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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
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第5話 記憶の回廊 ―幼き日をたどって―(前編)

読者の皆さま、いつもお読みいただきありがとうございます✨

『君に捧ぐ魔法』

今回は、アリの幼少時代を描いた回想編(前編)となります。

アリという人物の“原点”を、どうぞ見届けていただければ嬉しいです♬

グランゼルド帝国から帰国したアリは、弟皇子カインのもとを訪れた。


カインは宰相セラフィムの講義を受けている最中で、ちょうど休憩時間に入ったところだった。


「やぁ、カイン。お茶でも飲もう」


「姉上!……いえ、陛下! ありがとうございます!」


カインは、つい姉としての呼び名が出てしまう。だが、その無邪気な姿に、アリもセラフィムも訂正の言葉を挟まない。


「セラフィム殿も、ご一緒に」


「陛下。ありがたく頂戴します」


三人で小さなテーブルを囲み、つかの間のくつろぎのひとときを過ごす。


「カイン、六法の勉強は進んでる? 何が得意?」


アリが笑って尋ねると、カインは元気よく答えた。


「そうですねぇ、僕は商法が好きです。アストリアンは近隣諸国と仲良くする必要がありますから。

物資や資源の貿易をもっと盛んにして、国同士のつながりを強くしたいんです」


軍法や魔法法ではなく、外交を見据えた視点。アリは少し驚いた。


カインは、ちょうどアリが即位した歳と同じ七歳を迎えたばかり。

学問に本腰を入れたのもここ一年ほど。それでも、将来自らが国を背負うという意識が、すでに芽生えているようだった。


そしてなにより、「得意な法」を尋ねられて「好きな法」と答えるあたりが、カインらしい。

無理に優等生ぶることなく、自分の興味を自覚している。それを強みにしたいという、まっすぐな意志。


――ああ、この子は、大丈夫だ。


アリはそう直感した。まだ先のことだが、いつかこの弟が皇帝となる日が来ても、きっと国を導いてくれる。

セラフィムもどこか懐かしげに目を細めている。


「そういえば、姉上は六法すべてに精通していると聞きました! いったいどれくらい勉強されたんですか? 得意な法って、どれだったのでしょうか?」


カインは興味津々といった顔で身を乗り出す。もはや“陛下”の呼び方も忘れている。


「ん~、そうだなぁ。私は魔法法かな」


アリは苦笑しながら、遠い記憶を手繰る。


「勉強を始めた頃、父上と母上から魔法を使うことは禁止されていたの。でも、それがかえって好奇心をくすぐってね。

寝る間も惜しんで魔法書を読み漁っていたわ。

魔法そのものの原理もだけど、制度とか規則とか、法体系に惹かれていったの」


「ほ〜っ」とカインが素直に感心の声を上げる。


「他の法は、あまり……得意ではなかったですな」


セラフィムがさりげなく加えた一言に、アリの表情がひきつる。


「そ、そうでしたね……」


真実ゆえに否定できず、アリは気まずさを隠せなかった。


確かに、最初の頃は魔法以外にはまったく興味を示さず、成績もひどいものだった。

だが、あるときを境に、他の法にも集中するようになってからは、まるで乾いた砂が水を吸うように、知識を吸収していった。


セラフィムの教え方も上手だったが、それ以上にアリの才覚が優れていたのだろう。


「それに、よく王宮を抜け出しておられた」


セラフィムのさらなる暴露に、アリは椅子ごとひっくり返しそうになる。


「知ってたの!?」


つい敬語が抜ける。


「ええ。ヴィラード様はゼノ殿に、“くれぐれも離れぬように”と常々申しつけておられましたよ」


「ほ〜っ」


またしてもカインが感心の声を漏らす。


「姉上がどんなふうにお育ちになったのか、もっと知りたいです!」


その目は、期待と興味で輝いていた。逃げ場はない。


アリは、観念したように微笑み、小さく息をつく。


そして、アリは自身が三歳のころに起きた出来事を、静かに語り始めた。


✦ ✦ ✦


アストリアン歴938年。アリが三歳になったころ、

彼女はすでに王宮内の書庫に入り浸り、魔法書を絵本代わりに読みふけっていた。

年齢にしては信じられないほどの語彙力を持ち、驚くほど流暢に言葉を操った。


セラフィムに教えを乞いながら、幾つもの魔法書をお気に入りとして大事にしていた。

実際に、五大魔法の初歩的な詠唱もできていたという。


ある日、いつものように書庫で魔法書をあさっていると、ふと目に入った一冊の書物があった。

埃をかぶり、ページはところどころ破れかけている――見るからに古びた書物だった。


アリは、なぜかその本に強く惹かれ、自然と手に取っていた。

中には見慣れぬ文字が綴られていたが、意味はわからない。

それでも、なぜか「読める気がする」のだった。


「えっと……ヴェトゥス・アルカナ・エクスシグノ……?」


その瞬間――


時が止まったような感覚を覚えた。

次の瞬間、アリの周囲に風が巻き起こり、まばゆい光に包まれる。

その光はアリを中心に波紋のように広がり、書庫を越え、王宮の外にまで達したかのようだった。


あまりの眩しさに困惑しながらも、数十秒が過ぎたころ――

父ヴィラードとセラフィムが駆け込んできた。


「アリ……!!」

「アリア様っ!!」


このとき、アリが書庫にいることを知っていたのは、父とセラフィムだけだった。


「ち、父上……!!」


振り返ってそう呼んだ瞬間、光はふっと収束した。


