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囚われの花嫁(1)

 人間という生き物とは愛する者のためなら手段を選ばない生き物である。

 召喚者を探す旅に出ているサナエとマル。2人はそのことを思い知らされる人物と出会った。

 

 イリアリアを出てすぐ、2人は当てもなく歩いていた。いきなりほっぽり出されたので当然であるが。

「なぁ、どこ行く。もちろんやけどこの辺のこと全然分かってへんから」

「うむ。そうだな、とりあえず、人の多い街に行って役所で調べて、後は聞き込みをするのがいいだろう」

「おお成程。それに人が多いってことは結構栄えてんねんやろ。きっとおいしいもんがたくさんあるんやろうなぁ」

「・・・邪な目的も混ざっているようだが、まあいいここから北にあるサリアドに向かうのがいいだろう」

「了解。さあ行くで・・・そう言えば北ってどっち?」

 先に歩き出したサナエだが方角がさっぱり分からなかった。

「はぁ、ついて来い」

 雲一つない快晴の下、マルを先頭に2人は歩き始めた。


 草原に囲まれ歩くところだけ草が刈られた道を歩いていると進行方向から逆走してくるカップルが1組。男が女の手を引いて走っている。女の足に合わせるためにそこまでスピードは出ていない。

「なんやあれ」

「仲の良いカップルか?」

「その割には悲壮な表情やな。今にも死にそうな顔してんで」

「そうだな、おっ」

 走っているカップルに続いて、カップルを追いかける男3人が目に入った。男3人組の速さはカップルを上回っており、ほどなくカップルに追いついた。女がいなければ男の方は逃げ切れたかもしれない。

「あっ、捕まった」

 この時2人は展開についていけず立ち止まって見ている。こんな映画でしかないようなべたべたな展開であるため、最初映画の撮影かとサナエは思い、辺りに撮影班があるのかと見渡した。3人組がカップルを囲み1人が女を捕まえ、後の2人が彼氏の男を蹴飛ばして倒し、殴る蹴るの暴行を加え始めた。女を捕まえている男は、この暴行を見せないように女の顔を手で覆っている。女の捕まえ方も丁寧なので、女を取り返しに来た女の身内であると予測できた。

「これはやばいんちゃうん?ちょっとやりすぎやで」

「そうだな。おいお前ら」

 マルが声をかけると、3人組は暴行をやめ、マル達を一瞥し女の腕を引き連れ去って行った。

「おい、大丈夫か」

 3人組が見えなくなったころ、ようやく、倒れている男に近寄り声をかける。男はかなりやられたようで、頭部から出血している。しかし、意識があるようで、声に反応した。じっとしておいた方がいいとサナエが止めたのだが、男は構わず起き上った。

「うっうう、なっなんとか大丈夫・・・はっ、メグはメグはどこに」

 自分の身の心配よりも連れて行かれた彼女の方を心配していた。このことから男が、彼女のメグのことを本気で愛していることが分かった。これを見て、サナエの男への好感度が上がった。純真、純情、素直な男がサナエのタイプなのである。

「動くな、かなりやられているんだぞ」

「関係ない、俺はどうなってもいい、メグはメグはどこだ」

 かなり、乱心しているようで男は、マルの言葉に耳を貸さなかった。しかし、このままでは埒があかない。そこで、サナエの出番である。

「もうええ、マル。私に任せて」

 そう言って、サナエは右手の指を親指から順に開いてき平手に変えた。そして、大きく振り上げ、怪我人である男にビンタを喰らわせた。

「痛っ」

「落ちついて、とりあえず話を聞いて」

 サナエのビンタにより平常心を取り戻した男は、素直にサナエの言葉に耳を貸した。これは平常心による素直なのか恐怖による素直になのかは分からないが、とりあえず話を聞く体勢になっている。

「まず、あなたの言っているメグさんやけど、さっきの3人組に連れていかれたで。それも偉い丁寧に丁重に」

 サナエの衝撃の告白に男はしばし固まり口を開いた。

「そんななんてことだ。くそっなぜ俺は・・・うっうう」

 相当ショックを受けたのか男は下を向き泣き出した。

「いったい、何があったのか聞かせてくれんか。少しばかり力になれるかもしれんぞ。俺は、ラムダ警護団の天才美剣士マル、こっちが」

「異世界をさ迷う薄幸の美少女サナエ」

「怪力暴力女だ」

「よし、マル、顔出せ」

「いやだ、殴るつもりだろ」

「分かってんなら早い。さあ出せ。優しくしてやるから」

「いやだつってんだろ。殴る時点で優しさもくそもねえよ」

 サナエは風を切る音を出す高速の右ストレートを繰り出す。それをマルは紙一重で避けた。しかし、それを読んでいたサナエは余った左で追撃をする。それをも見事に受け止め、2人は拮抗状態になった。その攻防を見ていた男が、中断するように口を開いた。

