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この章に終止符を打て、唸れサナエの必殺技(3)

 サライの家に着くと、サライは準備万端で待っていた。えらい大荷物である。また、正体がばれないように頭には帽子を被り、眼鏡をかけていた。

「どうしたんその荷物」

「とんでもない騒動を起こすので、もうこの街にはいられません。だから、必要最低限な物を詰め込んでいるんです。それでも、結構な量になりました。まあ、ほとんどが画材ですがね」

 サライはメグを取り返した後サリアドを旅立つ決意をしていたのだ。しかし、今から暴れるのにその大荷物はどうか。

「うむ、サライ素晴らしい覚悟だ」

「ありがとうございます兄貴。俺、絶対にメグを奪い返します」

 腰には、相手を倒すためだけに作られた棍棒がつられている。


 教会に近づくにつれて人が増えていくのがわかる。皆、高そうな服を着ていて、安物の服に身を包む3人はその中で浮いている。また、そのため3人に対する警備の目も厳しくなっていた。視線が刺さるのが嫌でもわかる。

 3人は、警備の目を掻い潜り、教会付近に居た。ここで、騒ぎを起こす予定だ。

「さて、では、俺たちがこの辺で騒動を起こす、その隙にお前は教会内に侵入しろ。そして、花嫁の控室に行き、メグさんを連れてこの街を離れろ。そして2人で幸せに暮らせ」

「はい。兄貴。もう会う事はないかもしれません。今までありがとうございました」

「気にするな。俺とお前は、血は繋がっていないが立派な兄弟だ。それじゃあ、幸運を」

「サライさん頑張ってな」

「はい、あなたもサナエさんありがとう」

 こうしてサライは2人に別れを告げ人ごみにまぎれて行った。

「成功するとええな」

「ああ。絶対にミス出来んな」

 2人は絶対にあの好青年のために成功させようと心に決めた。それほど2人はあのサライの男に惚れたのだ。あの一途な恋心、そしてあの誠実さに。

 サライと別れたサナエ、マルは教会の入り口の真ん前に来ていた。辺りは招待客であふれかえっている。さすが、この街の貴族の結婚式である。見事に2人は場違いである。

「あのさ、騒動って一体どんなんするん?」

 騒動を起こすことは知っていたが、どのようなことをするのか一切考えてもなく、前夜の説明も聞いていないサナエが質問した。興味の無いことは左の耳から右の耳に通り抜けるようになっているのだ。

「簡単だ。ここでお前が素っ裸になり大暴れすればいい」

 昨夜散々話した作戦を無視されたマルが悪態をついた。あれほど散々説明したのにこの女は、一体頭の中どうなってるんだ。マルはあきれ返るばかりである。

「なんで私がせなあかんねん。そこはマルがママのことを愛している。世界で一番愛している。こんな僕、気持ち悪いですかって叫び続ければええんちゃうん、それやったら嫌でも注目を集めるわ」

「何故俺がそんなことを」

「それを言うんやったら私の素っ裸もおかしいやろ」

「なんだ、自分の裸に自信がないのか」

「何言うてんねん、空手によって鍛え上げられたナイスバティやぞ。ただ脱ぐのはいやや。最初に素肌を見られる異性は王子様って決めてんねん」

「はいはい。もういい。しょうがないから、事前に用意しておいたこの大量の花火を使うか」

 マルはリュックから大量の花火を取り出した。しかし、色々と入っているリュックである。サナエは棍棒の件以来、このリュックの事を四次元リュックと呼ぶようになった。

「あるんやったら初めからせえや」

「いや、第一候補はお前の素っ裸だったからな。これは第二候補だ」

「もうええから、はよ火つけ」

「たく、ガーガーうるさいやつだ」

 懐から出した火打ち石型油着火器を取り出した。要するにライターだ。

「危ないから少し離れてろよ」

「うい」

 去年のラムダ警護団主催の夏祭りの際に余った打ち上げ式の花火に火を点けた。少し時間が空き、盛大に花火が上がった。緑色の巨大な火が空に絵を描く。周りの人間が爆音に反応し一斉に空を見上げた。

