第49話 戦の兆し
――騎士団詰所
ルイとアリが騎士団詰所に到着すると、先に来ていたアデルが、詰所にいた騎士たちからすでに聞き取りを始めていた。
二人がアデルに近づくと、騎士たちは礼をとる。
ルイは軽く頷き、アデルに審問を続けるよう促した。
「リュカ、襲撃の前日のダリオの様子を、陛下にもう一度報告してくれ」
アデルの問いかけに、小隊長のリュカが頷いて答える。
「はい。ダリオが宝物庫のほうから戻ってくるところを見かけましたが、どこか上の空で、声をかけても反応が鈍かったのです」
「反応が鈍い……とは?」
ルイが静かに問い返す。
「はい。すれ違いざまに声をかけたのですが、最初はまったく気づかず……何度か呼びかけてようやくこちらを向きました。ただ、そのまま黙って立ち去ったんです。
ダリオとは同期で、彼の人柄はよく知っています。挨拶を欠かさず、いつも穏やかに接していたので、明らかに様子が違っていました」
そこへ別の騎士が証言を加える。
「私もダリオ小隊長とすれ違いました。やはりリュカ小隊長の言うとおり、生気がないというか……元気が無かった印象です。
ただ、私はそのとき、セリオス小隊長の所在を聞かれました」
「セリオスを?」
アデルが首をかしげる。
「はい。『セリオス……はどこにいる?』と。
その日は非番だったので、それを伝えたら、ダリオ小隊長はまた黙って去っていきました」
アデルはその言葉に考えを巡らせる。確かに、襲撃前日と当日はセリオスは非番だった。
「なぜ、非番のセリオスの居場所を……」
そのとき、遅れて詰所に到着したセリオスが声をあげた。
「あ、俺、その日非番だったんですけど、前日にダリオが元気なかったのが気になって、様子を見に来たんです。
手が空いたら俺のところに来いって、伝えてたんですよ。同期なんで、少しでも励ませたらと思って。
おそらく、そのことを覚えてて、俺を探してたんじゃないかと」
アリが尋ねる。
「そのあと、ダリオとは会えたの?」
「いえ、会えませんでした。俺の部屋に来なかったので、もう帰ったのかと……」
「なるほど……」
アデルは静かに頷き、ルイとアリに見解を示した。
「ダリオの様子からして、何者かに操られていた可能性が高そうですね」
ルイも同意する。
「ダリオは騎士団寮にいたな。部屋に何か痕跡は?」
「特にありませんでした。ただ、詰所の個人荷物保管庫など、他の場所はレオンに調べさせています」
ひとまず聞き込みを終え、騎士たちは一旦解散。ルイ、アリ、アデルの三人は詰所内の会議室へと移った。
しばらくして、副団長レオンが慌ただしく駆け込んできた。
「陛下、団長……! ダリオが残したと思われる遺書が見つかりました」
彼の手には、白い封筒が握られている。
ルイが受け取り、中を確認すると、一枚の紙が入っていた。
すでに読んだらしいレオンが補足する。
「荷物保管庫に入っていました。……内容は、こちらです」
ルイが中身を取り出し、読み上げた。
――
使節団襲撃は、私の一存で行った。
私は、ヴァルシュタイン軍に両親を殺害された。
その憎しみから、いつか報復をと考えていた。
グランゼルドとの友好など到底受け入れられず、
外交申入れの報に、怒りが抑えきれなかった。
私の行いは反逆であり、処罰を免れぬ大罪。
誠に勝手ながら、この命をもって償う。
ダリオ・フェルナー
――
ルイの隣でアデルとアリも、記された文面を静かに見つめていた。
アデルが重い口を開く。
「……ダリオのご両親が、数年前に国境付近でヴァルシュタイン軍に殺されたのは事実です。
ですが、復讐など考えるような男ではなかった……」
ルイも頷く。
