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髪の毛が全部聖剣だったらハゲで悩まないのに(1)

「うむ。この先の街は、かの有名な聖剣の街だな」

 道中の案内板を見てマルが言った。道に迷い、野垂れ死にをする旅人が増えたことを機に、到る所に案内板は設置された。

「聖剣の街?なにそれ、いかにもファンタジーって感じ」

「なんでもな、この街には、はるか昔ドラゴンを退治したと言われる剣があるらしいんだ」

「ほおほお、どっかで見たことある設定やな」

 サナエは昔やりこんだRPGを思い出した。

「そして、なぜだか知らんがその剣は地面に刺さっているそうだ」

「なんで?そんな強い剣やねんやから、ドラゴン倒した人持って帰ったらええのに」

「知らん。まあ、良くある話だが、その剣を抜いた者は選ばれし者として、名声を得るそうだ」

「選ばれし者やなかったら絶対に抜けへんの?」

「うむ。なんでも毎日何百人もの人間が挑戦しているらしいのだが、1人も抜いた者はいないそうだ」

「ほえー。抜くのが無理やったら、周りの土台を剣が刺さっている位置まで掘ってしまえば勝手に抜けるんやないの?」

「ずるがしこいやつだな。なんでも、剣が刺されている土台は、それはもう硬い物質らしくて剣よりも硬いらしい。なので、そんな作戦は出来ないらしいのだ」

「なんで、剣よりも硬いはずやのに刺さるん?」

「なんでってそりゃ、お前・・・そのあの・・・・・・もういいじゃんほっといてやれよ、きっと聖剣だから、なんか特別な力で刺さってんじゃねえの。うんきっとそうだそうに違いない。いやそうにしておこう」

「ふーんっ。まあ、そう言うことにしといたろ」

 何か腑に落ちないがサナエは無理やり納得して、歩きだした。


 2人が歩いていると、進行方向に人と思われる物体が横たわっている。

「死んでいると思う?」

「分からん。おい、傍でしらべるコマンドをしろ。もしかしたら、へんじがない、ただのしかばねのようだと返ってくるかもしれんぞ」

「いややっちゅうねん。どないすんねん。もし、いきなり襲いかかってきたって言うテロップやったら。サナエは完全に不意を突かれたって警告が出て、先制攻撃されて全滅で教会行きやわ」

「そうだな、先制されたなら回復魔法で、先制されなかったら補助魔法をかけるかな」

「安全第一の戦い方やな」

「所持金半分はかなりきつい罰だからな。たまに、金が足りなくて仲間を生き返らせることができなくて、つらい思いをすることになるからな」

「まあ、その場合、私は、確率50%の蘇生魔法を乱発するけどね」

 無駄口をたたき、サナエ達が恐る恐る死体?の傍を通った時、死体がピクッと動いた。

「うわっ、生きてる」

「何で生きているほうに驚くんだよ。死んでいる方が怖いだろ。おい大丈夫か」

 マルが元死体に近寄り、はなすコマンドを実行した。

「うっうう、みっみず」

「うっわぁ、どうしよっかなベタやけどやっておくべきかなぁ。もう一生こういう機会はないやろうしなぁ。よっしゃ。すべるかもしれんけど一丁やってみるか。ほい、ミミズ」

 頭を抱え悩み抜いたサナエは、いつの間にか捕まえていたミミズを差し出した。誰もが一度はやってみたいボケであるが、やられた当人は死にかけているのにミミズなんか出されたらたまったもんじゃない。なんとかして、目の前でミミズを差し出している奴を道連れにしようと何かしら画策をするだろう。

