終わりが見えない旅へ(4)
「くそっ」
獲物を目前まで追いつめ逃げられ、さらに馬鹿にされたことにレイトルは憤慨していた。とにかく不機嫌で、目に映るもの、子供でも犬でも、なんでも襲いそうなほどイライラしている。
「なんであの女は風船キノコを持っているんだ。あんな毒キノコ普通は持っている意味がないだろ」
「あっ」
アルトは、サナエと初めて会話した時のことを思い出した。そう言えば、俺はあの女に風船キノコを渡したという事を思い出し、バツが悪そうな顔をした。
「どうした、アルト」
「えっ、いやいやなっなんでもない。うんなんでもない。しっかしまさか、風船キノコをあんな風に使うとはなぁ」
「なんだ、変な奴だな。なんか隠してんのか」
ひどく動揺するアルト。その横のエルトが口を開いた。何か、エルトが話そうとしているのをイルトが見つけた。エルトが口を開くとロクなことが無いことを彼は知っていた。しかし時すでに遅し。
「兄ちゃん任せて。僕絶対に言わないからね。兄ちゃんが風船キノコをあの女に渡したこと」
口に指を当て、如何にも秘密を守っていますというドヤ顔をしている。
「エルト、お前の絶対は絶対に信用ならんな」
イルトが兄アルトの末路を想像し、苦笑した。すくなくとも、レイトルが熟読している世界拷問100選のいくつかを体験させられるだろう。
「ほぉ、アルトお前か」
先ほどまでの、怒りの表情とは打って変わり、レイトルは闇を持った笑みを浮かべている。
「いっいや、違う違うぞレイトル。あの女がウルトのことを聞くから説明しただけだ。そもそも、毒キノコを食べるという発想など湧かんだろ」
確かにウルトの件があったので少なくとも山賊達には無い発想だ。
「確かにそうだな。だがなぁ、俺の気持ちが治まらないからな、痛い目見てもらうぜ」
「へっ?」
懐から出した世界拷問100選6月号を捲りレイトルは試したい拷問を探し出した。
「そうだな、一定間隔で一定の痛みを与える拷問にするか」
どこからか、鞭を取り出し、10秒間隔でアルトを打ち続けた。それはもう見ている方にも痛みを感じさせるくらいのものだった。
「イルト兄ちゃんなぜ、アルト兄ちゃんがこんなことに」
「うん、エルト、お前のせいだ」
アルトの悲鳴をBGMに兄の惨劇を止めることを考えず、イルトは兄が全治何カ月になるのか考えていた。
森の一角に生えている木々は悲鳴を上げていた。はるか上空から落ちてきた人間2人が自分達の枝を折っていくのだ。木々からしたらたまったもんじゃない。
「うわあああああああ・・・・・・いったぁ」
木がクッションになり落下の勢いが殺され、サナエは大きな怪我をすること無く大地に到着した。
「ぬおおおおおおおお」
サナエに続きマルも背中から着地した。2人は、自分の状態を確認した。まず手、そして足。両方とも欠損していなかった。指の動きを確認する。そして、頭を触る手には何も付いていなかった。
「奇跡。ほぼノーダメや」
「そうだな。奇跡としか言いようがないな」
「ほんまや、って、いやああああああ」
マルの方を向くや否やサナエは赤面し、少女らしい悲鳴を上げた。
「どうした?」
突然、サナエから少女らしい悲鳴を聞き、マルは何が何だか分からず動揺した。
「こっち向くな、この変態があああ」
サナエはすぐに顔を手で覆いマルから目をそらした。
「誰が変態だ誰が」
「ええからこっち向くな、うんで自分の体見ろ」
「体?うおおお、すっぽんぽんじゃないか」
サナエに言われマルは体を確認した。服が破れほぼ全裸状態になっている。街を歩いていたら3秒で警察が走ってきて職務質問を飛ばして現行犯逮捕される程の露出だ。
「服はどこに」
状況に気付きマルは股間を手で隠した。毛やその他は隠せないがブツだけは隠せた。
「・・・あっ風船キノコのせいか」
衣服消失マジックのタネが分かりサナエは少しスッキリした表情になっている。
風船キノコにより膨らんだせいで、マルの服は大きくなったマルに耐え切れず破れたのだ。普通の主人公ならどんなにダメージを受けても下半身の衣類は残るのが定番だが、マルはそうはいかない。しっかりと破れてもらっている。
「貴様、頼むから一発殴らせてくれ」
