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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
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第45話 秘密の庭園で――(後編)

「ルイ、こんな素敵な場所を見せてくれて、ありがとう!」


アリの笑みに、ルイもほっとしたようにふわりと微笑んだ。

そして一拍置いて、静かに口を開く。


「……アリ、誕生日おめでとう」


アリは目を見開いた。


「知ってたの……?」


問いかけに、ルイは頷いて答えた。


「うん。ゼノが任務報告に来たときに、俺の生誕祭の話になってね。

『あ、姫と同じなんですね』って言ってたよ。

それで気づいたんだ」


アリは納得したものの、少し驚いた。

ゼノはそのことをルイに伝えたとは言っていなかったから、彼は知らないと思い込んでいたのだ。


「君と同い年だとは知っていたけど、誕生日まで一緒だなんて思わなかった」

ルイはくすっと笑って、アリに視線を向ける。

「どうして教えてくれなかったの?」


アリは、少し気まずそうに視線を逸らした。


「……あまり、誕生日を祝ってこなかったの。

大事なものだって感覚がなくて……言わなくてもいいかなって思ったの」


実際、アリもルイの生誕祭を知ったとき、同じ誕生日だと気づいて驚いた。

だが、自分の誕生日を盛大に祝った記憶はほとんどない。

幼い頃、両親が小さなお祝いをしてくれたことはあったが、

その後の幽閉、そして即位。祝い事を楽しむ余裕などなかった。


「自分の誕生日を祝わなきゃいけないって感覚がなくて……」


アリの言葉を聞いて、ルイは一瞬の沈黙ののち、微笑んだ。

彼女の過去を、言葉の裏にある背景を察してのことだった。


「なら、これからは――俺と一緒に祝おう」


その優しい言葉に、アリは少しだけ目を伏せた。


ルイは手にしていた小さな箱を開け、一歩アリの前に進み出る。


「……少し、頭を下げて」


戸惑いながらもアリが従うと、ルイは慎重に手を伸ばし、彼女の首元にチェーンを通した。

ひやりとした金属の感触が、首筋を撫でる。

ルイの指先はアリの髪の毛に触れぬよう、丁寧に動き、留め具をそっと繋いだ。


「……うん、いいよ」


低く落ち着いた声が耳元で囁かれ、アリは顔を上げた。

胸元には、小さな金の輪と蒼い石が揺れるペンダントがかけられている。


「これ……」


「誕生日プレゼントだよ」


ルイの笑みは穏やかで、どこか照れくさそうだった。


アリはペンダントに指先を添え、その蒼の魔導石をじっと見つめた。

透明な石は、光を受けて星屑のように煌めいている。

その輝きの奥には、微かな魔力の流れすら感じられた。


(……魔力が、込められてる)


「これって……魔導石?」


興味深そうに尋ねると、ルイはうなずいて説明してくれた。


「〈蒼晶石そうしょうせき〉っていうんだ。グランゼルドで採れる石で、魔導具向きだよ」


(聞いたことある……アレキサンドライトと並んで超希少だったはず)


「こんな貴重な石を……どうしてこれを?」


思わず問いかけると、ルイは少し真面目な表情で話し始めた。


「グランゼルドでは、今の季節になると『金色のこんじきのよい』っていう季礼があるんだ。

落葉が舞う夜、恋人たちが願いをかけて、愛する人にペンダントを贈る――

そんな風習があってね。ちょうど今がその季節だったから、君に贈りたかった」


(……素敵な風習)


アリはその言葉に、心から嬉しさを感じていた。

だが、すぐに気づく。


「……これ、すごい魔力が込められてるよね……?」


ちらりとルイを見やると、彼は少し驚いたように目を見開き、そしてまた微笑んだ。


「お守り代わりに。――君を守れるようにと、願いを込めてある」


アリは悟った。

この石には、何重にも魔力が込められている。

それも、即興では不可能なほどの量を、きっと何日もかけて――。


(……相当、消耗したはず)


心の奥が、強く震える。


この人は、いつだって私を守ろうとしてくれてる。

何も言わなくても、深く想いを向けてくれる――

そのことが、胸を強く締めつけた。


(私はきっとこの人を――)


