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シナスタジア心霊事件ファイル~共感覚霊視者と心霊詐欺師の霊能者業界成り上がり~  作者: 十凪高志


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第1話 獅童祐介心霊相談所

サイキックシンジケートのリブート版です。

「先輩! 私、やっぱり死んじゃうんでしょうかね!? ちょっと霊視をおなしゃす!」


 その悲痛な……いやそんなに悲痛じゃないかも……な叫びと共に、彼女は僕らのオフィスの扉を乱暴に開けた。掲げられた看板「獅童祐介心霊相談所」が、彼女の闖入でカタンと揺れる。


 彼女の名は三日月吉宗。

 およそ女の子らしからぬその名は本名だ。そして彼女はクレッセント吉宗というあまりにも捻りのない芸名でネット配信者として活動している。


「主語がなければ、僕らも答えようがない。それに、死ぬかどうかと問われれば、答えはイエスだ。人間はいつか必ず死ぬ」


 コーヒーカップを静かに置きながら、そう冷ややかに告げたのは、僕の相棒である草薙獅堂。本名は確か、草森史郎だったか。

 相手が身内同然の吉宗ちゃんだからか、普段の胡散臭いほどに明るい営業用の仮面は見る影もない。


「うっ、暗すぎますよ獅堂先輩! いつもの人を食ったような陽キャモードはどうしたんですか!」

「お前に無駄な愛想を振りまく理由がないからな」

「くぅーっ! 身内だからこそ、心の通ったコミュニケーションが重要じゃないですか! ねえ、祐介先輩っ!」


 不意に、僕に同意を求められる。

 コミュニケーションが大事なのは確かだが、この男にそれを説くのは釈迦に説法暖簾に腕押しというものだ。


「獅堂の営業モードは、カロリーをかなり消耗するからね。普段はこんなものだとそろそろ慣れてほしいところだよ」


 僕をこの胡乱な業界に引きずり込んだ張本人である獅堂は、一度事を起こせば驚くほど活動的だが、平時は僕以上に静かでなんというか僕より隠キャすらある。


「あっそうだ、それよりも本題です! 霊視をお願いします、私本当に死ぬんですか!?」

「だから主語」


 僕は静かにため息を漏らす。このコミュニケーション能力で、よく配信業が務まるものだといつも思う。まあ、彼女には彼女の武器があるからやっていけているわけだけど。


 さて、彼女が「霊視」を連呼すること、そして看板の文字からもわかる通り僕たちは霊能者だ。


 東京霊智協会公認、現役高校生霊能者コンビ、草薙獅堂と八坂祐介。それが、僕らの肩書きである。

 だが、獅堂は霊能者を名乗りながら霊的なものを一切感知できない。

 というかそもそも、この業界で霊能者を自称する者の大半――いや、そのほとんどがまがい物だ。

 視えていると偽り弱者に付け込む、ただの心霊ゴロ。

 その事実に気づいた時の幼いころの僕の衝撃は今も忘れられない。

 みんな本当に視えているのだとばかり思っていたからだ――僕のように。

 しかしそうでは無かった。

 間違っているのは僕の方だ――とすら思い、そして他の人たちと違う世界に生きる事に悩み苦しみ、疎外感を抱くようになった。


 そんな僕が霊能者の業界に足を踏み入れることになるとは、半年前には想像もしていなかった。

 それというのも――


「そもそも、人の死期なんてものが祐介に視えるわけがないだろう。

 こいつの眼は本物だ。だが本物だからこそ、視えるものには限界がある。巷のいんちき心霊ゴロみたいに未来予知だの、失せ物探しだのといった便利な手品はできない」


 獅堂が、諭すように吉宗ちゃんへ言う。

 そうだ、こいつだ。こいつが僕をこの世界へと引きずり込んだのだ。

 まあ、その話は今は置いておこう。


「死を視れる人間、はいるけどな」

「ああ、前に僕に話したやつか」


 獅童の言葉に僕は答える。こいつと出会った最初の頃にその話をした記憶がある。


「全ての死を視れるわけじゃないが、とある条件の死期の近い人間を視ると、そいつに黒い色が視えたり、人によっては死神の像が視える。

 それは――」

「内臓の壊死の臭い。その腐臭に対して色が視える共感覚――だったっけ」


 医者や看護師にも、患者の近くで接しているとそのかすかな異臭、生きた人間の死臭をかぎ分けられる人もいるらしい。

 口臭というのは、それくらい重要な身体からのサイン。

 それを感じ取り、色として視る事の出来る感覚を持つ者――共感覚保持者。


「祐介先輩は違うんですか?」

「ああ、僕には死の予兆は視えないよ。視えてたら別の道を目指してたかもね」


 医者とか看護師とか。

 だけど僕が視えたものは、いつだって過去――手遅れのものばかりだった。


「それで。結局、なにがどうなってそういう死ぬって話になったの」


 僕は、吉宗ちゃんに向き直って本題を促す。


「それなんです!」


 吉宗ちゃんは一度ごくりと唾を飲むと、覚悟を決めたように語り始めた。

 それはまるで、怪談師が聴衆に向かって語り掛けるような雰囲気だった。

 ……やっぱりそんなに深刻な話じゃないんじゃなかろうか。


「……『動画配信者が次々と命を絶つ、呪いの家』、そんな場所があるんです」


 それは、東京の郊外、とある地方都市に存在する廃墟だという。

