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暗闇からの来訪者(7)

 ようやく刺客の少女が目を覚ました。どうやら、先ほどの大騒ぎのせいで半覚醒していたようだ。

「こっここは・・・はっ」

 一瞬で覚醒し状況を把握した刺客の少女はアクションを起こそうとした。流石戦いなれているだけである。しかし、刺客の少女を束縛しているワイヤーがその行動を阻害した。

「おはようさん。どう、調子、しゃべれる?」

「・・・何?」

「何ってえらい余裕やな。起きぬけの質問でごめんやけど。なんで私襲ったん?」

「・・・・・・」

 無言。刺客の少女はただサナエを見つめるだけ。その瞳は何も考えずただ茫然と見つめている感じである。

「なあ、なんでなん?」

「・・・・・・」

 無言。少しドスの効いた声での質問だったが、少女は物怖じせず、ただサナエを見つめている。

「ちょおっ、聞こえてんねんやろ?さっき応えとったやん。何って、なあ」

「・・・・・・」

 無言。ピシッと空気が割れる音がした。この部屋の隅っこを探せば、空間に走るヒビが見つかるかもしれない。そして、そのできた隙間を見ると異界の者と目が合うかもしれない。

「ええ加減にせええよ。それ以上黙るんやったら、顎にもう一発決めるぞこらぁ!」

「こらこら、話を聞くんだろ暴れるな。と言うかお前短気すぎるぞ。落ち着け」

 マルは、今にも襲いかかりそうなサナエを抑え込み、なんとかなだめようとしている。

「触んな、訴えて賠償金取るぞ、この性犯罪者!」

「何っそんなにキレてんの?確かに今金あるけど。ちょっ、お前もこれ以上こいつを怒らせるなって、矛先全部俺の方に来るんだから」

 刺客の少女と、サナエの肘が頬に決まっているマルの視線があった。

「・・・!?」

 瞳が直線で結ばれて数瞬、刺客の少女の体の中の何かが弾けた。そして弾けた物からあふれ出る液体が体中に一瞬で行きわたり体を温める。それは体に変化を起こし少女の頬を赤く染めた。

「えっうぁ。何これ」

 初めての感情、初めての体の変化により刺客の少女はしどろもどろになっている。

「うん、どうした。どこか痛むのか?顎か?そうだろう痛いだろうな、こいつの力で殴られたもんな分かる分かるぞ。俺も幾度となく食らってきたから良く分かる。とりあえずワイヤー外しておくか、このままだと痕が残ってしまうからな」

 確かに顎にまだ痛みがあったが、今はそんなことより自分の体の発熱に気がいっている。マルの声さらにワイヤーを外すマルの手が触れるたびにさらに体温を上昇させる。そこらの医者に見せると迷わず風邪ですと診断されるほどの熱さである。今、少女が口に水銀体温計を咥えていれば赤い液体が急上昇するほどだ。

「うっ、だっ大丈夫」

 なんとかひり出した言葉であった。残り少ないマヨネーズを出すように少しだけ絞り出た。

「そうか。それは良かった顔に傷が残ったら大変だからな。俺はマルグロリア。君は?ああ、話したくなければ話してくれなくていい。強制はしない」

 さっきまでの府抜けた面のマルはどこかにいき、今はキリっとした眉毛を顔の上部に持つ凛々しい青年マルになっていた。最近府抜けてばかりいたせいか眉の筋肉がひきつっている。この後顔面筋肉痛に苦しむことになる。

「なあ、なんか、全然私と扱い方ちゃうやん。一応その子敵やで。まるで、シャボン玉に触るようにソフトタッチやん」

「うっさい。俺はこの世界に住む全ての女性に優しくすることをモットーとしているのだ。敵だろうが親の敵だろうが異世界の生物だろうが、どんな女性でも優しくするのだ。それが俺の座右の銘であり生きがいなのだ、分かったか!」

