第15話 贖罪のために
協会本部の会議室で、八咫姫鈴白は机を叩いた。
「ふざけるな!」
彼女の怒声が響く中、スピの介――岡島は薄く笑っていた。
普段物静かで冷静な彼女が声を荒げるのは珍しい。それほど大きくない怒声がやたら大きく響いたように感じられたのも、普段との落差だろう。
対して、岡島は笑っている。
「ふざけてなどおりませんよ、鈴白理事。
実技試験の案件選定は、規定により審査委員会の承認を得ています。私が推薦した Case No.0072 について、何か問題でも?」
「問題だらけだ! これは未解決事件だぞ。しかも被害者は未成年、遺族感情も複雑極まりない。新人の実技試験に相応しいと本気で思っているのか?」
公認霊能者認定試験における実技試験は、通常はランクC~Dのものを使われる。
A級以上の未解決心霊事件を持ち出すなど前代未聞だった。
「むしろ相応しいでしょう。『本物』の霊能力者なら、真相を暴けるはずです。暴けないなら、それまでの実力ということ。公正な評価ですよ」
スピの介は資料を鈴白の前に滑らせた。2012年の新聞記事のコピー。「聖ヶ丘学園中等部、13名の生徒が集団失踪」という見出しが躍っている。
「それとも、鈴白理事。あなたが推薦した者たちでは、この程度の案件も解決できないとお考えですかな? それなら最初から推薦などなさらなければよかったのでは」
会議室にいる理事や関係者たちの笑い声が聞こえる。
彼女に歯向かっているのは、岡島一人ではない。
大物霊能者八咫姫鏡の生まれ変わりを自称するただの小娘――そう鈴白を笑い、そして邪魔に思う者たちは多い。
彼らが今、岡島の背後にいる。
(――そう来たか、小僧)
自分の邪魔をし貶めた憎き若者、八坂祐介と草薙獅童。その二人と八咫姫鈴白が手を組んだ。
これは岡島にとって非常に厄介なパターンだった。だが、考え方を変えたらどうだ。
鈴白を敵視する者たちは多い。彼らを味方につけ、再起を図る絶好の機会――と言うわけだ。
鈴白は歯を食いしばった。
反論すれば、逆に祐介たちの能力を疑っていることになる。だが、黙認すれば、岡島とその背後にいる敵対派閥どもの思う壺だ。
深く息を吸う。
「わかった」鈴白は低く言った。「だが、条件がある。試験監督官は中立の立場の者を立てろ。お前の派閥の人間は認めない」
「当然ですとも」
スピの介は即答した。
「高野凛審査官を推薦します。彼女なら、私の派閥でも、あなたの派閥でもない。完全に中立です。異論はありませんね?」
鈴白は高野凛の名を聞いて、わずかに表情を緩めた。高野は確かに中立だ。協会内でも「鉄の審査官」と呼ばれ、誰にも媚びず、公正な判断で知られている。
それが出世できない理由でもあるが。
しかし詐欺師の巣窟である霊能者の協会において公正さを貫ける強さを、鈴白は高く評価していた。
「……高野の小娘か。構わん」
「では、決まりですね」
スピの介が立ち上がる。
「明日午前9時、横浜の旧・聖ヶ丘学園跡地で。
楽しみにしていますよ、鈴白理事。あなたの『お気に入り』たちが、どんな醜態を晒す――失礼。どのような結果を見せてくれるのか」
扉が閉まる。
鈴白は一人、拳を握りしめた。
だがその拳を緩め、息を大きく吐く。
大丈夫だ。
自分はこの程度の事では、潰れない。私は、八咫姫鏡の生まれ変わりなのだから。
「岡島。貴様に、貴様らには敗けんよ。うちの小僧どもはな」
◇
占いの館瑠璃宮の一室で、僕たちは集まっていた。
「Case No.0072、通称『教室の13人事件』――2012年の集団失踪事件。
被害者13名、未解決のまま心霊事件として扱われている」
獅堂がノートパソコンを開き、鈴白さんから送られてきた資料を表示する。
画面には、事件の概要が表示されていた。
事件概要
発生日:2012年3月11日
場所:神奈川県横浜市 聖ヶ丘学園中等部
被害者:中学2年A組の生徒13名
状況:教室が施錠され、窓は内側から釘で打ち付けられていた
証拠:睡眠薬の空シート、黒板に「ごめんなさい」の文字
遺体:発見されず
警察判断:集団自殺の可能性が高いが、遺体未発見のため未解決
「てか、これガチでヤバい案件じゃないですか? 子供が13人も死んでるって、うわー」
吉宗ちゃんが言う。彼女の声は、いつもより少し低い。
「死んだとは限らない」
獅堂が冷静に指摘する。
「遺体が見つかっていないからな」
