぜ。それが俗に言うオーラ視覚って奴だな。そしてそれは、病気じゃない。
脳の機能過多、神経回路の特殊な発達、脳神経の混線……そう言われてる」
「つまり、僕が視ているのは……」
「おそらくは、場や人、物体に付いている情報の残り香、思念、そういったものが姿かたちとなって視えるというタイプの共感覚」
男は、言った。
「それがお前の霊感の正体だ。たぶんな」
「た、たぶんって……」
「科学的に証明できるわけじゃない。だが、お前の能力は本物だ。それは間違いない」
男は続けた。
「だけど、それじゃあ駄目だ。確かに視える、だけど視えるだけ。それを活かす知識も方法もお前には無い、
それを解釈し、言語化し、相手に伝える術を持っていない。だから、プロの詐欺師にいいようにあしらわれるんだ」
僕は、何も言い返せなかった。
その通りだった。
僕は、視えるだけ。
それ以上のことは、何もできない。
「だけど」
彼は、僕に手を差し伸べてきた。
「泣きそうなツラして、腹の中じゃ煮えくり返ってるんだろう? あの野郎に一発お見舞いしてやりたい、ってな」
僕は、頷いた。
その通りだった。
悔しかった。
スピの介が、一ノ瀬雫を騙すのを、止められなかった。
そして、僕自身が、公衆の面前で辱められた。
「なら、俺と来い」
男は、言った。
「お前は俺の目になれ。代わりに俺は、お前の手足や口先になってやる」
僕は、その手を見つめた。
「あんたは……いったい、何者なんだ?」
男は、静かに笑った。
「俺は草薙獅堂。お前と共に、最強の霊能者になる男だ」




