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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
43/50

第43話 ざわめく心

――ルイの生誕祭当日


式典を終えた夜、王宮では盛大な宴が開かれていた。


この場には、皇族や貴族、重臣、その関係者など、普段は顔を揃えない者たちも多く列席している。


いまだ妃を迎えていないルイに、なんとか娘をと願う貴族や重臣も多く、この日は、身分も美貌も申し分ないご令嬢たちがずらりと揃っていた。


流行の美しいドレスをまとい、気品を漂わせた初々しい令嬢たち。

妃の座が空いている今だからこそ、正妃、ひいては将来の皇后の座を狙えるとあって、熾烈な水面下の駆け引きが交錯する。


先帝ロイ・ヴァルディアの遺言、そしてルイが「妃にしたい人がいる」と公言した当初は静観していた貴族たちも、妃がいまだ迎えられていないという現実に業を煮やし、最近では改めて娘を推す動きも目立ちはじめている。


一国の皇帝が独身であるということは、それだけで国政に関わる重大事項。

ゆえに、生誕祭とはいえ、周囲の関心が「次期皇后」に向けられていることは、誰の目にも明らかだった。


ルイは玉座に座り、笑顔を浮かべて祝辞を受けながらも、内心ではため息をついていた。


そして、宴の開始から姿を見せていない“あの人”のことを考えていた。


✦ ✦ ✦


――迎賓館 憩いの間


アリは、大きな椅子に腰かけ、最近仕入れた魔法書に目を通していた。


「ねぇアリア、宴に出ないの?」

そう尋ねてきたのは、二階から降りてきたユイナだった。


アリはユイナをチラリと見て「うん」とだけ短く返事をする。

そのまま壁の時計に目をやり、「あ、もうこんな時間だったんだ」と呟くが、すぐにまた書物へ視線を戻した。


アリが魔法書に熱中するのは、アストリアンにいた頃から変わらない。

けれど、ユイナはルイのことを思い、少しだけ心配そうな声で続けた。


「ルイ様のお祝いだよ?……がっかりしちゃうんじゃない? それに、アリアも……」


言いかけたところで、アリは顔を上げ、ニッと笑って制した。


「ルイには伝えてあるよ。宴には出ないけど、終わったらプレゼントは渡しに行くって」


「でも、さっき侍従が来たでしょ? 出席をお願いしたいって」


そう――確かにルイには欠席の旨を伝えていた。

けれどなぜか、侍従は「それでもお考え直しを」と食い下がってきたのだ。


「どうして出ないの?」とユイナが問いかけると、アリは落ち着いた口調で答えた。


「貴族や重臣のご令嬢が、大勢出席してるからね」


――そう。この生誕祭の宴は、実質的に妃候補たちのお披露目会ともいえる。

貴族たちはこの日を待ち構えていたし、最近になってまた、縁談の話がいくつも舞い込んでいた。

娘を皇帝に紹介したい親たちにとって、この場は絶好の機会なのだ。


その噂は王宮中に広まり、アリの耳にも当然届いていた。


かつてルイが「妃にしたい人がいる」と宣言した、その“本人”であるアリがそんな場に姿を見せれば――どうなるか。

正式に婚約しているわけでもなく、返事すらしていない今、自分が出て行けば空気を凍らせるだけかもしれない。

どんな顔で出席すればいいのか、アリにはわからなかった。


そんなアリの考えを聞いたユイナは、少し呆れたように言った。


「えぇ? 気にしすぎでしょ。堂々と参加すればいいのに」


まぁ……とアリは少しだけ考える素振りを見せたが、やっぱり煩わしさが勝る。

このまま静かにやり過ごせればそれでよかった――はずだった。


だが、その願いは唐突に打ち砕かれる。


迎賓館の扉が静かに開き、予想外の人物が姿を現す。


「エリオット!?」


静かに扉を閉じたエリオットは、まっすぐアリの元へと歩み寄る。

どこか改まった雰囲気を漂わせていた。


そして、軽く一礼しながら告げた。


「ルイ陛下よりご伝言を承りました。――『宴に出席せよ』との仰せでございます」


いつもはもっとくだけた口調なのに、明らかに「命令」であることを強調した語り口だ。


ユイナはくすくすと笑っているが、アリは内心「やられた……」と苦笑していた。


(出ないって言ったとき、ルイは反対しなかったのに……!)


