第12話 私の配下になれ
それから数日後。
占いの館瑠璃宮に、見慣れた顔が現れた。
「あの……お邪魔します」
一ノ瀬雫さんだった。
彼女は、少し緊張した面持ちで入ってくる。
「よっ、雫さん。どうしたの? まだ店は開いてないけど。
あ、アフターケアの相談? いいぜいいぜ、それも俺たちの仕事だ気軽に言ってくれよな。で、また何か出たとか?」
獅堂が営業モードで朗らかに言う。
まあ獅堂にとってもはや解決した事件だ。
僕の目でももうお婆さん以外は何も見えないし、彼女に何か見えた感じたとしても精神的な問題。獅堂の口八丁でなんとかなるということだろう。
「あ、そうじゃないんです。その、私……今日からここでバイトすることになって」
「へえ、そうなんだ。えっと……よろしく、雫さん」
僕は彼女に挨拶をする。
……助けた人が後輩になるなんて不思議な感覚だな。
「あ……えっと八坂先輩、さん付けはやめてください……私は年下の高一ですし……」
彼女は申し訳なさそうにそう言ってくる。
「じゃあ雫、コーヒー淹れてこいよ。なるはやダッシュで」
「いきなりぞんざいだな!?」
いきなり素のモードに戻って無愛想に言い放つ獅堂。
あんまりなので僕が抗議すると、獅堂は肩をすくめた。
「客じゃない後輩なんだから、そんなもんだろ」
「そういう問題じゃ……」
「あっ、いいんです。じゃあコーヒー淹れてきますね、八坂先輩もコーヒーですか?」
「あ、僕はお茶で頼むよ、えっと……雫、ちゃん」
「……はい!」
雫ちゃんは笑顔で言った。
うんまあ、彼女に笑顔が戻って良かったとは思う。
「……気をつけろよ」
そんな雫ちゃんの後ろ姿を見ていると、獅堂が言ってきた。
「何をさ?」
「……いや、まあ一般論としてな。占い師や霊能者、そして……探偵やカウンセラーとかもそうだが、そういう人間は依頼人に深入りして感情移入するな、っていう話だ」
「でも雫ちゃんは後輩だろ」
「まあ、そうだけど。ま、頭の片隅にでもとどめておけ」
「?」
なんだろうな。態度からして、特に彼女を警戒や敵視しているってわけでもないみたいだけど……。
まあいいか。
◇
私はコーヒーとお茶の用意をする。
それらを淹れるのは得意だ。私の両親も、祖母も私の淹れたコーヒーやお茶を喜んでくれていた。
特にお茶が祖母は好きだった。その記憶もあってか、お茶を淹れていると祖母を思いだし、暖かい気持ちになれる。
(……なんとかあまく行きそう、かな)
私は思い出す。
ここで働くことになった時のことを。
そもそも、ここに来たのは働くことが目的だったわけではない。
最初は、友人に「ここなら助けてくれる」と言われて。
そして次は……助けていただいた依頼料が払えませんと泣きつくためにだった。
うう、情けない。
でも仕方がない。両親は外国にいて、私は振り込まれた生活費で生きている。余裕はあっても、余分はない。
まさか両親に、心霊現象で苦しめられてて霊能者に助けてもらいました依頼料を払わないといけないので振り込んでください、なんて言えない。
言ったら心配されるし、あの人たちの迷惑になる。
事実、祓いを受けてから嘘のように心霊現象はピタリと止んだのだ。
私はとても感謝している。
だけど、感謝すればお金が沸いてくるわけではありません。
ふつうの女子高生である私にとって、除霊代金として五十万円、とてもじゃないけど払える額ではない。
というわけで相談に来たのだけど……。
「ビタ一文まからないよ」
怖そうな、それでいて妖艶なこの館の主人、艶華さんはそう言った。
「まあ、分割払いは可能だけどね。ほかならぬあんただ、無利子催促なしでも許してやろうじゃないか」
……とも言ってきた。
ほかならぬ、と言われても……私とこの人にそんな接点はないんだけど。
そう思っていると、彼女は紫煙を吐きながら言った。
「……あの炎上ボーイたち。あの子ら、今話題になってるからね。それはあんたの霊障を解決して、それが噂になったからだ。
つまり、あんたのおかげでもあるのさ。
ただの客でしかない、と言えばそれまでだけどね」
「……そう、ですか」
つまり、私の事件がバズったから便宜を図ってくれるということらしい。
うん、ネットで大々的に喋ってくれた友達に感謝しよう。
