水の街の水産者(4)
「うん。じゃあこのお金でお願いするよ」
「へい。まいど」
人気のない倉庫街でエイモンと悪人顔の男が会話をしていた。エイモンからかなりの金額が悪者顔に手渡される。エイモンの水コップ1000杯分である。いかにも何か企んでいる様子である。
「へへへ、まいど。しかし、いいのかい。一応双子の兄弟だろあんたら」
受け取った金額を確認し悪人顔が聞いた。しかし、悪い笑い方が板に付いている。
「気にするな、あいつを兄と思ったことなんか一度もない。それに奴の水は僕と同じ味だからね。居なくなってもらったほうがいい」
「そうかい。サラエボが居なくなったら緑色腕章の中であんた以上においしい水がなくなるもんな」
「そういうこと。なんならもうちょっと上乗せしようか。どうせ将来大金を稼げるんだから。初期投資って考えているし。言ってくれたらいくらでも払うさ」
「いや俺たちもプロだ。金額はこれだけでいい。結果は新聞か噂で知ってくれ」
悪人顔は一度笑いかけ、後ろで待機していた男数人を引き連れて出て行った。
事件現場に帰るとマルが心配そうに立っていた。貧乏ゆすりがひどい。
「どこ行ってたんだお前ら、急にいなくなって」
「うん実はなゴニョゴニョ」
サナエは火事の後に目撃したものその後の行動をマルに話した。
「ふーんなるほどな。どうやら俺の推理は間違っていなかったのかもな」
「どういうこと?」
「ここ最近放火による火事が相次いで怒っているんだ。その事件のどれもが水産者によって鎮火がされている。そこでお前らが後をつけた黒色腕章の水産者たちだ。そいつらが黒いな、もう真黒だ。黒色腕章なだけに」
「わっしょい」
サナエのチョップがマルの脳天にヒット。クルミをかませておけばきれいに割れたかもしれない衝撃である。
「すまん。後調べたところによるとサラエボとエイモンのこの兄弟がここ最近荒稼ぎしているようだな。とくにサラエボは販売している水量よりはるかに稼いでいるそうだ。黒色腕章の男たちから金が流れていると見ても不思議ではないだろう」
「兄弟?それやのにあんな仲が悪いん?」
「人間だからな色々あるんだろ。さっきの団員の子が黒色腕章の水産者が怪しいと見ているようだからもうすぐにでもサラエボは捕まるだろうさ」
「ふぅん。できれば、一発ぶん殴ってやりたいけど、被害者も出なかったことやしこの事件もひと段落やな。ところで、今日の宿どうするん?いややで野宿はもう」
「それも、ラムダが新たに手配してくれた。それも皮肉なもんで燃えにくい石造だ」
「よかったよかった。木造でも石造でも無事ゆっくりと眠れるならどこででも眠ったるわ」
次の日、いち早く目が覚めたマルは外に出てキザッたらしくコーヒーを朝日の下でゆっくりと飲んでいた。もちろんブラックは飲めないので砂糖、ミルクたっぷりのコーヒーである。団長がよくやっていたのを真似ているのだ。
「ふぅ、やっぱりモーニングコーヒーはたまらんな。この甘ったるいこの味が頭の動力源だよなぁ。んっ、えっと確か君は・・・」
目の前に現れた女性の名前を見事に思い出せないようだ。エネルギーを頭に与える前に油を差した方がマシなのではないだろうか。
「マルグロリアさん」
「ええと、マミーでもトニー・・・ああ、トニーは男の名前だ。確か・・・ミリー、そうだミリーだ。どうしたこんな朝っぱらから。どうだ一緒にコーヒーでも」
「はぁはぁ、ありがとうございます。今はちょっと走ってきたんで、コーヒーは厳しいです。できれば、サラエボの水が・・・ああじゃない、それがですね。マルグロリアさんが推理した通り犯人は黒色水産者でした。昨日現場にいた黒色腕章水産者を1人捕まえて白状させたんです。するとどうやら緑色腕章の水産者のサラエボに雇われてやったそうです。」
「そうか。それでサラエボは?」
それを聞くと、ミリーは怪訝な表情に変わり、新たに刷られた調査書を取り出した。
「それがですね。私たちが乗り込んだときには、すでに事務所はもぬけの殻でした。しかも、事務所に血痕があって、荒らされた跡がありました」
「血痕に荒らされた跡?」
「ええ、別の誰か、または組織が、私たちが乗り込む前に事務所を襲ったようです。それで、現在その襲撃犯は不明、またサラエボを含む一派も行方不明となっています。せっかく事件解決かと思ったのに振り出しに戻っちゃいました」
「・・・こりゃ、なんか、裏がありそうだな」
「ええ、今のところ捜査中ということです」
「そうか、頑張れよ」
「はい。あっあの、マルグロリアさんその、いつ頃までこの街に滞在される予定ですか?」
ミリーが書類を直しつつマルに話しかけた。
「明日くらいに出発しようかなって思っているが」
「あの、今晩お暇ですか?よろしければ食事なんてどうですか」
「ん?ああいいぞ」
「あ、本当ですか。やった。それじゃあ、今晩7時に・・・ここでいいですか」
「うむ。分かった7時だな」
「はい。それじゃあまた」
ミリーは満面の笑みで走り去って行った。走るというよりもスキップしている。
「元気な娘だな。しかし、サラエボが行方不明か。こりゃ血なまぐさい展開になってきたな」
普段のマルなら食事に誘われただけで、手放しで大喜びするところだが、今回は珍しく冷静なままである。これはマルの過去のトラウマがそうさせているのだ。
昔、マルはラムダの団員の年上の女性を好きになったことがあった。その女性は大変清楚純粋でそれは素晴らしいお姉さまであった。しかし、それは表の顔にすぎなかった。マルが意を決して告白した際に