「いやや。とりあえずその貧相なもんしまって。トラウマになるから思春期の女の子に見せんといて」
「誰が貧相だ誰が。これでも警護団の中ではビッグマグナムと言われているんだぞ」
「ええから早くしまえや、そのニューナンブ」
「だれが小型銃保持者だ」
マルはぶつくさ言いながら残った服を巧みに使い、ターザンのような格好になった。ものすごくダサい、しかし背に腹はかえられない、マルは泣く泣く妥協した。
「寒くないん?」
季節は冬ではないが時間帯は早朝、しかも森の中、かなり気温は低い。
「寒いよ!だが、どうしようもないだろ。なんだお前が服を貸してくれるのか」
「絶対いやや」
「そう言うだろ。だから、こうやってるんだよ」
「もう、このくだり飽きたから、はよイリアリア連れて行って」
「なんだお前、むちゃくちゃか」
「よう言われる。さあ、行こ」
「俺は無宗教だが、今だけは神に願うよ。お前に天罰が落ちるようにって」
「この世界に来てしまったことが天罰やわ」
2人は口喧嘩をしながらイリアリアに向かって歩き出した。
落下から2時間後。2人はイリアリアに入っていた。この2時間色々とあった。獰猛なイノシシに追いかけられたり、底なし沼にハマったり、イリアリアの近くでマルを見た女性に悲鳴を上げられ正義感あふれる勇敢な旅人に襲われたりと色々な事件があり2人はくたくたになっていた。
「視線を感じる」
ターザンスタイルのマルが言った。先ほどよりもさらに布はボロボロになっており、なんとか下半身を覆っている状態である。
「そりゃ、半裸もん」
「いや、お前も見られているぞ」
「やっぱりかぁ。私の美しさに皆釘づけか」
そう言ってサナエはくるりと一回転しポーズを決めた。
「それはないな。おそらくお前の服装だろう」
「分かってるわ。もうちょっとのってくれもてええんちゃうん」
ボケをすかされサナエは恥ずかしくなった。やはり、ボケは何かしらリアクションが無いとだめになる。
「うるさい。黙れ。言っとくが風船キノコの件まだ許したわけではないからな」
「分かった。謝るわ、ごめんな、ターザン」
「誰が、ジャングルの王者だ」
役所に行く途中。このままではマルがいずれ捕まると思い、2人は服屋『独特服』に寄っていた。イリアリアでは有名な量販店で低価格、高品質、種類豊富を売りにしている。学生に大人気のお店だ。
「うーむ。どのようなコーディネイトにするか」
「なぁ、早く出ようや。めっちゃこの店おんの気まずいねんけど」
適当に服を物色しているサナエが言った。店内はお客であふれ返っているが、2人の半径5メートル以内には誰もいない。
「そりゃそうだろうな。店員さんが俺を見てヒッて小さな悲鳴を上げたからな」
「なら、コーディネイトなんか考えんとさっさと買ってな」
「なんだお前。少しくらい待っていろ。なんならお前も服を買ってこいよ。金ぐらい貸してやるぞ」
「えっほんま。やった。助かるわ。流石の私でもずっと好奇の目で見つめられるんはきついからな」
サナエは少女らしい笑顔を作り、スキップで服を物色しに行った。不本意にもマルはその笑顔にときめきを感じてしまった。
「あーいうかわいらしさがずっと続けばいいのに」
ぼそっとマルは自分の先ほどの感情の変化を後悔し愚痴った。
服を新調し、すっかり街の風景に馴染んだ2人。ようやく、役所に向かうことになった。
「うむ。やはり、自分で選んだコーディネイトが一番良いな」
「・・・さっきのターザンの方が良かったなぁ」
「いやいや、半裸だから」
「その格好よりマシやったわ。なんやねんその格好。なんで素肌に革のジャケット、そして、革パンやねん。なんや、ロックバンドのボーカルか。ついでにマイクスタンドも買っとけよ」
「む。貴様この格好を馬鹿にするな。この格好はな、俺の尊敬するハンターの戦闘服だぞ」
「・・・・・・。ふーんどうでもええから。少し距離置いてな」
そう言って、サナエは少しだけマルから離れた。
役所に着いたころマルの服装が変わっていた。サナエに途中で見つけた服屋で着替えさせられていた。よっぽどサナエは嫌だったらしい。役所の中は順番待ちの人で混み合っている。ざっと見て100人ほどいる。客層もまちまちで、本当に何の用があるんだと若干呆れ気味のサナエだった。
「うはぁ、めっちゃ混んでるやん」
