第47話 消えた短剣
ヴァルシュタイン使節団襲撃の知らせは、すぐさま王宮に届いた。
政務室で知らせを聞いたルイとアリは、顔を見合わせ、西の国境の現場へ向かうことにした。
「なぜ、こんなことに……!」
ルイは、馬を駆けながら声を荒げた。
並走するアリも同様にいくつもの疑問を抱き、
この後に続く、想定したくもない事態を予感していた。
「これは、国際問題……! 対応次第では……戦争になる」
アリは苦々しくつぶやく。
ルイも表情をこわばらせ、黙って頷いた。
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――グランゼルド帝国 西の国境
現場に着いた二人を迎えたのは、使節団の護衛のために
合流予定だった騎士団団長のアデルだった。
すでに現場検証は完了し、犠牲者たちの亡骸は
西の国境の駐屯地へと運ばれた後だった。
折れた国旗、横転した馬車、乾ききらぬ血だまり。
肉片と思しきものや血飛沫があたり一面に散乱し、
遺体が運び出されたあとも血の匂いが立ち込めている。
(……まるで戦争の跡だ)
戦場を幾度も見てきた二人でさえ、
この惨状は目をそむけたくなるほどだった。
アデルは二人の前で膝をつき、深く頭を垂れた。
「ルイ様、アリア様。このような事態を未然に防げず……申し訳もございません」
「謝罪は後だ。状況は?」
ルイが即座に問う。
「ヴァルシュタイン使節団と思われる方々は、全員死亡を確認しました。
遺体はすべて西の国境の駐屯地へ運び入れております。
あたりを捜索しましたが、生存者はおりません……」
続けて、アデルは到着直後の様子を語る。
「我々が合流地点から駆けつけた時には、すでに襲撃が始まっておりました。
我々の姿を確認し、立ち去ったものと思われます……」
アデルは「そして……」と言って、何かの武器を差し出した。
ルイは手巾ごと受け取ると、手に取って確認する。
アリも横で覗き込み、つぶやいた。
「細い短剣……」
「スティレットだ。短剣の一種で、グランゼルドでよく見る形だが……どこかで見覚えがある」
刃には血がつき、彫りが凝っている。
アデルが二人に警告した。
「お気を付けを。遺体の状況から、おそらく毒が塗られています」
刃をよく見ると微細な溝が彫られ、そこに薄い膜が張っている。
おそらくそこに毒が仕込まれているのだ。
「これの出どころを探れ」
ルイの指示に、アデルは答えず沈黙した。
「……アデル?」
ルイが怪訝に尋ねると、アデルは声を潜めて答えた。
「裏側を……」
ルイが短剣を裏返すと、鍔元に刻印が刻まれていた。
「……っ!」
ルイは目を見開き、息をのむ。
アリも裏側を見て――
「……これ、グランゼルドの紋章よね……」
小声でつぶやいた。
アデルが重々しく口を開く。
「……軍で保管している剣とよく似ています。
以前、記念式典で軍に献上されたもので、宮廷鍛冶が記念に打つ際は国の紋章を刻む決まりになっています。
献上後、軍の宝物庫に保管されていたはずです」
その瞬間、ルイとアリの背筋に冷たい汗が流れた。
暗殺にわざわざ紋章入りの武器を使う者などいない。
だが、状況次第ではグランゼルドの犯行と断定されかねない。
「王宮へ戻り、確認を」
ルイは静かに指示を出す。
アデルは副団長レオンに現場を任せ、王宮へと急いだ。
✦ ✦ ✦
ルイとアリは、西の国境駐屯地へ遺体確認に向かった。
急造の遺体安置場には三十体ほどの遺体が並び、白い布で覆われている。
冷たく、重苦しい空気の中、死の気配が場を支配していた。
副団長レオンが、状況を説明しながら布をめくる。
「剣か魔法による殺傷で、どれも一撃で仕留められているようです」
一撃で仕留める――それは熟練者の証。
毒のスティレット以外、特定できる武器の痕跡は残っていない。
ルイとアリは一体ずつ遺体を確認していく。
「どの遺体も、最小限の動きで急所を正確に突かれているわね……
切創の深さや角度もバラバラ。流派は一定していないみたい」
アリの声は低い。
ルイは魔力探知を続けながら言った。
「特徴別にわけても……敵は少なくとも五人。魔導士も混じっている……間違いなくプロの殺し方だ」
「アデル団長も同じ見解です。こちらが、毒のスティレットで殺害された遺体です」
レオンが布をめくる。
遺体の顔は青白く、苦悶の表情で凍りついていた。
唇や爪は紫色に変色し、首元には小さな刺突痕。
口元には泡と血が乾いた跡が残っていた。
毒はすでに鑑定に回したとのことだが、目立った特徴などは見られないとのことだった。
ルイとアリは、一通り確認し、王宮へと急ぎ帰還した。
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グランゼルド王宮 騎士団詰所 宝物庫
アデルは帰還するや否や、真っ先に宝物庫へ向かった。
胸が激しく鼓動を打つ。
もし、保管されているあの短剣が紛失していれば――
(どうか……間違いであってくれ……!)
固い鍵を開け、扉を押し開く。
宝物庫は騎士団小隊長以上の者しか扱えぬ厳重な管理下にある。
ガチャリ――
足早に記念式典で献上された短剣が収められているショーケースへ向かう。
厚いガラス製のそのケースにも、二重の鍵がかかっていた。
赤い布を敷いた台座が目に入る――
アデルは息を呑む。
そこにあるはずの短剣が、無い。
台座だけが虚しく残され、赤布がわずかに皺を寄せていた。
アデルの心臓が跳ねるように痛む。
震える手で鍵を開け、中を確認する。だが、どこにも短剣の姿はなかった。
(これは……やはり……!)
最悪の未来が現実味を帯び、アデルは呆然と立ち尽くす。
――その背後、扉の影から様子を窺う一人の騎士の影。
その騎士は何も言わず、音も立てずにその場を後にした。
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ルイとアリが王宮に戻ると同時に、アデルが政務室へ駆け込んできた。
「ルイ様! 先ほど宝物庫を確認しました。
やはり……保管していたはずの短剣が、紛失しておりました」
その言葉に、ルイもアリも愕然とする。
「あの宝物庫は、騎士団小隊長以上か、ごく一部の重臣しか立ち入れません」
ルイもアリも、心の奥で予感していた事実に言葉を失った。
「やはり……内部にいるわね」
アリの言葉に、ルイも重く頷く。
ルイは深く息をつき、アデルに鋭い視線を向けた。
「アデル、最近宝物庫に立ち入った者をすべて洗え。
出入りの記録、鍵の扱い、警備の配置もだ。内通者がいる可能性が高い」
「はっ!」
アデルは即座に頭を垂れた。
「早々にヴァルシュタインへ報告せねばならない。
緊急会議を開く。エリオット、重臣たちの召集を急げ。」
「はっ!」
エリオットは一礼し、政務室を駆け出していった。
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