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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
41/50

第41話 秘密の――

ヴァルシュタイン王国から帰還したレオンは、その足でルイのもとへ報告に向かった。


アリとルイはすでにグランゼルドへ帰還しており、ふたりはレオンたちの帰りを待っていた。


レオンが負傷していたと聞き、アリとルイは驚いたものの、

ユイナの治癒によって傷はほとんど癒えていると知り、ひとまず胸をなで下ろした。


そしてレオンは、静かに報告を始める。


「聞き込みの結果、やはり武器や素材の流通に制限がかけられていました。

しかも、その制限を行っているのはヴァルシュタインの軍だと噂されています。

制限が始まった時期は、ルイ様がグランゼルドにおいて武器や素材の独占・買い占めを禁じる通達を出された時期と、ほぼ同じ頃と見られます」


さらに、都市ブリュクスハイムを出た直後に襲撃を受けた件についても、詳細に報告した。


それを聞いたアリとルイは、険しい表情を浮かべたまま、それぞれに思考を巡らせていた。


やがてアリが、内容を整理するように呟いた。


「……グランゼルドでの流通が制限された結果、

ヴァルシュタイン側に流れたのは自然な流れとして……

でも、なぜ軍が? ヴァルシュタインは、戦争でも起こすつもりなの……?」


ルイも低く呟く。


「……グランゼルドから消えた金が、ヴァルシュタインに流れている可能性があるな。

金を動かした者が、ヴァルシュタインの上層部とつながっているとすれば……」


その言葉に、アリも続けた。


「……金でヴァルシュタインを動かし、狙うはグランゼルド……?

まさか……そんな……」


他国を操り、自国に戦を仕掛けさせる。

背後に潜む者が、どれほど恐ろしい思惑を抱いているのか――アリの背筋に冷たいものが走った。


今回、レオンたちをヴァルシュタインに送ったきっかけは、

アレクシス皇子から「最近ヴァルシュタインがきな臭い」と聞いたことだった。


カルディナス王宮への道中、いくつかの商店が閉まっていたのをアリが気づき、

そのことを尋ねたところ、アレクシスはこう語っていた。


『あぁ、あそこはヴァルシュタインの品を扱ってる店だ。

最近、向こうからの素材や武器が入ってこなくなったらしくてな。

なんか、きな臭ぇよな』


それを受け、アリとルイはヴァルシュタインへの調査を決定。

レオンたちに調査の命を下したのだった。


そして今――

レオンの報告を受けたふたりは、「やはり……」と、

最悪の想定が現実味を帯びてきたことに、焦りを感じていた。


さらにアリは、レオンとユイナが襲われた件に思いを巡らせる。


「……二人が襲撃されたのは、武器や素材の流通制限を嗅ぎつけたから……

私も“消えた金”を調べていた時に狙われたわ。

関係者を立て続けに狙うなんて、逆に“それらは関係しています”って言ってるようなものよね」


「……確かに。あからさますぎるな」

ルイも同意しつつ、どこか引っかかるような顔をしていた。


(……これは誘導か? あるいは、別の思惑が?)


疑念は深まるばかりだった。


とはいえ、調査を続ければ必ず何かが掴めるはず。

ただし、あまり時間をかけすぎても――

焦ればまた誰かが犠牲になるかもしれない。


いくつもの懸念が頭をよぎる中、

ルイは今取るべき最善の策を選び、指示を出す。


「ヴァルシュタインの動きに警戒を。

レオン、人を遣って、動向を探れ。

ただし……万一にも火種にならないよう、慎重にだ」


レオンは静かにうなずき、「御意」とだけ答えた。


さらにルイは、シリウスの監視をゼノに任せ、

アリには、シリウス以外の重臣らの動向も探るよう指示を出した。


✦ ✦ ✦


王宮二階、薄暗く人気のない廊下――。


この日も、密会のためそこに佇むシリウスの姿があった。


ゼノによる監視の隙をすべて把握したうえでの行動だ。


音もなく廊下の角に立つ騎士が声をかける。


「ヴァルシュタインに、人を送り込んだようです」


「……ご苦労なことだな」

どこか嘲るような薄笑いが、シリウスの口元に浮かんだ。


続けて、冷ややかに言い放つ。

「少し遊ばせておけ。そのあとは……わかっているな?」


騎士は一瞬、沈黙したのち、「……はい」と短く答えた。


わずかな間があったが、シリウスは気にも留めず、

冷たい表情のままその場を後にした。


残された騎士の目に宿った憂いには、気づくこともなく――。


✦ ✦ ✦


消えた金の件やヴァルシュタインの動向について、

各方面に調査を命じてしばらく経つが、

「目立った動きはない」との報告が続いていた。


そんな中、グランゼルドではルイの生誕祭が開かれることになっていた。


皇帝即位後、初の誕生日とあって、城下は祝賀ムード一色。

街のあちこちには、国旗と並び、

ルイ皇帝を象徴する「蒼炎の竜」の旗やオブジェが掲げられていた。


かつての皇帝ロイの時代は「双頭の鷲」がその象徴だったが、

ルイの即位とともに、それは「蒼炎の竜」へと変わったのだ。


王宮の前にも、いつの間にか「蒼炎の竜」のモニュメントが建てられていた。

かなり前から彫刻家に依頼していたらしく、

大きな造りでありながら、驚くほど精巧で繊細な彫りだった。


それを目にしたアリは、思わず見惚れてつぶやく。

(わぁ……すごい。凝ってるし、本物みたい)


