流されちまった2人の少女(3)
火を囲む少女が2人。周りには服が干されている。しかし、残念なことに一糸まとわぬ姿ではなく、下着姿であった。
「・・・・・・むかつく」
クイナがサナエに聞こえない音量でつぶやいた。
サナエに引っ張られて川に落とされ、さらには流され、今自分がどこにいるのか分からない状況にされたことにも怒りを感じているのだが、むかつくはそれに対して言った言葉ではなかった。
彼女がつぶやく、ほんの1分前。
「びちゃびちゃや」
そう言って、サナエは服を脱ぎ始めた。くびれがはっきりと分かるウエスト。巨乳とは言えないが平均以上の胸、長身ですらっと長く伸びる腕と脚が姿を現した。
それを見て、クイナは自分の体を見てみた。身長150センチほど、腕、脚の長さともに普通。胸は平均以下。鍛えているため、腹筋は引き締まるというかポーズによっては6つに割れている。スタイルはサナエをボンキュボンと拡大表現するとそれに比べてクイナはスットンといった感じだ。マルグロリアの好みはどうだろうか。やはり女性らしい魅力を持った体を持つ、サナエの方がいいのだろうかとクイナは思い。先ほどの言葉が口から出たのだ。
「さっきから何見てんねん」
サナエがクイナの敵意と羨望が混じった視線に気づいた。
「・・・・・・なんでもない」
クイナは視線をそらし、体育座りをし焚火に当たった。季節的には寒くはないのだが、やはり下着姿でかつ先ほどまで水に浸かっていたいたせいか寒さを感じる。
サナエは、少し不機嫌になっていた。川に落ち、所在不明、衣服水濡、怨敵同居のこの状態に怒っているわけではない。目の前にいるクイナの体を見てしまったからだ。
「あーあ、ええなぁ」
身長も顔も小さい。しかし、瞳が大きく、お人形さんのような可愛らしい顔をしている。髪の毛は偏りっも下までまっすぐと伸びていてサラサラしている。以前のようなポニーテールも良かったが、今の髪形も良く似合っている。サナエの髪の毛は硬くて猫毛であるため伸ばしてしまうと髪の毛がどんどん内側に曲がってきてモサモサした髪形になってしまい清潔に見えなくなってしまう。そのため、サナエは今の髪形をずっとしてきた。
「絶対にカワイイ服が似合うんやろうなぁ」
自分のようなでかい女が着れば失笑を買うであろう、フリフリのフリルが付いたロリ系の服に、フリルつきのカチューシャ、目の前にいる少女が着たら、さぞ似合うのだろう。私服で着たいわけではないが一度はそのような服を着てみたいと羨望のまなざしを送り続けた。
幼少のころからサナエは可愛らしい服にあこがれていたのだ。しかし、常に組み体操で土台の役割を当てられたり、学芸会で何故か男役を任されたり、靴箱に同性からのラブレターが入っていたりする自分には到底縁のないものであるということを知っていた。
「・・・・・・なに?」
「なっなんもないよ」
「・・・・・・そう」
2人の間に沈黙が流れた。とりあえずは服が乾くまではここで座っておかなければならない。ということは何かを話して間を持たせる必要がある。沈黙を嫌うサナエは急いで頭をフル回転させクイナに振る話題を考えた。
「あっあのさ好きな食べ」
「・・・・・・ねえ」
サナエのクソどうでもいい話題を遮るようにクイナが話し始めた。
「・・・・・・あなたは武器を持たないの?」
「武器、なんで?」
「・・・・・・言わせてもらうと素手の人間ははっきり言って怖くない。よっぽど相手との力量の差が無い限り負ける気はしない」
「私に負けたくせに」
「・・・・・・なら今ここで分からせてあげようか。大丈夫手加減はする。あなたは本気で来てくれたら良い」
クイナは傍にあった枝を2本拾った。普段使っている短剣に近い長さであった。重さは違うが特に問題はないと判断した。
「ええんかぁ、あのときよりも私は強くなってるで。あの時の私と思って力セーブしたらやられちゃうかもやで」
「・・・・・・心配ご無用」
2人は下着姿のまま立ち上がり、向かい合った。命をかけた戦いではないためかクイナからは敵意のようなものは感じず。どこか、師匠にかかっていくような気分にサナエはなった。
「しゅっ」
