第58話 ピケはヤーラに会いたかったの?
女魔王との対面は、今は無人となった秩序の院の地下――エルディスがかつて実験を繰り返していた研究室で行われることになった。
集まったのは、ほんの一握りの者たち。
魔族側は女魔王ピケと、知恵を持つ骸骨の従者スカル、そして巨体のオーガ。
人間側は、玉と甘奈、そして術式の研究者エルディス。
互いに最小限の顔ぶれで臨んだ地下室は、張り詰めた緊張感に包まれていた。
沈黙を破ったのは、女魔王ピケだった。
「……今日は、あのモフモフはいないのか?」
少し残念そうな声音だった。
甘奈はぱちりと瞬きをして、こくりと頷く。
「ヤーラはお留守番。……てか、ピケって偉い人だったんだね」
ピケはふっと口元をゆるめる。
「偉いかどうかは知らない。ただ――魔王という立場にあるだけだ」
和やかになりかけた空気を、玉が一歩前に出て切り裂いた。
「――本題に入ろうか」
再び場が緊張に包まれ、玉の視線が真っ直ぐにピケへと向けられた。
「女魔王よ。……魔力を封じる気はあるか」
ピケはわずかに目を細めた。
「何をいうかと思えば……魔力を完全に封じれば、アタシは死ぬんだ。ま、そんな事不可能だけど」
「ああ、勿論それは知ってる。こちらで調節しよう」
静まり返る地下室。玉の言葉が淡々と響く。
「できるのか?そんなことが……?」
玉はその問いには答えず、ただ言葉を重ねた。
「成功すれば、魔封じの有無に関わらず――自由に歩けるようになるだろう」
スカルの顎がカタカタと鳴った。
「……成功すれば? つまり失敗すれば命を落とすということか……?!」
甲高い声が石壁に反響し、場の緊張がさらに増す。
玉は視線を逸らさず、事実だけを告げる。
「……理論上は可能だが、成功するかはわからない。正直ぶっつけ本番だ」
沈黙を裂くように、スカルが声を爆ぜさせた。
「ふざけるな! そんな危うい術でピケ様の命を危険に晒せるか!」
「あーー!(そうだそうだ!)」
オーガの巨体が地を踏み鳴らし、威嚇するように前へ出る。
ピケがすっと手を上げた。
その仕草ひとつで、スカルもオーガも口をつぐむ。
しばらく黙していたピケは、遠くを見つめるように目を細めた。
「長年……この魔力のせいで塔や城に閉じ込められて生きてきた。制限なく歩けるなんて、思いもしなかった」
短い沈黙ののち、口元を吊り上げる。
「面白いじゃないか。魔力がなくなれば、アタシも魔王なんて立場からおさらばできるしな」
ニヤリ、と音が聞こえるような笑みだった。
「ピ、ピケ様……!」
スカルが声を押し殺す。その響きには困惑と不安が入り交じっている。
オーガもぎゅっと拳を握り、唸りを抑えていた。主を思う心が抑えきれないのだ。
甘奈はただ、じっと見ていた。
ピケの瞳の奥に見えたのは――長い孤独に疲れたひとりの存在だった。
(……あたしなら耐えられないかも。スマホもない、好きな時に外にも出られない生活なんて、絶対無理すぎる)
「……で、アタシは何をすればいい?」
玉は低く告げた。
「――では、手順を説明する」
事が進むなか、エルディスはただ一人、手元の術式図面を強く握りしめていた。
次に来るものを、誰よりも理解している者として――。