 廃墟探索系の配信者にとっては一種の聖地であり、そこで撮影すれば再生数が跳ね上がるという噂のある、甘い蜜のなる場所。

 だが、その蜜には毒があった。過去二年でその家で配信を行った七名が、立て続けに自殺を遂げているというのだ。


「全員、配信から一ヶ月も経たないうちに、自宅で……首を吊って……」


 遺書はなく、動機も不明。

 警察は早々に「関連性のない偶然」として片付けたが、配信者の間では、疑いようもなく「呪われた家」として囁かれ始めた。


「それでも、再生数という麻薬の魅力には抗えなくて。私みたいに、後を絶たないんですよ挑戦者が」

「……自覚的なのか」

「それが、数字に魂を売った配信者の、哀しいサガってやつですよ……」


 吉宗ちゃんは、芝居がかった仕草で遠い目をした。

 本気で、助けを求めに来たんだろうな?


「つい先日も、登録者三十万人の大物が『呪いを暴く』と意気込んで乗り込んだんですが……配信の途中で、突然何かに取り憑かれたように錯乱して、自分の顔を壁に何度も叩きつけ始めて……結局、救急搬送。本当に、シャレにならないんですよー」


 彼女の話が事実なら、それは間違いなく危険な領域の案件だ。

 ……だというのに、なぜこの子は自ら足を踏み入れたのか。

 彼女ならば危険かどうかの真贋は手に取るように、いや舌に取るようにわかるだろうに。「なんでそんな話にわざわざ首を突っ込むんだよ。というか行ったのか?」


 獅童がコーヒーを飲みつつ本を読みながら、視線を本から離さずに言う。

 

「いやまあ、ちょっと下見に行っただけですよー。それに事前に聞き込みした所、みんな嘘は言って無かったですし、少なくとも被害者が連続してるのはガチっす」

「だったらなおさら行くなよ」

「そりゃまああれでしょ、なんてったって私には最強の霊能者コンビがバックについてるから怖くない!」

「ついてないけどな」

「うん、ついてないよ」


 僕と獅堂の声が、綺麗に重なった。

 たとえ友人でも、こういう線引きは明確にしておかなければならない。


「ひっど! いいじゃいですか助けてくださいよ私の処女あげるからー!」

「いらねえよ」

「うん、いらない」

「ていうか俺の童貞の方がむしろクソ高いわ釣り合ってねえよ。祐介は非童貞だけど」

「いや僕も童貞だけど!?」


 ……つい、流れで否定してしまったが、墓穴を掘っただけだった。

 吉宗ちゃんが、獲物を見つけた肉食獣のようにニヤリと笑っている。完全に失言だった。


 その時だった。


「……ですが、その案件、協会のリストに記載があります」


 不意に背後からかけられた。その声の主は、僕らの秘書を担当してくれている、一ノ瀬雫だった。

 彼女も僕らと同じ高校生だが、その実務能力はそこらの大人を遥かに凌ぐ。


「リストだと?」

「はい。未解決心霊事件リスト、ランクはD。要注意案件として登録されています」


 獅堂の問いに、雫ちゃんは淡々と答える。

 ランクD。警察が事件性なしと判断した後も、心霊的な要因が疑われ、なおかつ霊障が解決されていないものに与えられる等級だ。

 ここ二年の事件、比較的新しいリストだ。


「ほら、見ろ! 協会の正式な仕事じゃないっすか!」


 吉宗ちゃんが、待ってましたとばかりに騒ぎ立てる。

 確かに、リストに載っているということは、協会が「霊能者が介入すべき事案」と認めたということ。

 だがそれは同時に、協会に所属する他の霊能者が手をこまねいているか、あるいは挑んで敗れた、厄介な案件であることの証明でもあった。

 ……嫌な予感がする。


「ふーん」


 読んでいた本を、獅堂がぱたんと閉じた。

 その瞳から、先程までの退屈そうな光は消え失せていた。


「……よし、祐介。これ受けてみようか」

「うわ、やる気出したよ。獅童、どこが琴線に触れちゃったの」

「決まってんだろ」


 そう、決まっている。この男を動かすものは、いつだって同じだ。


「未解決、しかも現在進行形の心霊事件。これを俺たちが鮮やかに解決すれば、あの忌々しい協会での序列をまた一つ上げられる」

「……そう、なるだろうね」


 僕は観念して覚悟を決める。

 そうだ、僕らの目的は、あの日から何も変わっていない。


 ……詐欺師とペテン師が巣食う、この腐りきった心霊業界の頂点に立ち、すべてを内側から変える。

 獅童いわく、“獅子身中の虫計画”。

 途方もない夢物語に聞こえるかもしれない。だが、僕たちは……獅童は本気だ。

 そして……。


「頼むぞ、相棒。お前のその眼だけが、俺たちの唯一の武器だ」

「ああ、相棒。君の知識と策略こそが、僕たちの道標だよ」


 僕たちは、互いの拳を静かに突き合わせた。


 そうだ。僕には視る力しかない。半人前の霊能者だ。いや、正しくは僕だって霊能者ですらない。

 そして獅堂は、視る力を持たないが膨大な知識と人心を操る術を持つ。


 二人で一つ。それが僕たちという霊能者のあり方だ。


「……それで? もう、ある程度の仮説は立っているんだろう?」


 僕の問いに、獅堂は静かに笑う。


「吉宗の説明でいくつかの予想はついた。あとは現場を確かめる。さあ、行くぞ」


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