第14話 こう、破ぁーって
東京霊智協会の認定霊能者試験。
会場は、協会のビルの地下にある大きな会議室だった。
僕らが入ると、すでに数十人の人がいた。
長い椅子が並んでおり、受験者たちがそれぞれ座っている。
色々な年齢、体型、服装。
ある者は派手なアクセサリーを身に付けて神秘的な雰囲気を演じている。
別の者は目を閉じて静かに冥想している。
隅では、長い髪を白く染めた男が独り言を唱えている。
僕は、その多様さに少し圧倒された。
「祐介見ろよあれ。なんともまあ個性豊かな連中じゃないか」
獅堂が、小声で言った。確かに……。
仮装対象の控室、みたいな感じすらある。
その時だった。
「おおーっ! いたいたパイセンコンビっ!」
背後から明るい声がかかった。
振り返ると、クレッセント吉宗がカメラを片手に笑顔で立っていた。
「取材の許可、通してくれてありがとうございます!」
吉宗ちゃんは、カメラを掲げながら会場を見回した。
「まあ動画は後で編集してから提出するんですけど、今のうちに素材を撮りまくるっす!
うひょー、知ってる顔うじゃうじゃいる」
「知ってるの?」
「はい。あちらはですね……」
吉宗ちゃんは、会場の様子を撮りながら、小声で僕らに解説を始めた。
「あの角にいる長髪のお兄さん。あの人、「夜叉の神様」だと自称してるんです。SNSフォロワーが十万人超えてるの」
長髪の男が、独り言を唱えながら手を振り回している。
周りの人が露骨に離れていっている。
「あと、そっちの。派手なネックレスの女性」
吉宗ちゃんが指さした先には、二十年代くらいの女性がいた。
金や宝石のネックレスを何本も首に巻いている。
「あの人、「邪気断ちのスペシャリスト」だと言ってて、お客様には高額のお守りを売ってるんです。
実は雑誌の占い特集で「当たらない霊能者」ランキングの常連なんですけど、根強いファンがいて、まだ活動し続けてるんです」
僕は、その女性が自信満々にネックレスを整えているのを見た。
「あと見てみてこっちも」
吉宗ちゃんが興味深げにカメラを別の方向に向けた。
その先には、四十年代くらいの丸太のような体の男がいた。
全身に、手書きの般若心経が刺青のように描かれている。
もっとも、近づいて見ると、それは全部マーカーで書いたものだった。
「あの人、「般若の体になった」と言って、体に般若心経を書き続けてるんです。
毎朝書き直してるから、常に体がインク臭いって評判になってるんですよ」
「なかなかの熱量だな……」
獅堂がコメントする。
さらに視線を流すと、入口の近くで静かに立っている女性がいた。
深い紫の長い髪を背に流した、大人しそうな二十代の女だ。
ただ、その目は不自然に動いている。
会場の中の人々を、ひとりひとり見定めるように。
「あの紫の髪の人……」
「あー、あの人は「死者の言葉を聞く」と主張してるの。
クライアントに「あなたの亡くなった祖母がこう言っていますよ」とか伝えるんです」
吉宗ちゃんは、声を少し落として続けた。
「でも、あの人の「死者の言葉」は、事前にSNSとかで調べたものだって噂があって。
実際に「当たった」エピソードの大半は、公開されていた情報と一致してるんです」
「……なるほな。典型的なホットリーディングか。だがすぐばれてるようじゃ、三流か」
獅堂が腕を組んで言った。
さらに、会場の奥側には、幼い男の子が静かに座っていた。
見た目は八歳か九歳くらい。
膝を立てて、脚を抱えて静かに周りを見回している。
その傍には、母親らしい中年の女が緊張した顔でそばに立っている。
「あの子は……」
「あの子、「天使の声が聞こえる」と言って、親が売り込んでるんです」
吉宗ちゃんの声には、少し苦い色があった。
「あの子自身は、何も見えてないと思うんですけど。