重臣や騎士団員たちも、ルイへの贈り物について話し合っており、

「何を贈ろうか」という声があちこちで聞こえていた。


アリも、何か贈ろうかと考えていたが、

悩んでいるうちに生誕祭は数日後に迫り、内心焦り始めていた。


もちろん、かつてアストリアンで皇帝を務めていた頃は、

他国への献上品や、臣下への土地・宝の下賜などはしていた。

だが、「これ、あげるわ」と、誰かに個人的に贈り物をした経験はなかった。


逆に、「これ、あげる」と贈られた記憶もほとんどない。

そのため、誰かがもらって喜ぶものという感覚も、正直よくわからなかった。


(あ、でも……小さい頃、ゼノからカエルもらったっけ)


ふと、昔を思い出す。


高等魔術の触媒になるような素材を集めるのが楽しかった頃、

「これ、やるよ」と言って、

貴重な毒カエルの死骸を渡されたことがあった。


そのカエルを火にくべ、魔法を使うと、炎の色が変わって――

それがとても面白かった。


(あれは……うれしかったわね。でも、皇帝陛下にカエルって……ないよね)


そんなことを真剣に悩む自分に、思わず苦笑する。


(やっぱり、魔導具の素材がいいかな。私だったらうれしいし)

そう結論づけて、街に買いに行こうとしたそのとき、ふと思い出す。


(あ、高級品は今、流通してないんだった……)


再び思考は振り出しに戻った。


(うーん……ルイって、何が好きなんだっけ)


そう思い立ち、アリは政務室を訪ねることにした。


ルイは席を外しており、代わりにエリオットが黙々と事務処理をしていた。

ちょうどいいとばかりに、アリは声をかけた。


「ねぇ、エリオット。ちょっと聞きたいんだけど――

ルイの好きなものって、何か知ってる?」


エリオットは(あぁ、誕生日プレゼントですね)と即座に察し、

やさしく教えてくれた。


「そうですねぇ。実はルイ様、鉱石集めがご趣味なんですよ。内緒ですが。

それと、紅茶もよく飲まれていますね。お好きなようです。あとは……」


といくつか挙げてくれたが、鉱石集めはアリにとって意外だった。


(そういえば以前、アストリアンにアレキサンドライトを贈ってきたっけ……

あれ、魔導具にしちゃったけど……知ったら怒るかも)


背筋が少しひやりとする。


(でも……鉱石は今、あまり流通してないし、コレクターなら既に持ってそう。

となると、紅茶……あっ、そうだ!)


ひらめいた!という仕草とともに満面の笑みを浮かべ、

アリは「ありがとう!」とエリオットにお礼を言って退室した。


その後ろ姿を見送って、エリオットは小さく笑った。


(アリア様のあの顔、ルイ様が見たらきっと喜ばれただろうな)


✦ ✦ ✦


――その夜、アリはゼノを連れて、王宮を抜け出していた。


「なぁ姫、別に悪いことしに行くわけじゃないのに、なんでコソコソすんのよ」


「こんな夜に外出するなんて言ったら止められるでしょ!内緒にしたいのよ!」


そんな風にひそひそ話しながら、音もなく外壁を越えていく。


夜中に王宮を抜け出すなんて、アストリアンでの“世直し”以来。

アリもゼノも、どこかワクワクしながら建物の影を駆け抜けた。


――その様子を、王宮政務室の窓から見ていた人物がいた。


(……あれは、アリとゼノか。まったく……)


ルイは深くため息をつきながらも、ゼノが一緒なら大丈夫だろうと判断する。


だが同時に、

「自分以外の男と、夜にふたりきりで出歩いている」

という事実に、ほんの少しの怒りと、強い嫉妬を感じていた。


✦ ✦ ✦


アリとゼノが向かったのは、グランゼルド帝国北部――高原地帯「リュミエールの風丘」。


王宮から馬を飛ばして、およそ二時間。


目的は、ある草花を探し出すこと。


ふたりは月明かりの下、風の吹きすさぶ丘を歩きながら、

お目当ての“新芽”を探し始めていた――。


✦ ✦ ✦

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