第20話 やるべきことは、もう終わった
病院を出る。
僕たちは深く息を吐いた。
吉宗ちゃんが呟く。
「あの人、マジでヤバかったですね……」
「森下は壊れている」
獅堂が言う。
「罪悪感が、彼の精神を蝕んでいるんだ」
「でも、他の4人は違うんですよね」
「ああ。森下の証言によれば、他の4人は『普通に生きている』」
僕が拳を握る。
「つまり、罪の意識を感じてないってことか」
「可能性は高いな」
獅堂は資料をまとめる。
「次は、桐島健太に会う。彼が、いじめの主犯格だ」
◇
翌日。
都内のオフィスビルに僕たちは来ていた。。
大手企業の本社ビルだ。ここに桐島健太がいる。
。
受付で手続きを済ませ、三人は人事部のフロアに案内された。
「桐島さんは、あちらの会議室でお待ちです」
案内係が会議室の扉を開ける。
中には、一人の男が座っていた。
桐島健太。
30代半ば。スーツ姿。爽やかな笑顔。
整った顔立ち。自信に満ちた雰囲気の男だった。
「どうも、初めまして。お話は工藤さんから聞いています。まだ若いのに霊能者とは」
桐島さんは丁寧に名刺を差し出した。
「どもっす、ご丁寧に!」
獅童も名刺を手渡した。ていうか名刺作っていたのか。
そして僕たちは会議室に案内される。
テーブルには、資料とノートパソコンが置かれていた。
桐島さんは、完璧なビジネスマンの態度だった。
僕たちは、慎重に質問を始める。
「桐島さん、お時間をいただき、ありがとうございます」
「いえいえ。工藤さんから、妹さんのことを聞きました。大変でしたね」
桐島さんの言葉は、丁寧だが、どこか空虚だった。
獅堂が質問を始める。
「13人の失踪事件について、当時のクラスの雰囲気を教えていただけますか」
「ああ、あの事件ですか」
桐島さんは少し考え込む仕草をする。
「正直、当時のことはあまり覚えていないんですが……」
吉宗ちゃんが反応する。
『嘘の味がする』
「14年も前ですからね。記憶も曖昧で」
『また嘘』
獅堂が単刀直入に尋ねる。
「桐島さん、佐久間陽菜さんという生徒をご記憶ですか?」
桐島さんの笑顔が一瞬、固まる。
ほんの一瞬。
だが、すぐに笑顔を取り戻した
。
「……ああ、いましたね。震災の日に亡くなった子」
「彼女は、クラスでいじめを受けていたと聞いています」
「いじめ?」
桐島さんは首を傾げる。
「さあ、どうでしょう。私は知りませんでしたが」
吉宗ちゃんが目を細める。
『嘘。こいつ、全部わかってる』
獅堂は森下さんの証言を慎重に伝える。
「複数の関係者から、桐島さんを含む5人がいじめの中心にいたという証言を得ています」
桐島さんは数秒、沈黙した。
そして、笑顔を作り直す。
「ああ、そういうことですか」
桐島さんは椅子に深く座り直す。
「確かに、若気の至りというか、陽菜さんには申し訳ないことをしました」
『嘘。『申し訳ない』なんて思ってない』
「でも、もう14年も前のことです。今さら掘り返されても困るんですが」
『これも嘘』
僕が前に出る。
「桐島さん、あなたは陽菜さんの死を、どう思っていますか?」
「悲しい事故でしたね」
桐島さんは即答する。
「震災という不運が重なった。誰も悪くない」
「事故、ですか」
「ええ。警察もそう判断しましたから」
『嘘。事故だとは思ってない』
僕は桐島さんを見つめた。
――何も、視えなかった。残留思念は無い。
他者のも、そして彼自身のも。
何も感じていない。
陽菜の死も、13人の失踪も、彼にとっては「過去の出来事」でしかないのだ。
「桐島さん。あなた……何も反省していませんね」
僕の言葉に、桐島さんの笑顔が消える。
「……それは、あなたの主観ですよね」
「主観です。でも、確信があります」
桐島さんは立ち上がる。
「すみませんが、仕事がありますので。これ以上の質問には答えられません」
「一つだけ」
獅堂が遮る。
「あなたは今、人事部で『組織マネジメント』の仕事をしているそうですね」
「ええ、そうですが」
「いじめの経験が、役に立っているんですか?」
桐島さんは一瞬、表情を歪めた。
怒りか。
それとも、図星を突かれた動揺か。
だが、すぐに笑顔を作る。
「人間関係の構築において、学生時代の経験は確かに参考になりますよ」
桐島さんは窓の外を見る。