「ほぉーこりゃすばらしい」

「流石この辺りで一番のお金持ちの結婚式ね、やることがすごいわね」

どうやら、結婚式の出し物の1つと思われているようだ。歓喜の声を上げている見物客たちだが、この後悲鳴をあげることになるとは思わなかっただろう。

「そろそろか」

 マルは、周囲の状況を確認した。花火を見るために招待客が一か所に集まってきている。マルは、サナエに気をつけろよと言って、花火をこかした。花火の発射口が地面と平行になる。

「うわぁ、大変だ。花火がこけてしまった。逃げないと大変なことになるぞぉ。こんな大きな花火が当たると全身大火傷だ」

 棒読みで危険を勧告するマル。どうやら、彼には演技の才能は無いようだ。花火を喰らうまいと、一斉に周囲の人間が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。そして、花火は発射された。超低空で爆発した花火から先ほどまでの美しさは消え、恐ろしさしかない。爆発した火の粉は周りの人たちを襲い始める。それに当たるまいと周りの人々は我先に、他人を押しのけて逃げていく。女子供関係なく、とにかく全員が走って逃げる。

「なんかすごいことになったな」

 サナエは自分達がしでかした現状を見て、少し引いた。

「だがこれで、警備も乱れるだろう」

 マルの言うとおり警備についていた屈強な男たちがこの騒動を止めようと集まってきた。

「さて、今のうちに」

「せやね」

 警備が居なくなった入り口から易々と2人は侵入した。


「よし、それでは、オウキン弔い合戦の実行を白アリ部隊に任せてよろしいか」

 長かった会議もようやく終わりを迎えようとしていた。数々の案が出ては却下され、参加蟻は皆くたくたになっている。そして、この長い話し合いで決定された復讐案が白アリによる作戦となった。

「それでは、貴様たち白アリにこの作戦を任せる。いいな、この作戦に失敗は許されない、全力でかかってくれ」

「イエッサー」

 白アリ部隊の精鋭により構成された実行部隊が敬礼をした。彼らは死地に赴く戦士の顔をしている。これからの作戦の困難さを語っているようだ。

「時間がない、直ちに現場に向かってくれ」

「イエッサー」

 白アリ部隊が結婚式の行われる教会に向かった。


 サナエとマルが騒ぎを起こしたおかげでサライは楽々と侵入することができた。サライは人っ子1人居ない廊下を、棍棒を構え進む。

「よし。確か、ここを曲がれば控室のはずだ」

 メグが居ると思われる控室の前に着いた。中に人の気配がするがとても静かだ。どうやら、中にいる人間は外の騒動に気付いていないようだ。

「こっ、ここだ。ここにメグが」

 サライは、息を飲みドアノブに手をかける。静電気が手のひらを駆けるが、彼の行動を止めることはできない。気にも留めずサライはドアノブを引いた。

 木製のドアがきしむ音を出し、少しずつ開けられていく。ドアが完全に開け放たれ、室内が完全に一望できるようになった。部屋の中にはウエディングドレスに身を包んだメグが立っていた。普段は化粧をしない彼女が、しっかりとメイクをし幼さがすっかり隠れている。

「きっきれいだ」

 サライは心に思いついたことをそのまま口にした。いつも傍で見ていたメグとはまた違う美しさ、可愛さがそこにはあった。サライの声に反応し、メグはゆっくりと振り向きサライを見た。

「あっあなたは」

 サライを見るや否やメグの瞳には涙があふれ出た。

「メグ、迎えにきたよ」


 花火の鎮火に追われている警備員を尻目に教会に侵入していた2人。

「さて、侵入したは良いがどうする」

「せやな、もう仕事は終わったようなもんやろ」

 そう、2人がすることはサライを教会内に侵入させることであり、それはもう終了してしまっている。流れで教会内に入ったのはいいがすることが無く途方に暮れていた。

「うむ。しかし、何があるか分からんからな、もしかしたら、まだ警備員がいるかもしれんからな。とりえあえず、この辺で警備員がサライの方に行かないようにするか」

「いつまで?」

「うーん。考えてなかったな」

「あかんやん」

「そうだな。どうするか」

 1手先しか読むことのできない馬鹿2人はますます途方にくれていた。もう、帰ってもいいんじゃないかと考えていた。しかし、せっかくここまで侵入したのだから、もったいないと、せめて、何かしたいと思っている。そんな時後ろから声がした。