親が「息子は天才の霊能者だ」って張り切って売り込んでて……」
僕は、その子供を見た。
確かに、何も視えない。
その子に残留思念もなく、憑いているものもない。
ただの、普通の子供だ。
心が痛んだ。
僕が、その子供に視線を向けていると、吉宗ちゃんがカメラを少し下げて言った。
「あと、あの人もやべーっす」
吉宗ちゃんが指さした先には、入口の真ん中で独占するように立っている、五十年代の男がいた。
銀色の長髪を後ろに流し、黒のコートを羽織っている。
「あの人、「闇の武士」だと自称してて、「悪霊を剣で斬る」と言ってるんですよねー」
男は、腰に差し込んでいるものを僕よく見た。
それは、明らかに玩具の刀だった。スポンジ製の。せめて模造刀にしようよ、と思う。
「私はこの剣で悪霊を千切り供養する」
男が、真剣な顔で周りに向かって宣言した。
誰も反応しない。
「……この会場にいる全員じゃないかな」
僕が言うと、獅堂は少し笑った。
「確かに、みんなイカれてる悪霊だわな。んで、全員偽物、と
獅童の言葉に、吉宗ちゃんは肩をすくめた。
「まあ……その辺りは「私はガチ」「あなたはフェイク」という証明は難しいんですよねー。
だって霊が見える、見えないなんて本人しかわからないじゃないですか」
確かに。
僕自身も、「本物」であることを証明するのは、非常に難しい。
獅童いわく共感覚の有無は脳波測定で観測できるらしいが……。
「まあ言えるのは、みんな協会に所属したい人たちだということっすね」
吉宗ちゃんは言った。
「在野の霊能者たちなんです。組織に入ることで、仕事の安定や信頼性を手に入れたい。
あるいは、協会の仕事に参加したい。そういう人たちがここにいる」
獅堂は腕を組んで、会場の人々を見回しながら静かに言った。
「そう、詐欺師っすよ」
吉宗ちゃんがきっぱりと言った。
獅堂は笑った。
「正直だな」
僕らが吉宗ちゃんと話しているとき、突然、横から声がかかった。
「へっ、あなたらが噂の「炎上ボーイ」やな」
声の主は、二十代半ばくらいの男だった。
ボサっとした髪型で、ゆっくりとした関西弁で喋る。
服装は平凡だが、目の色が特別に鋭い。
いつの間にか僕らの真ん前に立っていた。気配がなかった。
「炎上ボーイ……って」
僕は少し引いた。
「へっへっ。スピの介にやっつけた子供やろ。噂やなかった、本当のことやな」
男は、僕らを興味深そうに見つめた。
その視線は、僕の方に長く留まった。
何かを確認しているように。
「……」
僕は、その視線に少し居心地の悪さを感じた。
獅堂が話しかけてきたのは、少し後のことだった。
「あんたも受験者っすか?」
獅堂が、軽い口調で聞く。営業モードだ。
「へっ、そうやで。うまくいけば今日から協会の一員になるんや」
男は笑った。その笑い方は、表情に合わせてのものではなかった。
「俺の名前は円馬。工藤円馬や。職業は……まあ、あんたらと同じやな」
「なるほど、二十代で現役高校生とか中々のヤンチャっすね先輩、やるう!」
「ちゃうわ! そっちやのうて霊能者やっとるっちゅうことや!」
獅童の言葉に、彼はツッコミを返した。
流石関西人だ。
「まあ、言えることはな。お前の「目」は本物やと思うっちゅうこっちゃ。俺の勘は当たるで」
僕の方を見て、静かに言った。
……気づかれている?
「じゃ、俺はどう?」
「偽物やな。これでもかっちゅうくらい偽物やんけ。偽物すぎて……背筋寒うなるわ」
獅童の言葉に、彼はおどけて返す。笑っているけど、その目は笑っていなかった。
……確かに、この人は獅童の本質も見抜いている、ような気がした。
「どいつもこいつもつまらん奴らばかりやと思ったが、中々に見どころある奴がここに三人もおるとわな。
やっぱこの業界、おもろいわ」
三人……?
