大きな狐と猟銃(3)
「うっうう、おっ覚えてろよ。馬鹿ぁ!うわあああああん」
ぐったりとしていた少女は一度頭を揺らして起き上がり、捨て台詞を吐き逃げて行った。途中思いっきり転び、涙を流しながら起き上がり走って行く。一挙動一挙動がかわいらしい少女である。
「むふぅ、ミッションコンプリート。これで山の平和は守られた」
顔、服に少量の抜け毛を付けたサナエが達成感を感じ立っている。抜け毛の季節なら一体どれほどの量の毛が付いていたのだろうか。
「・・・平和が欲望のついでに見えて仕方がない」
呆れながらも少しうらやましく思っているマルであった。俺もできるものならしたかったと。
「さて、先に向かおか。もう一回出てきてくれへんかなぁ。今考えたらまだしてないことあったしなぁ」
新たな愛で方を考案しているサナエと俺もやっておくべきだったかと後悔しているマルは山を越えるためにさらに進んだ。
モフモフの余韻を残したサナエ達の前にまたまた怪しい人物がいた。
先ほどと同じように尻から尻尾が出ている。しかも耳も出ていた。どっからどう見ても化け狐だ。一回鏡を見て来いと言っておきたいほどのおまぬけぶりだ。先ほどの狐の方が数段、人を化かそうとしている精神が感じ取れた。
ただ、先ほどと違う所がある。少女の姿ではなく大人の女性の姿であった。黒い髪の毛は腰まで伸びていて着物を着ている。俗に言う和風美人である。
「・・・いかん。タイプだ。もろタイプだ」
足を止めて見入ってしまうほどであった。その見入ってしまったマルは柄にもなく頬を赤く染めていた。
「お前はデッドボールでもストライクやろ。でも、どう見ても化け狐やで。まさか2匹おったとは、親子なんかなぁ」
「・・・大丈夫だ。俺は子持ちでも問題ない」
流れてもいない鼻血を拭うジェスチャーを取った。出ていないことは分かっているが強く頭を打った人が手で触った後に血が付いていないかと確認するのと同じように拭った袖を確認した。
「その大丈夫やないやろ」
「分かっている。さっきと同じように鈴を鳴らして、術を無効化にする。そして、かかったフリをしてサナエがしたように俺が・・・むへへへ」
サナエのかかと落としが、しんちゃん笑いマルの脳天を打ち抜いた。ついでにマルの額が大地を打ち抜いた。これでも流血しないマルの頭部はかなりの硬度をほこっているようだ。
「なんで?」
「生理的にあれやから」
「ごめんなさい」
かかと落としの衝撃で自然と寝土下座になっているマルであった。
「あの、旅人のお方ですか?」
和風美人が困った顔でこちらに近づいてきた。即座に、サナエ達は腰に付けられた鈴を鳴らす。再び山には無い人口の音が響いた。
「ええそうです。それがどうしましたか美しいお姉さん」
「そうですか実は・・・ふっ」
女性の雰囲気が変わった。開かれた瞳の瞳孔が縦に細くなり、髪の毛も重力に抵抗し、浮かび上がって来ている。そして、女性はマルとサナエに目を合わせた。
術をかけようとしているようだ。理解し2人は急いで瞳を逸らし、鈴をさらに盛大に鳴らした。
2人が瞳を逸らし、術から免れようとしたと同時に背後から銃声が鳴った。マルの耳の横を何かが高速で空気を切り裂き走って行った。
「なっなんやぁ!?」
突然の聞き慣れない爆音に気を取られていると、周囲に嫌な匂いが漂ってきた。血の匂いだ。
「ぐふっ、あああ」
化け狐の女性が胸を押さえて前のめりで倒れた。サナエ達の後方から放たれた銃弾が女性を襲ったのだ。倒れた地面には血の池ができている。綺麗だった着物は血で彩られ、危なかしい美しさを秘めていた。
「一体何が」
銃弾が飛んできたであろう後方の茂みが動いた。
「おうし、どうだ。化け狐め」
猟銃を構えた猟師の五郎座衛門が姿を現した。マルとサナエはまったく気配が無かったことに驚きを隠せないでいた。こういった人気のない場所を歩く際は、いつ何時襲われるか知れないので常に周囲に気を使って歩くようにしているのだ。それなのに五右衛門はまったく2人のアンテナにかからなかった。もし五郎座衛門が2人を殺そうとすれば簡単に殺せたと言うことだ。