「あなた方は確か昨日の」

 2人がファイティングポーズを構え振り向く。そこには男が1人立っていた。男は、昨日サライからメグを連れ去った3人組のリーダー格の男だ。男はしっかりと正装していて、この結婚式の参列者の中にいても何1つおかしいことはない。

「昨日の男や」

「仕方ない。ここで足止めさせてもらうか」

「この騒ぎはあなた達のようですね。話を聞かせてもらいたいですが。そういう状況ではないようですね」

「うむ。その通り。恨みはないが御覚悟を」

 サナエ、マルが男に襲いかかる。突然の襲撃にも、男の表情は崩れない。

男の名前はブルート。メグの家に仕える執事である。主のことを崇拝し、主のためなら火の中、水の中、中年禿げオヤジだらけの異臭で満たされた満員電車の中だろうが構わず飛び込むこともいとわない。主に危害を加えようとするものなら、ドラゴンだろうが、顔面傷だらけの極道の方だろうが、口うるさい近所のおばちゃんだろうが関係なく、臆することなく立ち向かう忠誠心の塊の男なのだ。

「うりゃあああああ」

 普段はサンタフェを使うマルだが、抜刀することなく、素手で襲いかかる。今回は足止めすることが目的であり、相手を倒す必要はないのだ。ただし1つ、それはもう大きな問題があった。マルは、サンタフェを使えばかなりの強者になる。前回山賊に襲われた時も、全員とまではいかないが、半分は彼が絶命するまでに倒すことができるだろう。だが、彼は素手での喧嘩に関しては素人同然。そのため、彼がブルートに喰らわせようとしたパンチがド素人同然の大ぶりのテレフォンパンチなのだ。

「まったく、めでたい結婚式で、こんなことをするなんて、何を考えているんですか」

 顔面に向けられ放たれたパンチを、体を半身ずらし避けるブルート。自分のパンチに振り回され体勢が整っていないマルに右ハイを食らわす。

「いっつあ」

 強烈な蹴りを顔面に受けたマルは鼻血を出し倒れた。

「やっくに立たん男やな」

 サナエは倒れたマルを踏み台にし跳躍する。

「喰らえええ。必殺飛翔龍脚ひっさつひしょうどらごんきっく

 名前は大層だが、実際はただのとび蹴りである。

「くっ」

マルを攻撃し次に備えていなかったブルートは、サナエのとび蹴りを正面から腕で受けた。攻撃を受けた際、衝撃を最小限にするために後ろに飛んだ。

「やっるう」

 渾身の蹴りを受けられ、サナエはブルートの力量に驚いた。

「結構、手ごたえあってんけどなぁ。立ってられるかぁ、軽くショック」

「いえいえ、とても良い蹴りでしたよ。メグ様と同じ年頃の女性とは思えません」

「そいつはどうも。これでも、小さいころから武術漬けやったからね」

 サナエは足に力を加え、ブルートの懐に入りこんだ。そして、右こぶしを放つ。一般人が受ければ一撃で失神するほどの威力を込められた攻撃である。ブルートはそれを払い、回転を加え肘打ちを放つが、サナエは体を曲げ、それをかわす。

