第13話 インタビューさせてください!
「……うっす、お誘い光栄っす! ではこの件は持ち帰り前向きに検討させていただきます、ってことで」
獅堂は、にっこりと営業スマイルを浮かべて言った。
鈴白は、それに対して特に表情も変えず、ただ一言だけ付け加えた。
「一つ言っておくがな、小僧ども。
霊智協会のお前達のブラックリスト入りは、まだ解かれておらんよ」
その言葉に、僕は足を止めた。
……それは、つまり。
「しかも、私が念入りにさせているのだよ」
鈴白は、扇子をぱちりと閉じた。
「協会に入るのであれば、現在の経路は全て閉じてある。私の下につくのが、唯一の道だぞ」
そう言う事だ。一歩先手を打たれていた……ということか。
それだけ言い残して、鈴白は部屋を出た。
……やられた。
残された僕と獅堂は、しばらく言葉を失った。
その夜。
瑠璃宮の待機室で、僕と獅堂は向き合った。
艶華さんは煙草を吸いながら、傍で見守っている。
「まず、メリットとデメリットを整理しよう」
獅堂は、タブレットに箇条書きを並べていく。
「メリット。一つ目、協会への入場券を手に入れる。
二つ目、八咫姫鈴白の人脈と影響力を使える。
三つ目、枢天城の動向を内側から把握しやすくなる」
獅堂は、今度はデメリットの欄を埋めていく。
「デメリット。一つ目、八咫姫鈴白の目的が不明。
二つ目、「配下」という立場は自由の喪失を意味する。
そして三つ目……」
獅堂は、ペンを止めた。
「罠の可能性がある。最初から僕らを泳かして、何かに利用するためのものかもしれない」
「……だよな」
僕は、腕を組んだ。
協会に売り込んで堂々と入会するという目論見が完全に潰されていた。
これは危険な香りがする。
「でも、判断するためにはまず彼女を調べる必要があるんだよな」
「……しかし、だ」
獅堂は、腕を組んで言った。
「あの子……いやババア、か? ともかくあれは有名人だ。公開されている情報以上のことを掴むのは難しい。対策も十分に取っているはず」
「だったら……」
「やっぱり、踏み込むしかないな」
獅堂は、タブレットを閉じた。
「元々、獅子身中の虫になる予定だった。場所が変わっただけだ」
僕は、獅堂の言葉に頷いた。
確かに、协会に潜り込んで内側を壊すという計画は元々にある。
鈴白の下につくことは、その手段の一つに過ぎない。いやむしろ、獅子が大きく口を開けてくれているのだ。好機である。
……だよね、たぶん。
「決めたか?」
獅堂が聞く。
「……ああ」
僕は、頷いた。
「なるほど、決めたのかい」
僕が指導に頷いた時、艶華さんが煙草を吸いながら言葉を挟んで来た。
「はい。乗って見ます、一か八か」
「そうか。なら、一つ聞いてくれ」
艶華さんは、煙草を消した。
そして、真剣な表情で言った。
「あたしはね。八咫姫鏡の事をよく知っている」
「知っている……?」
僕は、驚いた。僕たちにとってもはや伝説上の存在だ、八咫姫鏡は。
小さいころ、よくテレビで見た記憶がある。
「昔、あたしはあの人に世話になっていたんだよ」
艶華さんは、遠い目をしていった。
「あたしにとって、親や祖母みたいな人だった。この業界で、あたしが困っていた時に色んなことを教えてくれたよ。
……そして、鈴白にも何度か会ったことがある。あの子は……」
新しい煙草に火をつけ、大きくふかして、そして言った。
「――鏡婆さんとそっくりだった」
「そっくり……?」
「仔細、雰囲気、言い回し。まさか本当に……と思ったよ。だけどね。
あの八咫姫鈴白が本当に八咫姫鏡の生まれ変わりかどうかは、あたしにはわからない」
「わからない……ですか」
「ああ。輪廻転生なんてのは占いじゃよく使われるネタさ、前世鑑定ってね。だけどだいたいは客の願望を満足させるためのものさ。
私の前世は何々です、って主張もね。
だけど……あの子は。
いや、そけはいいさね、あたしの思い違いかもしれない。
だけどね、……たぶん」
艶華さんは、僕らを見つめて言った。
「あんたらの味方だよ。いや――同類だ」
「同類……?」
「根底にある、感じるのさ。
……怒りを、ね」
その言葉で、僕は息を呑んだ。
怒り。僕たちと、同じ……?
