第2話 配信者殺しの呪いの家
「マジで行くんすか! うおー、やった! これで助かる! あと配信数稼げる!」
吉宗ちゃんが両手を上げて喜ぶ。
「ただし、吉宗。お前はその家には近づくな。現地で待機だ」
「えー! 私も一緒に……」
「駄目だ。お前には別の仕事がある」
獅堂の声に、吉宗ちゃんは渋々頷いた。
「……ならせめて動画撮っててください―。あとで編集して配信するので。あと家には入らないけど近くにはついていきますからね!」
「……勝手にしろ」
獅童はしぶしぶ承諾した。こうなると彼女は手が付けられないからな。
「雫、この家の建築記録を全て調べてくれ。設計者、施工者、建築年月日、それから……この家を建てた建築士の経歴も」
「了解です」
雫ちゃんが素早くキーボードを叩き始める。
「獅堂、何か気になることがあるの?」
僕が聞くと、獅堂は資料を見つめながら答えた。
「被害者たちの配信動画を全部見た。そこで気づいたことがある」
「何を?」
「全員が、同じ場所で同じ言葉を口にしているんだ」
獅堂は動画を再生する。
一人目の配信者。二階の部屋に入った瞬間、「……なんか、息苦しい」
二人目の配信者。同じ部屋で、「圧迫感がすごい……」
三人目の配信者。「なんだろう、すごく……落ち着かない」
「全員、その部屋で強い不快感を訴えている。それも、入った瞬間に」
獅堂は動画を止めた。
「これは、心霊現象じゃない。その部屋の『構造』そのものに問題がある」
そして三十分後、雫ちゃんから報告が入った。
「草薙さん、この家の設計者が判明しました」
「流石早いな」
確かに仕事が早い。これは雫ちゃんの腕前もあるが、僕たちの所属する協会のデータベースがすごいというのも理由のひとつだ。
なにしろ詐欺師の巣窟だ。占いや霊視に必要なのは、依頼人や関係者の子細な情報。そのデータベースに協会の人間はアクセスできる。
大きな声では言えないが、警察のデータベースにも繋がっているとかいないとかいう話もあるしね。
「で、誰だ?」
「葛西透、当時35歳。一級建築士の資格を持っていましたが……』
雫ちゃんの声が、わずかに震える。
「こ、この家を建てた三年後、彼は別の建築事故で業界を追放されています。そして、五年前に……自殺」
「……建築事故?」
「は、はい。彼が設計したマンションで、住民の自殺が相次ぎました。建築基準法違反が発覚し、資格剥奪。その後、彼自身も……」
獅堂の表情が、険しくなった。
「雫、その葛西透について、もっと詳しく調べてくれ。特に、彼の設計思想、論文、SNSの投稿……全てだ」
「わ、わかりました」
雫ちゃんはパソコンに向かう。
しかし、他にも自殺が多発か……きな臭くなってきたな。
◇
翌日、僕らは現地へと向かった。
獅堂が持参したのは、メジャー、レーザー距離計、水平器、そして大量の建築関係の資料。
「今回は、建築の専門知識が必要になる。俺も勉強してきたが……正直、専門外だ」
獅堂は珍しく、不安そうな表情を見せた。
「でも、わかったことがある。葛西透は、意図的に『人を不快にする建築』を設計していた」
「何のために?」
「わからない。だが、彼の残したブログには、こう書いてあった」
獅堂はスマートフォンの画面を見せる。
そこには、こう書かれていた。
『建築は、人の心を操れる。天井の高さ、窓の位置、壁の角度……全てが、人間の精神に影響を与える。私は、それを証明する』
僕は、それを見て背筋が凍る思いがした。
……それは、つまり。
「つまり、この家は……」
「ああ。実験場だ。人間を精神的に追い詰めるための」
その家は、外見は普通の二階建て住宅だった。
だが、獅堂は家を見た瞬間、何かに気づいたようだった。
「……微妙に、歪んでいるな」
「歪んでいる?」
「ああ。窓の配置が左右対称じゃない。ドアの位置も、微妙にずれている。一見すると普通だが、無意識に違和感を覚える配置だ」