「悩んでいたことはそのことだったのか。よし、どっちがいいか選べ、俺に気持ちのこもっていない大爆笑をしてもらうか、憐憫の眼で見られるのが良いか」

「うーん。まだ心にダメージが少なそうな前者で」

「あっはははははははは・・・どうだ」

 口角だけを釣り上げた笑いをマルは見せた。眼は完璧に死んでいる。

「サンキュー。自責の念で一杯やわ」

「うっ、うう、どっちでもええわ・・・ガクッ」

 最後の力を振り絞り元死体はつっこみをいれ、気を失った。

「あっ忘れてた」


 聖剣の街に着き、元死体を担いだマルとサナエは、元死体の希望により街で人気のレストランに入った。

「ぐあつがつがつがつ、うっ・・・ゴクゴク、ぷはぁー。ありがとうございました。おかげで助かりました」

 運ばれてくる料理を次々とその胃袋に収めていく元死体。よほど、飢えていたようだ。彼の口にホースを装着すれば掃除機に見えるだろう。

「おおう、すごい食べっぷりだな。よほど腹が減っていたんだな」

「はい、ありがとうございます。御2人が通りかかっていないと私は死んでいるところでした。本当にありがとうございます」

「うむ、いいことをしたな。なっ」

「ムグムグ、ガツガツ、うんそうやな、ガツガツ、ゴクっ。お姉さん、このミートドリアとカルボナーラ、オムライス追加で」

 フォークを二刀流で構え、あっという間に皿の上の料理を完食していくサナエの目の前には元死体の男よりも大量の空き皿が重ねられている。

「何故、彼女は空腹で死にかけていた私よりも食べているのですか。もしかしたら、彼女も私と同じような状態だったのですか?」

「いや、こいつは、2時間前に朝食3人前をペロッと平らげていたぞ。これが、この女のデフォなんだ」

「はぁ、それなのにとてもスタイルがいいですね。まるでモデルのようですね」

「ガツガツ、そっそんな照れ、ムグムグ、ゴクッ、るなぁ」

 めったに起きない褒められると言うレアイベントよりも食欲を選ぶ健康優良児である。

「飲み込んでから、話せ。ところで、何故あんなところで行き倒れていたんだ」

 たっぷりのミルクと砂糖の入れられたコーヒー愛好家に殺されるようなくそ甘いコーヒーを食後においしそうに啜っているマルが質問した。

「実は、私は、ここから少し離れた街の武家一家の長男なんです。しかし、父が病に倒れ、兄が不祥事を起こし、すっかり私の家は名を落としてしまいました。そこで、この街の聖剣を抜けば、もう一度過去の栄華を取り戻せると思い、一念発起して、家を旅立ったわけなんです。しかし、道中、財布を落とし、そして、携帯していた食料も、狡猾な魔物に奪われてしまい。あそこで力尽きてしまったんです」

「踏んだり蹴ったりだな」

「ええ、どうも私は生来運が悪いようでして、小さい頃に集めていた希少切手も、祖母に全て使われて、また、婚約していた幼馴染も、私の家が落ちぶれると同時に婚約を解消して、別の名家の男と婚約するしと、私の人生ろくなことがありません」

「不憫な。よしわかった遠慮せずガンガン食べろ。俺にできることはお前の食欲を満たすことだけだ」

「おう、ガツガツ、バクバク、ムシャムシャ、ゴクッ、任せて、この店のもん全部食べつくしたるわ」

「お前じゃねえよ」


 店員にこれ以上食べられると本日のお店の経営が出来ないので、どうかその辺でご勘弁をお願いします。って言うか帰れ。と言われようやく3人は店を出た。

「うーん、腹6分目かなぁ」

「最近どんどんお前は人間離れしていくな」

「照れるなぁ」

「褒めてねぇよ」

 あんなに大量に食べたにもかかわらず、すでに消化しているようで、サナエのお腹はすっかりへこんでいた。

 毎日マシンガンのごとくしゃべり、小学生男子のように暴れまわることは、かなりのエネルギーを使うようで、食べたものはサナエの体に肉として付かないらしい。食べても太らない体質のようで、ダイエットに悩む女の敵である。

「さて、それじゃあ、キリヒトのお目当ての聖剣を見に行くか」

「えっいいんですか」

「おお、一度は有名な聖剣とやらを見てみたいしな。それに、キリヒトが行きたいと言っているんだし、うまいこと言ったら御家復興になるしな。そして、もし、俺が選ばれし者だったら、一気に有名になって、女の子にモテモテで、その女の子の中に俺の将来のお嫁さんがいるかもしれんしな」