「あっ、あの、良いですか?俺はサライと申します。そして、連れて行かれたのが俺の愛しのメグです。俺とメグは半年前に知り合いました。一目会ったときから恋に落ち、私たちはそれから、ずっと一緒でした。しかし、彼女は俺たちの住むサリアドの貴族の娘、俺はしがない絵描き。当然2人の恋愛は反対され続けました。そして、彼女の父親が俺をメグから離すために、彼女を結婚させることを決めました。政略結婚という奴でしょうか。別の貴族の息子との結婚を決めました」

「なんてこった。そんな愛のない結婚なんて俺には真っ平ごめんだ」

 昼ドラみたいな恋愛話を聞き、すっかりマルはその世界に入っていた。表には出さないがサナエも入り込んでいる。元々サナエは性格に似合わず、こういう恋愛話が大好きな、少女マンガを熟読する少女なのだ。

「それでですね。そこのあなたも分かると思いますが、自分の好きではない人と結婚するなんて耐えられないことですよね」

「うん。できれば、好きな人と結婚したいかな」

 サナエは初恋の人と結婚したいと言う願望を抱いているので、意見には賛成である。

「そうだから、俺は一大決心して結婚式前日の今日、彼女との駆け落ちを図ったんです。しかし、結果はご覧のあり様、彼女は連れ去られ、私はボロボロ。このままだとメグは」

 サライはすっかり意気消沈している。しかし、浮き沈みが激しい人である。興奮したり悲しみにくれたりと、情緒不安定な人間だ。

「・・・それで、お前はどうするつもりだ。メグさんのことを諦めそこでへたり込んでおくのか、それとも立ち上がり彼女を奪い返しに行くのか、どっちだ」

 突然、口ぶりが変わり、マルの瞳の中に炎が灯った。どこか顔も昔の漫画のように太い線で描かれている。

「はっ・・・俺は・・・メグと一緒に居たい。だから、どんなことをしても、何があっても必ず奪い返しに行く」

 マルにつられサライの瞳も点火した。

「よし、良く言った。俺はお前のそんなところが気に入った。どんなことでも手伝ってやろう。さあ言え、何をすればいい」

「マルさん。あっありがとう」

「礼なんか必要ない。この今から俺とおまえは兄弟だ。兄弟に礼とさん付けなんかいらんだろ。気軽に兄貴って呼んでくれ」

「あっ兄貴!」

「弟よ」

 むさ苦しい男同士が抱き合った。背景に炎が見える。

「ほんまこんなこと言えるくらい成長して、ちょっと前まであんなにちっちゃかったのに、ほんまに子供の成長は早いなぁ。お母ちゃん感動や」

 懐からハンカチを取り出し、涙を拭くサナエ。心なしか髪の毛が若干パンチパーマ気味になっている。そして、どこからか取り出したエプロンを装着している。

「なんで、お前が母親役なんだ。そこは妹でいいだろ。それで、お兄ちゃん私も頑張るねって言って、瞳を昭和の漫画のようにキラキラさせろよ」

「ええやん、妹とかやるよりも母親の方がおもろいもん」

 少しコントを交え、無駄な時間を過ごした3人はサリアドに向かって行った。


 サリアド。貿易や商業が発達しているイリアリアと違い、住宅が密集している都市である。だたその住人のほとんどが富豪と呼ばれる者たちである。イリアリアで仕事をし、サリアドに帰るという循環が出来上がっている。

 3人はサリアドに入り、メグの屋敷の前に来ていた。結婚式は、この屋敷内の教会で行われるからだ。下見ついでに来ていた。サナエは屋敷を見て口を開けていた。

「でかっ。でかすぎやろ。ほんまにこれが住宅なんかテーマパークやろ」

 周辺の屋敷もかなり大きいのだが、メグの屋敷はそれらよりもはるかに大きかった。なんせ、先ほど述べたように教会が屋敷内にあり、さらに、外からは見えないが、プールにゴルフ場、馬の厩舎がありと、とにかく巨大なのだ。屋敷が大きいため警備もとても厳重であった。至る所に警備員が立っている。

「警備隊長。蟻が侵入しようとしています」

 足元の蟻を見つけた警備員が叫ぶ。傍から見ればボケているように見えるが彼は真剣だ。全員が真剣故に、ツッコミが無いことが悔やまれる。

「ただちに駆除せよいいか何者も侵入させるな」

 近くにいた上司と思われる男が、一切ツッコむ様子もなく淡々と指示を出した。

「ラジャー」

 警備員の1人が、屋敷にに侵入しようとした巣内でナンバーワンの働き蟻オウキンを踏みつぶした。一度足を上げ、ぴくぴくしているオウキンにとどめを刺すべく、もう一度踏みしめた。体が支えきれない圧力を受けオウキンは潰れて死んだ。この多大なる被害報告は蟻の巣内に広まり、緊急対策本部が立てられていた。会議内容はこの復讐どのように遂げるかである。

