表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
7/50

第7話 赤き情熱の邂逅

ーーリヴァルネ王国西部


霧が濃く立ち込める西部の湿原地帯。

その一角に、ひっそりと佇む古びた建造物があった。


全貌は霧に包まれ、はっきりとは見えない。

ところどころ壁が崩れ落ちており、建物の古さを物語っていた。

しかし、その荘厳な造りから、ここがかつて由緒ある場所であったことがうかがえる。


その内部に、人影。

フードを深くかぶった人物の顔は見えない。

足元には魔法陣と思しき文様が描かれており、その中心には、見慣れぬ“何か”が安置されていた。


人物は無言で手をかざし、呪文のようなものをつぶやく。

魔法陣が青白く光り出し、やがて“物体”から赤紫の煙が立ちのぼる。


そのとき、フードの奥で微かに笑みが浮かんだ――


✦ ✦ ✦


数日後。

アストリアン王宮では、緊急の戦策会議が招集されていた。


リヴァルネ王国国王、リシュラン・メルヴァルより、親書が届いたためだ。

宰相セラフィムが、厳粛な空気の中、その書状を読み上げる。


ーーーーーーーーー

アストリアン大国

皇帝陛下 アリア・クラリエル殿


リヴァルネ王国国王、リシュラン・メルヴァルより急ぎご報告申し上げる。


我が国西部〈ルノワール湿原〉にて、正体不明の魔物が出現。

魔導騎士団の力をもってしても討伐に至らず、被害は拡大の一途を辿っている。


このままでは王都への被害も免れぬ恐れがある。

ついては、貴国のご助力を賜りたく。何卒、力をお貸し願いたい。


リヴァルネ王国国王

リシュラン・メルヴァル

ーーーーーーーーー


リヴァルネとアストリアンは、長年にわたる友好国である。

リヴァルネは近隣諸国の中では小国に分類されるが、アストリアンの後ろ盾があることで、外敵からの侵略を免れている。


国王リシュランの人柄もアリはよく知っていた。

温厚で誠実な人物。かつて父ヴィラードの崩御を知らせた際も、グランゼルド皇帝ロイに続いて、すぐさま弔問に駆けつけてくれた。


会議の場には、アリをはじめ重臣、魔導騎士団の隊長クラスが居並び、緊張が走る。


「正体不明の魔物……」

「リヴァルネの魔導騎士団が討てぬとは……」

「まさか、また古の魔物か……?」


リヴァルネは弱小とされるが、魔導騎士団の実力は決して侮れないと聞く。

アリは直感する。


「……古の魔物の可能性が高い」


その一言は、すなわち、アリ自らが出陣することを意味していた。


すぐさまアストリアン魔導騎士団に援軍の出動を命じ、

自身も準備を整え次第、すぐに出陣することを決めた。


こうして、アリア・クラリエルは慌ただしくも静かな決意と共に、アストリアンを発った――


✦ ✦ ✦


そのころ、リヴァルネ王国の王都近くにある賑やかな街の酒楼――

その二階、窓辺の席で鼻歌まじりに酒を煽るひとりの青年がいた。


燃えるような赤髪と、強い意志を宿した淡い茶色の瞳が印象的な男。

気だるげな態度で杯を傾けていたが、西の空から漂う、どこか不穏な魔力の気配に気づき、ふと眉をひそめる。


「……なんだぁ? やな感じだな。こりゃ面倒くせぇぞ」


せっかくの気分を台無しにされたとでも言いたげに、男はうんざりした表情を浮かべた。

だが次の瞬間、彼の姿はすでにそこになかった。


座っていた席には、飲みかけの酒と、きっちり置かれた支払いの小金だけが残されていた。


✦ ✦ ✦


灰色の霧に覆われた〈ルノワール湿原〉。

ぬかるんだ地面に足を取られ、五歩先すら見えないほど視界が悪い。


アリはアストリアン魔導騎士団を率い、すでに布陣していたリヴァルネ王国の部隊と合流した。

現地の指揮官が迎え出てきたが、その顔には疲労と焦燥の色が濃く浮かんでいた。