 両手を広げ講釈するマル。どこか自分の演説に酔っているようだ。

「私も女やっちゅうねん」

「いや、腕相撲で両手の俺に勝っちゃう奴は女性じゃない。ゴリラ科のメスだ」

 サナエが次の言葉を話そうとしようとした時、

「クイナ」

 刺客の少女が口を開いた。もしもう少し遅かったら2人のどうでもいい中身のない罵り合いにかき消されていただろう。それほど小さな声であった。

「んっ、クイナ、クイナって言うのか?」

 顔をグイッと寄せてくるマルから視線を逸らし刺客の少女は首肯した。

「じゃあ、よろしくなクイナ」

 右手を出し握手を求めるマル。それを見て、おずおずとどうするか考えているクイナ。なかなか握手をしないクイナ。握手を決心したクイナ。手をおずおずと差しだすクイナ。

「あんたなんか触りたくないって」

 しかし、サナエの一言を聞きマルは

「うっさい、さっきの変態がまだ尾を引きずってんだぞ。お前はなんでそうデリカシーがないんかな」

 と言って手を引っ込めてしまった。空振りしてしまったクイナの手は行きどころをなくした。

「あっ・・・・・・しゅん」

 マルと握手できなかったことが余程悲しかったようである。差しだした手を引っ込め見つめた。

「ところで、クイナ。君はなぜこのサナエの命を狙ったのだ。何が原因だ。あれか、こいつがぶちのめした被害者の関係者か?」

 先ほどサナエが聞こうとしていたことである。さき程と一転してクイナは即答する。

「違う。私は殺し屋。殺し屋ギルドにそこのサナエの暗殺依頼があったからそれで」

 殺し屋ギルドとは殺しを生業とする者達と殺しを頼もうとしている者達の仲介をする組織である。およそ1000人の殺し屋が所属している。

「暗殺?うむ、依頼者は分かるのか?」

「ううん。分からない。私たちはただ来た依頼を遂行するだけ。依頼人と直接会うことは無い」

「うむ。では君はサナエを暗殺しなければどうなるんだ?」

「仕事失敗は大罪。ギルドが私を殺害する依頼を出す」

「なんと言うことだ。・・・仕方ない残念だが、おいサナエ」

 マルが、サナエの方を見る。要するに仕方ないからお前死ねと言っているのだ。

「いやいや、絶対に殺されへんからな。なんやねんお前の言い方、コーラ買って来い的な軽い言い方すんなや」

 乱心したサナエが今にもマルに飛びかかりそうになっていた。その殺意を体で受け止め、冷や汗をかきながらマルはクイナに話しかけた。

「ううむ。なんとか、両方生きる方法は無いのか?このままだと①君が始末されるか、②俺が君を守ろうとサナエを殺すしか選択肢がないのだ」

「もう1つ選択肢あるで、③襲いかかってくるお前を私がぶっ殺す」

「選択肢はこの3つだ。ちなみに選択肢②は実現不可と思ってもらってもかまわない」

 ピースで差しだした指をサナエの言葉により3本に変え、クイナの方に突き出した。

「大丈夫。もう1つ選択肢がある」

 クイナは指を4本立たせマルに向けた。ほとんど開かれた少女の手の平はタコができている。今まで訓練していたことが分かる。

「なぬっ、それはどういった方法だ?」

「殺し屋ギルドは信用よりも利益を優先するお金第一の機関。だから依頼金の2倍の額があればキャンセルすることができる」

 お客さんがあって成り立つ仕事にも関わらず自分たち優先に考える機関である。信用が無く依頼が来ないのではないかと思われるが、キャンセル以外でターゲットが生き延びることが今まで無く、成功率100%を誇るのだ。そのため、依頼が減ることは無かった。

