「 」い
僕にとっては大好きなお菓子。
「おいしい」
ボロボロとこぼれるクッキーの欠片は、ソファーに三角座りでいる人の腕に抱き抱えられた、鮮やかな色合いのパッチワークでできているクッションの表面に、吸い込まれ消えてゆく。
僕は注意する。
「このあいだも、『おやつの流れ星』って、みんな騒いでたって言ってたじゃないか?」
「……うん。」
真っ黒く長い髪に、真っ黒く丸い瞳、真っ黒く長袖のワンピースを着た彼女は、無表情にのろく答えると、ソファーをおり、ソファーの少し前にあるテーブルの椅子に腰をおろした。
僕と彼女しかいない、楕円形の部屋――いや、扉の外に出ても他に何もないし、家というべきだろう。
彼女が今まで座っていたソファーのちょっと上の位置に配された四角い窓からは、黒い色が見える。ただの黒。黒。
対照的に室内の家具は色取りがとりどりでもはやなにがなんだか――いいんだか――さっぱり解らないけれど、お菓子が作れるなら僕は何でもよかった。彼女も、お菓子しか喜ばないし。
――彼女は父親のカミサマに遠くの空間へ部屋ごと離された、娘のカミサマだ。悪いことを企んでいたのでも、悪いことをしたのでもない。彼女の内にこもる性格と、父親のカミサマの外に発する性格と合わなかった、それだけだ。彼女のお世話係を承り小さい頃よりそばにいた僕は、彼方に去らせる彼女とともに行くかどうか父親のカミサマに尋ねられて、はい、と笑んで返事をした。僕が彼女と一緒にいれば、「不幸を生むから堪らない」と仰った父親のカミサマにもしかしたらのちに生ずるかもしれない罪悪感は少なくて済むかも…。そんな判断で。
僕は、母親のお腹にいた赤ん坊の時分に聴こえてきた人の声で、人に憧れ、母親のいとうその意識にある人の形を真似て生まれたがために両親を怖がらせてひとりになったところを、父親のカミサマが拾ってくださった存在で、大変なご恩があった。父親のカミサマは、僕がさびしくないようにと、同じく人の形をした小さな女の子の赤子をおつくりになった。それが、現在目の前でクッキーを食べている彼女だった。
面倒をみてやってほしいと有り難くも任され、彼女がちいさいときから育てたが、彼女はあっという間に成長し、そして、見る見るうちに父親のカミサマとかけ離れた性格になった。じきに、父親のカミサマは、あまりにも価値観の異なる娘のカミサマに難色を示し、娘のカミサマもわざわざ火種を起こすことを嫌って部屋に閉じ籠っていた。そうした状況で、彼女は黙々と色彩豊かなパッチワークをはじめた。
縫われていたものは、布を模して彼女がつくりだした、数多の惑星であった。彼女だけは抱き締めることが可能なクッションの布は、触れると触れた部分の布の内部に吸い込まれるようにして惑星間移動をする。それぞれ、惑星に対応した色と型が割り当てられており、訪れた惑星よりこの部屋を目当てにする際は、クッションのハートの部分をさわればクッションの外部に押し出される格好で元に戻ってくる。
多種多様な惑星を彼女がつくりだしたのは、あいの在り方を見たかったからだという。
はっきりとは口にしないが、彼女は、父親のカミサマの愛情がほしかったんだと僕は予断する。
娘のカミサマが父親のカミサマの愛情を欲するのは、当然だろう。
「ほら、どうぞ。」
彼女のお皿に乗っていたお菓子はなくなって、僕は彼女が気を遣わなくていい趣にする意味合いのみで自分の皿に乗せている一枚のクッキーをみやり、微笑んで、彼女に手渡しで差し出した。
「ありがとう……」
彼女は細い指先で大切なもの如く受け取ったクッキーに、両目を細めて微笑を浮かべ、ちいさくかじった。
内心嬉しげな彼女の様子を眺めて、僕は真顔になり、思う。
僕に、彼女に対する愛情は無い。
嫌いと好きで表すなら好きだが。愛してはいない。
父親のカミサマに賜った恩に報いること以外、僕の思考には自分のことだけだ。
あの日、両親が生まれてくる僕のお祝いに作ってくれていて、生まれてきた僕の恐ろしさに床でバラバラに砕けた、クッキーを作り続けられたらいいだけ。
だから。
毎日、なにか、ないもののなかに、見つけ出したふうに、瞳を輝かせて、嬉しそうに、頬を動かしおやつを味わう彼女に。
僕は、受け取り方で、クッキーのありようは変わるのだなと。
口を閉ざして、じっと、ただのクッキーを、彼女が食べ終わるのを視た。
お菓子を作る意図に彼女の求める感情は一切含まれていないことを彼女は、解っていると思うが、さすがに口ずから真実を伝えて彼女の食事を邪魔しようという気には一度もならなかった。
自分にあたえられたものをどう食べるかは、自由だ。
彼女にとっては家族の愛情。