 警備員の行動を見ていた3人は、あまりの厳重さに驚いていた。

「うむ。かなりの警備だな、まさか蟻をも敵と見なすとは。本当に蟻一匹通さないな」

「ええ、いつもよりも厳しいです。いつもはコオロギまでなんですが、まさか蟻まで警備の網が広がっているとは」

 普段コオロギにまで目を向けていることだけでも驚きだ。

「いやいや、用心しすぎやろ。蟻ごときになんもできんやろ」

「なんだと、貴様、蟻を馬鹿にするな、やつらはやる時やるやつだぞ」

「なんで、キレてんねん。なんか蟻とあったんかい」

 2人のどうでもいい掛け合いが少し続き、この場ではどうしようもできないので一旦サライの家に行くことになった。


 街の貧困層が暮らす地域にサライは住んでいた。サライの家は画家らしい家だった。室内には見たこともないような絵画用の道具がいくつもあり、絵も何枚か飾られている。そして、部屋の中央にはメグの肖像画が飾られていた。

「へぇ、サライさん、絵上手いなぁ」

 草原を走る馬の絵を見ながらサナエは感心していた。絵心が無いサナエは絵が描ける人が羨ましくて仕方がないのだ。以前、美術の授業で牛を描いたところ、カブトムシを描いたと間違えられ、勘違いした教師がカブトムシ絵画展に提出したところ、ユーモア賞を受賞した経験がある。すごいのかよくわからないが、とにかくサナエは絵が下手なのである。

「そりゃ、プロだからな。しかし、このメグさんの絵は完成度がすごいな、愛を感じる」

 紅茶の入ったカップをサライが持ってきた。

「ええ、それは私の最高傑作です。今まで何枚も描いたメグの肖像画から学んだことの集大成といっても過言ではないです」

 肖像画のメグは笑顔ではないが、なぜか、見る者を魅了する表情をしている。まるで、モナリザのようだ。

「さて、サライ。確か結婚式は明日だったな」

 絵画を一通り眺め、テーブルで紅茶を堪能しているマル。横では紅茶とともに出されたクッキーを頬張っているサナエがいる。出されたナッツクッキーはサリアドの有名クッキー店の一番人気の商品でとにかくうまいと評判の品である。もちろんサナエもその味の虜になり、黙々とモグモグ食べていた。

「ええ、先ほどの教会で行われます」

「なるほどな、おそらくだが俺の考えでは、結婚式は警備が甘くなるだろう。なんせ、あんな柄の悪い警備員を配置しては外面が悪いからな。だから、攻めるなら明日だな」

「なるほど、確かにメグの父親は、世間体を気にしますからね。そういったものを排除するかもしれませんね」

 クッキーを紅茶で流しこんだサナエが話した。

「うんじゃあ、明日の結婚式の時に、式場に乱入して、花嫁を連れ去るって作戦でいい?」

「ああ、そうなるな」

「なんや、どっかの恋愛映画みたいやな」

 サナエは昔見た映画を思い出した。確かあの作品は誓いの言葉を言う瞬間に式場に乗り込んで、花嫁を連れ去ったはずだ。しかし、そんなタイミング良く乱入できるのか、もし誓いの言葉を言ってしまった場合どうするんだ。それでも、花嫁は乱入してきた男についていくのか、誓いの言葉を言ってしまった手前気まずくないのか。そんなことをサナエは考え始めた。

「そして、俺たち2人が式場で軽く騒動を起こすから、その隙に連れ去ってくれ。ああ、後これを持っておけ」

 そう言って、マルは背負ってきていたリュックからトゲトゲの棍棒を取り出した。明らかにリュックサックに入る高さを超えている。と言うか棘が引っかかって破けないのか。

「よく、そのリュックに入ったな」

「俺に不可能はない。それでだ、この棍棒を持っておけ。何があるか分からんからな」

「はい。ありがとうございます」

 サライはかなりの重量を感じる棍棒を手に持った。こんなので殴られたらひとたまりもないだろう。

「うむ。では俺たちは役所に行くとするか」

「あっそう言えば、目的はそれやったな。すっかり忘れてたわ」

「お前というやつは」

「役所でしたら、ここを出て右にまっすぐ行くとあります」

「ありがとう。それではまた明日会おう」

 役所に行くため2人はサライ家を出た。その後、役所では見事に紋章は空振りで、2人は落胆しつつ、本日の宿へとトボトボ歩いて行った。


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