「付き合ってあげてもいいけど、そうね。麗美草をとってきて」
麗美草を乾燥させ自分の髪の毛を入れ火であぶる。発生した煙を意中の相手に吸わせると、自分に惚れさせることができるのだ。それを言われた時マルはこう解釈した。きっと彼女は自分のことをそれほど好きじゃないのだろう。でも付き合ってもいいと考えている。付き合うならやはり好きでいたい、だから麗美草が必要なのだろう。と、とても前向きに考えていた。どう考えても裏があるように思えるのだが、当時のマルは疑うようなことを一切しなかった。
麗美草を求めてマルが向かった先はラムダでAランクに認定されている魔物たちの住む、麗し山である。一週間一度も集中を途切れさせることなくマルは山を探索した。少しでも油断するとすぐに魔物が襲ってくるのだ。常に死と向かい合わせであった。しかし、マルは彼女と付き合った時のことを妄想し、自分を奮い立たせていったのだ。そうしなければ泣いて帰っていただろう。そうして、何度も命の危機に遭遇し、死に物狂いでマルはついに麗美草を発見した。そして、告白から二週間、ついにマルは麗美草をボロボロになり持って帰ることができた。
「あら、ありがとう。本当にとってくるなんてね」
マルはすでに髪の毛を抜いており、いつでも準備はできていた。リップクリームも塗ったし、荷物もまとめた。婚姻届も後は彼女の署名を入れるだけである。
「それじゃあね」
「んおっ!?」
彼女は麗美草を確認するとマルを一度も見ることなくミリーと同じようにスキップで去って行った。状況が確認できず一瞬放心状態になったマルは自分を取り戻し、彼女を追いかけた。息を切らしマルがたどり着いた先にはマルにとって目を覆いたくなるような光景が繰り広げられていた。
「ほーらほら、ふふふ」
彼女が扇子で煙をラムダ団員である男に吸わせていたのだ。もちろん煙の出所は麗美草である。
「ええええええ!?」
マルの叫び声を聞き、彼女が振り向いた。
「あら、マルグロリア君ありがとう。おかげで彼を私に振り向かせることができたわ。だましてごめんね」
そう言って彼女は自分の虜になった男を連れて去っていったのだ。
このような経緯があり、マルは反射的にラムダ団員を恋の対象として見ることができないようになったのだ。
「うむ・・・」
約束の時間はとっくに過ぎている。もうかれこれマルは3時間も待っていた。何度も脳内でミリーとの会話を再生し、待ち合わせ場所、集合時間が間違っていないか確認していた。道行く人々を眺めつつ時間をつぶすマル。トラウマのせいで尋常ではない冷や汗が吹き出ている。涼しい街のはずだが汗が止まることはなかった。
しかし、ミリーは姿を現さなかった。心配になり翌日の7時まで待ってみたが彼女が来ることはなかった。不思議に思いミリーの職場を訪ねてみた。普段ならこんなマナー違反なことはしないのだがどうにも胸騒ぎがしたのだ。
「死んだ?」
「ええ、今朝街の路地裏で、うちの団員と3人揃って発見されました」
「・・・なぜ」
「分かりません。ただ、窒息死だったようです」
「窒息?」
「ええ、胃や肺の中に大量の水が入っていました。恐らくそれが原因でしょう。それに、乱暴された跡があったとのことです。くそっ」
「・・・そうか」
「一応、水産者が怪しいとみているんですが。どうも物証がなくって」
「分かったありがとう」
「あとあのこれ、ミリーが持っていたものです。本当はいけないことなんですが」
先輩団員から手帳が渡された。目を通すと、そこにはミリーの日記であった。最新のページをめくるとマルとデートすることが書かれていた。
『マルグロリアさんと食事だ。勇気を出してよかった。昔からずっと憧れていた人だからとても楽しみだ。どんな格好していこうかなぁ。下手な格好していったら嫌われるかも』
ミリーの日記は日記と呼ばれるものではなくミリーがその時思ったことをただただ書き続ける形式であった。1日で30件以上書かれている。ツイッターみたいなものだ。
『マルグロリアさんとの待ち合わせ場所に行く途中、サラエボ達が路地でいるのを発見した』
『サラエボ達は周囲を警戒しながら歩いているようだ。何人かが剣を持っている』
『サラエボ達は何か建物に入って行った。どうやらここが隠れ家のようだ』
『乗り込もうと思ったけど、流石に1人ではどうにもならない。誰か呼びに行こう』
『同僚のカク君とスケさんを連れてきた。今から乗り込んでみよう。マルさんには本当に申し訳ないけど少し待ってもらおう。それにもし捕まえたらマルさんに褒められるかも』
ここで日記が終わっていた。
マルは手帳を閉じ、先輩団員に返却した。
「ありがとうございます」
「なんとしても俺達は全力で犯人を捕まえます。そして、犯人に思い知らせてやるんです。」
そう言って団員は去って行った。
「・・・どうしてん。何ぼーっとしてんねん」
宿の部屋で椅子に座り遠くを眺めているマルを気味悪く思いサナエが声をかけた。
「サナエか・・・なんでもないちょっと出かけてくる。明日この街を出て行くからな用意しとけよ」
「はっ?」
サナエを置いてけぼりにし、マルは部屋に戻って行った。
「なんやねん。いきなり。明日やったらまだええやんか。何言ってんねん、おかしなったんか?」
「悪いものでも食べたんじゃないのぉ」
ビーフジャーキーをしゃぶっているアイコが返ってこないマルの返事を代わりに答えた。
「ううん、そうやとええねんけどな」