「組織というのは、弱者を排除し、強者を育てることで最適化される。それが、私の信念です」
「弱者を排除?」
「ええ。パフォーマンスの低い人間は、組織の足を引っ張る。だから、早期に見極めて、退職勧奨するんです」
『本当。こいつ、マジで信じてる』
吉宗ちゃんが吐き気を堪えるような顔をしている。
「それが、組織の効率化です」
桐島さんは振り返る。
「陽菜さんも、そうでした。彼女はクラスに馴染めなかった。だから、排除された。それだけのことです」
「……っ」
僕は思わず拳を握る。
「あんた……」
「何か問題でも?」
桐島さんは冷たく笑う。
「私は、ルールに従って生きています。強者が生き残り、弱者が淘汰される。それが、この世界のルールです」
獅堂が割り込む。
「では、13人の失踪については、どう思いますか?」
「愚かだと思います」
桐島さんは即答した。
「彼らは『傍観者』だった。いじめに加担したわけでもない。なのに、罪悪感で自滅した。愚かです」
『本当』
「では、もし彼らが生きていたら、何と言いますか?」
「『無駄なことをするな』と言います。過去は変えられない。前を向いて生きるべきです」
桐島さんが扉を開ける。
「では、これで。お引き取りください」
僕が最後に尋ねる。
「桐島さん、あなたは――ネットに流出した『あの映像』のこと、知っていますか?」
桐島さんの動きが止まる。
一瞬だけ。
「……映像? 何のことですか」
『嘘』
「13人が床下で死んでいく――まあ、正確には教室での儀式部分ですが。42分の映像です。『神奈川13人事件』『贖罪の儀式』として、ネットで1000万回以上再生されている」
桐島さんの顔が、微かに引きつる。
「さあ、知りませんね」
『嘘』
「見たことがあるんですね」
「知らないと言っているでしょう」
『嘘』
吉宗ちゃんが続ける。
「見たんですよね。何度も」
桐島さんは扉を開けたまま、こちらを見ない。
「……帰ってください」
「あなたにとって、あの映像は――」
僕は言葉を選ぶ。
「『勝利の証』だったんですね」
桐島さんの手が、扉の取っ手を強く握る。
「……出て行け」
三人は会議室を出た。
オフィスを出て、三人は深く息を吐いた。
「最悪だよ。あいつ、全く反省してない」
「予想通りだ。罪悪感を持っているなら、森下のように壊れているはずだ。だが、桐島は違う。いじめを『成功体験』として利用している」
「マジで、サイコパスですよ、あいつ……」
「おそらく、他の3人も似たようなものだろう」
獅堂は資料を見る。
「次は、相良美月だ。彼女は教師をしている。横浜の中学校だ」
その日の夕方。
横浜市内の中学校。
放課後、校舎は静かだった。
三人は、職員室で相良美月さんと会った。
相良美月。
30代半ば。黒いスーツ。真面目そうな雰囲気。
眼鏡をかけ、髪は後ろでまとめている。
「工藤さんから連絡をいただきました。詩織さんのこと、本当にお悔やみ申し上げます」
相良さんの言葉は、丁寧だった。
だが、吉宗ちゃんは気づく。
『嘘ですね』
「あの事件のこと、私も忘れられません」
『また嘘』
三人は、相良さんと空き教室で話すことになった。
机と椅子が並ぶ、普通の教室。
だが、僕には、聖ヶ丘学園の教室が重なって見える。
「相良さん、当時のことを教えてください」
獅堂が質問を始める。
「当時……ですか」
相良さんは少し考え込む。
「正直、あまり覚えていないんです。14年も前ですから」
『嘘』
「でも、陽菜さんのことは覚えています」
「陽菜さんは、どんな子でしたか?」
「大人しくて、目立たない子でした。クラスに馴染めていなかったように思います」
『半分本当、半分嘘』
「いじめは、ありましたか?」
相良さんは首を横に振る。
「いいえ。少なくとも、私は知りませんでした」
『嘘』
獅堂が森下さんの証言を伝える。
「複数の関係者から、あなたを含む5人がいじめの中心にいたという証言を得ています」
相良さんの表情が強張る。
「それは……」
彼女は言葉を選ぶ。
「確かに、子供の頃は、配慮に欠ける行動をしたかもしれません。でも、いじめというほどのことは……」
『嘘』
僕が尋ねる。
「相良さん、あなたは今、教師をしていますね」
「はい」
「『弱い生徒を守る』ことが使命だと、SNSに書いていましたね」