「……よくわかるね」
「俺はお前みたいに直観的に不思議なものが視えるわけじゃないからな。だから注意深く観察しないと」
獅堂は、メジャーで外壁を測り始めた。
「この違和感が、建物全体に仕込まれている。それが、入居者の精神に影響を与えるんだ」
僕らは、家の中へと入った。
「……祐介、お前の出番だ」
「うん」
獅童の言葉に僕は頷き、前に出る。
僕の出番。
そう、僕は視えるのだ、人の想いが。それは一般的い言われる霊視とは少し違う。
――共感覚。
先日の獅童との会話にも出た言葉だ。
脳神経の混線などで発生するという、文字に色が視えたり、音に色が聞こえたり、言葉に味を感じたりするという、常人には想像しづらい感覚の世界。
それが、僕にもあるのだ。
――人の想いの残滓が、像として視える。
メカニズムはよくわからない。獅童に言わせると、人間の思考は電気、電磁波であり、それはビデオテープに記録されるようにモノや場所に記録されてしまうのではないか、という。
そして電磁波過敏症やエンパスのようにそれらを感じ、読み取り、それが映像として現れるのかもしれない、と。
あくまでも彼の仮説だ。しかしまあ、細かいメカニズムはどうでもいい。
大切なのは――それが視えるということたせ、
僕は深呼吸をして、目を閉じた。
そして、ゆっくりと視る。意識を集中する。
共感覚は、完全にオンオフが切り替えられるような特殊能力ではない。だけど、普通の感覚でも意識を集中すれば感覚が研ぎ澄まされるように、それを見ようとすれば……より強く感じられる。
訓練で僕はそのこつを掴んで来たのだ。
――視えた。
――濃厚な絶望。
それは二十年前の一家心中の想い。
父親の苦しみ、妻の恐怖、子供たちの悲しみ。
そういったものが、映像として僕の目に……いや、脳に映し出される。
「獅堂、やはり二十年前の一家心中の想いが強く残っている」
「彼らは、どれくらいの期間この家に住んでいた?」
獅堂が電話で雫ちゃんに確認する。
『えっと……記録によれば、入居から一年半後に事件が起きています』
「一年半……十分な時間だな」
獅堂は、家の内部を調べ始めた。
僕はそれをビデオカメラで撮影する。吉宗ちゃんに頼まれた、後で配信に使うという動画素材だ。
調べながら僕たちは階段を上る。
だが、その階段にも違和感があった。
「この階段……段差が不均等だ」
獅堂が指摘する。
「一段目と二段目の高さが違う。そして、踏み面の奥行きも微妙に変わっている」
「それが何か……?」
「人間は、階段の段差が不均等だと、無意識にストレスを感じる。転びそうな不安感が常に付きまとうんだ」
確かに、この階段は登りにくい。
足の置き場が定まらず、常にバランスを気にしてしまう。
「こういう小さなストレスが、積み重なっていく」
二階に上がる。
廊下も、妙に狭い。
「廊下の幅が85センチ。建築基準法では最低78センチだから、ぎりぎり合法だ。だが、人間が快適に感じる廊下幅は最低でも90センチ以上」
獅堂は、廊下を歩きながら説明する。
「この微妙な狭さが、圧迫感を生む。毎日この廊下を通るたびに、無意識に不快感が蓄積されていく」
そして、僕らは問題の部屋の前に立った。
「……ここだ」
獅堂がドアを開ける。
瞬間、強烈な不快感が襲ってきた。
息が詰まるような、圧迫感。
頭が痛くなるような、違和感。
「うっ……」
僕は思わず壁に手をついた。
「祐介、大丈夫か?」
「……気持ち悪い。この部屋、何かおかしい」
獅堂は、すぐに測定を始めた。
天井の高さ、壁の角度、窓の位置……。
「……やはりな」
獅堂の声が、震えていた。
「この部屋、全てが計算されている」
獅堂は、リュックから建築の専門書を取り出した。
そして、部屋の寸法と照らし合わせながら、説明を始めた。