「アリア、もう断れないね。さ、着替え手伝うから!」


ユイナはノリノリでアリを部屋へ連れて行き、あれこれと準備を始める。


「エリオット! ルイ様には“アリを連れていきます”って伝えておいて!」

ユイナが勝手に返事をしてしまうと、


「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします!」

エリオットは満面の笑みを浮かべ、さっさと迎賓館を後にしてしまった。


――行ってしまった。

もう逃げ道はない。


アリは小さくため息をつくと、黙ってユイナの支度を受け入れた。


✦ ✦ ✦


宴の間では、貴族や重臣たちがルイへの祝辞の順番を、今か今かと待ちわびていた。


「ルイ様、このたびはご生誕の日、誠におめでとうございます」

「私の娘の――」


祝辞にあわせて娘を紹介するという“お決まり”の応対が続き、さすがのルイも、やや疲れの色を浮かべていた。


そのとき――


宴の間に隣接する控えの間が、ふいにざわついた。


「おお、あれは――」

「美しいな……」


小さく漏れる感嘆の声に、ルイは重臣の祝辞が終わるのを見計らい、静かに席を立って控えの間へと向かう。


そして、ちょうど同じタイミングで、こちらへ歩みを進めていたのは――アリだった。


白銀の光を織り込んだような淡い青のドレスが、風に揺れるように軽やかに波打つ。

装飾は控えめながら、繊細なレースと煌めく宝石が要所を飾り、その佇まいには気品と威厳が漂っていた。


背筋を伸ばし、穏やかに微笑むその姿に、誰もが息を呑む。

華やかすぎない。だが――美しい。

まるで、王の隣に立つべくして生まれた者の装いだった。


「あれが……アストリアンの元皇帝……」

「……美しすぎる……」


周囲から、そっと漏れる驚きと感嘆の声。

だが彼女は、気づいていても振り返ることなく、ただ静かに歩を進める。


その視線の先にいるのは――ルイだった。


アリが皇帝を退いてから、公の場で着飾ったのはこれが初めてだ。

ルイにとっても、初めて目にする姿だった。


ルイはそのあまりの美しさに、束の間、時を忘れた。


「ルイ陛下、このたびはご生誕の日、誠におめでとうございます。

――陛下の歩まれる道が、栄光と平穏に満ちたものでありますように」


そう言って、アリは丁寧に一礼する。


ルイはハッと我に返り、微笑みながら応じた。


「アリア殿下、ありがとうございます」


そう言って、アリの手を取ろうとしたそのとき――


「陛下」


不意に声がかかる。反射的に振り返ると、そこにはシリウスが立っていた。


彼は一見無害な微笑を浮かべながら言った。


「陛下にご紹介したい方がおります」


そう言って、後ろに控えていた人物を前へ促す。


金糸の刺繍が施された深紅のドレスに身を包み、華やかに結い上げた髪を揺らして歩み出る少女――

ナナ・アレンスは、まるでこの場の主役であるかのような自信をまとっていた。


「お久しぶりですわ、ルイ様」


その声に、ルイの目がわずかに見開かれる。


「……ナナ」


自然に名を呼び、驚いたような表情を浮かべるルイ。

そのやりとりに、周囲の視線が一気に集まった。


だが、ルイは宰相カイエンから娘が出席するとは一言も聞いていない。


すぐにカイエン自身が駆け寄ってきて、ナナに声をかけた。


「ナナ、なぜここに……今日は出席は不要と伝えていたはずだ」


その言葉に割って入ったのはシリウスだった。


「私がご招待したのですよ、宰相殿。

ルイ陛下にはまだお妃がいらっしゃらない。優秀な候補は、広く紹介するべきでしょう?」


露骨な狙い――アリを妃にさせたくない意図は、ルイにも察しがついた。


「お心遣い、ありがとうございます。ですが兄上、今日は私の誕生日。

過度なお気遣いは無用です」


ルイは穏やかに笑いながらも、しっかりと釘を刺した。


それを見ていたナナは、意にも介さないように微笑み、扇を口元に当てて言った。


「まぁ陛下、ずいぶん冷たいですわ。まさか本当にご即位されるとは……

皇子の頃からお変わりなく、いえ、以前にも増してご立派に。

お慕いする方が絶えないのも、よくわかりますわ」


ルイは少しだけ間を置き、言葉を選ぶようにして淡々と返す。


「……ずいぶんと立派になったな。もう、あの頃の無邪気な子どもではないのだな」


その口調には、穏やかさとともに、どこか懐かしさが滲んでいた。


そして、ふとアリの方へ視線を向ける。


「アリ、こちらへ来て」


手で静かに促され、アリが歩み寄ると、ルイは続けた。


「紹介する。カイエンの娘、ナナ・アレンス嬢だ」


それに応じて、ナナが優雅に礼をとる。


「アリア殿下。父からも、たびたびお話は伺っておりますわ。

ナナ・アレンスと申します。どうぞ、お見知りおきを」


元皇帝を前にしても物怖じせず、魅力に満ちた堂々たる挨拶だった。


(カイエン殿とはあまり似ていないわね。でも――

とても利発で活発そう。そして、揺るぎない自信を湛えている……)


「アリア・クラリエルです。どうぞよろしくお願いいたします」


アリもまた、丁寧に応じた。


「ふふ。とても美しい方ね。ルイ陛下が“妃に決めている”と仰った方ですもの。

さすがですわ」


ナナの言葉に、ルイが静かにたしなめる。


「……ナナ、それは――」


「でも、本当のことでしょう? この場にいる皆、気になっているはずですわ」


声こそ控えめだったが、やり取りを見ていた周囲の者たちは、まさにその話題に敏感だった。


「……たしかに……アリア様のご出席は、お妃候補へのけん制……?」


「では、他の候補たちはどうなるのだ……」


宴の空気が徐々にざわついてゆく。


(あぁ……だから、欠席にしたかったのに……)


アリは内心、煩わしさを覚えていた。


「けれど実際、まだどなたもお妃に迎えられていないのですもの。

お考え直しいただける余地は、ありますわよね?」


そう言いながら、ナナはさらりとルイの腕に寄り添った。


ルイは静かにその手を取り、やんわりとほどく。


その所作は、拒絶ではなく、慣れたような穏やかさを帯びていた。


「……やめなさい」


そう言ったルイの声音もまた、優しかった。


ナナは気を悪くする様子もなく、笑顔のまま応じ、二人はしばし言葉を交わす。

昔話に花を咲かせるその様子は、周囲から見ても、気心の知れた旧知のように映っていた。


その様子を見ていたアリは、ふと目を伏せる。


――宰相殿のご令嬢か……きっと昔から親しいのね。

言葉も仕草も、柔らかくて――ああいうのは、自然には出せない。


心の奥に、得体の知れないざわめきが生まれていた。


(なんか……変な感じ。これ、なんだろう……)


気づけばアリは、静かに宴の間を後にし、迎賓館への道を歩いていた。


✦ ✦ ✦

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