「いくらかかる?」

「これだけ」

 とクイナは両手を広げた。偶然の一致、運命の合致、クイナが出した金額はマルが先ほど競豚で勝ち取った大金と同額であった。

「・・・マル確か、さっき大金持ってたやんなぁ」

「嫌だ」

「マ~ル」

母親が悪さをした子供を呼ぶ時の猫なで声。

「絶対嫌だ。これは俺の金だ。あれ隙のコンプリートセットを買うんだ。それで、余ったお金で綺麗なお姉さんといちゃいちゃするんだぁ」

 札を胸に抱きかかえマルはひな鳥を守る親鳥のようになっている。我が身を省みず金を守ろうとしている態勢だ。

「ふぅ。マル、見てみ。黒い服着ているから分からんと思うけど、この子結構おっぱいでかいで。多分DかEくらいあるかも」

「へっ?」

 悲しき男の性。釣りだと分かっていても目が行ってしまう。もちろんマルも例外にもれずクイナの胸元を見てしまう。

「そっそんなに自信ない」

 頬をさらに赤らめたクイナが胸元を隠した。本人が言うとおりサナエが行っていた程のサイズではなく、大きいというにはちょっと無理がある。

「あれっ・・・それほど・・・ぐふっ」

 サナエの手刀がマルの首元を襲った。不意を突かれた攻撃のため、ダメージがかなりのものであったようでピクリとも動かなくなってしまった。

「たく、ちゃっちゃ出せばええねん」

 マルのポケットを探りサナエは金を取り出した。一度、札を数え金額があることを確認する。言葉を使わない分そんじょそこらの不良よりも質が悪い。

「ほら、これでええやろ」

 気を取り戻し痛みで悶え苦しんでいるマルを余所に、サナエは金をクイナに手渡した。

「・・・依頼キャンセル確認した(いらっ)」

 受け取ったクイナだがどこか表情は面白くないと言った感じである。

「ほなこれで、じゃあねぇ。食べ歩きの続きしてくるわぁ。まだ食べていない特産品いくつもあるから」

 死の恐怖から解放されたサナエは足取り軽く部屋から出ようとしていた。

「でも・・・個人的に私はあなたを狙い続ける」

 突然の死刑宣告である。それじゃ今から抜き打ちテストを行うと告げられた小学生と同じ心境に立たされている。

「なっなんでぇ!?ちゃっ、ちゃんとキャンセル料払ったやん」

「確かに依頼はキャンセルされた。でもここから先は私の個人的なもの。ただ単にあなたにあんな負け方をした自分に腹が立つ。だからただの恨み」

「そそそんなぁ。ならお金返して」

 サナエは足取りを乱し、クイナの傍に寄った。鼻腔に女の子独特の香りが通った。

「だめ。もう受諾された。でも今日のところは分が悪い。武器無いし顎痛いから。今日帰る」

「そんな簡単に帰すかぁ!」

 ベッドから起き上がるクイナを抑えようとサナエが襲いかかる。しかし、簡単にそれをかわしクイナは窓際に立った。

「それじゃあ、また・・・来る」

 クイナは一度マルの方を一瞥し頬を赤らめ姿を消した。窓から飛び降りたクイナを追おうとサナエも身を乗り出すが、マルがそれを羽交い絞めにし制止した。

「放せえええ」

 サナエは体を捻りもう一度マルの首へチョップを食らわせる。同じところにもう一度ダメージを食らい、さらに悶え苦しんだ。

 倒れているマルは考えるのをやめた。結果としては刺客が襲ってこなくなったわけでもなく、ただ単に自分が首に2週間は治らない痛撃を食らい、さらに全財産を取られたということを。


「うーむ。しかし、なんでお前が襲われたんだろうなぁ。結局何も聞き出せなかったな」

 首をひねり考えるマル。

「むう。殺し屋やろぉ。命狙われるなんてなぁ。本気やん」

「結局、なんも分からんな。誰が何のためになんでお前を殺そうとしたのか」

「せやな。なんかおおごとに巻き込まれてそうやし。さっきみたいなんが起こる前に、ちゃっちゃと元の世界に帰りたいわ。てか、あんたいつまで首捻ってんねん。そんな格好良くないで」

「好きで捻ってるんじゃない。どっかの誰かさんが強烈な手刀を食らわせてくれたおかげで、こうしておかないと痛いんだよ」

「あんたそれ、刺客のせいちゃうか!?」

「だとしたら、大金を叩いて依頼キャンセルしたいところだ」

「残念。お金じゃキャンセルできないんやなぁ。召喚者が要るんやなぁ」

「知ってる。殺し屋よりよっぽど質が悪ことを」

 

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