「今や」

 先ほどのブルートと同じく体を回転させ、蹴りを放つ。これはよけきれなかったブルートはまともに蹴りを食らった。

「くっ」

「どうや、私がいる限りサライさんの所には行かせへんで」

 サナエは一度距離を空け、いつでも迎撃できるように構える。しかし、予想と反しブルートは構えを解いた。

「サライ?今サライと言いましたか?」

「それがなんやねん」

 戦闘中なので、他人に対しても若干言葉が厳しくなっているサナエの返答に驚きを隠せないブルート。先ほどまで鉄面皮だった彼の表情が変わった。

「サライが今メグ様のところに居ると言うのか」

「そうや。あんたらの思い通りにはいかせんで。サライさんはメグさんを連れて街を出ていくねん。こんな愛のない政略結婚なんかなくなってしまったらええねん」

「本当に、あなた達はなんてことを・・・早くメグ様のところに行かないと大変なことになる」

 ブルートの動揺が見て取れる。

「あかん、何があろうと絶対に行かせへんで。たとえ何があろうと私はあんたから目を離さず、一挙一動見逃がさんで」

 もはや、サナエはメグ家の警備員並に目を利かせている。今なら、ミジンコ一匹通さないだろう。

「あっ、あそこに、舞台、父と母と時々カピバラでマグロ人間と異種格闘技戦をした、中華料理店店長役をしていたジョルジオ・マッキーニだ」

 ブルートがいきなり明後日の方を指さす。

「えっどこどこ」

「今だ」

 ブルートは視線を逸らしたサナエの隙を突き控室の方に走って行った。

「あああ!しまった。まさか、ジョルジオ・マッキーニって言うまったく知らん芸能人やのに騙された自分が悔しい。誰やねんジョルジオ・マッキーニって、てかどんな話やねん、その舞台。マグロ人間とか見てみたいっちゅうねん。ああもう、おいマルはよ、起き。追いかけるで」

 倒れているマルを蹴り起こし、サナエと起きたマルはブルートを追い走り出した。


「サライ、早く、メグ様を離しなさい。もうここから出ることはできませんよ」

 サナエ、マルがメグの控室に到着するとこのような状況になっていた。

 控室の奥で、サライが、メグの首に腕をかけ羽交い絞めしている。そして、空いている手にはマルが渡した棍棒が握られている。

 そして、そのサライに声をかけているのが入り口に居るブルード。どうやら、サライにこれ以上入ってくるなと言われたようで入口から一歩も動けないようだ。

 状況が呑み込めない2人の頭の中にいくつもの疑問が渦巻く。なぜ、愛する女性に武器を突き付けているのか。なぜ、メグが泣き顔なのか。なぜ、サライの眼はあんなに座っているのか。

「うるさい。お前達が、俺とメグを引き裂こうとしているからこうなったんだ」

「何を分けの分からんことを」

「黙れ。俺とメグは愛し合っているんだ。それなのにお前達が、メグをどうしようもない人間の屑に嫁がせようとするからだろう。なっメグ、あんなどうしようもない親の力でぬくぬくと育ってきた屑よりも、俺の方が好きだよな、なっ」

「なっ、何言ってんのよ。いったい誰なのよあなたは。昨日、さあメグこのままだと君は不幸になる俺と一緒に逃げようって言っていきなり誘拐しようとするし、今日は今日で、私の大事な結婚式をむちゃくちゃにするし、いったいなんなのよ。後私はあの人のことが大大好きなのよ。あんたのようなブ男なんか目じゃないわ」

 メグの辛辣な言葉を聞きサライの表情が変わる。

「何を言っているんだメグ、無理に強いられた結婚で気が狂ってしまったのかい。俺達のあの衝撃な出会いを忘れたのかい、君が街に買い物に来ていた時、絵を売っていた俺を見て、目が合ったじゃないか。それでその時君は俺に微笑みかけてくれただろ。あの時2人は恋に落ちたじゃないか。それからは、君が学校に行っている時も、君がお風呂に入っている時も、君が友達と喧嘩して、枕をぬらしていた時も、ずっと一緒だったじゃないか。ずっとずっと俺は君のそばにいたじゃないか、君を傍で見守っていたじゃないか」

 サライの言葉を聞き、サナエの全身に鳥肌が立つ。悪寒というやつだろう、それが全身を駆け巡りサナエの毛穴という毛穴を開く。

「・・・なるほど、ストーカーさんってことか」

 サライの言葉に返したのはブルードであった。

「一緒に居たのは、あなたがずっとメグ様にずっと付きまとっていからでしょう。私たちが何度も何度も追い返しても付きまとって、本当になんなんですか。しかも、この2人を騙して、こんな大騒動を起こして、何をしているか分かっているんですか」

