第33話 たぶん恋じゃない。ただ、気になるだけ【セラ視点】
ねえ、気になったことってない?
誰にも懐かず、誰の言葉にも振り向かない男。
そういう手強い相手って、むしろ興味をそそられるのよね。
これは、私が“あの人”にちょっかいをかけた日の記録。
もちろん偶然を装って、スマートにね。
──でも、思い通りにいかないこともあるのよ。ほんの少しだけ、悔しいけど。
「また来ちゃった。……お邪魔だったかしら?」
「セラ! もちろん歓迎するよ」
(ふふ、やっぱり。貴方なら、そう言ってくれると思ってた)
笑顔で迎え入れてくれるエルディス。
彼はもう魔法学校を卒業しているけれど、今も外部研究員として校内に出入りしている。ずっと学校にいるから在学中だと思っている生徒もいるし、私も最初はそう思っていた。噂好きの女子たちから聞いて。
最初にこの研究室を訪れたときは、紙や古書が床を埋め尽くし、足の踏み場もなかった。
けれど私がふと、「……なんだか落ち着かないわ」と漏らした次の日には、驚くほど整えられていた。
(見た目はともかく、単純でかわいい所もあるじゃない)
──もちろん、目的は別にある。
私はエルディスに興味なんてない。
本当の目的は、隣の部屋にいる男。
ノクス。滅多に姿を見せない、魔導理論学クラスの天才。
初めてすれ違ったあの日のことを思い出すだけで、鼓動が早まる。
黒曜石みたいなくせ毛の黒髪に、白い肌。横顔なんて、黙っていれば女性と見間違えられそうなくらい整っていた。
胸が詰まるほど高鳴っていたのに、私は平然を装っていた。……偉かったと思うわ、自分でも。
「……こんにちは」
「ああ」
目も合わせない、素っ気ない返事。けれど、それも想定内。
彼は誰にも興味がない。だからこそ、気になって仕方がない。
研究室には防音魔法がかかっていて、ノクスの気配は一切わからない。
彼の声も、足音も、何も──。
たとえエルディスに課題を教わっている最中でも、私の意識はずっと“隣”にあった。
「この植物とこれを掛け合わせると──」
「……そうなのね」
空返事をしながら、頭の中はノクスでいっぱい。
(ごめんなさいね、エルディス)
***
「最近、セラって大人しくなったわよね」
「マーリー嬢に懲らしめられてから、少しは学んだんじゃない?」
そんな雑音は、今の私にはどうでもいい。
昨日、エルディスはこう言っていた。
「明日は大事な顔合わせがある。研究室には来ても俺はいないよ」
私は軽く「へぇ」と返しただけだったけど──
(決まりね。行くなら、明日)
そして、今日がその“明日”。
***
廊下の突き当たり。いつもより、ほんの一歩だけ深く踏み込む。
(この辺り、本当に静か……)
私はそっと歩を進め、ノクスの部屋の前で立ち止まる。
中からは物音ひとつしない。扉の表面を、指先でなぞった。
(今、彼はこの中に……)
「……何か用か?」
びくりと肩が跳ねた。
振り向くと、数歩先にノクスが立っていた。
心臓が跳ね上がる。けれど、顔には出さない。
「……エルディスが部屋にいなかったから。あなたの部屋にいるのかと思って」
ノクスは眉をひそめ、冷めた声で返す。
「……あいつが、俺の部屋に来るわけがないだろ」
あからさまに不機嫌そうな態度。けれど、それすらも悪くない。
「……ねぇ、私たち──一度、校舎裏の茂みで会ってるの。覚えてる?」
「さあ……そんなこと、いちいち覚えていないな」
──まぁ、そんなことだろうと思ってたけど。
でも、悔しいからわざと少しだけ寂しそうな顔をしてみせる。
「……残念だわ」
(普通の男ならここで距離をつめてくるのに)
ノクスは私の横をすり抜けて、自室の扉を開けた。
「……もう、用はすんだか?」
「……ええ」
私は一歩、後ずさって道を空ける。
静かに閉まる扉の音だけが、廊下に残った。
(……やっぱり、正攻法じゃ落ちないのね)
その扉を見つめながら、小さくため息をこぼした。
……やっぱり、正攻法じゃ落ちないのね。
まあいいわ。こういうのは、じっくり時間をかけて追い詰めるのが楽しいんだから。
こっちが仕掛けて、向こうが一ミリでも揺れた瞬間を見逃さない。
その駆け引きが好き。きっと、私ってそういう女。
でも――いつかあの扉が、私の手で開いたらいいと思ってる。
……それが何の感情なのかは、まだ考えないことにするわ。