「でも、14年も経ってるんですよ? 生きてるわけないじゃないですか。あと獅童パイセン、なんかテンション低くないっすか?」
「これがこいつの普通だよ、いつものは営業モード」
僕は彼女に説明した。
「まあ論理的にはその通りだ。だが、物的証拠がない以上、断定はできない。あともういい加減疲れた、お前に付き合ってテンション上げ続けるのが」
「トシっすか」
「黙ってろメスガキ」
僕は二人の掛け合いを聞きながら、黙って画面を見つめていた。
ブラウザを開き、事件について検索する。
「ネットには腐るほど情報がある。だが、どれも『心霊スポット』としての尾ひれがついた都市伝説ばかりだ」
画面には、様々な心霊サイトの記事が表示される。
「聖ヶ丘学園の呪い」
「13人の亡霊が徘徊する教室」
「黒板に勝手に現れる『ごめんなさい』の文字」
「教室に入ると鼻血が止まらなくなる」
吉宗が画面を覗き込む。
「うわー、めっちゃ怖い話になってるじゃないですか」
「都市伝説として広まっているからな。心霊スポットとして馬鹿どもが忍び込んだりもしている。お前も行ってそうだけどな」
「うーん、知ってはいたんすけど流石にそこまでは。だってあそこ、ガッチリと閉まってて入れないんすよ。
開いてる廃墟にこっそりならセーフでも、施錠されてるところブチ破って入るのはアウトじゃないっすか」
「どっちもアウトだ」
「アウトだよ」
獅童と僕の声が揃った。
だが、僕は画面を見ながら、別のことを考えていた。
僕はこの事件のことを知っている。
正確には、「あの映像」を見たことがある。
未解決心霊事件。その触れ込みで当時社会を風靡したこの事件は、インターネットでも延々と語り継がれていて――そして、動画も流れていたのだ。
「神奈川13人事件」「贖罪の儀式」――そんなタイトルで、ネットの片隅に転がっていた約42分の映像。
床下の空洞で折り重なる13人の中学生。
睡眠薬を飲んで、互いに「いじめ」を再現する狂気の儀式。
「ごめんなさい」「陽菜ちゃん」と泣き叫ぶ声。
虫を食べさせ合う場面。
最後に呼吸音だけが聞こえ続ける暗闇。
当時の僕は、それはおぞましくいたましいと思いながらも他人事だった。
それが――今、目の前に。
「しかし……鈴白さんが言ってたけど、今回僕たちにこんなヤバい案件が試験として出されたのは、あのスピの介が関わってるって」
「だろうな。あのオッサン、本当にしぶとい」
「ゴキブリみたいなヤツっすね」
「うん。そのゴキブリ……じゃない、スピの介が選んだってことは」僕は呟いた。「罠があるってことだよね」
「間違いないな。あいつはなんの罪もない俺達を完全に逆恨みで敵視してる」
それは流石に、どの口が……と思う。
獅童、君はさんざんスピの介を利用して酷い目にあわせたじゃないか。僕もちょっと彼に同情するくらいに。いやあの男を許す気はないけと。
「俺らを潰すために、あらゆる手を使ってくるだろう。この事件を選んだのにも、必ず理由がある」
獅堂は画面を切り替え、事件の詳細な年表を表示する。
・事件の経緯
2011年3月11日:東日本大震災発生。同日、同校の生徒・佐久間陽菜が校舎屋上から転落死(事故として処理)
2012年3月11日:震災から1年後、同じクラスの13名が教室から集団失踪
2012年3月12日:朝、教室が密室状態で発見される。生徒の姿なし
2012年3月~:警察による捜索活動。手がかりなし
2012年6月:佐久間陽菜の母親が心労で死亡
2013年:捜索打ち切り。未解決事件として扱われる
2014年:学校閉鎖
「見ろ」
獅堂が画面を指差す。
「2011年に佐久間陽菜という生徒が死んでいる。そして、その1年後に13人が失踪。これは偶然じゃない」
「関係があるってことか」
「可能性は高い」
吉宗がスマホで検索している。
「あ、これ見てください。『いじめの傍観者が贖罪のために集団自殺した』って話になってるみたいですよ」
吉宗が画面を見せる。そこには、ある掲示板のスレッドが表示されている。
【未解決事件】聖ヶ丘学園「教室の13人」について語るスレ
234: 名無しさん
この事件、実はいじめが原因らしいぞ
佐久間陽菜っていう子がいじめられてて、震災の日に自殺した
それで罪悪感を感じた傍観者13人が、1年後に集団自殺したって
235: 名無しさん
マジかよ
でも遺体がないんだろ?