「いつも、こんなんだ。ちょっと待ってろ」
そう言ってマルは召喚課受付に向かった。少し、受付女と話し帰ってきた。
「どうやら、5時間待ちのようだ。帰っていいか」
「帰らせるか。5時間も知らん街で知らん人に囲まれて待っていられる自信ないわ。お願いやから話し相手になって」
「む。妙に素直だな。いいだろう。その代わり俺のことをマルグロリア様と呼べ」
「ええから、ここ空いてるから座りやマル」
サナエは自分の座っている椅子の隣の椅子を叩いた。
「せめてマルグロリアって」
「マル」
「うっうむ」
サナエの押しに負け、マルは素直に座った。ここに2人の主従関係が成立した。
「おい、おい起きろ」
マルは隣で眠っているサナエの肩を揺すり、起こした。
「んっんあ」
「順番が回ってきたぞ」
「うーん。やっとか」
目を覚ましたサナエは口元のよだれを拭き、大きく伸びをした。
「しかし、貴様、俺に話し相手になれと言っておきながら、まさか開始15分で眠るとはな。流石の俺でも予想できなかったぞ」
「ごめんごめん。ものすごい自分の話が退屈やったから」
「本当に、お前はサラっと悪口を言うな」
「癖かな」
「性質が悪い奴だ」
ようやく順番が回ってきて、2人は受付に向かった。
「すいません、召喚紋章を確認させてほしいのですが」
営業スマイルをしたマルが受付に告げた。
「はい。では少々お待ちください。ただいま登録簿をお持ちしますので」
そう言って、笑顔が素敵な受付女は登録簿を取りに一度席を外した。
「あのさ」
「どうした?」
「登録簿を見るのはええけど、何百通りとあるんちゃうん?確認するの大変やで」
「心配するな。紋章それぞれに召喚者自身の魔力が練られてあるから、登録簿の上でかざせば自然とそのページがめくられるようになっている」
「魔力って便利やな」
「まったくだ。攻撃に使えるしこのような風に扱うこともできるし」
2人が待たされ数分もすると、大きな登録簿を台車に乗せ受付女が帰ってきた。
「これになります。えっとどちらが」
「私です」
「それでは、こちらに手をかざしてください」
サナエは自分の右手の紋章を一度確認し、それを登録簿にかざした。紋章が光りだし分厚い登録簿が独りでに開き始めた。ページを何度も往復するが本の動きは止まらない。このままだと、本がバラけてしまいそうだ。
「あれっ、全然止まれへん」
不思議に思ったサナエが受付女に聞いた。
「・・・どうやら、あなたの紋章はこの登録簿の中にないみたいです。ここイリアリアの登録簿に登録されていないだけなのか、もしくは、公式に認められていない召喚者のどちらかと思います。前者ならいくつかの街や国を回れば見つかると思いますが、もしモグリの召喚者なら見つけることは困難だと思います。」
「・・・っていう事は、見つけるにはいろんな場所を旅してこの世界を探し回らなあかんかもしれんってこと?」
「そう言うことになると思います」
申し訳なさそうに受付女が肯定した。世界中を探して見つかるかどうかわからないと言っているようなものである。申し訳なさそうにするのも無理はない。医者が治る確率がほぼ無い癌を宣告するようなものだ。
「すいません。お力になれなくて」
帰る方法がほとんどなくなってしまった。その現実を突き付けられたサナエ。普通の10代の少女なら狂乱し、現実逃避するほどの衝撃である。しかしサナエは
「うーん。確かに大変やな。でも探すしか手がないんやろ。なら探します」
生来の楽観さで簡単に人生の銃弾な決断を下してしまった。同性の受付女の胸をキュンとさせる男らしさだ。
「うむ。そうか、かなり大変だが頑張れよ、応援してるぞ」
サナエの現状を他人事のようにマルが言った。流石のマルも世界中を回るのに付き合うのは嫌なようだ。このままこの物語からフェードアウトしようとしている。しかし、そうは問屋が卸さない。仮にも彼はこの物語のもう1人の主人公である。こんな簡単にフェードアウトさせるわけにはいかない。
「この馬鹿者」
突然野太い声が聞こえた。バラードを歌えば簡単に女を惚れさせることが出来る美しい低音である。
「その声はもしかして団長」
