黒色の飴かと思ったら大量のアリだった。(2)
サリアドにはラムダ警護団の経営する宿屋があるので、2人はそこに宿泊することにした。
「だーかーら、俺はラムダ警護団のマルグロリアって言ってるだろ」
「・・・存じません」
「ほら、イリアリア支部で、屈指の最強剣士だ」
「存じません。何か証明できるものはないのですか」
宿屋の受付でマルと受付が口論をしていた。この宿屋は一般の客でも当然泊まることはできる。
しかも、ラムダ警護団の人間ならなんと9割引きで泊まることが出来るのだ。その、割引を受けるために、なんとかラムダ警護団の人間であることを証明したいのだ。
しかし、マルは旅の準備をしてきたのだが、残念なことに自分がラムダ警護団である証明できる物を持ってきていないのだ。よって、このように口論になっているのだ。
「あのさ、これで無理なん」
サナエが出したのは、旅に出る前に団長からもらったペンダントであった。
「あっそれはイリアリア支部の団長さんのペンダントですね。それで十分の証明となります。それでは、鍵をどうぞ。両方とも2階の部屋で、階段を上がってすぐ左にあります」
ペンダントを見るや否や、宿屋の受付は、先ほどまでの頑固な表情を崩し、笑顔になった。そして、背後にかけられている鍵を取り、差し出してきた。
「おお、流石。引き取り料としてもらっただけあるなぁ」
「なんだ、何を引き取ったんだ」
「うん?団長さんの粗大ごみ」
部屋を2部屋借りたのだが2人は同じ部屋に居た。これから、男女の関係になるわけではない、明日のサライの事とこれからのことを話すためだ。
部屋に入りベッドが目に入ると、サナエはあらん限りの力を足に込め、ダイビングを決めた。ダイビングの際に回転を入れ着地と同時に布団を巻き込み、いつでも眠れる体勢になった。
「うっひゃあ、ベッドや布団や、モフモフやぁ。あかん、布団が私を誘惑する。もう、このまま布団にくるまれて死んでもいい。よう考えたら、この世界に来てから一度もちゃんと寝てへんかったもんなあ。今朝は今朝で命からがら、イリアリアに着いてやっと一休みできるって思ったら、いきなり旅立たされたもんなぁ。あん時休みたいって言える雰囲気やなかったし」
「うむ。確かにそうだな。団長は明日できることは今日やろう。そして、今日できることは昨日のうちにしようって考えのお方だからな。それに、一度決めたら折れない人だからな。まあ、ペンダントのおかげで泊まれたからよしとしよう」
「ほんま、ちゃんと証明できるもん持っておけよなぁマル」
「いや、ちゃんと用意しておいたんだけどな。確かに、リュックの底に入れたはずなんだが」
マルがリュックを探り直すと
「おっ、あった。・・・おい、なんだその顔、目が半開きになってきてるぞ。まだ寝るのか、それとも馬鹿にしてるのか。」
「えっとなあ8:2で呆れてる。まあ、良かったやん見つかって。これで、私と離れて迷子になっても1人で生きれるやん。」
「確かに、これがないと給料がもらえんからな」
「なんやえらい重要なものやってんな」
「それはもう、これがあれば必要最低限の生活はできるからな」
「それやのに無くしてえらいあっさりしとったな」
「いま思い出したら冷や汗ものだな」
「ところでさ、明日どうすんの?」
「式が始まる前に教会の入り口で騒ぎを起こし、サライの侵入の手助けをする。後、作戦の成功を確認したら、すぐにここを離れるぞ。俺達がお尋ねものになったら後々面倒臭いからな」
「えらい簡単やな。騒ぎはどうやって起こすん?」
「うむ。その点は心配いらない。明日のお楽しみにとっておけ。さて、それじゃあ、これからのことについて話すか」
「うぃ」
返事が適当になってきているサナエは、確実に夢の世界へ歩を進めている。今彼女の頭の中では、時折夢がフラッシュバックしている。もう少しで眠ってしまうだろう。
「まあ、はっきり言ってすることは今日の様に、街や国を巡って登録簿で探したり、人に見せて情報を得るってぐらいだがな。しかし、いつ終わるのか分からんな」
「ほんまや。ところで、こんないつ終わるかわからん旅に出るのに家族の人は何も言わんかったん、生きて帰ってくる保障の無い戦争に赴くようなもんやで」