 ようやく状況を理解したマルは、ゆっくりとサナエの方に向き小さな声で話し始めた。

「おい、これはかなりまずい状況じゃないか」

「うん。まさか、ストーカーさんやったとは、どうする」

「正義の側の付くのはいいが、このままでは悪者だな。よし、シフト変更だ。今からメグ救出派に切り替えるぞ」

「うい」

「そして、作戦遂行次第、後々の事情聴取などが面倒だから全力で逃げるぞ」

「了解。でもどうする、このままやったら近づくこともできへんで」

「大丈夫。俺を誰だと思っている。ラムダ警護団の脳だぞ。もうすでに作戦は考えてある」

 また、四次元リュックサックを探る。

「これでもない、あれでもない」

 とにかく色々な物が出てくる。フライパン、猫じゃらし、アジの干物、藁人形、映画でパニクっているドラえもんのように色々と出てくる。そして、ようやく発掘したものが先ほども使用した花火だ。

「これを噴射して、動揺した瞬間にガバッとメグさんをだな」

「なるほど、ほな早速・・・マル、やっちまいな」

「イエス、ボス・・・あっ」

「どうしたん?」

「リュックの中の炭酸水が漏れてて、花火が湿ってる」

 花火を取り出し、舌をペロッと出しかわいらしい笑顔をして、てへっというマル。

「このぶぁか!いったいどうすんねん」

 先ほどのマルのウザいスマイルも相まってサナエのストレスが溜まる。

「うーん。お手上げだな」

 どうでもいいことをやっている2人を尻目に、サライ、メグ、ブルートの3人には動きがあった。

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。俺のことが嫌いだって。そんな馬鹿なことがあるか、こんなに愛してるんだぞ。なあ嘘だろメグほら嘘って言って」

「嘘じゃないわよ。なんでこんなことして愛されていると思ってんのよ、バッカじゃないの、さっさと離しなさいよ」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。分かった。どうやら君と俺は今世では一緒に慣れない運命なんだね。そうだ、来世で一緒になろう。うんそうだそうしよう。そうだ、始めからこうすればよかったんだ。じゃあ、メグすぐに追いかけるから先に行って待っててくれよ」

 突然、サライは意味の分からないことを言い出し、この場にいるサライ以外の人間は一瞬理解できずにいた。メグに突きつけていた棍棒を振り上げた時に、全員が理解した。サライはメグを殺す気だ。

「さあ、メグ痛くしないからね、一瞬で楽に逝けるようにしてあげるからね」

「何言ってんのよ。やめてよ、私まだ死にたくない。助けてブルート」

「暴れるな。うまい具合に当たらないじゃないか。いいのか苦しみを感じて死ぬことになるんだぞ」

「いやだいやだ、どっちもいや」

 一撃でメグを仕留めるために頭部に攻撃を加えたいのだが、メグが暴れるせいで狙いが定まらないようだ。

「くっならば」

 サライは暴れるメグを抑え込み馬乗りになり、手に持った棍棒を大きく振りかぶった。

「メグ様!」

 今にも振りおろされそうな殺意を秘めた棍棒を止めるべく、2人が行動を起こした。

「やばい、いくぞ」

「もち」

 サナエとマルは足に力をかけ、飛び出した。

「さあ、メグ先に行って待っててくれ」

「いやああああ」

 あらん限りの力を込め駆けだすが2人の速さよりも棍棒の振りおろされるスピードの方が勝っている。

「あかん、間に合わん」

 後数瞬もすれば、メグの頭部が棍棒で打ちのめされ目を覆いたくなるような光景が広がると思われが、突然、地面が揺れた。とても大きな揺れで今にも建物が崩れそうだ。揺れのおかげでサライはバランスを崩し、振りおろされた棍棒はメグを逸れ、その衝撃によりサライはメグの上から転げ落ちた。なんと言う偶然、なんと言う奇跡、なんと言うご都合主義。誰がなんと言おうが、こういうことが起きたのだ。とにかく、メグは助かったのだ。

「メグ様こちらへ」

 その隙をつき、メグは建物が揺れる中、命からがらブルードの元へ駆け寄った。


 揺れが起こる前の教会の軒下。時間で言うと、マルが花火に火をつけたころだ。サリアドの北西支部の蟻協会が誇るエリート部隊、白アリ隊が作戦を開始していた。

「いいか貴様ら、柱を削りすぎるなよ。このまま倒壊してしまえば我々も巻き込まれてしまうからな。いいか、なにか大きな衝撃を加えられたら倒壊するように調整しつつ削って行けよ」

