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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
48/50

第48話 浮かび上がる内通者

――グランゼルド王宮 玉座の間


ヴァルシュタイン使節団襲撃に関する緊急会議が開かれていた。


ルイは西の国境へ赴き、現地での事実確認を行う前に、宰相カイエンに命じてヴァルシュタインへ急報を送っていた。


ヴァルシュタインからは、「襲撃があったとは信じがたいが、まずは即刻、事実確認と詳細な報告を求む」との返答が届いた。


カイエンが補足する。

「陛下自ら現場へ向かわれたことに、ヴァルシュタイン側も陛下の誠意を認識してくださっています。本件の調査にあたり、ヴァルシュタインは使者を派遣しており、まもなく到着されるかと」


ルイは静かに頷く。

重要なのは、ここからだ。

短剣がグランゼルド製であったとしても、自国の紋章入りの武器で暗殺を企てるなど、あり得ない。

仕組まれた偽証の可能性は明白だ。


だが――

もしその短剣が王宮から盗まれ、しかも内部の者の手によるものであれば、話は変わる。

王宮の人間が関与していたとなれば、戦争を仕掛ける意図があったと見なされかねない。


そこへ、エリオットが調査報告に立つ。


「現場に残されていた短剣は、式典用に打たれたグランゼルド製で、もとは騎士団宝物庫に保管されていたものでした。現在は何者かにより持ち去られております。

宝物庫の施錠を解除できるのは、重臣の一部および騎士団小隊長以上に限られており、直近数カ月の入退室記録から、特定を急いでおります」


重臣たちがざわめく。

「宝物庫から盗まれるとは……」

「まずいな……ヴァルシュタインが黙っているとは思えん……」


その時、侍従が使者の到着を告げた。

謁見を求めているとの報に、ルイは通すよう指示を出す。


やがて、ヴァルシュタインの使者が玉座の間に現れ、ゆっくりとルイの前に進み出る。


恰幅の良い男。表情は温厚に見えるが、視線は鋭く、周囲を観察している。

その立ち居振る舞いには、底の知れぬ人物像が滲んでいた。


男は静かに頭を垂れると、口を開く。


「グランゼルド皇帝陛下。初めてお目にかかります。ヴァルシュタイン王国外務大臣、フリード・カスパールでございます。

此度の件、調査状況を伺いたく参上いたしました」


ルイは静かに応じる。

「フリード殿、遠路ご足労いただき感謝する。襲撃事件の調査は現在も進行中につき、少々お時間をいただきたい」


しかし、フリードは頷きながらも、語気を強めて返す。


「襲撃の現場に、貴国の紋章入りの短剣が残されていたと聞いております。

それは貴重かつ限られた武器――入手できる者もまた限られるはずです。

その調査に、時間がかかるものでしょうか?」


これは、グランゼルド内部に内通者、あるいは襲撃者がいるのではないかという、疑念に満ちた問いかけだった。


ルイが返答するより先に、フリードは続ける。


「ヴァルシュタイン王は、この件を深く憂いておられます。両国の関係に関わることゆえ、慎重なご対応をお願いしたい」


そこへ再び侍従が駆け寄り、ルイに耳打ちをする。

『襲撃を目撃したという者が、王宮へ――』


(目撃者……このタイミングで?)