「前者と後者本音はどっち?」

「0対10で後者」

 自分の欲望に忠実なやつである。ちなみに、キリヒトとは元死体のことである。先ほどのレストランで自己紹介をしてもらったのだ。

「しかし、先ほどから思っていたのだが、なんなんだこの行列は」

 この街に入ってから、ずっと3人の視界の中には果ての知れない行列があった。並んでいるのは老若男女様々である。

「有名ラーメン屋の行列か、しかし、その割には時間帯も昼過ぎてるしなぁ」

 行列に沿って歩いていると、ようやく最後尾に着いたようだ。最後尾に立っている男性がこちら聖剣の最後尾と書かれたプラカードを持っている。

「どうやら、聖剣の挑戦待ちの行列のようですね」

「・・・よし、帰るか」

「せやな」

 2人は振り返り、今日の宿はどこにしようかと話しつつその場を去ろうとしていた。

「いやいや、せっかく来たんですから挑戦しましょうよ」

「ちゃうねん、私は行列アレルギーやねん。ほら、首が痒くて痒くて」

「ああ、おれもプラカード恐怖症なんだ。もうあの角度を見るだけでトラウマが」

 適当な言い訳を見繕って何とかこの行列に並ぶことを避けようとしている。

「お願いします。1人で何時間も並べると思えないんです。どうか一緒にならんで話し相手になってください」

 キリヒトは土下座を決めた。

「うおっ、そこまでされたら一緒に並ばないんが悪者みたいやん」

「分かった。分かったから、立ち上がってくれ」

 さすがの2人もこの行為には折れ、長い長い行列に並ぶことにした。大人数が並びかなりの時間がかかると思われたが、ただ剣を引っ張るだけなので列はサクサクと進んで行った。日が沈む前に3人の順番が回ってきた。その間にサナエとマルの口論が幾度となく繰り返された。

 聖剣は、確かに話通り地面に突き刺さっていた。剣の柄は金で作られ、その上に幾つもの種類の宝石で装飾されている。こんな剣実践で使えるのだろうか。すこし、手が汗で濡れれば簡単にすっぽ抜けそうだ。よく、こんな剣でドラゴンを倒したものだ。

「金持ちが遊びで作った剣としか思えんな」

「眩しすぎて目がチカチカするわ。大阪のおばちゃん喜ぶやろうなぁ」

 月と役割を交代しようと海の向こうに沈もうとしている太陽の光が、剣に装着されている宝石を輝かせる。その光の美しさから宝石が安物ではないことがわかる。

「よし、俺からいかせてもらおう」

 台座に上がりマルは持ちづらい柄を握り締めた。

「よし、ふんぬぬぬぬぬぬぬぬううううううう」

 力を込め、鼻の穴を広げ、鼻息を荒げるが聖剣はびくともしない。

「はぁはぁはぁはぁ、だめだ全然抜けん。くそう、ハーレムがぁあああ」

「なんちゅう不純な動機や」

 手に宝石の痕を残し、マルは抜くことをあきらめた。こんな中身の腐った人間が選ばれし者だったら、聖剣の目が腐っているところだったが、どうやらしっかりとした選別眼はあるようだ。

「はい、残念、交代。それじゃあ、次は私かなぁ」

「いいんだよ、こんな使いづらい剣なんか、なんか、この剣掴んだら痛いんだよ。特にダイヤが。俺にはこの美しい刃を持つサンタフェがあるんだからな」

 戦うことに特化した剣であるサンタフェをマルはいとおしくなでた。

「はいはい、負け惜しみ、負け惜しみ。はよどいて」

 口を尖らせたマルとハイタッチをして、サナエは聖剣に向かった。

「やっぱな思うんだやけどな、みんななっちゃいないわ。こんな持ちづらい柄を掴んでひっこ抜こうと思うんが間違いやねん。こういう時はやで、力を伝えやすいこの持ち方や、力やないねんここ、ここ」

