第55話 じじいたちの茶番、終わりにしようか
「――待て。勝手に終わらすな」
鋭い声が広間を裂いた。
一同の視線が一斉にピケに向く。
「そもそもじじいはもう引退してるはずだろう。何でこの場にいるんだ?」
「!」
ざわ、と空気が揺れる。
「なんて失礼な……」
「これだから世間知らずは……!」
長老たちが顔を見合わせる中、前魔王は眼光に怒気を宿し、無言の圧を放っていた。
「だいたい、これじゃただの見せしめじゃないか。アタシはジェルドの行いについて“話し合い”をする、と聞いて来たんだが?」
広間に重い沈黙が落ちる。
「掟を破った者は糾弾される――これは古くからの習わしのようなものだ。
お前は魔封じの塔で育ったせいで、そんなことも知らぬのだろう」
忌々しげにピケを睨み付ける前魔王。
「そんなお前が口を挟める土俵に立てると思うな」
「……習わしねぇ」
ピケは頬杖をついたまま、気のない声で
「ま、じいさんたちは時間があり余ってて、小難しい話で無駄に時間を浪費したい気持ちも……わからなくもないが」
「失礼な!」という声が所々から上がる。
ピケは一拍置き、視線をジェルドへ移した。
「話を聞けば、今回は人間が先に手を出してきたんだろう? なら話は変わってくる」
「人間達と関わらないことはもちろん大事だ。だが、こちらが必要以上に気を使う必要もない。立場はあくまでも対等なはずだ」
石卓の上がしんと静まり返る。
「娘のためとはいえ、結果的に人間を傷つけてしまった。処罰が必要なのは、アタシでもわかる」
「ジェルドは行き過ぎなところもある。だが、村の皆が嫌がるような仕事――溢れたモンスターを率先して駆除してきたと聞いている」
「そういったところを考慮しないで、さっきのじいさんたちの償いが妥当だと言えるのか?」
長老の一人が「……確かに」と小さく呟き、すぐに咳でごまかした。
「リーズには母親もいない。まだ幼いのに父親と引き離すなんて……酷だろう」
ピケは言葉を重ねた。それは自分に言っているようでもあった。
「懲罰がまったく無ければ、じいさんたちは納得しないだろう。だから――ジェルドには“人里に降りることを百年禁ずる”。それで手を打つ」
「短すぎる!」
「それでは罪になっていない!」
長老たちが一斉に騒ぎ立てる。
「これを機に過激派を一掃できると思っていたのに……」誰かが小声で漏らすのが聞こえた。
バンッ!
ピケが石卓を叩き、立ち上がる。
「ごちゃごちゃうるさい! 今の長はアタシだ! これはアタシが決めたことだ。文句あるか?」
広間は水を打ったように静まり返る。
前魔王だけが、なおもピケを鋭く睨みつけていた。
「お前は黙って座っていればいい。それが“形だけの魔王”にできる唯一の務めだ」
ピケはわざとらしくため息をつく。
「そんなにアタシが長になるのが嫌だったら、自分の任期中に長に関する掟を破棄するなり、決め直すなり、やりようはあったはずだ。
それすら放棄したやつに、ごちゃごちゃ言われる筋合いはない」
……ぱち、ぱち。
長老の一人が遠慮がちに拍手をした。
「それに関しては……私も常々思っていた」
それに続き、他の者たちも渋々手を叩き始める。
その様子に前魔王は、手を叩く長老たちを睨み付けた。
ただジェルドだけが、静かに下を向いて笑っていた。
賛同の空気に包まれながら、ピケはただ居心地の悪さだけを覚えていた。
皮肉なことに、その瞬間から――「形だけの魔王」と蔑んでいた者たちは、彼女を少しずつ“長”として認め始めていくことになる。