それは、つまり。
そんな時だった。獅堂が眉をひそめて言う。
「ちょっと待ってくれ、師匠」
「ん?」
「八咫姫鏡って、十数年前に八十すぎだか九十だかで死んだ婆さんだろ。それに世話になっていたっていうなら……あんた何歳……」
獅堂の言葉が途中で止まった。
艶華さんは、微笑んだ。
その笑顔は、僕がこれまで見た艶華さんの笑顔とは違った。
温かい笑顔じゃない。
妖艶な笑顔じゃない。
絶対的な恐怖を生む笑顔だ。
「……」
僕は、何も言えなかった。
獅堂も、静かに視線を下げた。
うん、年齢のことは言うまい。
僕たちには関係ないし。藪を突いてドラゴンを出す趣味は無い。
「ということで」
艶華さんは、いつもの妖艶な笑みに戻った。
「まあ、あんたらが心配すぎるのは理解できるが、鈴白はおそらく安全だよ。あたしの直感に信じてくれ」
僕は、頷いた。
何か言ったら怖いし。
君子危うきに近寄らずなのだ。
◇
翌日。
僕らは、鈴白と再び会談した。
今度は僕たちが赴いた形だった。場所は霊智協会のビルだった。
話が通ってあるのか、門前払いはされなかった。
「随分と早いな。一週間は見ると思っていたが。決めたのか」
鈴白が聞く。
「はい」
獅堂は、背筋をぴんと伸ばしてはっきりと言った。
「お世話になります。八咫姫鈴白様の配下として、協会に入りたいと思います、おなしゃす!」
そして獅童は深く腰を折ってお辞儀をする。僕もつられて頭を下げる。
「よかろう。実に素直で、少し拍子抜けしたがな。まあ問題は無いに越したことはない」
鈴白は、満足そうに頷いた。
そして窓から見える風景を見ながら言う。
「これで、お前たちは東京霊智協会の認定霊能者試験を受けられる……と言う事だ。
そこに受かれば晴れて協会の認定霊能者。お前たちの目的にも近づくだろう。その目的が何かは、知らんがな」
どこまで知っているのか。彼女は笑って言った。
「まあ、精々精進するがいい、小僧ども」
◇
かくして、無事に霊能者認定試験の申請をした後。
協会のビルを出た僕たちの前に翻る人影があった。
「こんにちは〜! ヨシムネ☆チャンネルのクレッセント吉宗です〜!」
勢い良く飛び出してきたのは、中学生くらいの女の子だ。
背には大きなカメラ。自撮り棒には、小型のカメラが二つ付いている。
「あのー、あの八坂獅童と草薙祐介さんですよね! 待ってたんです、是非お二人のインタビューさせてください!」
吉宗は、カメラを僕らに向けた。
僕と獅堂は、呆然とした。何なんだこの子は。
「ていうか、八坂祐介と草薙獅童だけど」
「おおっ、こいつは失敗、失礼しましたー!」
申し訳なさそうなジェスチャーをして謝るクレッセント吉宗。
「インタビュー……?」
「そうそう! あのスピの介をギャフンと言わせた今をときめく霊能者コンビ! 是非取材をって思いましてさ! 本当は占いの店ロリ宮……」
「瑠璃宮」
「そうそうそれそれ! そこに直接電撃取材しようと思ってたら、お二人をみかけたんでここで待ってたんす!」
取材か。
占い雑誌の取材は受けた事はあるけど、配信者は初めてだな。
「なるほど! しかしインタビューに来たの、君が最初なんだよな。俺らちったぁ有名になったと思ってたんだが、配信者界隈じゃそうでもないカンジ?」
獅堂が言うと、吉宗はしたり顔で言った。
「だってスピの介が怒り心頭で睨み利かせてっからっすね!」
……ここだけの話。
お二人のことネタにして配信したら、あのオッサンの逆鱗に触れてやっていけなくなるって皆怖がってるんですよ! 本当に嫌な人だなーっていう感じで」
僕は、スピの介の影響力の大きさを改めて実感した。
「じゃあ、なぜあなたは……」
僕が聞くと、吉宗はカメラを再び持ち上げ、明るい笑顔で言った。
「この世界は! 数字が全てっす!」
彼女は言葉を続けた。
「カネも権力も、それ以上の数字という力で覆せるんです! だからこそ、あんなセクハラ野郎に気を使ってヘラヘラしてやりたいネタも出来ないなんて窮屈でいやだね! あたしゃ自由だ、数字に魂は大安売りしても、金と権力には媚びへつらったりしねえ!」