「まず、天井の高さ。2.1メートル。建築基準法の最低ラインだ」
「それが……?」
「人間が圧迫感を感じ始める天井高は、2.2メートル以下と言われている。この部屋は、ぎりぎりそのラインを攻めている」
獅堂は続ける。
「次に、窓の位置。通常、窓は壁の中央に配置されるが、この部屋の窓は微妙に右にずれている」
「それで?」
「人間の視覚は、左右対称を好む。非対称な配置は、無意識にストレスを与える。それも、『微妙に』ずれているから、意識できないレベルで違和感が続く」
獅堂は、壁の角度も測定する。
「そして、壁。この部屋、完全な長方形じゃない。微妙に台形になっている」
「台形……?」
「ああ。奥の壁が、手前より5センチ短い。この微妙な傾斜が、視覚的な歪みを生む。まっすぐ立っているのに、傾いているような錯覚を起こす」
僕は、愕然とした。
「つまり、この部屋にいると……」
「常に、微細なストレスを感じ続ける。天井の圧迫感、窓の非対称、壁の歪み……全てが、無意識に精神を削っていく」
獅堂は、さらに続けた。
「それだけじゃない。照明の位置も計算されている」
天井を見上げると、照明器具の取り付け位置が、部屋の中心から微妙にずれていた。
「照明が中心にないと、部屋全体が不均等に照らされる。影の位置がおかしくなり、空間認識が狂う」
この部屋の異質さを次々と紐解いていく獅童。
だが、獅堂はまだ何かを探していた。
部屋の中を、慎重に歩き回っている。
「これだけじゃない。もっと何かあるはずだ……」
そして、部屋の中央を踏んだ瞬間――。
ギシッ、と床が鳴った。
「……これだ」
獅堂は床を調べ始めた。
「この床、通常の床板より薄い。そして、支持する根太の間隔が広い」
「それが何か……?」
「床が、共振するんだ」
獅堂は、床を軽く叩いた。
ドン、ドン、という音が、妙に響く。
「人間が歩く振動の周波数と、この床の固有振動数が一致している。だから、歩くたびに床が揺れて、不安定な感覚を与える」
獅堂は、さらに説明を続けた。
「人間は、足元が不安定だと、無意識に恐怖を感じる。これは原始的な本能だ。地震や地滑りから身を守るためのな。
この部屋に長時間いると、常に『足元が危ない』という潜在的な恐怖を感じ続けるわけだ」
僕は、この部屋の恐ろしさを理解した。
「つまり、この部屋は……」
「ああ。人間を精神的に追い詰めるために、意図的に設計された部屋だ」
「実験場……そういうことなの」
獅童が家に入る前に言った言葉が思い出される。
獅堂は、雫ちゃんに連絡を取った。
「雫、二十年前に住んでいた家族について、もっと詳しく調べてくれ。特に、どの部屋を誰が使っていたか」
『あ、はい。少々待ってください』
数分後、返信が来た。
『この二階の部屋、父親の書斎として使われていたようです』
「……やはりな」
獅堂は、深くため息をついた。
「父親は、毎日この部屋で仕事をしていた。何時間も、この圧迫感と違和感に晒され続けた」
「それで、精神を病んで……」
「ああ。借金の苦しみもあっただろう。だが、この部屋の構造的なストレスが、彼を追い詰めた。最終的に、家族を殺し、自分も死んだ」
獅堂は、窓の外を見た。
「そして、配信者たちも同じだ。彼らはこの部屋で数時間撮影し、この構造的ストレスを受けた。それが、帰宅後も精神に影響を与え続けた」
なるほと……確かに理にかなっているし、体感として……わかる。
だが、僕にはまだ疑問があった。
「でも、獅堂。配信者たちは一時的にここにいただけだろう? それだけで、自殺にまで追い込まれるか?」
一年半もここにいればそれは追い詰められて狂うだろう。
だけど、ほんの数時間いただけの配信者達がそこまで心を侵されるものなのだろうか。
獅堂は、僕を見た。
「いい質問だ。実は、俺もそこが引っかかっていた」
