第61話 アゲアゲ☆ブーストで限界突破!?
スマホから鳴り響くビート。
♪──「アゲアゲ!」
♪──「アゲアゲ!!」
コーラスの「アゲアゲ!」の部分が、甘奈的にはお気に入りポイントだったのだが――
「……何だその音は? 耳障りだ」
顔を歪めながら言うピケの言葉に、甘奈はショックを隠せなかった。
「えー?! マジ……?」
「ぎゃあ! 耳が呪われるぅ!」
カタカタと顎を鳴らしながら、耳の辺りを骨の手で塞ぐ仕草をするスカル。
(いやいや、骨に耳あるの!? てか穴塞いで意味あるの!?)
エルディスも顔をしかめ
「……効果は間違いない。だが、不快なものは不快だ! 耳が腐る!」
「そんな文句ばっか言うことないじゃん! じゃあ声小さくすればいいでしょ!」
甘奈はスマホを掲げたまま片手で操作し、音量を下げた。
♪──「……アゲアゲ」
(ボリューム1/10、蚊の鳴くようなコーラス)
ピケは目を細め、低く唸った。
「……余計にイラつくわ!!」
◇ ◇ ◇
「アゲアゲ☆ブースト!」
甘奈はスマホを握りしめ、額から滴る汗を拭った。
音楽が終わるたびに呪文を唱えるのを、何度繰り返したかもう覚えていない。
(……ていうか、もう一日くらい経ってない? ご飯どころか寝る時間も過ぎてるんだけど!?)
スカルとオーガも最初こそ見守っていたが、やがて岩のように沈黙し、不安げに様子を伺うだけになっていた。
(……なんかそろそろ魔力もヤバい感じかも。それに……)
視界の端に映る玉。甘奈は異変を感じ取る。
その黒い球体は心なしか脈打つように揺れ、だんだん大きくなっている気がした。
「アゲアゲ☆ブースト!」
「……っ!」
それは突然訪れた。
全身から力が抜け、手足の感覚が遠のく。膝ががくりと折れ、呼吸すら重くなる。
甘奈は一度経験したことのある、とてつもない脱力感に呑まれていった。
「このまま続けたら……気、失う……」
魔導具のスマホも悲鳴を上げるようにノイズを立て、ついに画面が暗転する。
「玉! ……あたしの魔力、もう限界……!」
「持たせろ! 結界が崩れる!」
ピキピキとひび割れるような音を立て、結界がきしむ。エルディスの声が鋭く響いた。
「無理無理無理……! もうカラだってば……!」
甘奈がそう言った瞬間、玉の声が割り込む。
「……こっちに来い」
「えっ?」
「オレに触れろ。魔力をお前に移す」
言葉短めに言う玉に、甘奈はフラフラになりながら、漆黒の玉へそっと手を伸ばした。
次の瞬間、眩い光が弾け、スマホが再び唸りを上げる。
「……っ!」
今度は全身が熱に包まれ、吐き気が甘奈を襲った。
「量をコントロールできない。気持ち悪いのは我慢しろ。死ぬよりましだろ」
玉の声は揺らがない。
「?! それってどーゆう……!」
「結界が崩れる! 早くしろ!」
エルディスの怒声に、甘奈は慌てて気持ち悪さを我慢しながら音楽アプリを立ち上げた。
「アゲアゲ☆ブースト……!」
その瞬間、今度はピケに異変が起こった。
肩が小さく震え、胸を押さえ咳き込む。紫紺の光が一瞬だけ途切れる。
「……おい、玉とやら。アタシの方もそろそろだ。一回止めるか?」
声にはまだ余裕があったが、かすかに掠れが混じる。
玉の黒い表面に波紋が走り、鈍い脈動を放つ。
「いや。ここで止めたら意味がない……。エルディス、そのまま封印に移ってくれ」
「……ったく、こき使うな」
エルディスは舌打ちしつつも、杖を払って歩み出る。だが足取りにはわずかに重さがあり、長時間の術式維持が彼の体力を削っているのは明らかだった。
玉が告げる。
「エルディス、お前も魔力が残り少ないはずだ。こっちへ」
「……ああ」
わずかに息を荒げながらも、エルディスは玉に手を触れた。
瞬間、黒の器から奔流のように力が流れ込み、彼の肩が強張る。
「……っ」
口元を押さえ、脂汗が額に浮かぶ。それでも彼は表情を崩さず、淡々と息を吐いた。
その間にも、ピケの魔力放出はさらに減っていく。
「まだか?!」
女魔王の声には、かすかな苛立ちと焦燥が滲む。
「ピケ様が苦しがってるぞ! 一体どうなっているんだ!」
スカルの甲高い抗議の声が石壁に響く。
「アーー!!」
オーガも巨体を震わせ、必死に止めようとするように吠える。
だが、それに答える余力のあるものはいない。
エルディスは玉から手を離し、杖をピケの胸元にかざした。
「……よし。封印術式を行う。――まず全身を覆うぞ」
紫紺の光を残したまま、ピケに紋が浮かび上がっていく。
エルディスは素早く描き終えると、次はピケに向かって手をかざした。が、そのまま動かない。
「核の正確な位置はどこだ……?」
その言葉を聞いた瞬間、ピケが顔を歪め、苛烈な声を張り上げる。
「アタシを殺す気か! ここだ!」
自らの手を取り、そのまま胸元へ押し当てた。
「……っ、うっ……!」
触れた瞬間、胸の奥から噴き上がる魔力の奔流がエルディスを直撃する。
思わず口元を押さえ、全身が震えた。
(……それでも、まだこれほどの魔力を抱えているのか……!)
脂汗が一筋、こめかみを伝う。
それでも彼は手を離さず、震える指先に力を込めた。