「おめぇら危ねかったな。あと少しでこいつの術にかかるとこだったぞ」
茂みの枝を乱暴に折りながら五郎座衛門は近づいてきた。そして、倒れ苦しんでいる女性に銃をもう一度向けた。
「おらぁ、楽にしてやる」
とどめを刺そうとしているようだ。
「うりゃああ」
「うおっなにすんだおめぇ」
サナエが体当たりしたのだ。不意を突かれた五郎座衛門は簡単に吹き飛ばされ女性から離れた。
「何をしてんねん!」
「何を言ってんだおめぇ、殺すんだよ。こいつは人様を化かす害虫だからな。邪魔すんな。人間の姿してっけどそいつは化け狐だぞ」
「ううう・・・うっ痛い・・・いたい・・・・・・死に・・・」
女性は何度か声を上げ、動かなくなった。さらに血液は広がり水たまりが広がった。
「なんでぇ、死んじまった。呆気ねえな」
五郎座衛門は女性の死体を足で小突いた。その行動がサナエの最後の仏の顔を消した。
「何してんねん。おっさん。いったいお前は何してんねん!」
動かなくなった女性を見て、サナエが殴りかかった。左手で五郎座衛門の胸倉をつかみ、しっかりと右手を振り上げた。しかし、拳が振られることは無かった。マルが腕を掴み止めたのだ。
「放せ、マル!」
マルはサナエとは対照的に冷静に話し始めた。しかし、腕を握る手の力が強くなっていくことをサナエは気付いた。怒っていると。
「猟師さん、あんたがしたことは正しいことだ。人に迷惑をかける生き物を駆除する。これは、大きく見れば農作物に害を加える虫を退治することと同じだ。だが、なぜだろうな。そう言うことは分かっているんだが俺が人間として未熟だからかな、今むかついて仕方がない。すまんな。これはただの、俺のわがままだ」
大きく振りかぶられた拳は五郎座衛門の頬に打ち込まれた。殴られた五郎座衛門は大きく後方に吹き飛び後方回りを三度しようやく止まった。
「なっなんだぁ、いきなり何すんだおめぇらは。俺は村の人間に頼まれてこの化け狐を退治しに来たんだ。それをかばうてこたぁ・・・もしかしたらおめぇらも化け狐だな。そうだそうに違いない。おーい、みんな化け狐が2匹ここにいるぞぉ」
五郎座衛門が大声を上げると突然、周囲に猟師たちが集まりだした。それぞれが猟銃を携えていた。サナエ達はいつでも戦えるように身構えるが、まともに戦ってもかなう相手ではない。人数も殺傷能力も攻撃距離も全てが不利なのだ。だが、一歩も2人は引こうとしなかった。
「なんばしよとか五郎座衛門」
五郎座衛門の幼馴染の田子之助が話しかけた。先ほど狩ったのか小さなウサギを何羽か腰にぶら下げている。
「おう、よく来てくれた。さっき、化け狐を退治したんだがな。ほれそこの」
五郎座衛門は猟銃で動かなくなった女性を指した。銃で撃ち抜かれた女性はピクリとも動かない。
「おう、すごいじゃねえかぁ。早速、村に帰って報告だぁ」
「おうよ。しっかしよぉ、こいつらが俺の狩りに文句をつけて殴ってきたんだ」
「なにぃ?」
「もしかすっとこいつらも化け狐かもしんねえんだが。どう思うよ」
「きまっとる化け狐だ。まっさか化け狐がこんなにおるとはのぉ」
「よっしゃ決まりじゃ。退治すんぞ」
「おうさ」
話が終わると一斉に猟師たちはサナエ、マルに向かって猟銃を構えた。
猟銃を構えた。いや構え終える直前にサナエ、マルは攻撃に移っていた。
6人いる猟師。その中の1人、イノシシの毛皮を着た男の猟銃の内側に強力なステップでサナエは入っていた。そして、肘を一撃腹に食らわせる。怯んだところにヘッドロックを仕掛け、こちらに銃口を向けている1人に向かい投げ飛ばした。仲間を避けることができない男は仲間を受け止める形となり銃口をサナエから外した。サナエは、投げると同時に走っていた。そして、受け止めると同時に飛び後ろ回し蹴りを食らわす。