「アストリアン皇帝陛下、ご援軍、感謝いたします」

「うん。指揮官殿、状況は?」

「……対象は、あの古城の中に。なんとか追い込みました」


霧の奥、指差されたのは朽ちた古城跡。

空気が異様に重い。そこから漂う魔の気配は、自然界のものとは思えなかった。

あたりには、倒れた騎士たちの亡骸が横たわっている。


現在、リヴァルネの魔導騎士団が結界で古城を封じているが、その結界は今にも破れそうに震えている。


そして――

ビリビリという音と共に、結界が破られた。

次の瞬間、"それ"が古城から飛び出してくる。

霧を裂き、木立を揺らし、空気が震えた。


獣の唸りのようであり、風の唸りのようでもある音に、誰もが息を呑む。

姿を現したのは、白銀の体躯を持つ巨大な獣。

六つの瞳に、黒く稲妻のような尾、鋭い爪が地を裂く。

それは、伝説に語られる“フェンリル”そのものだった。


騎士団がざわつく中、ゼノが低くつぶやく。


「フェンリル……か」


「退くな!魔導騎士団、陣形を維持!防御結界を展開し、対象を討て!」


アリの号令で、各団員が次々と魔法を発動。

空と地、火と水の魔法が放たれ、獣の動きを封じようとするが、

俊敏な動きと凶暴な爪に翻弄され、多くの騎士が次々と倒れていく。


ゼノが大魔法を詠唱する。


「フランマ・モルティス!」


対象を灼き尽くす炎がフェンリルを包むが、ダメージは浅い。

続けて、アリも詠唱。


「クレマーレ・テッラ!」


周囲を焼き払う爆発的な火焔が霧を晴らし、獣の動きを一時鈍らせる。

しかし致命傷には至らない。


『大魔法でも効かない…やはりこれは、古の……』


フェンリルの身体が震え始める。

毛が逆立ち、六つの瞳は赤く燃え上がり、筋肉が隆起していく。


その変化に、アリとゼノも一瞬震えた。


「くっ……これはマズい!」


跳躍一閃、すでにフェンリルの姿は視界から消えていた。

次に気づいた時には、アリのすぐ隣の騎士数名の首が跳ね飛んでいた。


即座にアリが防御結界を展開――

魔物は牙をむき、結界に突進する。

火花が散り、強烈な衝撃が空間を揺らす。


だが――

「広域結界は脆い……!」


バリバリと音を立てて、結界が崩れ――破られた。

次の瞬間、フェンリルが跳躍し、アリへと迫る。


アリは魔力を込めた剣で斬り払う。


「ゼイクロール!」


剣に雷が走り、魔物を一閃。だが傷は浅い。

体勢を崩しながらも、フェンリルは再び牙をむく。


アリは再度結界を張ろうと詠唱に入る――が。

突如、体に重い疲労感が走り、わずかに反応が遅れる。


『……まずい!』


ゼノがその異変に気づき、詠唱を始めようとした刹那――

アリの目の前に、赤い影が割り込んだ。


「キーィィィンッ!」


金属がぶつかる高い音と、火花。

視界を遮るそれは――人の背中。

赤い髪と、淡い茶色の瞳の男だった。


「なんだあれは…新種の魔物か?」


軽口を叩くような口調だが、背中越しに放たれた剣撃には凄まじい魔力が宿っている。

アリは彼の顔を見て確信する――この男は、ただ者ではない。


「おそらくフェンリルだ」


「フェンリル…って、あの伝説の?マジかよ」


「巻き添えになるから――」


言い終わる前に、フェンリルが再び跳躍する。


「逃げられそうにねぇな」


冗談めかして言いながら、男が剣を振るい、アリと同等の魔力で斬りかかる。

だがやはり傷は浅い。


「効かねえのかよ、マジで面倒だな」


それでも、その攻撃が作ったわずかな隙を、アリは逃さなかった。


「全員!結界を展開、奴を拘束して!」


両国の騎士団が再び陣形を整え、結界での包囲に入るが、

フェンリルの速さに苦戦し、次々と仲間が倒れていく。


そんな中、再びあの男の声が響く。


「あいつを止めたいんだな?