「イエッサー」

 白アリ部隊の部隊長の指示に従い、エリート達は柱を削り始めた。その速度は本当に早いもので5分もしない内に作戦は終了した。この仕事の速さは是非、社員に欲しいと地元の社長が言うだろう。

「よし、貴様らよくやった。この作戦をに参加したことを誇っていい、貴様らはそれほどのことをした。後は作戦の成功を確認するために、この場を離れ、偵察所に移動するぞ」

「イエッサー」

 白アリ部隊は、教会を一望できる偵察所へと移動していった。


「メグ、メグメグメグメグメグメグメグメグメグメグメグメグメグメグメグメグメグメグーーーーーーーーーー。俺から離れるな。早くこっちに来い、殺してやるからさあ」

 完全にイってしまっているサライは棍棒を構え、揺れの中バランスを保ちながら、着実に1歩ずつ、ブルードに抱き抱えられているメグに近づいていく。ブルードはメグを抱き立ちあがろうとするが、バランスがとれず立ち上がることができずにいた。

「ええかげんにせえよ。このド変態が」

 揺れをものともせず、サナエは走りだし、飛翔龍脚ひしょうどらごんきっくをサライに喰らわせた。今回は受けられることもなく、すべての衝撃がサライに伝わった。まともに喰らったサライは壁に叩きつけられた。

 そして、叩きつけられた壁にひびが走り、少し遅れ大きな衝撃が建物内に走った。サナエは倒れたサライの前に仁王立ちをする。その顔は怒り狂った大魔神だ。今までに溜めに溜めた不満や、ストレス、不安が大爆発したようだ。

「ふっざけんな。最初は相手のことを一番に考える素晴らしい好青年やと思って手伝ってやったのに、なんやこれ、ただの殺人未遂の現場やないか。お前のような自己中心的なゲス野郎を好きになる奴なんかおるか。どうせお前は友達もおらんねんやろうな、お前が同じクラスやったら一回も話さんと卒業できる自信があるわ。とりあえず、どうしてもあされたいと思うやったら、一回、生まれ変わって小学校で道徳の授業をまじめに受けて、通知表に5もらってから出直してこい。それと、メグさんブルードさんごめんなさい。悪いのは全部こいつなんで、処罰は全部こいつにやってくださいね、本当にごめんなさいね」

 サライに対する説教の勢いに生じて、しっかりとこの事件の被害者2人に謝罪を入れた。

「うっうぐぐぐ、サナエお前おっおぼえ・・・」

 サナエの強烈な蹴りにより、教会の柱とサライの意識はついに限界を迎えた。揺れは一段と大きくなり、そして、教会は倒壊を始めた。まず、部屋の壁が崩れ、そして、天井が落ちてきた。余りに突然のことで、その場にいた全員はなす術なく、倒壊に巻き込まれていった。


「ぬはあ」

 自分の上にあった瓦礫をどかし、マルが姿を見せた。これもまた奇跡的にほぼ無傷だ。

尻の下に何かを敷いている感触があった。

「なんだ」

 立ちあがり、自分の座っていた場所をを見た。そこには、これもまたご都合主義、無傷で尻の下で気絶してるサナエが居た。

「おい、大丈夫か」

 瓦礫から引っ張り出し、頬を数回叩くと、反射的にサナエから放たれた右ストレートがマルの頬に吸い込まれた。

「うん、なんとか大丈夫」

 気がついたサナエが最初に目にしたのは、頬を押さえ涙目でこっちを見ているマルだった。

「どうしたん?」

「理不尽な攻撃がいきなりきたんです」

「そうか、それは大変やったな、てかなんで敬語なん?」

「いえ大丈夫・・・です」

 すっかり、サナエ攻撃に怯えてしまい、悪態をつけなかったマルであった。この右ストレートは半年ほどマルにトラウマとして付きまとってくるのだ。

「ところで、動けるか」

「おう、どこも怪我してへんみたいや。奇跡としか言いようがないな」

「まったくだ。それより周りを見てみろ」

 サナエがあたりを見渡すと教会の倒壊に気付き何事かと招待客が集まってきていた。

「うわっ人一杯やな」

「教会が潰れるとはな、しかし、そのおかげで逃げやすくなったな。さぁ、さっさと逃げるぞ。怖いお兄さん達がこっちに向かって走ってきているからな」

 2人は、そそくさと荷物を集め、集まっていた人垣をスルスルと抜け、すたこらとサリアドの外に向かって走って行った。

 