「はい。私は、二度と同じ過ちを繰り返したくないんです」
『嘘』
吉宗ちゃんが割り込む。
「でも、それって、自己満足じゃないですか?」
相良さんが吉宗ちゃんを睨む。
「何ですって?」
「だって、相良さん、陽菜さんに謝ったことないですよね。遺族にも謝ってないですよね。なのに、『弱い生徒を守る』とか言って、良い先生ぶってる」
相良さんの顔が赤くなる。
「私は、贖罪のために教師になったんです!」
『嘘』
「じゃあ、なんで陽菜さんの遺族に謝らないんですか?」
「それは……それは、ご遺族が連絡を拒否されているから……」
『嘘』
相良さんは立ち上がる。
「すみません、もう帰ってください。これ以上、お話しすることはありません」
三人は教室を出た。
同じように、田所雄介さん、西園寺梓さんにも会った。
田所雄介さんは、無言を貫いた。
ただ、妻が代わりに話した。
「主人は、過去のことで苦しんでいます。でも、前を向いて生きようとしています。どうか、そっとしておいてください」
だが、吉宗ちゃんの共感覚は「嘘」と判定した。
西園寺梓さんは、涙を流しながら語った。
「私、毎日後悔しています。陽菜さんのこと。でも、どうすればいいかわからなくて……」
だが、吉宗ちゃんの共感覚は、これも「嘘」と判定した。
夜。
僕たちは、打ちひしがれていた。
「主犯格5人のうち、罪悪感を持っているのは森下だけか」
獅堂が資料をまとめる。
「他の4人は、罪を認識しつつも、自己正当化している」
「最悪だ」
僕が呟く。
高野さんが口を挟む。
「皆さん、時間です。あと24時間で、依頼人に結論を提示してください」
獅堂が頷く。
「わかりました」
全て、消えた。
◇
深夜2時。
教室の床下。
僕たち三人は、懐中電灯を手に降りた。
狭い空間。
13人が死んだ場所。
遺体は既に回収されている。
だが、僕には感じる。
13人の「想い」の痕跡が、まだここにある。
後悔。
悲しみ。
諦め。
それは、この場所にこびりついた残滓。
電磁波のように、この空間に刻まれた感情の痕跡。
僕は手紙を取り出した。
「何をするつもりだ?」
獅堂が尋ねる。
「陽菜の手紙を、ここで読む」
「……想いの痕跡は消えないぞ。お前の能力は、残留思念を感じるだけだ。幽霊を成仏させるような力じゃない」
「わかってる」
僕は手紙を開く。
「でも、読む。栞さんのために。そして――」
僕は床下の闇を見つめた。
「僕たち自身のために」
吉宗ちゃんが頷く。
「わかりました。私も、一緒に聞きます」
僕は、一言一句、丁寧に読み上げた。
ゆっくりと。
「――わたし、本当は、誰かに見てほしかっただけなの。
――工藤さんが『大丈夫?』って言ってくれた時、初めて、わたしは『いる』んだって思えた。
――だから、ありがとうって、言いたいの」
読み終えた。
「……」
沈黙。
僕は――感じる。
13人の想いの痕跡は、まだここにある。
消えない。
後悔も、悲しみも、諦めも、そのまま残っている。
これは幽霊じゃない。
ただの想いの残滓。
ビデオテープのように、この場所に刻まれた感情の痕跡。
だけど――
「……それでいいんだ」
僕は呟いた。
「え?」吉宗ちゃんが尋ねる。
「想いの痕跡は、消えない。ずっと、ここに残り続ける」
僕は手紙を仕舞う。
「でも、それでいい。忘れちゃいけないんだ。13人が何を感じて、何を求めて、ここで死んだのか。それを、消してはいけない」
獅堂が頷く。
「そうだな。俺たちの仕事は、13人を成仏させることじゃない」
「じゃあ、何なんですか?」吉宗ちゃんが尋ねる。
「真実を明らかにすることだ」
獅堂は床下から這い上がる。
「そして、生きている人間が前に進めるようにすることだ。栞さんも、主犯格の4人も、そして――」
獅堂は僕を見た。
「あの映像を見た1000万人の俺たちも」
僕は頷いた。
「そうだね」
三人は、床下から這い上がった。
教室に戻る。
黒板の「ごめんなさい」の文字が、月明かりに照らされている。
――想いの痕跡は、まだここにある。
教室全体に、重苦しい感情が漂っている。
後悔。
謝罪。
悲しみ。
それは消えない。
おそらく、何十年経っても、ここに残り続けるだろう。
だけど――
それでいい。
「行こう」
僕は二人に声をかけた。
「僕たちがやるべきことは、もう終わった」




