狐がはしゃげばサナエが動く(2)
ある程度進んでいるとマルの歩くペースに合わせるために若干早歩きになっていた少女が脚を止めた。相変わらず尻尾は元気に振られている。
「むっどうした。小便か?」
デリカシーのない男である。
「違うよ・・・あれ、なんだろ」
少女が突然空に向かって小さな指をさした。先ほどまで素晴らしい演技だったのにもかかわらずここに来て急に棒読みである。どうやら用意してきたセリフを言うのは苦手らしい。
「あれ?」
指が差す方向にサナエとマルは視線を向けた。空には何もなく、美しい青と真っ白な塊があるだけであった。
「なんもないけどなぁ。なんやUFOでもおったんか」
「なんか空に光が飛んでいたの、もうちょっと見ていて」
もちろん、この時2人は何もないことは分かっていた。おそらく、少女が今から自分たちを化かそうとしているのだろうと言うことを承知していた。しかし、騙そうとしている少女を逆に騙すにはある程度少女にペースを持たせることが大事だと考えていた。なので、少女の嘘にのったのである。
すると、少女は見上げているマルから離れた。そして、一度呼吸を整え、円を描くように両腕を動かした。ちなみにペガサス流星拳を打つわけではない。
「お兄ちゃん達こっち見て」
「「へっ?」」
「必殺幻惑朦朧拳!」
必殺幻惑朦朧拳。この少女が得意とする人を化かすための術である。しつこいようだが、少女は聖闘士フェニックスでもない。
「あっ・・・・・・・・・・・」
見事に必殺幻惑朦朧拳を食らった2人。しかし、そこは高値を出した鈴である。見事に2人は術にかかることなく正気保つことができたようで、両手をぐるぐる回して何をしてるんだこの幼女はと言った感じで見つめていた。
「なんやねん、めっちゃかわいいやんけこの動き・・・・・・あっそうか、術か」
2人は一度目を合わせ大きく頷いた。そして、目から力をなくし、術にかかっているような真似をした。マルなんか口から涎を流すほどの力の入れようである。
「やった。初めて成功した。やったやった」
化け狐は喜びのあまり立ちつくしている2人の周りを、尻尾を振りピョンピョンと飛びまわっている。さらに、少女は緊張が解けたのか頭部からはふさふさの耳が出てきた。その耳も左右に動いている。
あまりにも無邪気にはしゃぐ化け狐を見て、サナエはキュンキュンしていた。男勝りな性格だが、かわいいものには目が無かったのだ。
「あかん、かわいい。今すぐに抱きしめてめっちゃモフモフしたい」
「我慢しろ、それは俺も同じだ」
少女に聞こえない程度の小声で会話をする2人。
仮にマルが、サナエのしようとしていることを実行すると、マルの仲間の警護団が走って飛んできて、何の躊躇もなくマルを拘束し冷たい飯を食わせるだろう。
「よーし、それじゃあ。えーと、お前、あたしの肩を揉め」
「はいかしこまりました」
指名されたサナエは少女の後ろに回り肩を揉み始めた。小さな肩を握りつぶさないように慎重に力加減をしながら揉んでいく。
「むー。そこそこ・・・ヒャン!こら、そこ、こしょばい・・・うひゃ。むううこらぁ」
サナエの力が弱すぎるのか、あまりのこしょばさに少女は頬を赤らめ悶え始めた。このかわいらしい声がサナエの我慢ゲージを天元突破した。
「ブフッ!・・・もうあかん我慢できん」
鼻血を流しながら肩を揉んでいた手をゆっくりと前に動かし、少女を抱きしめる。少女の細く小さな体はすっぽりとサナエの腕の中に収まった。
「へっ、何?」
突然自分の命令と違う行動を起こされ、少女は反応することができず、簡単に拘束された。そのまま横に倒れサナエは少女の首に顔を埋め、クンカクンカ始めた。
「ああっ、こらそこは肩と違う。ちょっと耳は触るなぁ、こしょばいから。尻尾もやめろおおおおお・・・あああ」
