聖剣が抜けなくても勇者になれる(2)
「待て待て待て待て。こらこら、台を蹴ろうとするな。なっとりあえず一回降りろってなあ、その物騒な輪っかに結ばれた木にかかっているロープを放せ」
「父さん母さん、そして、この街のみなさんさようなら」
聖剣が抜けず、これから先どうすることもできなくなり絶望してしまったキリヒトは、何故か常備していたロープを木に引っかけ、父親の生きている世界へ行こうとしていた。
「だぁ、あかんて、ほら見て小さい子が見てるやろ。あんな子にこんな場面見せたら一生のトラウマになるから、せやから、一回やめよ。とりあえず人気のない所行こ」
キリヒトがGo to heavenしようとしている場所は聖剣からわずか5m離れた場所。この街唯一の観光名所である。当然人がたくさんいる。聖剣を抜きにきた勇者志望者、刊行に来ていた核家族、夢遊病でここまで歩いてきた聖剣中学3年のムルアカ君。
「死んだら、幼馴染と兄を恨み殺して見せます。御2人ともどうもありがとうございました。後日私の故郷に行ってみてください。兄と幼馴染が口にマグロを突き刺して死んでいるでしょう」
「「だから、ちょっと待てって!」」
キリヒトは自分の体を支えていた台座を蹴り飛ばした。ロープがキリヒトの首を重力の力を借り締めようとしていたが、間一髪サナエがキリヒトの体を抱き抱え、マルがサンタフェを抜き、くくりつけられているロープを切った。
「あっぶなかったぁ。あとちょっとでシャレならん状況になるところやったなぁ。マグロが刺さってる死体なんてショッキングな物見たくないわ」
「・・・サンタフェの初めての獲物がロープとは・・・本当につまらん物を切った」
涙を流しマルはサンタフェを鞘におさめた。悲しんでいるマルと同調して、サンタフェが悲しそうに鈍く光った。
「頼む死なせてくれぇ。もうだめだ。俺の人生終わりなんだ。頼む早く早く」
自殺を阻止され、混乱状態のキリヒトがサナエに抱かれながら暴れた。
「うおっ。こいつ舌噛もうとしているぞ」
「なんやて、御覚悟を、そりゃ」
サナエ、手刀をキリヒトの首に食らわし気絶させた。
「よし、ここを離れるぞ」
「うすっ」
サナエが頭、マルが足を掲げその場を走り去って行った。
「全然、目覚ませへんな」
「手加減したのか」
「・・・てへっ」
「死んでるんじゃないか」
「んっ」
サナエが刑事さんこの右手が悪いんです。この右手が私の意志を聞かずに全力で、と取り調べを受けている犯人のコントを始めようとしていた時、首の後ろに青あざをつけたキリヒトが目を覚ました。
「よかった。生きとった。前科者にならんですんだ」
「うっうう。なんか首が痛い」
「気のせい気のせい」
「・・・あっそう言えば私は首をつろうとしていたんだ」
「そうそう、ほんまに止めるの大変やったんやから」
「そうですか。大丈夫もう首をつろうとは思いません」
我に帰ったキリヒトから自殺願望はすっかり消えていた。剣が抜けなかったショックから来た一時的な錯乱だったようだ。
「そうかよかったよかった」
キリヒトのその言葉を聞いてほっとしたマルは何の気なしに窓の外を見た。
「ぬおっ」
窓の外を、1人の女性が歩いていた。女は手入れがされ背中まで伸びた黒髪、一般女性の平均を超えた大きさの胸、小動物のようなうるんだ瞳を持っていた。女の外見はマルの求める、守ってあげたくなるようなお姫様タイプであった。
「運命の女性だ」
マルはそう呟いた。
「へっ、今何て?」
マルのつぶやきは小さくよく聞き取れなかったサナエが聞き返した。
「運命の女性がいたんだよ。あとは任せたぞ。さらばだ」
「えっサラダバー?ちょっあんたなにしてんねん」
サナエの聞き間違いボケを軽くスル―し、マルは3階にも関わらず窓に足をかけ飛び降りた。着地時は膝を曲げ、そのまま転がり自衛隊で採用されている五点着地で衝撃を分散させ、体へのダメージを減少させた。
「すげっ」
着地後、体をいったんほぐし、アキレス腱を伸ばし
「未来のお嫁様あああ!」
と叫びマルは女性に向かって走って行った。
「おーい、夕飯までには帰っておいでや」
「大丈夫なんですか?」
「んっ、うん、どうせ、半年間トラウマになるような罵詈雑言を言われて、泣きながら帰ってくるわ」
「その割には、顔怖いですよ」