嫌な予感がした。今この場に通すべきではない――そうルイが判断し、後ほど謁見する旨を告げようとした、その時。


「陛下、急務があり遅れて失礼しました」


姿を見せたのはシリウスだった。

彼は続ける。


「襲撃を目撃したという者が来ております。グランゼルドの者ではないようで、証言を得られるかと」


ルイの胸に重くのしかかる不安。

やましいことなどないはずだ。だが、それだけでは拭いきれぬ違和感がある。


フリードが乗るように頷いた。


「ほう……それは興味深い。私も、ぜひお話を伺いたいものですな」


重臣たちもまた、グランゼルドに非はないと信じており、目撃者の証言が潔白を証明してくれると期待していた。


ルイはついに決断する。


「――通せ」


現れたのは、質素な服をまとった村人風の男だった。

彼はルイの前で両膝をつき、深々と頭を垂れる。


エリオットが問う。

「あなたが、襲撃を目撃したという方ですね?」


「はい」と小さく答え、男はルイの方へ向き直る。


「お、おそれながら、申し上げます……

私は西の外れの村に住む者で、あの日、山仕事を終えて帰る途中に……

砂色のフードをかぶった何人かの男が、使節団と思しき一行を襲っているのを見たのです……」


男は怯えながらも、記憶をたどるように続けた。


「彼らは……叫んでいたんです。

『貴様らの交渉など無意味だ――我がグランゼルドに、貴様らは不要だ!』と……!」


ルイは、その瞬間、頭の中で何かが弾けたような衝撃が走った。

玉座の間に衝撃が走った。


「なに!?」

「聞き間違いではないのか!?」

「虚言だろう!」

「なぜそんなことを……!」


重臣たちの怒号が飛び交う中、男は否定した。


「ち、違います!はっきり聞こえたんです……間違いありません!」


証言を信じようとしない重臣たちの怒気が高まる。


「御前で何たる無礼――虚言は断じて許されぬ、捕らえよ!」


「違う!俺は本当に……!」


男は捕らえられそうになりながら、シリウスの方へ視線を投げかける。

シリウスはそれを制し、涼しげに告げた。


「他に目撃情報がない以上、聞き間違いとは断定できません。

外交に否定的だった臣もおりますし……この者は、後ほど改めて審問しましょう」


フリードが問いかける。

「村人よ、その証言に偽りはないのか?」


「間違いありません」と村人は答えた。


それを聞いたフリードは、冷ややかに言い放つ。


「ルイ陛下。短剣、そしてこの証言――

信じたくはないが、貴国がこの襲撃を主導したと見なさざるを得ません。

……ヴァルシュタイン王に報告いたします」


そう言い残し、フリードは引き留めを待つことなくその場を辞し、王宮を後にした。


玉座の間には、これまでにないほどの緊張感が張りつめていた。

誰一人として言葉を発せず、この先に待つ事態への不安だけが場を支配していた。


✦ ✦ ✦


緊急会議を終え、政務室へ戻ったルイの表情は硬かった。

アリは別件の業務で会議には出席していなかったが、その表情から、状況が最悪の方向へと転がりつつあることは容易に想像できた。


そして追い打ちをかけるように、アデルが政務室へ駆け込んでくる。


「ルイ様、宝物庫の件、特定いたしました!」


ルイとアリの目が見開かれる。

続きを促すと、アデルが報告を続けた。


「入退室および鍵の管理票には記録は残っていませんでしたが、

数日前に小隊長のダリオ・フェルナーが施錠解除を行った痕跡が確認されました」


王宮の宝物庫をはじめ、重要物品や資料を保管する塔や部屋には「魔法鍵」が使われている。

この鍵はあらかじめ使用者の魔力を記憶させておく仕組みで、数日間は使用者の魔力が鍵に残存する。

その残留魔力によって、ダリオが使用したことが判明したのだ。


アデルは、言葉を選ぶようにしばし沈黙したのち、重く口を開く。


「……ダリオ本人に確認しようと探しておりますが、昨日から行方がわからなくなっています」


その報告に、ルイとアリの顔色が変わった。


「発覚を恐れて逃げたのか、あるいは……消されたか」

ルイが苦々しく推測する。


アリも頷く。

(おそらく――口封じ……)


小隊長が「消される」とすれば、それは彼以上の実力を持つ者の手によるものだ。


アデルは、かすかに目を伏せながら言った。

「……ダリオは謹厳実直な男です。暗殺に加担するような人物ではありません」


彼が小隊長に任命された当時のことを、ルイもアデルも思い出していた。

礼儀正しく、まっすぐで、信頼を置ける青年だった。


アリも、そこまで深くは知らないが、グランゼルドに赴任したばかりの頃、彼に丁寧に案内され、温かく接してもらった記憶がある。

少なくとも、自ら悪意をもって動くような人物ではなかった。


(――おそらくは、利用された。そして、その口を封じられた)


「……わかった。ダリオの行方は引き続き追ってくれ。

それと、ここ数日王宮に詰めていた騎士団員も洗え。ダリオ一人の犯行とは考えにくい。中に協力者がいる可能性がある」


「御意」


アデルは頷き、足早に政務室をあとにした。


アリとルイは視線を交わす。

短い頷きの奥にあったのは、怒りでも不安でもない――静かな、確かな決意だった。


「行こう」

ルイの一言に、アリも無言でうなずく。


裏切りがあるのなら、暴いてみせる。

真実は、掴みに行かなければ手には入らない。


二人は政務室を後にし、騎士団の詰所へと向かった。

静かに、だが確実に、“刃”を手にする覚悟を携えて。


✦ ✦ ✦

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