吉宗ちゃんのことだろうか。確かに面白い言動はしているけど。
「まあ、今日の試験、楽しみにしてるでよ」
円馬は、そう言って静かに離れていった。
……彼の存在は、妙に僕の印象に残った。
◇
やがて、アナウンスが流れた。
『これより東京霊智協会認定霊能者試験を開始します。受験者の方々は、本会議室へお入りください』
その言葉に促され、僕らは会議室に入った。
長い列の椅子に、受験者たちが並んで座る。
前方には、協会の関係者たちが並んでいた。
その中の一つの椅子に、鈴白がいた。
白い着物で静かに座っているだけで、その存在感が会場全体を圧倒している。
僕らも席に座った。
まず最初は、筆記試験だ。
配られたのは、十数ページのテスト用紙だ。
「霊の分類」「霊障の定義」「対処法の理論」……
協会の共通設定に基づく問題が並んでいる。
僕は、鈴白からもらった資料を思い出しながら、一つ一つ問題を解していった。
正直に言えば、これらの答えは僕が知っているものは大幅に異なる。
僕が視えるものは電磁情報の残滓であり、記憶だ。
そこに……意志は、自我は無い。彼らは思考しない。
だけど、協会は……いや、世間の霊能者たちは、死者の霊には意思も自我もあり自分で動くと説いている。
それは違う。
だけど……ここは合わせないといけない。獅童や鈴白からそう教わった。
獅堂自身はすでに問題を解き終わっていた。
ペンを置いて、静かに座っている。
僕は急いで残りの問題を解き、ペンを置いた。
筆記試験が終わると、次は面接試験が行われた。
協会の者たちが、受験者を一人ずつ呼んで面談する。
素性、動機、能力の詳細を問う。
僕と獅堂は、二人で面接に臨んだ。
対応したのは、中年の男性だ。
眼鏡をかけた、冷静な顔の男で、書類を見ながら質問をしていく。
「八坂祐介、草薙獅堂。鈴白様の推薦で受験されたのですね」
「はい」
「霊視の力を持っているとのことですが、具体的にはどのような現象を視ることができますか」
僕は、協会の共通設定に沿って答える。
「残留霊や、生き霊の影響を視することができます」
「なるほど。そしてその霊障を解決する実績も持っているとのことですが」
「そっす。こいつが視て、俺が祓う。除霊のテクは実家でも教わってきたんすよ、俺、寺生まれなんで。こう、破ぁーって」
獅童が身振り手振りで笑顔で話す。いつも通り、場の空気を持って行く感じだ。
僕は面接は苦手だから、二人で面接に挑めたのは心強かった。
「……よろしい」
最後に、面接官は僕らの目を見て言った。
「鈴白様の部下として、協会に貢献するつもりがあるのですね」
「うっす、ボスの命令は絶対っす」
「……はい」
僕と獅堂は、同時に頷いた。
面接は終わった。
大丈夫……だとは思う。
筆記と面接を終えた受験者たちは、再び待機室に集まった。
まず筆記と面接の結果が発表され、いくつかの人が「不合格」の通知を受けて帰っていった。
僕と獅堂は、無事に通過した。
見ると、円馬も通貨していたようだ。
そして、実技試験の内容が発表される。
協会の関係者が、一人ずつ受験者の名前と割り当てられた課題を読み上げていく。
「草薙獅堂・八坂祐介ペア」
僕と獅堂の名前が呼ばれた。
「はい」
「実技課題は……」
関係者が、書類を見た。その表情が、わずかに変わった。
僕はそれを見て、何かが嫌な予感がした。
関係者は、静かに読み上げたそれは。
戦後最大の未解決心霊事件のひとつだった。