マルが振り向いた先には団長と呼ばれた男が立っていた。整えられた口髭に。ピシッと分けられた七三分けの髪型、如何にも紳士的な50代だ。彼は今日、役所のお偉いさんと話し合いのために役所に来ていた。なんたる偶然、いやこれはもう必然と言っても過言ではないだろう。彼がいなければこのままマルは話から離脱していただろう。
「いいか、マルグロリア。我々ラムダ警護団は困った者、弱い者の味方だ。例え人生のすべてを費やさないといけない任務でも、実行するのが我々だ。それなのに貴様はなんだ。困っている少女を見捨てて逃げようとしていただろう。それでもラムダ警護団の一員か。いいか、これは命令だ。お前は今からその少女に付き添い、共に召喚者を探し出せ」
「でえぇ、本当ですか、団長!?」
一生外回りを命令されたマルは驚きを隠せないようだ。
「当たり前だ。俺は嘘が嫌いだ。さあ今すぐ準備をして出発しろ」
今日出発とかあまりにも急で休む時間が欲しいとサナエは思ったが、この押しだ。いまさら今日休みたいと言っても、なんやかんやで休めない気がするので、ここは黙っておいた。
「はっはい了解です」
マルは一度団長に敬礼をし、走って役所を出て行った。家に帰り旅の支度をするようだ。
「さて、ところでお嬢さん」
「はっはい」
余りの勢いに、敬礼をしてしまうサナエ。なぜか敬礼をしないといけない気がした。
「マルは、女好きで信用が置けないですが、やる時はやる頼れる男なのでぜひぜひ、連れて行ってやってください。もし、何かしでかした場合は私が殺しに行くので、ぜひぜひ、あいつをよろしくお願いします。ぜひぜひ」
「はっはい分かりました」
団長のものすごい押しに思わずサナエは了承してしまった。人生で一度の会話でぜひぜひを3度も使われたのは初めてだった。
「ありがとう。そうだ、これを」
団長は胸ポケットからペンダントを取り出した。銀で作られたロケットがつけられている。
「これは?」
「これは、ラムダ警護団の特別対応顧客の証です。これがあれば各支部の団員がきっと力になってくれると思います」
「いいんですか、こんな高そうなもの」
「ええ、マルの引き取り料・・・げふごふ、いえ、私たちは弱い者の味方ですから」
確実に厄介払いだ。ポロっと本音が出しまった団長は、ものすごい苦笑い。先ほどまでの余裕をもった表情ではなくなっている。
「今引き取り料って」
「なんのことでしょう。まあとにかくそれがあれば、どこに行こうがラムダ警護団がある限り大丈夫です」
「ごまかしたな」
「・・・お茶でも飲みますか」
30分程してマルが息を切らし帰ってきた。大きめのリュックサックを持ち、旅に出る準備万端だ。
「よし、それじゃあさっさと行け」
「はっはい、いってまいります」
団長に尻を蹴られマルはイリアリアの外に向かって歩き出した。リュックサックに入っている鍋やフライパンの当たる金属音が聞こえてくる。とにかく、目につく物を詰め込んできたようだ。
「それでは、頑張ってくださいね。サナエさん」
見る者を安心させる笑顔で団長が言った。長年組織の上に立っているのでこういう笑顔が得意だった。
「はい、ありがとうございました。私、絶対に帰ってみせます」
「ええ、それでは」
サナエはもう一度頭を下げ、先に進んでいる重装備のマルの方に向かって歩き出した。
2人を見送る団長は不安と息子が旅立った親父の悲しさが混じり合っていた。
すこし歩いたところで、マルが口を開いた。
「おい。貴様」
「なんやねん」
「俺はお前のこと好きじゃない、むしろ嫌いだ。なんせあんなことやこんなこと色々なことをされたからな、はっきり言って良い印象は無い」
「私も、お前のこと嫌いじゃ。あんな粗末なもん見せやがってトラウマなったらどうすんねん、この時期の女の子の精神はデリケートやねんぞ」
「しかし、不本意だが一緒に旅をすることになった。だからこれだけ言っておく。これからしばらくよろしく頼む。サナエ」
マルが恥ずかしそうな顔で手を差し出した。サナエは差し出された手とマルの顔を見比べた。そして、少し逡巡し
「よっ、よろしく」
頬を少し赤らめ差し出された手を握った。少しして2人は手を離した。サナエは先ほど握手した右手を見つめ、それを、はいているズボンの方に持って行き、よく拭いた。
「拭くなよ」
マルがツッコんだ。