第40話 潜入捜査は恋のはじまり?
ルイ一行が古の魔物討伐に成功したという知らせがグランゼルドに届いた頃――
王国に残っていたゼノの妹・ユイナと、騎士団副団長のレオンは、普段着のような軽装で仲睦まじく馬に二人乗りし、草原を駆けていた。
「魔物も討伐されたし、やっとデートに行けるね。もうすぐ国境だよ!」
レオンが後ろに乗るユイナに声をかける。
「ええ、楽しみね♪」
ユイナはぎこちないながらも、それらしく笑顔を浮かべて応じた。
そんな微笑ましい空気のまま、ふたりはグランゼルドの西の国境を越え、ヴァルシュタイン王国へ入った。
――ヴァルシュタイン王国 王都
グランゼルドのさらに西に位置するこの王国は、規模こそ小さいが、長年グランゼルドとは牽制しあう関係にあった。
近年こそ目立った衝突はないが、友好とも言い難く、交易もさほど盛んではない。
数年前の外交上のすれ違い以降、両国の関係は冷え込んだままだ。
とはいえ、ヴァルシュタインは美しい自然が豊かで、珍しい生き物も多く見られることから、旅行者には人気がある。
レオンとユイナの今回の目的も、“旅行”とされていた。
――だがそれは、あくまで表向きの話である。
「さあ、王都に入ったよ。ブリュクスハイムに行こう!旅人向けの商店が並んでて楽しい街だよ。何か食べる?」
そう言って、レオンがユイナの肩を抱きながら歩き出す。
「ちょっ……いつまでその演技続ける気なのよっ!」
ユイナはぎょっとして、小声でたしなめた。
「おや? グランゼルドに帰るまではこのままのつもりだよ」
レオンも小声で返す。どこか楽しげだ。
(この役者め……!)
内心そう毒づきながらも、ユイナはため息をついた。任務なのだ、仕方ない。
✦ ✦ ✦
数日前、アリとルイが古の魔物を討伐したという知らせがグランゼルド王宮に届いた。
安堵の空気が広がるなか、騎士団小隊長のカイルから、レオン宛に一通の書簡が密かに届けられる。
『討伐は成功した。
以前から行きたがっていたヴァルシュタイン王国に旅行に行くといい。恋人のユイナを伴って。
ブリュクスハイムが最近にぎわっているらしい。
高級な魔導具のお土産も忘れずに。』
この書簡を読んだ瞬間、レオンとユイナは即座に“意図”を察した。
ふたりとも、「消えた金」の件で、密かに調査の指示を受けていたのだ。
今回の任務は、ふたりで潜入調査を行えということだろう。
──おそらくこういう意図だ。
『ユイナと恋人同士を装って、ヴァルシュタイン王国ブリュクスハイムに潜入せよ。
近頃、魔導具の流通に不審な動きがある。高級魔導具に特に注目せよ。』
レオンもユイナも、別にヴァルシュタインに興味があったわけではない。
もちろん恋人同士でもない。
だが、レオンは妙にノリノリだったので、ユイナは諦めて付き合うことにした。
✦ ✦ ✦
――ヴァルシュタイン王国 繁華都市 ブリュクスハイム
街に入ってからも、レオンの“恋人芝居”は続いていたが、ユイナも次第に慣れてきていた。
気さくで親しみやすいレオンの自然な気遣いは、芝居を越えてユイナにもしっかり伝わっていた。
端から見れば、完全に恋人同士に見えるだろう。
そのおかげもあり、街中での聞き込みは順調だった。
怪しまれることもなく、情報を得ることができた。
指示通り、まずは魔導具屋を訪れる。
「ユイナ、どの魔導具がいい?」
「そうねぇ……あら、あのショーケースの魔導具、素敵。でも高そうね……」
ユイナは高級品をねだる恋人を装いながら、店主に話しかける。
「ねえ、ご主人。ちょっとまけてくれないかしら?」
「悪いな、ねえちゃん。最近魔導具の流通が減っててさ、特に高級品はなかなか入ってこないんだよ。
値引きなんかしたら、商売あがったりだ」
「そうなの……」
「でも、代わりにこれを二つオマケにつけてやるよ」
そう言って、店主は安価な魔導具を添えてくれた。
「魔導具の流通が減ってるって、珍しいな。何かあったのかい?」
レオンが探るように尋ねる。
「にいちゃんたち、旅行者か? じゃあ知らねぇのか。
今、軍が一時的に流通を制限してんだよ。全部じゃないが、武器も素材も一部ストップされててな。
俺らの間じゃ、“戦争でもする気か”って噂だよ」
(これは……)
レオンとユイナは即座に目を見交わし、察した。
「……いつ頃から?」
「そうだな、もう3か月くらいになるかね」
レオンはその言葉に息をのむ。
グランゼルドで武器・魔導具・素材の買い占めを禁じる通達が出たのも、ちょうどその頃だった。
(国内で調達ができなくなり、国外に目を向け始めた……?)
