鈴のオマケについてくる子狐
リツコによりサナエ達が術をかけられていた時、アイコもその現場に居た。物陰に隠れて、2人がやられている様を見るためだ。
「ふふふ、人間め。覚悟しろ。母様の術でギッタンギッタンにされちゃえ・・・・・・あっ」
散々注意を受けたにも関わらず、不覚にもアイコはリツコの瞳を見てしまった。
しかし、仮にも化け狐なだけはあり、サナエやマルのように深く術中にはまることはなく、幻覚は見えているがそれを幻覚と認識することができた。
幻覚と分かっていても、やはり自分の母親が撃たれるところでは目を覆った。小さな少女にはショッキングな映像である。
母のリツコが撃たれ倒れた後。当初の予定では、リツコが倒されたことにより、2人は猟師に感謝し、山を下ろうとする。そして、ある程度進んだ所に、死んだはずのリツコが立っていて脅かすと言った幼稚なものであった。過去に幾度となくこの方法で旅人を脅かしてきた定番なのだ。
しかし、状況はリツコ達の想定外な方向に進んでいった。サナエが幻覚である猟師を攻撃したのだ。しかも続いてマルも。
ここから、幻覚はリツコの手を離れて勝手に構成されていった。2人が鈴の力も相まって、2人が気を失うまで幻覚は消えないようになっていたのだ。
見ているアイコにも2人の行動は予想外であった。相手は拳銃を持っている相手だ。その相手に対して攻撃する。どう考えても自殺行為としか思えない行動だ。相手が人差し指を少し動かせば、目の前で倒れている化け狐と同じようになると言うのに。自分達に術をかけようとしていた化け狐が殺されたことで起こす行動ではない。しかし、2人は行動した。
「・・・・・・バカだ」
それを眺めていたアイコは笑った。
しばらくすると2人は銃で撃たれ気を失い倒れた。それと同時に創造主の支配から離れ自由に動き回っていた幻覚も消え去った。
それを確認して、アイコは笑顔で懐からマジックインキを取り出し、サナエに近づいて行った。
少しのはずが、気がつけばリツコの家にお邪魔して、もう3日経っていた。その原因としては、リツコの飯が飛びぬけてうまいことアイコがサナエにひっついて離れないと言ったことである。特にリツコの料理を前にすると、いつも2人が自炊している飯が、これ本当に料理?と考えさせられてしまうほどであった。
アイコは四六時中サナエの横に居て、ねえサナエが口癖になっている。
アイコに懐かれて悪い気はしないのだが、これほど接近してしまうと別れる時が辛い。できるのならこの少女が泣く姿は見たくない。
しかし、誰がどのように懇願しようとどのように努力しようと願いを叶えてくれるランプか7つあるボールが無い限り、時間を止めることはできない。
サナエ達が旅立つ時が来たのだ。
「それでは、リツコさん、アイコ、お世話になりました」
「ええ、サナエさんもマルさんも気をつけて。ほら、アイコも挨拶して」
リツコの横で立つアイコはどこか表情が硬かった。今にも泣きそうな笑いそうなどちらともつかない表情であった。その両手は強く握られている。
「ほら、ちゃんと言いなさい」
リツコがすすめるがアイコは口を開こうとしなかった。
「ほなな、アイコ。また会お。大きくなったら私を化かしてみ」
アイコの頭の上にサナエの手がおかれた。その手を先ほどまで石のように硬く握られていたアイコの両手が握った。この3日間何度かアイコはサナエを化かそうと試みたのだが何度やっても無理だった。サナエがかわいそうと思い全力で鈴を鳴らしたのだがそれも無駄であった。
「嫌!ねえ、サナエここに居てよ。もっと遊ぼうよ。嫌だよ。ここでバイバイなんて、大きくなったらとか嫌だよ。そんな長い間待てないよ」
アイコが言葉を発するごとに手を握る力が強くなっていった。
「そんなん言うても・・・」
サナエもアイコと同じ気持ちであった。しかし、この旅が終わらない限りマルは任務のためずっとサナエと一緒にいなければならない。もし、ここでサナエがここで暮らすことを選ぶとマルを一生拘束することになってしまう。それが申し訳ないと感じているサナエは自分に言い聞かせた。
「ごめんな。私はどうしてもやらなあかんことあるから、ここにおられへんねん」
「グスっ、ずずず、そんなぁ」
いつの間にかアイコは泣いていた。鼻水を垂れ流し、どの液体が涙で鼻水なのか区別がつかない。
「・・・ふう。分かりました。アイコ」
先ほどまで傍観していたリツコが開口した。
「一緒に行きなさい。外の世界を見てきた方があなたの修行になるかもしれませんから。サナエさん、マルさん急なお願いなのですが。この子を連れて行ってもらってもいいですか?」
「は、母様。いいの!?」
「ええ、御2人が良いとおっしゃられるのなら」
リツコは涙とその他で汚れた娘の顔を拭いた。まだまだ未熟な娘をいきなり自分の手から離し外界に来るのだ。淡々としゃべっているがその内心は大変苦しんだに違いない。
「私らは別にかまわへんけど。本当にええの?心配じゃないん?」
「そっそうだよ母様。あたしが居なくなったら1人だよ。寂しくないの?」
母の胸に飛び込んだアイコは何度か母の胸の感触を頬で感じた。
「寂しいよアイコ。でもね、ここにずっといたんじゃ、あなたは立派な化け狐になれないと思うの。私もあなたくらいのころには世界を旅していたわ。それに、私にはふもとの村の人たちがいるから1人じゃないわ。あの人たちにとっても優しくしてくれるのよ。だから大丈夫心配しないで」
「母様ぁ」
「ほらっ」
リツコは娘の頭を大切に大事そうに丁寧に、その感触を手に覚えさせるように撫でた。そして、小さなポシェットをアイコの肩にかけた。
「ほら、アイコ」
いつから用意していたのだろうか。ポシェットには少女に持てるだけの重さで旅に必要な道具が一式入っていた。
「リツコさんまさか」
アイコのポシェットを見てマルは驚いた。
「ええ、最初から考えていましたよ。この子がもし駄々をこねたらとあっさり見送ったら何も言わないつもりでしたが。まあまずないと思っていました。でもここまで駄々をこねられると少しサナエさんに嫉妬しちゃいますね」
「ははは。流石は母親だな。なんでもお見通しだ」
「ふふふ。私の母親の真似をしただけですよ」
子供を産んだ女性には一生かなわないなとマルは痛感した。自分の母親もこんなのだったのだろうかと考えた。会えることは無いことは分かっていたが、少し会いたいと思った。
「じゃあ、母様。あたし行くね」
「ええ、いってらっしゃい」
アイコはもう一度母親の胸に飛び込み、母親の匂いをその鼻に覚えさせる。
「ほな、行こうか」
「うん!じゃあね母様、いってきます」
アイコは、母親の胸から飛び出しサナエの手を握った。新たな仲間を入れた3人は歩き出したのだ。
「ほんじゃあ、これからよろしく。アイコ」
「うん!サナエよろしくね、それとマル」
「俺はそれと扱いか」
「ところで、ねえサナエ」
「んっ?」
「サナエがしなければならないことって何?」
「えー、言うてへんかったなぁ。それはなぁ」
それ、つまりこの旅の最終目的を話すと、アイコはまた大きく泣きだしたのであった。