第18話 助けに来たのが一番ヤバいやつだった
えーと、今回は……あたし、なんか知らんけどヤバい部屋で目ぇ覚めました。
てかあのおねーさん、マジこわすぎじゃない?
とりま、早くこの場から消えたいんだけどー。
玉はセリオス支店のギルドに顔を出していた。
査定結果の確認と報酬の受け取りのためだ。時間帯もあってか、受付は混み合っていた。
ドアを隔てた奥の酒場からは、楽しげな声がにぎやかに響いてくる。
「今朝は急に悪かったな」
声をかけてきたのはギルドマスターだった。
「……あの黒髪の受付は?」
「休みだよ。まったく、この忙しいときにさ……ったくよ」
マスターは頭をかきながら封筒を差し出す。
「魔法学校の依頼完了通知が届いてた。それも加算してある。……ちょっとこっち、来てくれないか?」
そう言って、応接室に通された。
「依頼完了だけなら、こんなところに呼ばないだろ。――用件はなんだ?」
鼻をポリポリと掻きながら、マスターはばつが悪そうに言った。
「その……聞いたぞ。ダリオが、あんたの仲間にちょっかいかけたって。悪かったな、ほんと……この通りだ、あまり大事にしないでくれ」
「……上に報告するつもりはない」
玉の言葉に、マスターは安堵の息を漏らした。
「そうか……助かるよ。あいつ、両親をモンスターに殺されててな。……ちょっと、歪んでしまったのかもしれない。変な連中とつるんでるのも知ってる……」
「もういいか?」
「……あ、ああ。悪かったな。今後はダリオを担当させないようにする。だから、またうちのギルドを使ってやってくれ」
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場面は変わり、薄暗い部屋。
魔方陣の中心には、ぐったりと横たわる甘奈の姿があった。
「セラ……なんてことをしてくれたんだ……! 学校内で薬を盛ったうえ、誘拐までって……お前が一番に疑われるんだぞ!」
声を荒らげる男は痩せ型で、まばらな髭。くぼんだ目にボサボサの髪。清潔感とは無縁といった風貌だった。
「誘拐したのはダリオだから平気よ。あの子」
顎で甘奈をさしながら、セラは腕を組んで言い放つ。
「今は使い道がなくても、後々、戦力になるかもしれないじゃない?」
「…………」
「ねえ、お願い。今のうちに洗脳しておいて。合図があれば、こっちの言うことをなんでも聞くように仕上げて。ね?」
(いやいやいや、なに言ってんの! えぐッ! こわッ!)
――意識はまだぼんやりしていたが、頭の中は冴えていた。
「……だいたい、異世界人にこちらの魔術が通用するかも分からないんだぞ?」
男は、ため息交じりに返す。
「……それは……ごめんなさい……あなたのために、したの……」
「お前は……全く……」
(うわっ……てか、人質の前でいちゃこらすんなってーの……)
重たかったまぶたが、ますます開けづらくなる。
――その時だった。
「――邪魔するぞ」
冷たい声が、部屋に響いた。
息を呑む気配。
「お前は……」
「久しぶりだな。オレを作ったことを忘れたか?」
「黒い……玉……か。意志が……あるのか?」
「オレたちは、王の命令で女魔王を討てと言われている。それだけの話だ。余計なことはするな」
その言葉に、セラが目を見開く。
「それだけじゃダメよ! 殲滅しないと……! じゃないと、あの人が死んだ意味がないじゃない!」
「――伝えることは伝えた」
次の瞬間――。
甘奈の身体がふわっと持ち上がった。
うっすら目を開けると、視界に玉の顔があった。
「……起きてるな?」
「……う、うん。てか……めっちゃ気まずかった……」
甘奈は顔を逸らしながら、小さくつぶやいた。
玉は無言のまま、何もない壁際に向かって歩き出す。
ギギ……ギチチ……。
空間がわずかに歪み、黒い裂け目がゆっくりと開く。
ふたりは、その穴に音もなく吸い込まれていった。
部屋には、セラと男だけが残された。
「なんなのあいつ!」
セラがヒステリックに叫ぶ。
男は、強ばった表情でつぶやいた。
「あれが……禁術で作られた、王の切り札だ……」
「そう……あいつを作るために、ノクスは命を落としたのね……」
セラの整った顔が、狂気に染まる。
だが、男は気づいていた。あの禍々しい魔力の中に――ノクスの面影があったことに。
(……いや、まさか……だが、あれは……ノクス――?)
奥底に眠る記憶が、警鐘を鳴らす。
殺したはずの存在。自分が消したと思っていた男。
(俺は……セラを手に入れるために、ノクスを――)
男の体が震える。
焦燥。嫉妬。後悔。恐怖。
(なんで今さら出てくるんだ……!)
目の前の空間を睨みつけるセラを横目に、男は心の底で、己の選択を呪っていた。
てかさ……マジで何が起きてたの?
あたし、薬盛られて連れ去られて、洗脳されかけて、空間ねじれて消えたんだけど……ま、いっか。