これは急ぎルイに報告すべきだ。
そう判断し、店を後にする。
もちろん、ユイナが見ていた魔導具も忘れずに購入した。
「……ヴァルシュタイン、何か動いてるのかな」
ユイナが小声でつぶやく。
「可能性は高い。帰ろう、ユイナ」
その直後だった。
レオンは背中に、冷たい視線を感じ取る。
(……見られている)
誰かに監視されている。
ヴァルシュタインの関係者か、それとも“消えた金”に関与した者か。
レオンはユイナを守るため、人通りの多い道を選んで帰還ルートについた。
だが、ブリュクスハイムを出た直後――
どこからともなく、無数の炎の矢がふたりに降り注いだ。
(魔法……!!)
レオンはすぐに防御結界を展開。
続けざまに反撃に転じようとした瞬間、黒装束の者たちに包囲された。
「……何者だ!」
返答はない。そのまま一斉に攻撃を仕掛けてきた。
(この数……勝てるか!?)
レオンがユイナの方を見ると、ちょうど一人の敵が彼女に剣を振り下ろそうとしていた。
「ユイナ!!」
レオンは咄嗟に上級魔法を放ち、敵を吹き飛ばしてユイナの前に割って入る。
その瞬間、剣がレオンの背中をかすめた。
「ぐっ……あ……!」
ユイナは目の前の光景に息を呑んだ。
レオンが、血を流して倒れ込んだ。
「レオン!!」
駆け寄ると、彼の体を支えながら、震える手で必死に傷を確認した。
思った以上に出血が多い――このままでは危ない。
敵はまだ周囲にいる。
けれど、このままではどうにもならない。
ユイナは決意を込めて、そっとつぶやいた。
「ヴォクス・ヴェント」
そのあとに大声で叫んだ。
「誰か!!誰か助けて――――」
その声は風に乗って、遠くまで響いた。
【風】属性ならではの「空気と音の伝達」を利用した魔法だ。
遠くまで響いた声を聞きつけた人々が、わらわらとやってきた。
「なんだなんだ!?」「あ、血流してるわ!」
黒装束の者たちは、人が集まってきたのを見て退散していった。
「レオン!!」
ユイナは慌てて、レオンに駆け寄る。
「ごめんなさい、私のせいね……」
そう言いながら、レオンの傷の辺りに手をかざした。
かざした手の辺りがじんわりと温かみを帯びていく。
「いや、君のせいじゃない……
奴らはいったい……」
レオンは痛みの中、考えを巡らしていた。
(なぜ私たちを……? 魔導具屋で情報収集したことを知っていたのか?)
ブリュクスハイムを出た直後の襲撃を思えば、知られたくない者、
おそらくヴァルシュタインの者だろうと予想はつくが、こんな白昼堂々狙うだろうか。
レオンはしばらく考えていたが、ふと傷の痛みが軽くなったことに気付いた。
背中の傷が、ほとんど癒えた感覚だ。
動ける程度になっている。
集まっていた人々も心配していたが、レオンが動けるようだとわかり、戻っていった。
そして、二人は大通りに入り、歩いていく。
しばらく歩いて、再度レオンは考えた。
(視線や殺気、怪しい雰囲気はもう感じない。敵は諦めたのか?
人目の多い道で早々に帰還しなければ……)
そう考えを固め、ふとユイナを見るとどこか不安げな表情をしている。
レオンにケガをさせたことを気にしているのだろう。
「それにしても、君の治癒はすごいな……腕がいいんだな」
レオンは話を振った。
「これだけが取り柄ね……」ユイナは少し困った笑顔で答えた。
「そんな……さっきの風属性の魔法に声を乗せたのもすごかったよ」
と言うと、
「そうね、治癒は【風】属性だから、風に関する魔法なら少しできる程度よ」
そして、少し言葉を探すように
「腕はいいって言われるけど、治せない人もいるのよね……」
「……というと?」
「あまり治癒が効かない体質の人もいるのよね……アリアなんだけど……
昔っから、ケガすると治癒するのは私だったんだけど、あまり治りが良くなくてね。
それで、もっと腕を磨かなきゃと思って鍛錬したんだけど、それでもね……」
「そうなのか……仲間想いなんだな」
そう言われるとは思ってなかったユイナは驚いた。
「そうかもね。まぁ私は非戦闘員だから、あまりみんなの役に立てないけどね」
と照れ隠しで言うと、
「いいや、十分アリア様の支えになってるだろ?
アリア様の良き理解者だと聞いている。
仲間想いで、それに面倒見がよい。いつもたしなめている君を見て素敵だと思っていたよ」
そう、レオンはユイナのたしなめる姿を見て、面倒見がいいと思っていた。
だから、素直に思ったことを伝えた。
そんな正直な感想を聞いたユイナも、嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑な気持ちになった。
――二人の間で、かすかに"想い"が芽生えていた。
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