「えっそんなことないよ」
サナエの意志とは違い、顔の筋肉は引きつっていた。
夕食が終わり、サナエはキリヒトとは別の部屋でお風呂の余韻に浸っていた。
「ぷふー久しぶりのお風呂は気持ち良かったなぁ」
体から湯気をたたせ、濡れた髪の水分を乱暴にタオルで拭き取っている。
「うわおおおおおおおおおおおおおい!」
宿中に響き渡る大声を上げ、息を切らせたマルがサナエのドアを開けた。何故か顔は紅く染まっていて、今までにないテンションである。
「うおっ、なんやねん。いきなり入ってくんな。もし私が着替え中やったらどうすんねん」
「安心しろ。今の俺にはそんなものは目に入らん、はっきり言ってお前の着替えなど今の俺にとっては、4つ葉を探している時の3つ葉のクローバー、そして、道端に落ちている片方だけの軍手だ」
「なんや、いきなり入ってきて、えらい失礼な事ほざくやんけ、この社会の底辺は。なんやねん、なんかあったんか?」
「おお、そうだそうだ。まず先にこれを言っておこう。すまんが、お前との旅はこの街で終りだ。短い間だったが楽しかったぞ」
突然、この物語の最終回を宣告するマル。いきなりの急展開で、打ち切り漫画のような終わり方になりそうである。
「ええっ、どういうことやねん。ラムダ警護団の仕事やねんやろ。ここで任務放棄したらクビやぞ。御給金もらえへんぞ、ニートやで」
突然の告白に、サナエは動揺を隠せないようだ。
「まあ聞け。俺が未来のお嫁様を見つけたのは知っているよな」
どうやら、窓から飛び降りた時のことを言っているようだ。
「それでな、玉砕、粉砕覚悟でいつもどおり挑んだのだがな」
「えらい後ろ向きな状態からの発進やな」
「当り前だ。今までの経験から、どんな状況でもとにかく声をかけ続けねばならんと言うことを学んだからな。なせば成る為さねばならぬ何事も」
「数打ちゃ当たるってこと?」
「ああ、皆から尊敬されラムダ警護団の銃身の曲がったマシンガンと呼ばれていたからな」
「もう、それただの悪口やろ」
「なにっ、そうだったのか。そう言えば、やつらがこのあだ名を呼ぶ時はいつも、ヘラヘラしていたな。よし、今から殺ってくる」
マルは、サンタフェを持ち、部屋を出ようとした。
「まあ、待てや。それより先に旅に付いてこられへん理由教えてや」
「ああ、そうだったな。まあ、その挑戦したお嬢様が見事に俺の実践では味方を殺す可能性の方が高いポンコツマシンガンの弾に当たってくれたのだ。お茶でもいかがと言ううとな。あら、お外の方は面白いのね、面識のない私をいきなりお茶に誘っていただけるなんて
「へぇ」
「しかも、そのお嬢様はこの街一番の名家の娘さんでな。結婚すれば玉の輿で一生遊んで暮らせるのだ。よって安月給重労働ブラック企業のラムダ警護団なぞどうでもいいのだ」
「へぇ」
「だから、はっきり言ってお前と話している暇はない、俺は今から部屋に戻り、顔の手入れをして、3時間風呂に入り、ぐっすりと睡眠をとるのだ。それじゃあな」
マルは言いたいこと言って、呆然とするサナエを置いてさっさと部屋に戻って行った。
「・・・・・・言いたいこと言って出てって行きやがった」
「これからどうするか考えた?」
「一度家に帰ろうと思います」
キリヒトと街を歩いているサナエがいた。聖剣が抜けず、自暴自棄になっていたキリヒトは、一度家に戻り進退を決めるとのことらしい。ちなみに、キリヒトが聖剣をつかんだ際に剣が発光したのは西日が宝石に反射したためである。
「そうかぁ、つらいかもしれんけどがんばってな」
「はい、それよりも、サナエさんもこれから大変だと思いますけど、どうかくじけずに頑張ってくださいね。ところで、何故私たちはマルさんの後をつけているのですか?」
今、2人は、それじゃあ、新婚旅行前旅行に行ってくるよと言ってウキウキしながらアホ面で出て行ったマルの後をつけている。聖剣の前で歩を止めたマルは、手鏡を取り出し、身だしなみを整えた。
「うわっ、普段ボサボサやのに、髪めっちゃピッチリしてるやん」
マルの目につかないようにサナエとキリヒトは、聖剣の形を模した麩菓子で一財産を築いたお菓子屋の影に隠れた。麩菓子の甘い匂いが尾行をしている2人の鼻腔をくすぐる。
備考
これらは備考、鼻腔、尾行をかけた一世一代のダジャレである。
「あの、なぜ、つけているんですか」