彼女の言葉には、明確な信念があるように聞こえた。
ていうか、数字には魂売るのか。
そんなハイテンションな彼女を、獅堂は腕を組んでみていた。そして笑う。
「……おもしれー女」
「でしょ! さっすが獅童パイセン、話がわかるぅ~!」
獅堂は笑いながら言う。
「いいぜ。インタビューには応じようじゃねえか。
だけどそれならこっちからも提案だ」
「提案?」
「東京霊智協会の認定霊能者試験、突撃取材してみたくねぇか?」
その言葉に。
吉宗の顔がぱあっと明るくなった。
「いいんすか!?」
「うちのボスに聞いてみないとわかんねえから確約は出来ないけどな。面白い事になりそうだろ?」
「っすね!」
……なんだろう。
陽キャモードの獅童とこの突撃娘の吉宗。なんかすごく相性がいい気がする。
悪い意味で。
そして僕と獅童は協会のビルを出てきたその足をくるっとUターンして、再び中に入って鈴白の所にいくことになった。
彼女の反応は……
「まあ構わんよ。ただし、実況生配信は当然の如く不許可だ。動画を一度私達に提出し、許可を得るならばよし、だ」
「さっすがボス、話がわかるうっ」
獅童がヨイショをする。しかし鈴白は悪戯っぽく言った。
「まあ、邪魔は確実に入るだろうがな」
「邪魔?」
「岡島の小僧……スピの介だよ。
お前達の動画となれば絶対に反対してくるだろう、敵の宣伝になるわけだからな」
「うげ、やっぱりっすかあのハゲ」
獅堂がうんざりとした顔で言った。
まあ恨み買っちゃってるからな。
「まあ、そこは私が対処するさ。あの小僧一人だけなら大丈夫だ」
鈴白の言葉には、自信がある。
协会内での鈴白の影響力が、いかに大きいかを、僕は改めて実感した。
その後、ちょうどいいと鈴白は試験の期日と内容を僕らに伝えた。
「認定試験は、三つの段階に分けられる」
鈴白は、書類を僕らに見せた。
「一つ目、筆記試験」
「筆記試験……」
「ああ。協会が定める、霊の世界の共通設定に基づくものだ」
僕は、「共通設定」という言葉に引っかかった。
「共通設定……?」
「協会が認めている霊の定義、種類、対処法の理論。それを試す」
獅堂は、腕を組んで考え込んだ。
「なるほな……。
やっぱ詐欺師ばかりだからな。それぞれが自分の脳内設定を真実と主張していたら、組織はあっという間に成り立たなくなるってわけだ」
「だから、統一する必要がある……と」
「その通り」
鈴白が、頷いた。
「そして……詐欺師ばかりだからこそ自分の設定を貫こうとする奴はいない。そういう奴は、自分でカルトでも開いて去るからな」
獅堂の分析は、鋭かった。
協会の筆記試験は、共通の嘘の中に収まることを確認するものだ。
その設定は、鈴白からしっかり聞いて学んでおく必要があるということだ。
「二つ目、面接試験」
鈴白は続けた。
「協会の者による、直接の面談だ。素性、動機、能力の詳細を問い直す。
ここで肝要なのは、一部の本物以外はみな偽物、詐欺師という事だ」
「言っちゃっていいんすかボス」
「かまわんさ。ここで、力も無いのに自分が本物の霊能者だと思い込んでいる妄想狂は落とされる事になる。
よしんばなんとかクリアしたとしても、妄想家は上には登れん」
「妄想家でもクリアするんですか」
僕の質問に、鈴白は肩をすくめた。
「真実味、と言う奴だ。
自分を本物だと心から信じているバカの武器はなんだと思う?
説得力だよ。自分を完璧に騙して信じ込ませる嘘と自覚のない嘘には、一種の説得力が宿る。
それはそうだ、騙している自覚がないのだからな。
それは客寄せとしては役に立つ。だが、上には行けん」
……なるほど。
「そして、三つ目」
鈴白は、僕らの目をまっすぐに見た。
「実技試験だ」
「実技……」
「心霊相談と、事件の解決だよ。協会に寄せられた案件の中から、試験向けに選ばれたものがあてがわれる。それを解決する」
僕は、拳を握った。
つまり、本物の事件を解決する必要がある。
「期日は、二週間後だ」
鈴白は、静かに言った。
「心して準備しておけよ、小僧ども。協会の試験は、私ほど甘くないからな」