 後日、教会を急ピッチで建て直し、メグの結婚式は無事行われた。誰もが祝福する素晴らしいものとなったそうだ。

「無事終わって、本当によかったですなメグ様」

 3枚目のハンカチをも涙でびちゃびちゃにしているブルードが祝いの言葉を述べた。彼にとって、メグは自分の娘のようなもので、娘を嫁にやる父親の心境であった。

「ありがとう。ブルード、あなたのおかげよ」

「いえ、しかし、サライが来なくてよかったですね」

「そうよね。あの事件から行方不明になっているから、もしかしたら、今日来るかと思っていたけど。取り越し苦労だったみたいね」

「ええ。色々とありましたが、おめでとうございます」

「うん。絶対に幸せになるからね」

 サライの家にある肖像画には無い、笑顔をしたメグがそこには居た。


 それはもう大変な逃走劇だった。襲いかかってくる屈強な警備員達の攻撃を退けながら、2人がサリアドを出るのに、教会倒壊の時から2時間もかかった。

 まあ、それでも無事に脱出できた2人は次の街を目指して歩いていた。

「なあ、なんか視線を感じるんやけど」

「なんだ、また妄想の話か」

「ちゃうわ。なんかサリアド出てからずっと見られているような感じが」

 2人のはるか後方、岩陰に2人を見つめる男が居た。

「ふうふうふう。サナエ、かわいいなぁ。サナエサナエサナエ」

 そこにはサライが居た。どうやら彼はメグからサナエに乗り換えたようである。

「あんなに、俺のことを叱ってくれた女は初めてだ。あの蹴り気持ちよかったなぁ。ぜひもう一度蹴られたいものだ。はぁはぁはぁ、サナエサナエサナエ」

 彼は、もう少し2人に近づこうと歩を進めた。彼の出された右足が、カマキリの死骸を巣に運ぶ、蟻の集団を踏みつぶした。

「はぁはぁ、早く夜にならないかな、夜になればサナエを襲ってやるのに。とりあえずマルの兄貴が邪魔だから、寝静まったら、まず、この棍棒で兄貴を殺してから、それからだな、サナエをおいしくいただくのは。ふふふふ・・・・・・・!?なっなんだこれは」

 彼は自分の体に異変を感じた。自分の右足が真っ黒になっているのだ。

「これは、蟻?」

 大量の蟻が彼の右足を襲っていた。彼が踏みつぶしたのはサリアドの蟻たちとは違う種類の蟻である。しかし、この辺の蟻は性格が凶暴で、話し合いをすることもなく即座に復讐を行うのだ。足に纏わりつく蟻は一斉に噛みついた。

「ぐわああああああああ」

 あまりの激痛にサライはのたうちまわる。しかし、蟻は攻撃をやめない。次々と噛みつき、そして、少しずつ噛みつく範囲を広げていく。この後サライは死ぬことは無いが、3ヶ月ほどベッドで過ごすほどの損傷を負うことになる。

 蟻によって助けられたことを、呑気に果ての無い旅をしている2人は知る由もなかった。

「しかしあっついな」

「そんな時はこれを使え」

 マルがリュックから電池で動く小さな扇風機を取り出した。

「これはだな、このようにスイッチを押し顔の近くで微風を感じれる素晴らしいものなのだ」

「いやいやいや、世界観無視しすぎやろ。どうなってんねんその四次元リュックサックは、中見せて」

「だめだ。この中にはお前のような年代の子には少々刺激が強い者がたくさん入ってるからな。だめ、絶対だめ、もう、本当にダメ、そして、最後にこれだけ言わせてくれ、痴漢アカン」

「最後関係ないやろ」

「悪い、言いたかっただけだ」

 いつか、リュックサックの中を見てやろうと考えるサナエであった。


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