 頭を指さし、知恵で抜くのだと言うことを言ってサナエは腕まくりをした。そして、剣の柄をつかまずに、剣の前でしゃがみ込み、両手で剣のつばをつかんだ。

「せえの・・・ふん、ぎぎぎぎぎ」

 剣のつばを持ち上げるように腿の筋肉をフル稼働させる。しかし、まったく剣は動かない。この剣なら石の上にも300年はいることができるだろう。

「どうした、怪力女お前の力はその程度か、お前の取りえはその馬鹿力だけだろ・・・さっさとひっこ抜け、このゴリラ女」

「だあれが、握力500キロじゃ。この野郎」

 剣を離し、ゴリラ女はドシンドシンと足音を変え、マルに向かっていく。

「ちっ、怒りに任せて抜けるかと思ったが、まさか、その怒りの矛先がこの俺とはな、予想外だったぜ・・・ベイビー、ふぐぁ」

 一度ジャブのフェイントを入れ、それにつられたマルの隙をつき後ろに回ったサナエは、先ほどの剣をつかんだ時と同じ体制になりそのまま後ろに仰けぞり、変則式ジャーマンを決めた。

「だっ大丈夫ですか。ああ、頭をぶつけてしまっているじゃないですか、早く医者に連れていかないと」

 初めて人が死ぬ様を見てしまったキリヒトはひどく動揺していた。しかし、それも無理はない、マルが地面に激突した瞬間10tトラックがぶつかった衝撃音がしたのだから。

「大丈夫やって、見といてや。ほれマル、痛いの痛いのとんでけー」

 サナエは、地面に体をめり込ませたマルの横でしゃがみ、軽く手をかざした。そして、子どもの気を紛らわせる呪文を唱えた。

「そんなの効くか。たく、もう少しで重傷ものだぞ」

 まるで何事もなかったかのようにマルは起き上がった。

「完全に重傷ものですよ。あんな音生まれて初めて聞きましたよ」

「うーん。どうやら、この女にやられすぎて回復力が強まったようだな」

「なんや、あんたも軽く人間離れしてるやん」

「俺は、好きでこんな体になったんじゃない」

「しゃあないな、責任取ったろか」

「それは、男のセリフだ」

 完全に回復しているマルは、自分の容態よりも、サナエとの罵り合いに集中しているようだ。

「・・・大丈夫なようですね。それじゃあ、そろそろ私も」

「ああ、そうだったな。それが目的だったな」

「うん。次、マルにどんな技かけようか考えることに夢中になって完璧に忘れてたわ」

「できれば、俺はその思いついた技を完璧に忘れてほしいがな」

「次は、間接破壊系でいこかな」

「頼むから忘れてくれ」

 この2人のコントに関わっていてはキリがないと感じたキリヒトは、何も言わずに聖剣に向かった。

 その行動に気付いたのか2人はキリヒトの方に視線を向けた。

「がんばれよ。今まで不幸だったんだ。そろそろ、そのしわ寄せがきてもいいはずだ。それが今だ。お前なら抜ける」

 その言葉に頷き、キリヒトは自分の掌を一度見つめ、剣の柄を握った。これから先の人生がかかった大事な一時だ。今キリヒトの心臓は普段の2倍で稼働していた。懸命に心臓が、過剰な血液を体中に循環させようとしている。それほどの血液が無いと緊張がピークなっているキリヒトの体を動かすことが出来ないのだろう。

「行きます。ふんっ」

 キリヒトが剣を引っ張った瞬間。聖剣の刀身は光を放ち、辺りの人間の視力を奪った。

「なっなんや、この光は」

「まさか、キリヒトが選ばれし者」

 光が収まりようやく全員に視力が戻ったとき、キリヒトの姿が見えた。

 ドックンドックン

「サナエさん、マルさん」

 ゴクッ

「ダメでした」

 目の死んだ笑顔のキリヒトがいた。

 


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