「その点は大丈夫だ。俺には身内なんかいないからな。両親は俺が物心つく前に居なくなっていたし。俺をここまで育ててくれたのは団長だ。だから団長が身内なのかな。その身内が無理矢理ほっぽり出させたからな問題ないだろう。ああ変に気を使うなよ、気持ち悪いからな」
「うるさい、誰が気使うか。それで、ここ出てから当てはあるん?」
少しでも気を使おうとした自分が馬鹿に思えたサナエ。
「いや、まったく。ハッキリ言ってここの役所で見つかると思っていたからな。とりあえず、人口が多い街や国を回るのが一番効率いいだろう」
「いやいや大変な放浪の旅やな」
「まったくだ。スナフキンの気分だな」
「なんでお前そういうの知ってんねん」
さてさて、マルとの作戦会議も終わりこの世界に来てのはじめてのお風呂。
バナナで滑ったり、タライを頭で受けたり、いきなり見知らぬところにワープしたり、森の中で山族に襲われたり、マルと会ったり、崖から落ちたり、一晩中歩いたりと、色々あったなぁ。今までで一番長い1日やったなあ。うん1日?そういや、この世界にきたのは夜やったからもしかしたら2日かも。まあええや。とにかく長かったなぁ。
くぅはぁあ。あっつあつのお湯が体の疲れを癒してくれる。
そう言えば、お母さんはどうしてるやろ。やっぱ心配してんのかな、捜索届を出してるんかな。ホンマに、帰られるんやろうか。あの時は弱気になっている自分を見られるのが恥ずかしくて、気持ちを奮い立たせて決意したけど、今になって急に弱気になってしまう。これから先どれくらい旅をしなければならないんやろ。世界中を廻っても見つからなかったらどないしたらええんやろ。そんときはこの世界で暮らすしかないんかな。一生帰らんかったらおかん、泣くんかなぁ。このままやったら私は本当の親不孝者になってしまうなぁ。いかん、ネガティブなことばかり考えていたら気持ちが落ち込んできた。あかん、泣きそうや。
「ふっふぇ・・・ふっあっかん、止められん・・・ふええええ・・・ぐす、ずる」
自然と声が出てきて、鼻水も出てくる。声も涙も鼻水も止まらへん。隣の部屋に居るマルに聞かれたくない。
シャワーで音隠そう。
「つああああ」
出てきたのが水やった。心臓が止まりそうや。でもおかげで涙が止まった。このままお風呂に入ってたら、また憂鬱になるかもしれんから、ちゃっちゃお風呂上がって寝よ。うんで面白い夢でも見よ。
サナエの見た夢は、さんまの缶詰を食べようと開けたところ、実はそれはビックリ箱で、中からばねで仕掛けられたピエロが出てきた。それが飛び出た瞬間、紫色の熊の着ぐるみを着た母親が、そのピエロを木製バットでホームラン。
「やった。サナエ見た?これで長年の夢やった甲子園に行けるな。よし、祝勝会や、口の中の水分を全部吸い取るこのパッサパサのバームクーヘンにイチゴジャム付けて一緒に食べよ」
ここで、サナエは目を覚ました。
「なんつう夢や」
外はまだ暗く、2時頃だ。
「・・・ツッコミどころ多すぎて何から手をつければええのかわからん。悪夢なんかどうかすらわからん。・・・とりあえず、寝よ」
サナエは再び眠りについた。
サナエは先ほどの夢の続きを見ていた。バームクーヘンが水分を吸い取り苦しんでいた。そんな夢を見ていた時、土中では蟻会議が開かれていた。会場には何千匹もの蟻が集まってる。動くこしあんに見える。こんなの見たらしばらくあんパンが食えなくなる。そのこしあんの中でリーダー格の蟻が前に出た。
「えー。すでに皆知っているかも知れんが、我々の食料調達第8部隊のエース、オウキンが人間に殺された」
ざわざわと蟻たちがざわめく。泣き出すもの、怒りに狂うものもいた。オウキンはそれほどの人気があった。
「静粛に。そこでだ、我々はオウキンの復讐をしたいと思う」
「やれー、人間なんかやっちまえ」
「では、皆どのような復讐をするのか意見を出してほしい」
「全員で身体中噛む」
「爪と指の隙間を噛みながら広げていく」
「体の内部に侵入し、じわじわと内部から破壊する」
等など考えるとゾッとする案がいくつも挙げられている。
「いや、そこは、目玉をつぶすべきだ」
「耳から侵入して脳をだな」
会議はどんどん白熱し、どんどんグロイ方向に向かっていき、朝を迎えた。