その事件は、両国の民間人が巻き込まれた不幸な衝突だった。
事故に近い事案として処理されたが、確かに犠牲者は多かった。
しかし、あれほど真面目で穏やかなダリオが、個人的な感情から反逆を起こすなど――。
その場にいた誰もが違和感を覚え、同時に直感した。
これは、仕組まれている。
そして――
『私の命をもって償う』
そう綴られた文面から、ダリオがすでに命を絶った可能性もまた、否応なく胸に迫っていた。
✦ ✦ ✦
――ヴァルシュタイン王国 王宮・評議の間
帰国した外務大臣フリード・カスパールは、緊迫した空気の中、使節団襲撃の一部始終を報告していた。
「グランゼルド帝国の行為は、我が国への明確な敵対行動――宣戦布告と捉えるべきでしょう。
襲撃に使われた凶器は、同国王宮の宝物庫に保管されていた短剣と判明しております。
さらに、現地の民間人の証言によれば、襲撃者は『交渉など無意味』『ヴァルシュタインは不要』と叫んでいたと――」
フリードは一拍置いて、王を見据えた。
「陛下、このまま沈黙を貫くべきではありません」
報告を受けた重臣たちは、憤りを隠さずに声を上げる。
「グランゼルドめ、なんたる暴挙か!」
「陛下、断固たる制裁を!」
だが一方で、保守派の重臣たちは慎重な姿勢を崩さなかった。
「……性急な武力行使は危険すぎます。今は冷静な判断を」
「証拠があまりにも整いすぎている。罠の可能性も視野に入れるべきです」
評議の間は、怒号と静観の声が交錯し、混乱に包まれていた。
そのとき――
フリードの部下が駆け寄り、耳元で何事かを囁く。急報らしい。
フリードは目を見開いたのち、ふっと納得したように頷き、再び進み出た。
「陛下、グランゼルドに残した我が部下からの急報です。
今回の襲撃事件に関し、犯人が特定されたとのこと――
実行犯は、なんと同国の騎士団小隊長であると」
場が一斉にどよめいた。
「やはり……奴らの仕業か!」
「これはもう、ヴァルシュタインに対する正式な敵意と受け取るべきでは!?」
怒声が飛び交い、空気は次第に制御を失っていく。
王はしばし沈黙し、苦悶の表情で頭を抱えた。
グランゼルドとの友好関係を望んでいた矢先の、この惨劇。
思い描いた外交は、いともたやすく崩れ去ろうとしていた。
そしてついに、怒りの声を抑えきれず、王は重く口を開いた。
「……我が国の名誉を貶め、血を流させた罪、見過ごすわけにはいかぬ。
グランゼルドに対し、必要な措置を取る。準備を進めよ」
評議の間に重く響いたその言葉は、報復の号令であり、戦端の火種であった。
✦ ✦ ✦
ヴァルシュタインに潜入していた密偵からの報告、そして国境警備隊の観測により、ヴァルシュタイン王国が大規模な武装を進めているという情報がグランゼルド全土に広がり始めた。
それは噂や憶測の域を超え、明確な“戦の兆し”として、宮廷にも緊張をもたらしていた。
その最中、グランゼルド王宮にヴァルシュタインの使者が最後通牒を携えて訪れる。
重々しい沈黙の中、使者は高らかに文書を読み上げた。
「我がヴァルシュタイン王国は、貴国による使節団への卑劣な攻撃に断固たる報復措置を講じる。
停戦交渉を拒絶し、軍を動かすものである」
それは弁明の余地を許さぬ、宣戦布告と同義の内容だった。
もはや回避は不可能と判断したグランゼルドは、正式に武力行使に応じる構えを見せる。
しかしルイは、即座に安易な開戦とはせず、
「戦端を開くのがこちらでない以上、誠意ある姿勢を示すべきだ」とし、
自ら軍を率いて親征することを決断する。
その瞳には怒りも焦りもなく、ただ――静かな覚悟が宿っていた。
✦ ✦ ✦




