暗闇からの来訪者ー番外編ー(3)
大衆に紛れてパドックを見つめるマルが居た。新聞とオッズで選んだマイネルピッガーを見るためだ。
「うむ・・・なんだあの豚。頭は垂れているし、尻尾に元気もない、何より目が死んでいる」
パドックに入ってきたマイネルピッガーの目はうつろになっていた。レースに集中できていない。外から見ても分かるくらいである。
周りからも、マイネルピッガーはやっぱりだめだ、もう終わりだなどの声が飛んだ。
そんなマイネルピッガーに前にいたダレンシアンが話しかけた。
「なんだい、やる前からやる気がないじゃないか。一生こんな機会ないんだからやる気出してよ。そうじゃないと、僕の栄光のレースに泥がつくじゃないか。息子の君がそんなんってことは、もしかしたら君のお父さんは大したことなかったんじゃないのかい。あの老豚もあの頃も結構な歳だったから偶然勝てたんじゃないのかな。それなのに持ち上げられて簡単に故障しちゃって。実は雑魚だったんじゃないの?」
「親父が雑魚?」
頭を上げた。
「うん。昔のレースを見たことあったけど今の僕の方が数倍強いよ。あんな力に見合ってない走りするから簡単に故障するんだよ。雑魚豚は雑魚豚らしく、コソコソと最下位にならないように頑張って走ればよかったのにね。あっそうだ君の愚かな父親と同じように無謀な追い込みをして故障しないようにね。完走できるようにがんばりなよ。ふふふふふ」
それだけ言うとダレンシアンは前に向き直った。その表情は勝ち誇ったように見えた。
「親父が雑魚・・・プチッ」
マイネルピッガーの頭の中の何かが切れた。尻尾を激しく動かし、大きく開かれた瞳は充血している。
「むお、なんだあの豚急にやる気を出したな。しかし、あの目何かを決心した目だ。うん、やっぱりあいつで決定だ」
マルは残りの金全部をマイネルピッガーの単勝に金と今後の人生を賭けた。
なけなしの金を持ち販売所に賭け音だ。買う際に一度受付の女性に、
「本当に本当にマイネルピッガーの単勝でいいんですね、本当に本当に、ねえ、本当に、クレームとか受け付けないですけど、あなたずっと負けてるでしょ。本当に本当に本当に本当にほっんーとーにいいんですね!?」
と粘り強く確認された時はとても不安になったが自分の決断を信じ購入に踏み切った。後ろに並んでいたおっさんにも嘲笑された。よっぽど皆マイネルピッガーが来ないと考えているのだろう。
「大丈夫、いつも信じている俺の目を信じろ俺。信じ続けろ」
やっぱり手堅くダレンシアンを買って少しでも稼いでおくべきだったかなと少し後悔していた。あの時ああしておけばと後悔しだすと、どんどん考えが迷宮入りしていき、今では競豚なんかせずに、サナエと食べ歩きをしておけばよかったと考えるほどになっていた。
重賞レースだけのことがあり、気がつくと会場は人でいっぱいになっていた。360度全てが人で構成されている。皆この冬季記念を見に来ている客である。遊びで来ている者、のめりこみ素人よりもかける金額が違う競豚好き、マルと同じように目を血走らせ人生をこのレースにかけている者。多種多様な人間がそれぞれの事情を持ちこのレースが始まるのを待っていた。これだけの人がいると、このレースで言ったいくらの金が動くのだろうか。マルには一生かかっても手に入らない金額であることは間違いない。将来生まれ変わったら競豚場を経営する人間になりたいとマルは思った。
大金で雇われたプロのオーケストラによるファンファーレが会場中に鳴り響いた。レースが始まる合図である。レースに参加する豚達が1匹ずつスタートゲートに入って行く。
その際、ホットレーサーはマイネルピッガーの方を窺った。パドックに出る前に冷たくしてしまい、落ち込んでいるのではないだろうかと心配したからだ。
「大人げなかったな。せっかくの最期のレースなのに気の悪いことをしてしまった。あいつは大丈夫だろうか・・・んっ?」
先ほどまでのマイネルピッガーはそこにはいなかった。ハの字眉毛がVに変わっている。そして、全身の毛が逆立っていた。
「・・・何があったか知らんが、どうやらいらん心配だったな」
頭を切り替え、ホットレーサーは後悔がないように自身最後のレースに向かった。