236: 名無しさん
だから心霊事件なんだよ
13人は陽菜の呪いで消されたんだ
237: 名無しさん
呪いとか信じてんの?w
普通に考えて集団自殺だろ
238: 名無しさん
いや、でも教室は密室だったんだぞ
どうやって遺体を運び出したんだよ
獅堂は画面を見て、眉をひそめる。
「ネットの情報は信用できない。だが、『いじめ』というキーワードは重要だ」
僕が口を開く。
「明日、現地で詳しく聞けるんだよね」
「ああ。依頼人がいるはずだ」
「依頼人……ですか」
そこで雫ちゃんがコーヒーとお茶を淹れて入ってきた。
「なんか、また大変な事になりそうですね……でも、お二人なら大丈夫だと思います。
私を助けてくれた時みたいに」
「……うん、ありがとう、雫ちゃん」
僕は彼女にお礼を言う。
そう、大変な事件だ。なんたってただの高校生二人(とおまけ一人)が、警察でも解決できなかった未解決事件に挑むのだ。
普通に考えたら、また無茶そのものだろう。
だけど……僕は彼女を見る。
そうだ、僕と獅童は一度、心霊現象に苦しめられている彼女を助ける事が出来た。
その実績が、僕たちに勇気を与えてくれる。
……と、思う。
「まあ、やるっきゃないですよね! 私、これ配信したらめっちゃバズる予感するんですけど」
「配信出来ればな。動画の出来次第ではスピの介どころか鈴白の婆さんにすら握り潰されるぞ」
「えー」
「えーじゃない。それが嫌なら俺達と関係を切って第三者として取材して勝手に配信しろ」
「そんなー捨てないでくださいようっ! 私けっこう役に立ちますよ! なんなら処女上げてもいいですから、現役女子中学生の処女っ!」
「いらねえよ。俺が童貞捨てる時はボインボインの色気の塊のお姉さんか宇宙人だと決めてるんだ」
「宇宙人って何!?」
また漫才を始めた。
「でも、本当に怖いですね。子供が13人もなんて……」
雫ちゃの言葉に僕も頷く。
「うん。だからこそ、ちゃんと真実を明らかにしないと」
獅堂がノートパソコンを閉じる。
「祐介。今回の試験は厄介だぞ。被害者が子供だ。しかも13人。遺族の数も多い。おそらくスピの介がこれを選んだ理由は――」
「……炎上させるため、か」
僕は理解した。
もし真相を暴いたとして、それがセンセーショナルな内容なら、メディアやSNSが飛びつくだろう。
それだけならいいが――きっと遺族は再び傷つくことは想像に難くない。
それに――
僕自身、あの映像を見た人間の一人だ。
13人の地獄を、「検索してはいけない言葉」として消費した側の人間だ。
「罠と言うわけだね。まるでトロッコ問題だよ。
真相を暴けば遺族を傷つけて槍玉にあげられ失脚させられる、
、暴かなければ当然試験は不合格」
「そういうことだ。どちらなしても最悪の選択肢しかない。だが――」
「やるしかない、よね」
ここで引くわけにはいかない。
吉宗が肩を叩く。
「大丈夫っすよ。私たち四人なら、なんとかなりますって!」
「えっ……私もですか?」
雫ちゃんが言う。まあ、後ろで事務としてバックアップしてくれればありがたいけど。
「ああ、それに――祐介は炎上には慣れている、炎上のプロだからな。乗り切れるさ」
「プロじゃないよ!?」
僕は叫んだ。
その僕の叫びに、みんなが笑う。
とにかく、不安に圧し潰されていても――始まらない。
「ま、なんとか上手くやるさ。ハッタリと口八丁なら俺に任せておけ」
そう獅童が言った。実に頼もしかった。
だけど――僕の心の奥には、重い石が沈んでいた。
あの映像。
13人の苦しみ。
僕が「消費」したもの。
今回の事件で、僕はそれと向き合うことになる。