「といっても、実際に五十万円って大変だろ。そこで相談があるんだけど」
「相談……?」
「あんた、ウチでばいとしなよ。給料から天引きで借金返済さ。そしてそれなら割引もしてあげるよ」
「……えっと」
どうしよう。なんか、話がちょっと……うますぎる気がする。
そんな私の不安と疑念を感じてか、彼女は笑って言う。
「裏があるんじゃないか、って顔だね。むもちろんあるよ。
あんたの仕事は事務やお茶くみとかだけどね、もうひとつ秘密の仕事をしてもらう。
といっても、犯罪やいかがわしいことじゃないよ。
あんたを見事に救った期待の新人霊能者コンビ。あいつらの監視さ」
「監視……ですか」
「そう。つっても別にあたしはあの子らを疑ったり敵視してるわけじゃあない。
あの子らの狙い、やりたい事、それらを知ってて便宜を図ってる。
だけどね、何事も想定外は起こりうるからね。
あの子らがあの子らのまま、まっすぐ進めるかどうかは……わかんないのさ。
特にこの業界じゃね」
艶華さんは短くなった煙草を灰皿に捨てて、次の煙草に火をつける。
「金と、女さ。特に女。
あんな純でウブでまっすぐな男子高校生が霊能者の業界に飛び込めば、すぐにハニトラにひっかかったり、神様扱いして囲ってくる女に呑まれたりしちまうさ」
「っ……」
なんだろう。
それは……すごく嫌な気持ちになった。
特に……純朴で真面目そうな八坂さんが、そういうふうに……。
「だから」
私の思考を艶華さんの言葉が遮る。
「先に仕掛けるのさ、ハニトラを保険としてね」
とんでもない事を、この人は言った。
「……」
しばし思考が止まる。え? ハニトラ? 誰が誰に?
私が……あの人に?
「えええええええええええええええっ!?」
「ああもううるさいね。別に抱かれて来な、なんて言うつもりは無いよ。
仲のいい友達、信頼される後輩、頼れる仲間として側に張り付いて、ほかの女がよって来るのを牽制しろって事だよ。
そして絆を作って、余所に持って行かれないようにもね」
「……そ、それは……うん、そういうことなら……でも……」
渋る私。
流石に、そういうのは……いやでも、こうでもしないと私と彼なんてただの依頼人の関係でしかないしこれは……いやそういう話じゃなくて、それでも不健全というか、こういうのはもっと自然な……。
「引き受けてくれたら借金半額」
「やります」
私はOKした。
仕方ないよね、財政的に厳しく、背に腹は代えられない。そう、これはお金のため。決して、あの人にもっとお近づきになりたいそばで働きたいという下心じゃないのです。
◇
雫ちゃんは思ってた以上に優秀だった。
正直、事務作業の腕は僕以上だ。
ちょっと嫉妬するけど、まあ僕らは僕らの仕事に専念出来るし、サポート役がいるのは本当に心強いと思った。
そして僕たちはさらに調子に乗り、占いや心霊相談、そして除霊の仕事をこなしていった。
大半は気のせいだったけど、中には本当に障りを受けている相談者も何人も居た。
その人たちの話を聞いて、僕が視る。そして対処する。
身体にこびりついた強力死者の念で体調が悪くなっている人もいた。
そんな人に対してどうするのか。祓いの儀式やら、心のこもった言葉も……すでに死んでいる思いの残滓には通じない。
「まあ、お前が視てる強い思いってのもこびりついた電磁波だろ、だったらより強い電磁波を当てればいいさ」
そう獅堂が言う。そしてその答えとして……日光浴だった。
これが以外とバカにならなかった。
太陽の光というのは強力な電磁波の複合体だ。それに長くさらされたらたいていの念などはきれいに消されてしまう。
なるほど、心霊スポットとよばれるところは暗くじめじめとした場所が多いわけだ。
そんな生活を続けていたある日。
僕らが占いの仕事をしていると、雫が慌てて駆け込んできた。
「八坂先輩、草薙先輩!」
「どうした?」
獅堂がコーヒーを飲みながら聞く。
しかしどうしたのだろう、あんなにあわてて。青ざめてすらいる。
「お、お客様が……
東京霊智協会から、お客様が来ました」
「!?」
僕と獅堂は、顔を見合わせた。
霊智協会から。なぜだろう。
もしかしてさんざんスピの介の名前を利用したクレームか?
