第60話 え、ここでスマホの出番?アゲアゲ☆ブースト発動!
「擬態を解除する」
そう言うと、玉の体がぐにゃりと揺らぎ、光が吸い込まれるように縮んでいく。
次の瞬間、そこに残ったのは漆黒の玉――。
静かに空中に浮かび、鈍い脈動を放っていた。
ピケは驚きもせず、ほぉと息を洩らす。
「……やっぱり、人ではなかったか」
わずかに目を細め、呟くように言った。
「ば、ばけもの……! 化け物じゃないか!」
スカルが後ずさり、口元に手を当ててカタカタと顎を鳴らす。
(いやいや……!どの口が言う訳?!)
甘奈は心の中で鋭く突っ込む。
だが当の玉は冷淡に告げた。
「……そうだな。だが――そんなことはこの際どうでもいい」
「始めるぞ」
ピケがその会話を断ち切るように言い、そっと瞼を閉じると、周囲の空気が低く唸った。
彼女の胸元から立ち昇るように、紫紺の光が溢れ出す。
それは糸のように絡まり合い、やがて奔流となって黒い玉へと注ぎ込まれていく。
石壁が震え、冷たい地下の空気が一瞬で焼け付くように熱を帯びた。
甘奈は思わず身を縮める。
(え、なにこれ……サウナ?呼吸できないんだけど!)
しかしピケ本人は、口元に薄い笑みを浮かべ
「どうだ?」
異様な熱気さえ楽しんでいるようだった。
対する黒い玉は淡々と脈動を刻み、返事を返す。
「ああ――まだまだ余裕だ」
「なら、威力をあげるぞ」
紫紺の奔流がさらに強まり、空間そのものが悲鳴を上げる。
そのとき――見えなかった天井に、蜘蛛の巣のような紋様がバキバキと浮かび上がった。
「……結界が限界を訴えているか?」
エルディスの声は冷静だった。
甘奈は思わず見上げ、背筋に寒気を覚える。
「ねぇ!ヤバイって!天井ごと崩れ落ちそうじゃん!」
玉に向かって叫ぶ。
「流石にやりすぎだ……! もう少し抑えられないか? 部屋の方が耐えられないぞ!」
玉も内心では驚いていた。
――まさか、これほど抑えが利かないとは。
自分でも予想外だった。外でやるより安全だと踏んでいたが、
どうやら甘かったらしい。
だがピケは涼しい顔のまま、唇の端を吊り上げた。
「……余裕といったのはそっちだろう?
抑えてもいいが、出す量を減らせば――収めるのに何日かかるかわからんぞ?」
「……予想以上だな……持久戦か……」
玉の声音にも、わずかな苦渋がにじむ。
その瞬間、鋭い声が割り込んだ。
「ノクス! 部屋の結界の補強は俺がする。そのまま続けろ!」
視線を向けると、エルディスが杖を引き抜き、空中に複雑な光の紋様を描き始めていた。
淡々とした口調だが、その額には既に汗が滲んでいる。
「……頼む」
玉は短く応じ、再び魔力の奔流に集中する。
エルディスは目を細め、次に低い声で告げた。
「――異世界の娘。補佐を頼む」
「はぁ!?甘奈だってーーの!」
ギリギリの空気の中でも、甘奈は全力でツッコミを入れる。
だがスマホを握る手は、しっかりと震えを抑えていた。
「……ここで、いよいよあたしの出番ってことね」
システム機能解禁によりスキルに振り分けが出来るようになった――。
そのあと玉に言われた言葉がよみがえる。
――『お前のやるべきことはひとつだ。
出来るだけレベルを上げて、すべてのポイントを底上げ効果のあるそれに振り分けろ。他は一切不要だ』
あのときは驚いた。だが――今ならわかる。
「……オッケー、覚悟キメたし!」
「音楽アプリ起動! アゲアゲ☆ブーストッ!」
スマホが低く唸りをあげ――
♪──「アゲアゲ!」
♪──「アゲアゲ!!」
ノリノリのサウンドに重なるように、バックコーラスの掛け声が響き渡る。
結界のひび割れは光の帯で縫い合わされ、ただ修復されるだけでなく、
補強の速度が一気に跳ね上がった。
「……すご……! 速さが全然ちがう……!」
甘奈は目を見開き、握るスマホにさらに力を込めた。