「えっええ・・・そうそう、あいつがボロボロにされる無様な姿を見ようと思ったから。きっと私らが言われたら二度と立ち直れないような罵声を浴び去られ続けるんやで。こんなあいつを脅すのに使える武器を手に入れる機会はそうないからなぁ。あっ」
服の埃をコロコロローラーで取っているマルの元に白いドレスを着たサナエと同じ年程の少女がやってきた。マルの話通り、いかにもお嬢様らしいオーラを出している。サナエとは対極の位置にいる人種だろう。そんな上品なお嬢様がチワワに本気で吠えられるマルに笑顔で話しかけたのだ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、今来たところです」
「そうですかそれはよかった。男性の方と2人でお出かけするのが初めてですので、どのような格好がよいのか分からなくて迷ってしまいました。あの、この格好いかがでしょうか」
「完璧です」
グッと親指を立たせ、マルは泣いている。
「そうですか、よかったぁ」
先ほどまでの緊張がほぐれたようで、お嬢様はふにゃっと頬を緩め笑った。それが、益々マルのツボにはまったようで、敬礼をあさっての方向に向かってしている。
「さあさあ、それでは参りましょうぞ」
マルは上りに上がったテンションに身を任せお嬢様の腕を掴み、ショッピング通りに向かって歩いて行った。
「あっ、キリヒトさん行くで」
「はっはい」
サナエの鬼気迫るオーラに抵抗することもできず、キリヒトはこの尾行に付き合わされることになった。
買い物を終えた後、おしゃれなパスタ屋で昼食を終え、その後演劇を見た。そして今、知り合い以上恋人未満の2人は少し人気のない路地近くに居た。
どうやら、マルはここで人生の大成をかけた告白をするようだ。表情から緊張していることが伺える。なんせ右半分は笑顔で左半分がえらい男前だからだ。緊張の余り顔の筋肉の制御ができていないようだ。
「あああああ、あの」
どうやら声帯も制御できていないようだ。声をかける時は、呼吸と同じように難なくすることができるくせに愛を伝える時になると、まったくだめになるようだ。
「なんでしょう」
「あの、俺あなたの」
ゴミ箱に隠れていたサナエの体温が3度上がった。歯を食いしばり、今にも飛び出しそうになっている。
「あなたのことが、ぶほお」
ある程度の硬度を持った物質同士がぶつかり合う音が建物の壁を跳ね返り路地内に響き渡った。
「ふふふ、残念。そこまで」
角材を持った男がマルの脳天に角材を振り下ろしていた。どうやら先ほどの音は、男の持っている角材と使い道があまりなく無駄に硬いマルの頭の当たったときに発せられたもののようだ。どうやら、男の後ろにも4人いるようで、それぞれ武器を持っている。
「どなたですのあなた方は」
「お嬢様。おれたちはね誘拐犯なんですよ。あんたのお家のお金をいただきたいんですよ。あんまり手荒な真似はしたくないんで、おとなしくしてくださいねぇ」
男がそういうとほかの面々がお嬢様を取り囲み今にも連れて行きそうになっている。
「いっいやああ」
「おいおい、こりゃ、やばいんちゃうん。助けに行かないと」
サナエが飛び出そうとするのをキリヒトが制止した。
「女の人にそんな危ないことはさせられません。ここは私が行きます。おいそこの人間の屑ども、見たぞ。今すぐ警護団を呼んできてやる」
一気に飛び出しキリヒトはあたりに聞こえるようにあえて大声で叫んだ。
「おい」
それを阻止するべく、男たちがキリヒトに襲いかかる。人数の利があるが、ここは狭い路地一斉に襲いかかれる人数は良くても2人程。しかし、それでも向こうは武器を持っていてキリヒトにとってかなり不利な状況である。
「うおらぁ」
振り下ろされた角材をよけることをせず、キリヒトは拳で角材をへし折る。そして、その男の喉を突き、500ポイントゲット。続けざまにへし折れた角材を奪い、投げた。怯んだ男たちに向いステップで近づく。的確に顎を狙い、フックを打ちこむ。脳を揺らし、また1人撃破。これで1000ポイント。残り3人。1人を掴み背負い投げ、投げる方向はもう1人へ5000ポイントゲット。背負い投げの巻き添えを食らった男を踏みつけ、10000ポイント。
「ぐぬ、おい、この女がどうなってもいいのか」