アリの無事を確認したヴィラードは胸を撫でおろすが、すぐに駆け寄り、肩を掴んで問う。


「今の光は……アリがやったのか!?」


「う、うん……これを、詠唱したの」


アリは手にした古びた書物を差し出した。


ヴィラードはその書を手に取ると、眉をひそめた。

「これは……古の魔法書か……?」


記された文字は読めなかったが、描かれた魔法陣に見覚えがある。

セラフィムもまた顔を険しくして呟く。


「古の魔法……の可能性があります」


「アリ、お前にはこれが読めるのか?」


「読めないけど……なんとなく、読める気がして……」


その言葉に、ヴィラードとセラフィムは凍りついた。


「まさか……この子の魔力量は想像以上だと思っていたが……やはり……」

驚きと戸惑い、そして、哀しげな表情。

ヴィラードの顔に影が落ち、苦渋の決断を口にする。


「この子を――離れに移す。王宮から隔離するんだ」


✦ ✦ ✦


アリはその晩、王宮から少し離れた場所にある離れの屋敷へと移された。


昼間の出来事を父に咎められたわけではないのに、なぜ移されたのか。

アリは疑問を抱きつつも、素直に従った。

「……あれは良くなかったんだ」と、幼いなりに反省していたのだ。


ベッドの端に腰を下ろし、昼間のことをぼんやりと思い返していたそのとき、

父・ヴィラードが静かに部屋を訪れた。


アリの隣にそっと腰を下ろすと、優しい声で語りかける。


「アリ、急にすまない。だけど……これはお前を守るためだ。

どうか、ここにいてほしい。

そして、魔法は――もう使わないように」


アリは首をかしげる。

なぜ守られるのか。なぜ魔法を使ってはいけないのか。

真っすぐな瞳で父に問いかけた。


「……お前の魔力は、あまりにも強大だ。

もしそれを、悪意のある者に利用されたら――取り返しがつかないことになる。

だから、力は……秘めておきなさい」


普通なら、三歳の子どもに理解できる話ではない。

だがヴィラードは、アリなら分かると知っていた。だから正直に話した。


アリも、その言葉の意味を理解していた。従おうと、思った。

けれど――魔法書が好きだという気持ちを、どうしても伝えたかった。


「魔法は使わない。……でも、魔法書は読みたいの。読むだけなら、いいでしょう?」


ヴィラードは迷った。

魔法は封じたい。だが彼女の知への渇望を、むやみに閉ざしてよいのか。

読むことさえ禁じたら、別の形で反動が現れるのではないか――。


「……読むだけ、だ。魔法は使わないと、約束できるかい?」


「うん!」

アリは即答した。本が読める。それだけで、満たされると思った。


こうしてアリは、離れの屋敷で暮らすことになった。

そして特別に、王宮の書庫への出入りだけは――密かに、許された。


✦ ✦ ✦


離れに移ったアリは、屋敷と王宮の書庫を往復する日々を送っていた。


父の勧めで魔法以外の書物にも触れるようになったが、

やはり魔法書の面白さには敵わなかった。


読めば読むほど知識は深まり、同時に、「使ってみたい」という欲求も強くなる。

「これを唱えたらどうなるんだろう」――そんな好奇心を、アリは抑えきれなくなっていた。


父との約束を守らなければという思いと、

毎日うずうずしている自分との間で、アリの心は揺れていた。


その様子を見かねた父は、セラフィムにアリの教育を依頼した。

こうしてアリは、正式にセラフィムに師事することになる。


アストリアン六法のうち、魔法法は魔法原理の延長線上にあり、アリの関心にも合っていた。

法制度や規則についても驚くほどすんなり理解し、覚えるのも早かった。


一方、他の法についてはしばらく無関心で、指示された書物を積んだまま放置していたが、

やがて、父の意図――魔法から意識をそらそうとしていたこと――に気づき、

アリは自ら進んで他の法典にも目を通すようになった。


その意図に気づいたのは、母・セラの言葉でアリが気づかされたからだった。


さらにこの頃、父と母は、ある人物をアリに引き合わせた。

ゼノ・ディアス。10歳。父の側近カリス・ディアスの息子である。


ゼノは魔法を使え、剣術・体術ともにすでに才能を発揮しており、

皇帝直属の護衛見習いとして、父に付き従い毎日王宮に詰めていた。


――その日、ゼノはアリの屋敷を訪れた。


庭で剣術の稽古をしていたアリは、気配に気づいて振り返る。


「ん? 誰……?」と訝しんだが、

すぐに「ああ、父が言っていた子だ」と悟った。


「ゼノ?」


「正解! よくわかったな」

そう言って、彼はニヤッと人懐っこく笑った。


初対面からため口。

今思えば、皇女に対しての口の利き方としては礼儀を欠いていたかもしれない。

だが、その物怖じしない笑顔に、アリは悪意の欠片も感じなかった。


この人は、ただ対等に話したいだけなんだ。

そう直感したアリも、同じように接することに決めた。


「剣術の練習?」


「うん。……相手してくれる?」


「おう! まかせろ!」


この時から、ゼノは変わらぬ“友”であり続けた。

皇帝となっても、呼び方も、口調も、何も変わらない。

変えなくていい。そう思った。


そして――

煌びやかな王宮の影で、ふたりの“ちいさな世直し”が始まった。


その裏で――

王宮の奥に眠る“なにか”が、静かに彼女へと手を伸ばしていた。


✦ ✦ ✦


お読みいただきありがとうございました!

回想編いかがだったでしょうか?


次話、回想編(後編)もお楽しみいただければ幸いです✨

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