「ルイ、ありがとう!こんなに素敵なプレゼント、初めてだから……本当に嬉しい」


笑顔で伝えたその瞳は、ほんの少しだけ潤んでいた。


それを見たルイも、ハッとしたように目を瞬き、次いで胸がぎゅっと締めつけられるのを感じた。


ルイはアリを引き寄せようとしたが、先にアリが口を開いた。


「ルイ! 私も、誕生日プレゼントがあるの!」


そう言って差し出したのは、手のひらほどの大きさの、美しい装飾の箱だった。


「物ではないんだけど……」と添えて、アリはルイにそれを手渡す。


ルイは箱を受け取りながら、「開けていい?」と尋ねた。


「うん!」


アリが頷いたのを見て、ルイは箱の蓋をそっと開いた。


中に入っていたのは――繊細な細工の施されたガラス瓶。


手に取って中を覗き込む。


「……茶葉?」


アリは嬉しそうに頷く。


ルイは瓶の蓋を開け、香りを確かめると、すぐに目を見開いた。


「これは……セレス・ヴェンタフロール?」


「おぉ! 正解!」


アリは驚嘆した。香りだけでそれを当てるとは、さすが紅茶好き。


「よくわかったね、よく飲むの?」


「希少だし、とても印象に残る香りだからね。好きなんだ、セレス・ヴェンタフロール。……でも、これは少し違う。何か別の爽やかな香りもするね。ブレンドしてる?」


そう。これはただのセレス・ヴェンタフロールではない。


そこには、心を和らげるような、清らかで爽やかな香りが混ざっていた。


「風属性の魔法で乾燥させてるの。別の香がするのは、それのせいだよ。疲労回復、精神安定、集中力アップ、それに癒しの効果もあるよ!」


アリはにこにこしながら説明する。


(魔法で茶葉に効能をもたらすとは……やはりすごいな)


ルイは感心しつつ、彼女が自分の疲れを気遣ってくれたことが素直に嬉しかった。


ふと、ひとつのことに思い至る。


「この前、リュミエールの風丘に行ったのは……このため?」


「うん。ルイへの誕生日プレゼントにと思って。だから、ゼノと行ったの」


ルイは納得した。


少し寂しさを覚えたことを思い出す。自分には相談してくれなかったことを残念に思っていたが、贈り物のためだったのなら仕方ない。


(……嫉妬していたなんて、恥ずかしいな)


「ありがとう。とても嬉しいよ。ゆっくり、いただくね」


優しく微笑むルイに、アリは思わずどきりとした。


その動揺を隠すように、話題を変える。


「そういえばルイ……宴って、抜けてきたの?」


「あぁ。君がいないことに気づいて、追いかけてきたんだ」


ルイは少し苦笑しながら答える。


「そっか……ご、ごめんなさい」


「いや、いいよ。……でも、どうして急に退席したの?」


「えっと……その……」


アリは視線を泳がせ、言葉を選びながらゆっくりと口を開く。


「ルイと……ナナ様が仲良さそうで……見てたら、なんだかもやもやしてきて……気づいたら退席してて……」


少し変な言い方になってしまったと思ったが、ルイはくすりと笑って、


「……ヤキモチ?」


と、さらりと言った。


「え!? ち、ちが……!」


アリはとっさに否定するが、ルイはそれ以上追及せず、優しく言った。


「ナナとはカイエンを通じて知り合ったんだ。昔、何度か顔を合わせたことはあるけど……特別仲が良いわけじゃないよ。幼なじみというには少し違うしね。

人懐っこいし物おじしない性格だから、誰とでも打ち解けてるように見えるかもしれない。……でも、君が思うほど親しい関係ではないから、心配しないで」


聞きたかったことを、ルイは丁寧に答えてくれた。


そのあとで、ふと付け加える。


「君がヤキモチを焼いてくれるなんて……嬉しいよ」


再び否定しようとして、アリはやめた。


ルイの言葉で気づいた。


――これが、きっと「ヤキモチ」なんだと。


そう認めたとき、心の中にあったもやもやが、すぅっと晴れていくのを感じた。


一方、ルイも――


ずっと、自分に無関心だった頃のアリを思えば、今のこの反応は何よりも嬉しい。


気がつけば、彼はそっとアリを引き寄せていた。


アリも、その腕の中がどれほど安心できる場所かを知ってしまったから、もう拒むことなく、ただ身を委ねていた。


そして、ようやく気づいた。

自分の心が、いつの間にか彼に傾いていたことに――


静かで、あたたかな時が、穏やかに流れていく。


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