マルを殴った男がナイフを取り出し、お嬢様の首に当てている。動揺する様子もなくキリヒトは左腕を目に映らない速さで動かした。
「うっ」
キリヒトの腕から放たれたのは先ほどの角材の破片。その破片が男の持つナイフを弾いたのだ。一瞬で間を詰め、キリヒトは男の両腕を押さえ込んでいた。
「私はね、これから先どうやって生きていこうか考えていたんですよ。家はもう潰れるだけで、まともな収入なんて望めないと思うんですよ。でもね、あなた方のように、か弱い女性を危険な目にあわせてお金を稼ごうなんて決して考えなかったですよ。一応人間としてのプライドがありますから」
状態を後ろに反らし、頭突きを喰らわせた。キリヒト0→1機へワンナップ。
そして、サナエが呼んできたラムダ警護団が駆けつけ誘拐犯5人は無事逮捕された。
「ふぅ。大丈夫ですか?」
「はい」
「キリヒトさん。めっちゃくちゃ強いやん」
「ええまあ、一応武家の人間ですから」
「それに比べてこのアホは。おい、生きてるか?」
サナエが蹴ると、アホは目を覚ました。
「うっうむ。なんとか、しかし頭が痛い。いったい何があったんだ。まさか、お前、嫉妬して俺にかかと落としをしたのではないだろうな」
「するか、そこのお嬢様を狙う悪漢たちにやられたんや」
「そうか、して、その悪漢たちは」
「キリヒトさんが始末した」
「そうか、はっそれよりお嬢様は?」
「無事無事」
「それは、よかった。では気を取りなおして。お嬢様」
「はい」
「おれあなたのことが一目見た時から好きでした。ぜひ俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
サナエの表情が変わった。悲しそうで怒っているようなどこからやりきれない顔。マルは顔を伏せ、手を出しお嬢様の返事を待っている。
「ごめんなさい。私、今好きな方ができましたの。なのでマル様とはお付き合いできません」
「でいっ!?誰ですか」
「それは、そこの私を助けてくださった殿方です」
お嬢様が、マルの告白を聞き感動していたキリヒトに向いた。
「えっ私ですか?」
「はい、私の心はあなたに奪われてしまいました。ちなみに拒否権はありませんよ。これっ」
お嬢様が手を叩くとどこからか屈強な男たちが数人現れた。
「その殿方を私のお家まで連れて行きなさい。私の将来の旦那様になる方です」
「「はっ」」
「えっいや、私はあのこれからお家を復興させなけらばならないのであの」
「大丈夫です。私のお家の力を使えば簡単なことです。さあ連れて行きなさい」
屈強な男たちはあんなに強かったキリヒトを簡単に捕え、連れて行ってしまった。
「それでは、これからあの方の調教が待っていますので、ごきげんようマル様」
一度頭を下げ、お嬢様は去って行った。
「まあまあ、落ち込むなよ、マル」
「・・・うるさい。お前、笑いすぎだろ」
「ふふふ、へぇ、だって、そりゃあんな面白いことがあったら」
「うるさいなぁ。いいんだよ、もっといい女性を探してやるんだからな」
「さよか、でもさあ、あんなに強い男の人たちが隠れていたんやったら、誘拐犯倒してくれればよかったのにな」
「・・・本当だな」
「・・・もしかして、マルの試練やったのかも知れんな」
「俺が、彼女を守れたら婿として合格ってことか?」
「そう、だから、あれは全部仕込みやったんとちゃうんかな」
「そうか」
「まあ、そのおかげでキリヒトさんがお家復興できてんやからOKとしよ」
「なんか、なぁ。まるで俺が引き立て役みたいじゃないか」
「ええやんかそのおかげで、こうして旅が続けられるんやから」
「よくはないけどな。まあ、いい。仕方がないしばらく付き合ってやるよ」
「うん。それじゃあ、早く例のパン買いに行こ」
「そうだな」
旅が続けられるようになりサナエは笑っていた。
「町会長、聖剣、うまくいってますね。毎日すごいお客ですよ」
「ああ、しかし皆分らんものなんだな」
「ええ普通は分らないと思いますよ。まさか、土台と剣、合わせて1つの武器だって言うことなんか」
「そうだなあ。話によるとドラゴンの頭をあの硬い土台で殴り倒したらしいからな」
「もう聖剣じゃなくてハンマーですね」
「ああ、そうだな。なんでも鍛治氏の嫌がらせで作った武器だったらしいからな。そりゃ置いていくよな」