アルデレ・カテナス!」


詠唱と同時に、魔物の四肢を炎の鎖が絡め取る。

そこに騎士たちが防御結界を重ね、ついにフェンリルを拘束することに成功した。


アリは覚悟を決めた。


――古の魔力、解放。


凄絶な気配が湿原を包み、空間が一瞬「無」となる。


「クルース・アルカ《原核の十字》!」


X字状の魔力波が放たれ、フェンリルの身体を直撃――

ハーピーの時のように、その姿は跡形もなく霧散した。


空に舞う光の砂塵。騎士たちの歓声があがる。


「やった、消えたぞ!」

「陛下、さすがです!」

「……助かった……」


アリもようやく安堵の息を吐く。


そして――

ふと、助けられたことを思い出し、男へと視線を向ける。


「ありがとう、助かった。あなたは――」


そう言いかけた瞬間、視界がにじむ。


『あれ……?』


次の瞬間、アリは意識を失った。

遠くで、男の声と、ゼノの叫びが聞こえる。


「おい! 大丈夫か!」

「姫ッ!!」


✦ ✦ ✦


遠くで誰かの声が聞こえる――


いや、思ったより近い。

ゼノと……もう一人、誰かの声だ。


アリの意識が、少しずつ現実へと引き戻されていく。

やがて、その声ははっきりと耳に届いた。


ビクッ、と体が反応し、アリは飛び起きた。


「姫っ!」

「あ、起きた?」


声の主は、ゼノと――あの赤髪の男だった。


「ここは……?」


見渡せば、見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。


「リヴァルネ湿原地帯近くの駐屯地。ここは医務室」とゼノが答える。


「私……いったい……」


「急に倒れたんだ。びっくりしたぜ」赤髪の男が腕を組んで言った。


ゼノも続ける。

「姫、大丈夫か? 大魔法を連発してたし、古の魔法まで使ったからな。

さすがに、かなり消耗したんだろう」


アリは眉を寄せた。

――疲労、なのだろうか?


疲労というより、何か力が抜けるような感覚はあった。

けれど、今はもう何ともない。

身体の芯まで軽く、すっかり回復したような気がする。


「心配かけたね……もう平気」


そう言ってから、赤髪の男に向き直り、改めて頭を下げた。


「さっきはお礼の途中だったわね。助けてくれて、ありがとう。

それで……あなたは?」


「どういたしまして」

にかっと笑い、男は名乗る。


「俺はアレクシス。アレクシス・ロウグランツだ」


アリは内心で『ロウグランツ……?』とその名を反芻した。

確か、どこかで……いや、まさか。でも――たぶん、そう。


「まさか……カルディナスの?」


「正解!」と、嬉しそうに彼は笑った。

「さすが、アストリアン皇帝陛下」


ゼノがぎょっとしたように口を挟む。


「ロウグランツってことは……皇族か?」


「なんだよその目!」とアレクシスが不満そうに顔をしかめた。


カルディナスの皇帝は高齢と聞く。つまり、アレクシスは皇子だろう。

アリは確認の意味も込めて問う。


「……アレクシス皇子と呼べばいい? それで、どうしてここに?」


「旅の途中で寄っただけだよ。放浪の旅さ」

気ままに一人で各国を巡っているらしい。


アリは少しだけ、そんな生き方に憧れた。

自分の意思で、好きな場所へ自由に行ける――

まるで鷹のようだと思った。


「旅はまだ続くの?」


ふと問いかけると、アレクシスはあっさりと言った。


「いや、そろそろ国に帰る。グランゼルドと、戦争になりそうでな」


……予想外の一言に、アリもゼノも言葉を失った。


とはいえ、グランゼルドとカルディナスの間に長年の確執があるのは、近隣諸国の常識。

アリとしても、安易に口出しはできない。彼女の発言ひとつが国際情勢を動かしかねないからだ。


だが、それでも心はざわついた。

また戦争が起きれば、傷つくのは市井の民たちだ。


そんなアリの様子を見て、アレクシスがからかうように言った。


「心配してくれるのか?」


「……民をね」


アリの即答に、アレクシスは軽く笑った。


「そりゃそうだよな」


そして突然、爆弾を投下する。


「なあ、アリア。俺の妃にならない?」


……またしても沈黙が訪れる。

アリとゼノは、目を見開いたまま固まった。


「頭、大丈夫か?」

ゼノがようやく発した言葉に、アリも続く。


「ちょっと、何を言っているのか、よくわからない」


「二人してなんなんだよ、その反応は!

アリアが退位したら、あり得る話だろ? 弟皇子がいるんだし!」


さすが、皇子だけのことはある。他国の皇族事情はよく知っているようだ。

確かにその通りだ。アストリアンの皇位継承者はカインである。

アリが退位すれば、婚姻の可能性も否定はできない。


アリは内心でため息をついた。

(……面倒なことを言い出すなぁ)


「ま、考えといてくれよな!」


アレクシスはそう言い残し、あっさりと部屋を後にした。


静まり返った室内。

扉のほうを見たまま、ゼノがぼそりとつぶやく。


「……なんだったんだ、あの人」


「嵐のような人だったわ。まさか皇子だなんて」


「だいぶ礼儀知らずだろ。皇帝陛下への態度じゃない」


アリはくすっと笑って、ひとこと。


「ゼノもあんな感じだよ?」


「えっ」


『えっ』

今さら?とでも言いたげなアリの視線に、ゼノが固まった。


✦ ✦ ✦


翌日、アリもルノワール湿原の調査に加わった。

次第に明らかになっていく、魔物出現の真相。

そこには、かつて現れたハーピーとの関連性も見え隠れしていた。


まるで“見えない闇”に導かれるかのように、アリはひとつずつ真実の扉を開いていく――


✦ ✦ ✦

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