暗闇からの来訪者(3)
「むっ、あれは!?」
村のもっとも人通りが多い場所に着くと、マルが急に立ち止まり声をあげた。
「どうしてん」
「あれは、この村の名物競豚じゃないか」
マルが指さした方向には大きな看板に『かわいい豚達が、自分の体重を、膝を顧みず頑張ってゴールを目指して走るそれが、男のロマン、夢=競豚』と書かれている。キャッチコピーの横には豚が舌を出し笑顔で、顔の横に吹き出しを付け、楽しいよと言っているファンシーな感じに作られている。一瞬テーマパークかと錯覚しそうなほどである。しかしその下にいるのは煙草の煙を口から吐き出し、片手にワンカップを持ち、レース前の豚と新聞を食い入るように見つめる中年男性しかいない。
「うわっ、なんか鉄火場みたいな空気」
「すまん。と言う訳で行ってくる」
マルはサナエに一瞥くれると早歩きで競豚場に向かった。
「どういう訳やねん・・・あれっあいつどこ行った?」
競豚場に近づくにつれ、ゆっくりと周りの人間と同じ空気を纏い、自然とカメレオンのように溶け込んでいった。マルが中年集団の中に入り込むころには、サナエには見分けがつかないほどであった。
1人残されたサナエ。溜息をつき、一度大きく背伸びをする。
「うーん。まっ、ええか。あいつが終わるまでこの村の観光でもするかなぁ。やっぱ、名産品食い漁るかな、確かパンフレットにいくつかあったはず」
先ほど役所で手に入れたこの村のパンフレットを取り出し、食べ歩きへと出かけた。
6件目の甘い餅の中に、唐辛子の粉末が入っている甘辛餅と言う物をサナエは食べていた。
「うんうん、ほどよいまるで粉雪のように優しい甘さの中に、味覚を破壊するほどの辛さが入っていてうまい具合に中和し合っていて、美味」
何を食ってもうまいと言えるのだから彼女はとても幸せ者である。
8個入りの7個目をほおばっていた時
「・・・見つけた」
背後で声がした。
「んっ?」
振り向くとサナエの瞳に、短剣を2本構えているポニーテールの刺客の少女が立っていた。
「お命頂戴」
刺客の少女はそう言うと、右手に持つ短剣を振ってきた。風を切り短剣がサナエに向かってくる。
「あぶなぁっ!?」
頭に向かって振られた短剣を、状態をかがめ避け、バックステップで距離を取る。
「ななななんやねん」
「・・・避けられた」
避けられた短剣を不思議そうに見つめた、後に刺客の少女は再び構えた。
「・・・避けられた。ちゃうわ、誰やねん、あんたいきなり危ないなぁ」
「もう死ぬ人に語る名前は無い」
「かっこいいなぁ・・・はっ、あれかお前は、昨日のナイフ投げてきた奴か」
見覚えのあるナイフが刺客の少女の腰に備えられていた。
「そう、だから、死んで」
「いやじゃ、お前のせいで、マシュマロが食べられなくなったんや、代わりにこれでも喰らえ」
サナエは残り1つの甘辛餅を刺客の少女に向かい投げた。
「無駄」
刺客の少女は、投げられた甘辛餅を切り伏せた。真っ二つにされた甘辛餅は中に詰められた唐辛子粉を撒き散らし、宙を舞う。
「むっ、ゲホゲホゲホ辛い・・・痛い」
唐辛子粉は風に乗り、刺客の少女の目や鼻、口などの粘膜を襲った。
「今だ」
サナエは攻めようと試みたが、それを察した刺客の少女は大きく後退し、短剣を構えなおした。半目ながらもその瞳はしっかりと襲いかかろうとしているサナエを見据えていた。流石のサナエも、攻めることはできずその場で止まってしまった。
「ちっ」
昨夜から分かるように自分と、刺客とではかなりの実力差があることは分かっていた。倒すには、奇襲しかない、しかし、それも防がれた。ならばすることは、逃げること。一瞬でそれを悟ったサナエは体重を後ろに移動させ逃げる用意をした。
敵の間合いから離れるまで後ろ走りをし、十分な距離がとれた所で背を向け走り出した。
「逃がさない」
目と鼻と喉の痛みがようやくとれた刺客の少女は、遠くに見えるサナエの背中を追いかけて走り出した。
「うわっ、めっちゃ早い。あかんこりゃ追いつかれる」
走っている際に後ろを何度か確認すると、どんどん刺客の少女との距離が縮まっていくことが分かる。サナエも速い方なのだが、刺客の少女は常人の速さを超えていた。
「あかん、迎え撃つしかないか」
先ほどの本屋の前で向きを変えサナエは構えた。体全体は恐怖と緊張で震え、うまく動かすことができないことに気付いた。刺客の少女が発する雰囲気にのまれているようだ。
「ビビるな、震えるな。後で好きなだけ、怖かったって泣いても良いから、今は、目の前に迫ってくる敵を倒すために、集中しろ」
震えた膝を叩き、サナエは眼前に迫ってくる敵を見据えた。不思議と、体の震えは止まり、体の芯がまっすぐになった。
「逃げることを諦めたの?」
ほどなくして、刺客の少女は追いついていた。息切れしているサナエに対し、刺客の少女は、先ほどまで休んでいたのかと思うほど、息が整い、落ち着いていた。
「うん。面倒くさくなったからな」
もちろん強がりである。
「生きるのが?」
刺客の少女が懐の双剣を抜いた。
「違う、逃げるのが面倒くさくなったんや。それに、よくよく考えたらぶん殴って倒した方が早いってことが分かったから」
刺客の少女が構えると同時にサナエも構えた。相手が武器を持っているため、いつもと構えが違い、左手を前に長く出し、武器攻撃を警戒した。
「そう。追いかける手間が省けて助かる」
「どういたしまして」