いやしかし、僕たち自身は彼の名前を使ってはいない。あくまでもネットが騒いでいるだけだ。獅堂はそう仕向けたようだけど。
「……そのお客様の名前は?」
獅堂が、鋭く聞く。
そして雫ちゃんが答えた名前は
……想像だにしないものだった。
「八咫姫……鈴白さん、です」
八咫姫鈴白。僕も聞いたことがある名前だ。
その名前を聞いて、獅堂がコーヒーカップを置き、腰を上げた。
「……祐介」
獅堂は、低い声で言った。
「でかい獲物が罠にかかった。いや、違うか。
……喰いにきやがった、かもしれない」
◇
応接室には、一人の少女が座っていた。
年は、十一歳くらいだろうか。
白い着物を着た、人形のように美しい少女だった。
だけど、なんというか――雰囲気がただの女の子ではない。
落ち着いている。貫禄がある。
まるでこの部屋の主として君臨しているかのように。
「……八咫姫鈴白」
僕は、その名前を知っていた。
テレビにも、雑誌にも出ている有名人だ。
かつて昭和から平成の時代に活躍した大物霊能者、八咫姫鏡の生まれ変わりだという。
八咫姫鏡の没後すぐに生まれたということだ。
「転生って、本当にあるの?」
僕が小声で獅堂に聞くと、獅堂は肩をすくめた。
「さあな。ただ、生まれ変わりを自称する人間はいるし、説明がつかない事例もいくつかある」
獅堂は、小声で説明を続けた。
「有名なのは、アメリカのジェームズ・ライニンガーって子供だ。二歳の頃から第二次大戦中のパイロットの記憶を語り出して、実際に調べたら実在の人物と詳細が一致したという。
他にも、インドのシャンティ・デヴィって女性は、前世の家族の名前や住所を正確に言い当てて、実際に会いに行ったら前世の夫や子供たちが実在していた。
日本でも、勝五郎再生記聞って江戸時代の記録がある。
八歳の子供が前世の記憶を語って、実際に前世の村や家族を訪ねたら全部一致したって話だ」
獅堂は、鈴白を見つめた。
「だけど、だからといって目の前の少女が本当にそうかはわからない。そして、何を企んでいるのかも」
獅堂は、席に座った。
確かにわからない。わからない以上非――話してみるしかない。
僕も、獅堂の隣に座った。
鈴白は、じっと僕らを見つめている。
扇子ごしに、静かに……値踏み、いや鑑定するように。
彼女もまた、霊能者だという。
視えているのだろうか。僕のように。あるいは――僕を越えた、真の霊感で、何かを。
「どもっす、はじめまして」
獅堂が、笑顔で言った。
「あの有名な八咫姫鈴白さんが俺らみたいなぺーぺーを訪ねて来てくれるなんて、感動っす!
あ、あとでサインくださいマジで。部屋と仕事場に飾るんで二枚!」
「ちょっと獅堂、失礼でしょ! えっと、初めまして。僕は八坂祐介、こっちは草薙獅堂です。えっと……よろしく」
僕たちは挨拶をする。
しかし獅堂はいきなり営業モードというか、陽キャモード全開だった。いいのかなそれ。失礼じゃないだろうか。
「知っておるよ。特にそっちのメガネの小僧。前のイベントでは暴れてくれたの。
あの場ではお主はやりこめられた……と思っているようだが、何のことはない。
あのあと岡島の小僧……ああ、岡島と言うのはスピの介の本名だな、まあどうでもいいことだが。奴はあの後かなり大変な事になっていたぞ、大炎上して収益ががた落ち、とかじったか? ああ、怒っているわけではない。私にはむしろ痛快じゃったわ」
そう言ってからからと笑う。
何だろう、思っていたより友好的……なのか?
「いやー、よかったっす! 俺たちのせいで尊敬する先輩のスピ太郎さんがひどい仕打ち受けてるって聞いて、心配で夜しか眠れなかったんすよ!」
獅堂、それめっちゃ煽ってない?
しかし八咫姫鈴白はその獅堂の言葉に対して笑うだけだった。
……なんだろう。この人はめちゃくちゃ手強い、という気がする。
本当に老婆の生まれ変わりなのだろうか。その説得力が……確かにある。
獅堂が僕のほうをちらりと見る。
おそらくは、あれだ。
自分が小粋なトークで引き延ばしている間に、彼女が本物かどうか、視てくれ……とでもいいたいのだろう。
……そうは言っても。
僕が視えるのはあくまでも人や物、場についた人の残留思念だ。
その人の過去そのもの、ましてや前世なんて……今まで視えた試しがない。
それでも彼女を、視る。
……。
よくわからない。だけど、多量の念……嫉妬や羨望などの邪念雑念に憑きまとわれている、というのはわかる。
そして、それであっても、彼女自身はそれらの念に左右されていない……そんな感じだ。
強い、と僕は思った。
「何を見ておる。せくはらじゃぞ、このロリコンが。それとも魂の熟女マニアか?」
いきなりそんな事を言われた。
「い、いや違います。そんなんじゃ……」
「ふん、まあいい。奇異の目て見られるのは慣れておるからな。怒ってはおらんよ」
「さっすが、器でけえっすね!」
獅堂がヨイショした。どうやら無事に誤魔化せたようだ。゜
「さて……私がここに来たのは、別に岡島への謝罪を求めにきたわけでもなければ、世間話のためでもない。
単刀直入に言うぞ」
そして八咫姫鈴白は、微笑みを浮かべ、有無を言わさない口調で――言った。
「私の配下になれ、小僧ども」