サナエ、マルが帰った後のサライ家。サライは地下の一室にいた。その部屋一面に絵画が飾られている。どうやら、ギャラリーのようだ。しかし、違和感がある。すべての絵画が、メグなのである。食事をとっているメグ、花に水をやっているメグ、着替えをしているメグなんてものもある。
「はぁはぁ、メグもう少しだから待っていてね。絶対に2人で暮らせるようにするからね。絶対に絶対に」
サライは怪しい目付きで棍棒を見つめる。なにか危なっかしさを感じさせる。
「おい、起きろ。サライの家に行くぞ」
サナエの部屋の前でマルが声をかける。しかし、サナエから返事はない。
「おい、早くしないと結婚式が始まるぞ」
ノックをし、かける声を大きくするが、返事は返ってこない。軽くいらついてきている。マルは、団長の下規則正しく、そして、厳しく育てられてきたので、こういうサナエのような寝坊介は耐えられないのだ。
「おーい」
マルはノブを掴み、力を入れ引いてみる。
「あっ、あいた」
なんとも不用心な女子高生だ。と普通の物語ならこう言った展開があるだろう。サナエは朝風呂に入っていて、マルの声が聞こえず返事が出来なかった。そして、お風呂からあがり着替えようとした時に、マルがドアを開く。そして、サナエは裸を見られ、かわいらしい悲鳴を上げる。マルは急いでドアを閉め、見ていないふりをする。
「見た?」
「いや、見てない見てない。縞柄のパンツを履こうとしているところなんて見ていない」
「見てるやないかい」
着替え終わったサナエに殴られるマル、頬を膨らまし赤らめるサナエ。
とこのように、マルにとっておいしいのかおいしくないのか分からない展開があった方が、なにかしら面白く、2人の関係も何かしら進展するかも知れない。しかし、現実はそうはいかない。
マルが施錠されていないドアを開くとそこには、名古屋城の天守の頂上に飾られている金の鯱鉾を連想させるポーズを決めテーブルの上で眠っているサナエがいた。鼻には美しい真球の鼻ちょうちんを作り、口から涎を流し、気持ち良さそうに眠っている。部屋の中は、それはもう凄惨なものだった。3つあった椅子は絶妙のバランスで積み重ねられ、2つあったベッドの1つがV字に折り曲げられ、壁には蹴りで開けたと思われる穴が開いていた。
「うっうおぅ」
あまりの衝撃的な光景にマルは息をのむ。人はここまで寝相で室内を破壊し、あのような幾何学的な格好ができるのか、とにかくすごい。生きていてこのような光景を見るのは初めてだ。もう少しこの光景を目に焼き付けていたかった。しかし、このままではこの物語は先に進まない。マルは気を取り直し、サナエの鼻ちょうちんを恐る恐る指で割った。人生で初めて見る鼻ちょうちん、起こすのならそれを割って見たいと言う衝動に駆られ行動を起こした。それと同時にサナエは目を覚ました。
「ぬはぁ。お母さん。お願い、ちょっとでええからお水をちょうだい。水なしでバームクーヘンワンロールはキツイって・・・ふぇっ?ああ、夢か」
起き上り、周りを見渡す。バームクーヘンを探しているようだが当然夢なので無い。それが分かるとホッと胸をなでおろした。
「よかったぁ。もう口の中パサパサで一口も食えん状態やったからなぁ」
「おはよう。なんかわからんが良かったな夢で」
「ほんま、助かったわ。バームクーヘン残したらお母さんにバットで殴られるところやったわ。ところで、こんな朝から、何の用?」
見事に寝ぼけているサナエは前日の事をすっかり忘れていた。
「何の用じゃないだろう、結婚式に行くんだろ」
「ああ、そういえばそうやったな」
「早くしろよ。外で待ってるから用意して来い」
「はーい」
目をこすりサナエは大きく伸びをし、洗面所に向かって行った。
「やれやれ」
一度溜息をつきマルは部屋を一望してから出た。そこから、宿を出発するのに2時間もかかった。洗顔をしている途中サナエが二度寝をしたり、それを起こそうとしたマルに寝相で正中線5連突きをし、KOする。そして、その騒動に駆け付けた、勇者一行と1戦交え、お前のパンチ効いたぜなどの言葉を交わし、友情が芽生え、共に魔王を倒しに行きそうになったりと色々な騒動を起こしたためである。