第59話 玉、説明不足すぎじゃない?!
石壁の隙間から、冷たい水滴がぽたりと落ちる。
湿った空気が張り詰め、地下室は息苦しいほどの緊張に包まれていた。
玉がピケを真っすぐに見据え、口を開く。
「まずはあんたの魔力を極限まで減らすことからだ。オレに向かって魔力を放出し続けろ」
「アタシは何もしなくても魔力を放出してるんだけど?」
ピケは腕を組み、ふんと鼻をならした。
玉は肩をすくめ
「そんな事は知ってる。あくまでオレに向かって魔力を集めることが大事なんだ」
「……失礼だぞ!誰に向かってものを言っている!?」
スカルが怒りに腕を上げ、カタカタと顎を鳴らす。
「大体、魔力を喰らうなど人間ごときにできるはずが――」
「オレの存在そのものが“器”だ」
玉は遮るように淡々と告げた。
「吸収しきれるかは未知数だが、それしか方法はない」
「ちょ!玉が吸い込んじゃうってこと?未知数ってほんとに平気なの!?」
甘奈は慌てて声をあげた。
それに応じるように、エルディスも会話へ加わる。
「だが、吸いとっても何もしなければ意味がない。……魔力の核を“固定”する役目は私が担おう。設計は私が組んだものだ。
――最悪、失敗すれば地下ごと吹き飛ぶ可能性がある。覚悟はしておけ」
「そんな話を聞かされて、我らが了承すると思ったか?」
スカルの声が怒りに満ち、石壁に反響する。
「命を賭ける必要などどこにもないのですよ?!ピケ様!」
「アァーッ!(あぶない!)」
オーガもスカルに続き、否定するように叫んだ。
しかしピケは片手を軽く上げ、それを制した。
「いいじゃないか。どうせ退屈な日々に戻るくらいなら、これぐらいの方が面白い。
……それにアタシが死ねばどっちにしろ魔力の均等は元に戻るんだ」
「ピ、ピケ様……!」
スカルは声を震わせ、オーガも不安げに拳を握りしめる。
甘奈は小さく息を呑んだ。
(……玉、“やることは教える”って言ってたのに、こんな危ない作戦だなんて全然聞いてないんだけど!
失敗したらまじで終わりじゃん!)
玉が告げる。
「そして――甘奈、お前の出番だ」
「!」
急に話を振られ、甘奈はびくっと肩を跳ねさせる。
「……魔力を極限まで吸い尽くせば、封印そのものはエルディスだけでも理論上は成立する。だが、それでは脆い」
エルディスが頷き、言葉を継ぐ。
「最低限は可能だ。だが長期に渡り効力を保たせるには“補強”が必要だ。
君の魔導具はそのためにある。術を底上げし、二度と解けぬほど強固にするために」
甘奈はスマホを握りしめ、思わず声を荒げた。
「なにそれ、あたしが仕上げ? そんな大事な役目、聞いてないんだけど……!なんで教えてくれなかったの!?」
「……気負う可能性があったからな」
玉は表情を変えずに言った。
「そっちの話は終わったのか?」
ピケが顎をしゃくり、玉を見据える。
「で、どうすればいい? 今すぐ始めるか?」
玉は静かに頷いた。
「……準備は整っている。あとはあんたの意志確認だけだ」
甘奈は玉を睨みつける。
(こっちは心の準備なんて全然できてないし! でも……やらなきゃなんだよね……)
石壁が低く唸り、地下室の空気が震える。
孤独を生きてきた女魔王の選択が、世界の均衡を揺るがそうとしていた。