この作品で初めてサンタフェを抜き戦うマルは、サンタフェを一振り一閃させる。すると猟師の1人の猟銃の銃身が切断されていた。続けて、近くに居る五郎衛門の銃身を切り落とす。切られた両人は、全く気付かなかったようだ。最初は非常に調子の良かった2人だがそうも続かなかった。相手が悪すぎるのだ。相手は猟銃を使うプロである。そんじょそこらの素人とはわけが違うのだ。しかも人数が3倍ときている。とてもじゃないが2人がかなう相手ではなかった。
猟師達は2人の攻撃が近接攻撃しかないと知ると、銃が使用不能となった2人がサナエ、マルの前に立ちふさがった。猟師2人は鉈を取り出し、牽制してくる。その隙に残りの4人が大きく距離を取り、並んで銃を構えた。
「どっけ、五郎衛門」
「おうさ」
盾となっていた五郎衛門が横に大きく飛ぶ。田子之助の銃口から銃弾が発射される。
「まずい」
銃口の直線状に居るマルは急いで側転で横に避けた。普段五郎座衛門たちは、このようにグループで動くことが多かった。そして、銃弾の分担もしていた。一発のライフルタイプと、今田子之助が放った散弾タイプと。散弾のその範囲は通常の弾丸と違い面なのだ。
「ぐあああああ」
避ける距離が足りなかったマルの足先に散弾の数発が命中した。本来全てあったはずの五指が無くなっている。吹き飛ばされたのだ。マルが自分の足の現状を確認すると同時にそれを待っていたかのように傷口から大量の血液が出始めた。
「よしゃ命中じゃ。とどめといくかのぉ」
空薬莢を抜き、田子之助はもう一度構えた。指を無くし踏ん張ることができずマルは避けることができない。全快でも避けきることができなかったのだ。次はくらうことは必然であった。
「させるかああああああああ」
田子之助の側頭部に飛び膝蹴りが入った。そして、倒れこんだ田子之助にとどめの一撃で胸を強く踏みつける。胸を強く圧迫され田子之助は気絶した。
「マル、大丈夫!?」
「馬鹿野郎、早く逃げろ!」
「うるさい。あんた怪我してんねんで、私1人でこいつら全員倒して・・・ガフっ・・・えっ」
乾いた銃声と共にサナエが田子之助の上から大きく後方に飛んだ。まるで背中に繋がれているワイヤーが急に引っ張られたかのようであった。
「へへへ、やったぞ」
猟師の1人が放った銃弾。それがサナエに当ったのだ。銃の衝撃でサナエは吹き飛んだのだ。
「ガハッ、うあぁぁぁ」
銃弾は体の前面に当り、サナエの生命維持に必要な器官をほとんど損傷させた。新たに作られた穴、元からある穴である口から大量の血液流れ出た。誰が見ても致死量の出血である。
「サナエ!サナエ!」
マルの悲痛な声にも反応せず、ただ、サナエの体はピクピクと波打つばかりであった。
「くそおおおおおぉぉ」
マルはサンタフェを杖に立ちあがる。傷ついた足は、機能せず、ただ付いているだけとなっていた。サンタフェが無ければ今にも崩れ落ちそうである。立ち上がりなんとか前に進もうとするが、その間に猟師達は眼前に迫る敵に向かって攻撃の準備を整えていた。3人が一斉にマルに向かい銃を構える。
「いいぞ、撃ってみろ・・・だが俺はタダでは死なないぞ」
「構うなぁ、撃でぇええええ」
凶気をはらんだ音が鳴り響いた。爆発に押された鉛玉たちが次々とマルの皮膚を貫き体内へと侵入していく。鉛玉に解錠された体から血液達が脱走を始めた。
そして、マルはされるがまま銃弾をその体に受け、倒れた。
しかし、先ほどまでマルの体を支えていたサンタフェがマルの傍から姿を消していた。撃たれる瞬間マルによって投げられたサンタフェは主人の仇打ちのため、猟師の1人の胸を貫いていたのだ。
「はぁはぁ、サナエ・・・サナエ」
かすかに胸が動いているサナエの元にゆっくりと這い寄っていく。手を伸ばし、手を握る。サナエも握り返す。
そして、2人の意識は途切れた。