獅堂は、部屋の中央に立った。
「祐介、お前のその目で、もう一度この部屋を視てくれ。今度は、配信者たちの残留思念に注目して」
僕は目を閉じ、視る。
――七つの新しい絶望。
それは、配信者たちがこの部屋で感じた恐怖と不安。
だが、それだけじゃない。
その奥に、もっと古い、強烈な絶望がある。
二十年前の父親の、死にたいという衝動。
「……獅堂、これは……」
僕は、理解した。
「配信者たちは、この部屋で父親の残留思念を感じ取ったんだ。構造的ストレスに加えて、父親の『死にたい』という想いに共鳴してしまった」
獅堂は頷いた。
「残留思念は、人を殺す力は持たない。ただの想いの残滓でしかない。科学的見地から見たら、そんなものねえよ、と言われるレベルのものでしかない。
だけどそれは、確かに『記憶』として存在する。そして、構造的ストレスで弱った精神は、その残滓に影響されやすくなる」
そう、僕がこの目……共感覚で確かに視えている以上、それはある。
そして「在る」なら、それは僕にしか見えない、感じられないというものではないのだ。
人間には多かれ少なかれ、場の雰囲気を感じ取る共感能力があるのだから。
そして獅童の言う通り、心身が弱った人間は、他人の悪意や敵意にも敏感になり影響されやすい。
身体が弱るとちょっとした風邪の病原菌にやられてしまうように。
「配信者たちは、この部屋の構造で精神を削られ、同時に父親の絶望に当てられてしまった。それが、帰宅後も彼らの心に残り続け……」
「最終的に、同じ行動を取ってしまっ……そして首をつってしまったのか」
獅堂は、静かにうなずいた。
「構造的ストレスと残留思念の、最悪の組み合わせだ。ああ、確かにこれは霊障……呪いだよ」
◇
『というわけでっ! 霊能者獅童祐介さんに依頼しての心霊調査結果が、なんと!
建築士の呪いとも言える悪意と、そしてそこから生まれた被害者家族の怨念が産み出した激ヤバスポットだったというわけです!』
PCのモニターから吉宗ちゃんの声がする。彼女、クレッセント吉宗の配信動画だ。
それを聞きながら僕は獅童に問いかける。
「葛西透……彼は、なぜこんな家を設計したんだ?」
「……」
獅堂は、葛西のブログの最後の投稿のページを黙って僕に見せた。
そこには……。
『私は証明した。建築は、人の心を殺せる。天井、窓、壁、床……全てを計算すれば、人間を絶望に追い込める。これは、私の芸術だ』
そして、最後にこう書かれていた。
『だが、誰も理解してくれない。だから、私も自分の設計した部屋で死のう。私の死をもって芸術は完成するのだ』
「……狂ってる」
僕は呟いた。
「ああ。彼は、建築を武器に変えた。そして、その武器で自分も死んだ」
あの後僕たちは、すぐに警察と自治体に連絡した。
この家は、構造的欠陥により居住者の精神に悪影響を与える可能性がある。即座に立ち入り禁止にすべきだと。
建築の専門家も招かれ、家の調査が行われた。
結果、葛西透の設計した複数の建物に、同様の「構造的ストレス」が仕込まれていることが判明した。
それらの建物は、全て取り壊しが決定された。
「これで呪いの連鎖は、消えたのかな」
「さてな。確かに、葛西透の『作品』は全て壊され、連鎖は止まる……かもしれない。だけど、ぶっちぎりでイカれてる人間というものは、良くも悪くも人を惹きつけるものだ」
「……ああ」
この世界に足を踏み入れたからよくわかる。
狂った人間というものは、ひとつボタンをかけ違えれば……カリスマへとなるのだ。
「葛西透は死に、作品も無くなる。だけど……その思想に共鳴する人間がいないとも限らない。
建築士の名前を隠し改竄して、家を残そうとするもの。
彼に追従し、その設計思想を引き継ぐもの。
そういう人間がいたとしたら……」
「彼の作品という呪いは、今もそしてこれからも……人を殺し続ける」