息を吐き、サナエが下段に枝を構えるクイナに攻撃を打ち込む。
確かに以前戦った時よりもフットワーク、拳の速さは上がっていた。その辺の人間には反応しきれない速度であった。しかし、クイナほどの強さを持つ人間にとっては大したことのない速度であった。タイミングを見て後ろに飛び、枝を振り上げた。
「っつ」
枝で伸ばされた左腕を打った。痛みを我慢し続けてワンツーの要領で右ストレートを打ちこむがそれも読まれていたようで、同じようにクイナは攻撃をもう一方の腕に打ち込んだ。そして、重心を前方に移動させ身を低くし、飛びだした。一瞬にしてサナエの懐に潜り込み、胴へ打ちこんだ。サナエはそれを後ろに跳びなんとか避けるが、クイナの連撃が始まる。以前と同じような闘い方となった。
「くっ、ぬあ」
紙一重で避けるがその状態はそう長くも続かなかった。クイナの横振りを後退で避けた時に体が木にぶつかってしまった。予期せぬ障害に遭い、サナエの回避のリズムが狂った。
その隙を見逃すクイナではなかった。右の枝をサナエの首元に、もう一方の枝を腹に突き立てた。
「・・・・・・どう。抵抗するなら少し痛い目を見てもらうけど」
「ぐっ・・・・・・負けました」
「・・・・・・思っていたよりも素直」
「だって、降参せえへんかったらなんかするつもりやろ」
「・・・・・・正解」
クイナは右手の枝を落として、サナエにデコピンした。
「いった、降参したやんけ。何すんねん」
「・・・・・・それで分かった?」
「何が?」
「・・・・・・ふぅ、戦いを思い出してみると良い。腕はどうだった?」
「うん。結構痛かった」
サナエの腕には痣が付いていた。
「・・・・・・じゃあもし私が枝ではなく、真剣を持っていたら」
「・・・・・・腕が切られていた」
サナエは痣が付いた腕を見た。もし真剣なら痣より先の手は切り落とされていただろうと、鳥肌が立った。
「・・・・・・そう。そして、もう一点。私が攻撃を始めた時、あなたはどうやって防御した?」
「・・・・・・どうって、腕の動きから剣筋を読んで体をずらして避けたけど」
「・・・・・・剣に攻撃をされた時点で、あなたは避けるしか防御する手段がない。相手の攻撃を受け止めるということができない。それでは、攻撃に転じることは難しい」
「むう」
「・・・・・・以上の点からイレギュラーが無い限り私があなたに負けることはない」
クイナは倒壊する家、分厚いマンガ雑誌を思い出した。
「確かに、攻撃したら攻撃した部分が切られるし、攻撃始められたら対処ができへん。・・・・・・ほんまや。よし、なんか武器持と」
サナエは剣を振る動作をした。
今まで幾度かサナエは刃物を扱う敵と戦うことがあった。しかし彼女は傷を負ったことが無かった。それは彼女が幸運だったからである。彼女が闘った相手が遥か格下であったからだ。これから先、クイナほどの腕でなくても、ある程度力量の近い人間と闘う機会があり、その相手が刃物を持っていたのなら、勝敗に関係なく傷を負うことになるだろう。
「・・・・・・単純。でもあなたが武器を持ったところで私の敵じゃない。武器の扱いは素人だから」
「分かってるわ。うーん。攻撃よりも防御のための物がええよなぁ。なんかおすすめない?」
「・・・・・・知らない。そういうのは自分で考えれば。それよりも、確認だけどこれで私の方があなたより強いということでいい」
「うっ、しつこい奴やな。デコピンで満足したんちゃうんか」
「・・・・・・それはそれ、これはこれ。なんならもう一回してもいい」
「はいはい、そうですよクイナさんの方が強いです」
「・・・・・・むふぅ。それでいい」
そう言うともう一方の枝も投げ捨て、クイナは再び焚火の前に座った。その表情はどこか嬉しそうである。
「くそ、いつかぎゃふんって言わせたるからな。私にアドバイスしたことをいつか後悔させたるからな」
別に敵意は無く、嫌いでもなかったのでもう少し近づいて座ってもよかったのだが、何故か恥ずかしく感じ、サナエはクイナから離れて座った。
空を見上げサナエは干している服を触り、乾き具合を確認した。大分乾いてきているようでそろそろ着ても問題なさそうだ。