サナエの責めは、それはもう激しいもので撫でられていない部位は無いのではないかと思えるほど広範囲に渡るものであった。最初は抵抗していた少女であるが、次第に抵抗する力も弱まり、最後の方はなされるがままになっていた。
「むふぅ。満足」
サナエは顔中に少女の毛を纏わりつかせ、少女を開放した。その顔は何故か少しだけ男前になっている。
「はぁはぁ・・・むむむ、お前、肩揉めって言っただろ。それなのに、あちこち触って。むうう、なんでだ。術のかけ方が甘かったのかなぁ」
少女は首を捻り本気で考え始めた。むううと唸るその姿もかわいらしく、サナエはもう一度襲いかかりそうになった。しかし、少女に見えない角度でマルに尻を蹴られ制止された。原因が分からなかった少女は念のため、もう一度幻惑朦朧拳をかけ、さらに命令を続けた。
「じゃあ、次はお前。あたしに何かおいしい料理を食べさせろ」
「了解です」
命令されたマルはリュックから数々の食材を取り出し、料理を始めた。料理が作られている間にサナエがお腹を鳴らせたのは秘密である。
数分もするとマル特製チャーハンが完成した。米は見事に卵でコーティングされ一粒ずつがバラバラにほぐれている。また、オリジナル性を入れたせいか少し赤みを帯びていた。
「どうぞ、ご主人様。マルグロリア特製のトマトチャーハンです」
「うん。おいしそう。赤いのはトマトかぁ。あーんパクッ。うんうんご飯がパラパラでおいし・・・きゃああああああ」
チャーハンを一口ほおばるや否や少女は悲鳴を上げのたうち回った。デパートでおもちゃをねだる子供なぞ比ではないほど転げまわっている。
「辛い辛い辛い!水、水ちょうだい」
チャーハンが激辛だったようだ。尻尾も緊急事態を現しているのかヘリコプターのプロペラのごとく回っている。今にも空に飛びそうな勢いだ。
「あっ、すいません。醤油とブート・ジョロキア間違えて入れちゃいました。」
ブート・ジョロキアとは世界一辛い唐辛子のことである。一体何のために何に使うためにブート・ジョロキアがリュックに入っていたのだろうか。
「間違うか。もうなんなのよお前らは。なんもできないじゃん。そのままじっとしてろ」
水を飲みようやく落ち着いた少女が2人を叱責した。命令に従うように2人は直立する。
「ふふふ。罰として今から落書きしてやる」
油性ペンを懐から取り出し、キャップを開けた。シンナーの匂いが広がった。
「よーしまず、女の方からだ。むふふ。ひげと額に肉って書いてやる」
少女は少し背伸びをし、サナエの額へとペンを向かわせた。その脚はプルプルと震えている。本当にギリギリなのだ。ペンを持っていない左手はバランスを取るためにサナエの服を握っている。しかし、そのようにして苦労して上げられたペンが額に届くことは無かった。
サナエが少女の腕を額に届く前に掴んだのである。
「あれっなんで?」
「残念。実はかかってなかってんなぁ」
勝ち誇った顔で笑うサナエ。友達に約束を破られたかのような表情の少女。
「そっそんな。ずっずるいぞ。騙すなんて」
サナエは持ち前のフットワークで再び少女の後ろに回る。そして、先ほどと同じように少女を抱きしめ拘束した。
「むふふ、騙される方が悪いのだ。と言うよりも化かそうとする方が悪いのだ。さてさっきはかかってるフリしてたから、本能の赴くままに本気でモフモフできへんかってんな。しっかし今はもう何も枷が無いから。やりたい放題できるわ、覚悟しいやぁ、ふへへへっへ」
その眼は草食動物を狙う肉食動物のものになっていた。
「いっいやああああああああ」
サナエの法廷に持ち込まれたら確実に刑に科せられるほどのセクハラは30分続いたのだった。